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愛に関する短いフィルム

2009年12月04日 | あ行 外国映画
キシェロフスキの、命を縮め、それでも彼が紡ぎ出した10の物語の素晴らしさは、彼の魂そのものかもしれない・・・と思った「デカローグ」。

見たのは、1997年だった。当地の映画館は、真冬での上映。それも数少ない上映回数で、つるつるの道路を、ビビりながら見に行って、至福の時を過ごしたのを思い出した。

その10の物語の中でも、いまだ印象に残り、傑作と言われる第6話の「愛」のロングバージョンがこの映画だ。

郵便局に勤める青年。為替があるとの知らせを受け取った女性が入ってきたのを見て、心なしかときめいているように見える。でも、為替はない。女性は怒って帰るが、青年は満足そうだ。

アパルトメントに帰ると、住んでいる母親のような女性に愛想を言って、部屋に入る。そして布をはずして目をあてるのは望遠鏡。向かいのアパルトメントの一部屋に焦点が定まっている。そこにいる女性は、あの郵便局の女性だった。

美しい女性は、自分の部屋の中で無防備になり、体をあらわにする。男が部屋に入り、ベッドで体で語らう。

その奔放な姿をじっと見つめる青年。

どこからどう見ても変態・・・としか言いようがないのだが、女性を見つめる目は、憧れや、好奇心という言葉で表すだけでは足りない。

ただ見ていただけ、そして時折無言電話をかけるだけだった青年は、一歩踏み出す。彼女に部屋にミルクの配達をするようになり、なんとか声をかけようとする。

そして再度郵便局に誘い込み、自分のことを打ち明ける。

「愛しているから・・・」

そんなことあるわけがない。窓越しで見ているだけで、愛するなんて、あるわけがない・・・・・。でも、やけに久しぶりにきいた文句だ。「愛している・・・」。。。これだけの言葉が女性の気持ちに突き刺さる。

自分は悪い女だ。何人もの男性と関係を持ってきた。でも、彼らは自分を心から愛してくれたのか・・・。自分はあの男たちを愛してきたのか・・・。

青年の「愛している」の一言は真実だった。

でも、女性は青年を掌で転がすようにもてあそぶ。彼が自分を愛しているのは知っている。でも、所詮愛なんて・・・。愛に真実などない。愛をもてあそんだ彼女は、自分の行為によって青年がズタズタになってしまったことに、改めて気付かされた。

愛に理由などいらない。若いから?そんなこと関係ない。愛によって自分の愚かさを気づかされ、素直な気持ちを思い出され、いつしか青年を深く愛し始めていた自分に気づく・・・・・。

うぅぅぅ!!素晴らしい。紛れもなく名作。見事な構成に、少ない台詞ながら、すべてがわかる演出に、それにこたえる演技。成熟した女性が、一人のただの恋する女になったような必死さ。胸が痛くなった。

「デカローグ」を見ると、どれかの話に、どれかの話がリンクしてる・・というのがわかって、見ている方に、ちょっとしたプレゼントみたいなもんがある。今でいうよくあるオムニバス映画で、あのころは、とっても斬新だった。

この映画も、トランク引っ張ってた男性が、何かの映画とリンクしてた・・というのを思い出したり、牛乳のカートを喜びながら押して回る映像など、いろいろと記憶がよみがえってきた。、あたしもまだ捨てもんじゃないかも・・・。

さて、このちょっと変態チックな青年の役をした男性。名前もわからないのだが、声のヘビーさに対して、朴訥。でもやっぱ変態。でも純粋。でも何考えてんのかわかんない・・・・という独特の雰囲気を持っている。

どっかジョバンニ・リビジに似てないこともないなあと思いながら、だから「へヴン」のときに、彼を使ったのかなあ・・・などとも思ったのだが、違う。絶対に違う。変態で、少年の気持ちで、大人の男で、純粋に女性を愛している・・・。そんな複雑な演技が見事にはまっている。・・・凄い。

うーん、やっぱり亡くなったのは、どう考えても惜しい。

◎◎◎◎○

「愛に関する短いフィルム」

監督 クシシェトフ・キシェロフスキ
主演 グラジナ・シャポウォフスカ


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