時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百七十)

2011-07-12 23:42:06 | 蒲殿春秋
大蔵御所の侍所ではすでに先客が待機していた。

一番上座に座しているのは左馬頭一条能保。能保は緋の袍を着している。
ついで平賀義信、その次の座にいるのが源広綱であった。この両者は範頼と同様に黄の袍を着している。

範頼は物慣れない動作で彼等の元に向かう。
固く糊が貼られた装束はそれだけで動きにくい。
なおかつ下襲が思ったとおりに動いてくれずどこかに引っ掛けそうで恐い。

その様子を見ていた一条能保が上座から範頼に近づく。
「よく戻られたな、蒲殿。都の様子を知りたい。」と声を掛ける。
そしてそこに控えている女房に
「済まぬが刻限まで吾等に一部屋与えていただきたい。久々にあった義弟と積もる話をしたいのでな。」
女房は一旦外へでる。しばらくすると別間の支度ができたことを能保に告げる。
能保は物慣れた動作でぎこちない動きをする義弟の手をとって別間に連れて行った。

別間に入ると人払いをし、能保は義弟範頼にそっと耳打ちした。
「六郎、積もる話は山ほどある。されど今は私の言うとおりにしていただきたい。」
「はい。」
「六郎、本日ここに呼ばれたわけは知っておられますね。」
「おそらくは、でございますが。」
「そうか。ならばよいのです。ですが、このたびの沙汰は鎌倉殿の采配によるものです。
この一連の除目の儀礼をしくじってはなりませぬ。都の人々の目もあるし、御家人たちの目もありまする。しくじってはあなたの名を落としますし、鎌倉殿の顔にも泥を塗ることになります。
無駄なことにも思えますが、儀礼一つが我々の世界では大切なものなのです。
一つだけ確認しておきますが、六郎は束帯を着たことがありますか。」
「いいえ、ありません。」
「そうか・・・・・、一日で出来ることではないが、束帯の作法を教えて差し上げましょう。
よいですか時間がありませぬ。私の動きを真似してください。それをすぐに覚えてください。
まずは、勺の持ち方です。」

使者から鎌倉殿のお呼びと告げられるまでの間、範頼は義兄の指導のもと束帯の所作の特訓をさせられた。
束帯一式を着て刀剣類のなどの持ち物を全て身に着ける大人一人分の重さになる。
夏の最中この慣れない重い装束を着て範頼は動きの特訓を汗だくで行なった。
正直言って弓を射るより大変なこととも思える。
だが、この挙措動作をしくじるの後々までの笑いものとなってしまう。
範頼は必死に束帯の動作を覚えるべく努力した。

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