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北朝鮮の核実験と国連安保理の制裁決議

2016年09月30日 | 三千里コラム

対北制裁の強化を主張する韓国外相(9.22,国連総会)



朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の第5回核実験から3週間が経過しました。米日韓の三国政府は「制裁のさらなる強化」を掲げ、国連安保理での決議採択に奔走しています。だが筆者は、核実験と制裁の悪循環にいささか食傷気味です。とりわけ、制裁一辺倒の無能無策ぶりは目に余るものがあります。

今年1月6日の第4回核実験に際し国連安保理は3月2日、「史上最強の制裁」と豪語する決議2270号を採択しました。決議文書は前文5項、本文52項、付属文書5項目からなる膨大な分量で、「北朝鮮の核・ミサイル開発資金を遮断するために」制裁対象を60の個人・団体に拡大しています。韓国政府はこれに加えた独自制裁として、開城工業団地の一方的な閉鎖まで断行しました。朴槿恵大統領は「金正恩政権には耐え難い圧迫だ。半年もすれば屈服するだろう」と楽観していたそうです。ところが、国際社会の前に膝を屈するはずの北朝鮮が、半年後の9月9日午前9時(現地時間)に新たな核実験を敢行しました。「史上最強の制裁」に効果がなかったことは、誰の眼にも明らかでしょう。

にも拘らず安保理で「制裁のさらなる強化」を追求するとしたら、今度の制裁は何と命名するのでしょうか。「史上最強の新たな制裁」、「史上最強の特別制裁」、「史上最強かつ最大の制裁」...。どのように位置づけても、「制裁の上塗り」は「恥の上塗り」でしかありません。国連安保理での制裁決議は十分な効力を発揮できず、北朝鮮核問題の解決策ではないことが偽らざる現実なのです。国際社会は、不都合で不愉快なこの現実を認めることから出発すべきだと思います。

1.対北制裁と中国の立場

対北制裁に関して一部で誤解しているのが、「中国の役割(責任)論」です。“北朝鮮の最大交易国である中国が、真剣かつ積極的に制裁に協力すれば金正恩政権は屈服せざるを得ない”という観点です。しかしこれは、国際政治の力学と中国の対朝鮮半島政策に関する無知の所産に過ぎません。すべての国は、その国益に沿って政策を立案し展開します。

中国政府にとって、北朝鮮の核開発は「既得権である核兵器の寡占体制を脅かし地域の緊張を高める」故に、国益とは相容れません。それでこの間、国連安保理の制裁決議に賛同してきました。しかし「朝鮮半島の安定と核問題の平和的解決」こそが中国の国益であって、米日韓の三国が追求する「制裁強化による北朝鮮の体制転換」は決して受容できないシナリオです。朝鮮半島が韓国主導で吸収統一されれば、駐韓米軍基地が中朝の境界線まで迫ってきます。中国にとっては最悪の結果であり、どんな犠牲を払ってでも回避すべき事態です。朝鮮戦争に大規模な義勇軍を派遣して参戦したのも、そのような「戦略的利害」のためです。

そして今年7月、米政府がサード(終末高高度ミサイル防衛体系)の韓国配備を決定した状況で、中国が米日韓の対北制裁強化に全面的な協力をすると期待するのは、希望的観測の域を越えた幻想と言えるでしょう。サードは言うまでもなく、オバマ政権の「アジア再均衡」政策(中国包囲政策)において核心的な位置を占めます。
“北朝鮮のミサイル脅威に対する抑止力”という口実は、中国(ロシアも含め)を愚弄するような話です。中国がサードの韓国配備に対し、「戦略的利害を著しく侵害する」として猛反発しているのは当然なことです。そして米中関係が緊張すれば、中国にとって北朝鮮の「戦略的価値」は相対的に向上します。

これらの点に関し、米国主要紙の論調は核心を突いています。『ニューヨーク・タイムズ』は9月11日付の論説記事で、「中国の国営放送は核実験後も数時間にわたって一切の言及をしなかった」ことを確認し、中国政府が事実上、北朝鮮の核実験を容認するような立場を取ったと述べています。また、中国人民大学のス・インフン(時殷弘)国際関係学教授のコメントにも注目すべきです。彼は「米国は対北制裁に関して中国に依存すべきではない。中国は米国よりも北朝鮮に親近感を持っている。中国は北の体制崩壊による混乱よりも、核兵器で武装した隣国を選ぶだろう」と示唆しているのです。

2.朝鮮半島核問題の本質

『三千里鐵道』は一貫して、「朝鮮半島の非核化」を主張してきました。北朝鮮の核開発に反対するだけでなく、韓国に対する米軍の拡大核抑止(核の傘)政策にも全面的な反対を表明しています。毎年、世界最大規模で展開される米韓合同演習では、原子力空母や最新鋭爆撃機を投入した対北核攻撃訓練が実施されているからです。

北朝鮮はなぜ、国際的な非難と孤立という代価を払ってまで、核・ミサイルの開発を継続するのでしょうか。その動機は、世界最大最強の核軍事大国である米国の脅威が発端であり、米国からの体制保全が目的だと言えます。対テロ戦争に際し「先制的自衛戦略」を導入したブッシュ政権以降、米政府は“テロ支援国家”や“悪の枢軸国”というレッテルを貼って、アフガニスタン・イラク・リビアなどを先制攻撃し体制転換を断行しました。そうした事態を目撃し、米国と半世紀以上にわたって対峙している北朝鮮が得た教訓は、「核保有だけが米軍の先制攻撃を抑止する」というものです。

日本のメディアが連日くり返す“北朝鮮核脅威”の本質は、決して核実験の回数やミサイルの性能ではありません。その本質は、核兵器の開発を追求させる敵対関係にあります。北朝鮮の核開発は米朝敵対関係の産物であり、その根源は朝鮮戦争(1953年7月に休戦)の停戦体制です。よって「北朝鮮核問題」の解決は、朝鮮戦争を集結させる平和協定を締結し、米朝(日朝)が国交を正常化する「朝鮮半島の平和体制」を構築するしかありません。

もう少し敷衍して説明しましょう。日本国民はなぜ、米国の圧倒的な核・ミサイルに脅威を覚えないのでしょうか。日米が敵対関係ではなく、同盟関係にあるからです。“米軍の核兵器が日本を守ってくれる”と信じ込まされているからです。それで、米大統領が「核兵器の先制不使用」を宣言すると仄めかすだけで狼狽え、「唯一の被爆国」が「唯一の加爆国」の核兵器に依存するという嘆かわしい現実を露呈します。

あるいは、ロシアや中国は、北朝鮮とは比較にならない高性能な核・ミサイルを大量に保有しています。しかし殆どの日本国民は、モスクワや北京から核・ミサイルが飛んで来るとは想定しません。両国とは領土問題などで決して友好的ではありませんが、少なくとも敵対関係ではないからです。国交があり、頻繁な交流と往来があります。反面、長期間の敵対関係は相手のすべてを疑い、否定し、敵意を増幅させます。優位にある側は相手を制圧しようとし、劣位にある側は恒常的な恐怖感から、手段方法を選ばず生存を優先させるのです。

9月9日、朴槿恵大統領は核実験直後の国務会議で「もはや金正恩の精神状態は(常軌を逸し)統制不能だ」と述べました。北の指導者を“狂人”扱いする論調は、日本でも溢れています。でも、再び『ニューヨーク・タイムズ』に眼を向けようと思います。9月11日付の同紙は「北朝鮮の行動は“狂気の沙汰”ではない、極めて合理的だ」という衝撃的なタイトルの論評を掲載しました。論評は在米の朝鮮問題研究者や元政府高官の分析を引用しながら、次のように北朝鮮を解説しています。

「相次ぐ核実験やミサイル発射といった挑発行為の背景には、弱小国の指導者としての、体制生存をかけた理性的な思考が見受けられる。…一国のリーダーシップが理性的だという場合、最高指導者が常に最善の道徳的な選択をすることを意味しない。自らの体制保全を最優先し、それに合致する国益を追求することが理性的な行動になるのだ。…北朝鮮は米国のイラク侵攻から生存方法を学んだ。北朝鮮の指導者にとって核開発計画は、弱小国が強大国と敵対する状況で、敵の先制攻撃を思い止まらせる唯一の道であり、平和を維持する合理的な方法なのだ」。

日本のメディアには、当事者である北朝鮮の主張がなかなか紹介されません。韓国『中央日報』のロサンゼルス版が、ニューヨークに駐在する北朝鮮外交官にインタビューしています(9月18日付)。以下はその発言の引用です。

「南と北は生存方式が違う。南は在来武器を大量に輸入するが、北にとって在来武器の軍備競争は負担でしかない。核武装は北にとって最小限の自己生存権なのだ。われわれの願いは、国防費を減らし経済発展に集中することだ。生存権が保障されないのに、経済を発展させ人民生活を改善するというのは理想主義にすぎない。…開城工団を閉鎖し制裁強化を叫ぶ朴槿恵政権は自滅を招いている。南の政治が過去に回帰したのか。かつて南北が軍事訓練するときにも互いに防御を強調し、攻撃という用語は避けてきた。ところが最近は、“平壌侵攻と斬首”を露骨に口外するようになった。同族の殺戮を宣言する政権と、どうして対話できるだろうか。…科学的でも論理的でもない“北の体制崩壊論”から脱却し、相手の体制を尊重して統一への基調を明示すべきだ。」

3.朝鮮半島非核平和への道

5日、18日、23日、57日…。この数字の意味を解読した人は、かなりの朝鮮半島マニアと言えるでしょう。北朝鮮の核実験から安保理制裁決議が採択されるまでに要した各日数です。回数を重ねるに連れ、必要日数も延びています。問題が深刻さを増し、中国・ロシアとの合意が難航している状況を示しているようです。しかし、より重要なのは、冒頭で確認したように、制裁決議では「北朝鮮の核脅威」が解消されないという事実です。

患者に譬えるなら、「北朝鮮の核脅威」は症状に過ぎません。根源的な病因は「朝鮮戦争の停戦体制」です。よって、最も正確な治療法は「平和協定の締結」となります。ところが、病因を無視して「安保理制裁の強化」という対症療法に執着しているのが現状です。処方箋が間違っていたなら、他の治療法を探るべきです。効果のない処方箋にしがみつき投薬量を増やしても、患者の耐性が助長され病状は悪化するだけでしょう。

その間、オバマ政権は「軍事的な威嚇と経済封鎖による制圧政策」(戦略的忍耐)を掲げ、北朝鮮に核放棄の先行を強要してきました。北に「先ず核兵器を放棄して武装解除せよ」と要求するのは、停戦体制下の両国関係では説得力を持ちません。また、2005年の9.19共同声明を始めとする六カ国協議の諸合意とも矛盾します。六カ国協議では、北朝鮮がその核施設を凍結→無能力化⇒完全廃棄に至る各段階に合わせて、米国が体制の安全保障、国交正常化、経済支援などを履行することで合意しました。こうした「同時行動」は、敵対関係の外交交渉では基本原則だからです。

米日韓はいつの間にか「同時行動」から逸脱し、“北朝鮮の脅威”を煽ることで対話と交渉の道を閉ざしてきました。三国の政府が言うように、北朝鮮との外交交渉は無意味なのでしょうか。その間の5回にわたる核実験は、二国間もしくは多国間の非核化交渉が、挫折するか断絶している状況で敢行されました。交渉の進展期や合意の履行期には、決して北朝鮮は核実験もロケットの発射実験も実行していません。2006年10月の第1回核実験は、前年9月19日の合意翌日に、米政府がマカオの銀行口座凍結という経済制裁を課したことが原因でした。

軍事的な先制攻撃という手段を別にすれば、対話と交渉の他に道はありません。またもや『ニューヨーク・タイムズ』に登場してもらいましょう。9月9日付の社説で「オバマ大統領は既存の制裁を強化し新たな措置を取ると言明している。だが、その効果は楽観できない。…共和党は反対するだろうが、問題の恒久的な解決には制裁を超えた交渉が必要なのは明らかだ」と述べ、北朝鮮政府が7月6日付で米政府との「対話再会」を提案した事実に言及しています。そして「大部分の専門家は、現時点での可能な目標が北朝鮮の核・ミサイル実験の中断であって、核プログラムの全面的な放棄ではないことを主張している。オバマ大統領の後任者は、北朝鮮の加速する脅威に緊急対処すべきだ」と促しました。

さらに、米政府の対外政策に一定の影響力を発揮する『米国外交協会(CFR)』も同様の提言をしています。「オバマ政権の対北政策(戦略的忍耐)は失敗した。核凍結を目標に、北朝鮮との交渉を速やかに再開すべきだ」というのです。一昨年から北朝鮮が提案してきた「核実験の中断(一時保留)と米韓合同演習の中断(縮小)」は、決して合意が不可能な交渉とは思えません。双方の利益に合致するからです。ただ、韓国政府の理解と協調が前提です。ところが“北の体制崩壊は間近に迫っている”との妄想に囚われた朴槿恵政権は、相変わらず「国連安保理の制裁強化」を掲げ諸外国に同調を求め行脚しています。

朝鮮半島の非核平和には、南北関係の改善が必須です。数日後には『10.4南北首脳宣言』の9周年を迎えます。その第4項は次のような内容でした。「南北は、現在の停戦体制を終息させ恒久的な平和体制を構築していくべきだという認識を共にし、この問題に直接関連している3ヶ国または4ヶ国の首脳が朝鮮半島地域にて会合し、終戦を宣言することを推進していくために協力する。南と北は朝鮮半島核問題解決のために六カ国協議の9・19共同声明、2・13合意が順調に履行されるように共同で努力することにした」。

また、その前提として第2項では「南北は思想と制度の差異を超越して、南北関係を相互尊重と信頼関係へと転換させていくことにした。南北は互い内部問題に干渉しないこと、南北関係に関する諸問題については、和解・協力・統一の精神に符合する方向で解決していくことにした」と謳っているのです。南北の両当局に、相互の体制尊重に基づく無条件での対話再開を訴えます(JHK)。