時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百十七)

2010-08-28 06:01:11 | 蒲殿春秋
頼朝は唐糸を面前に呼び出し、直々に尋問した。
「義高はどこへ行った?」との問いにも、「誰か他に関わったものはいるのか?」
という問いには一切答えなかった。

唐糸は何を答えても答えは「知りませぬ。」の一点張りだったが、
「何ゆえに義高を鎌倉から出そうと思ったのか?」
という頼朝の質問に対してのみは明快な返答を行なった。

「それは御曹司の命が危ういと思ったからです。」
と唐糸は答えた。
「鎌倉殿は御曹司の命は絶たず大姫さまの婿として遇するとおっしゃいました。
けれども、鎌倉殿は木曽殿の嫡子である御曹司をこのまま本当に生かすおつもりだったのですか?
鎌倉殿のご様子を見ていると御曹司はいつか殺されるのではないかという疑念がわいて参ります。」
「・・・・」
「鎌倉殿は御曹司からすぐ目をそらされます。御曹司を見るとき辛そうな顔をなさいます。
鎌倉殿は本当は御曹司を殺すおつもりだったのではないですか?」
この唐糸の言葉に頼朝は表情を曇らせた。
唐糸が言った言葉は頼朝の心の中をえぐった。
「本当に殺すつもりはない。ただ、わしはどうしても今の義高を見るとついそなたがいったようになるのじゃ。
その理由は誰にも言えぬがな・・・・」
言えない、義高を見ると過去の辛かった思い出が湧き上がってくるからという、鎌倉殿にあるまじき心の弱さを誰にもさらすわけにはいかない。

「本当に御曹司を殺すおつもりはなかったのですね。」
唐糸は真剣な眼で頼朝をにらみつけた。
その眼を頼朝はそらさずに受け止め頼朝は答える。
「そうじゃ。義高はわしの大切な婿。この先もわしの婿として遇する気持ちは変わらなかった。」

唐糸はさらに頼朝に向かって切りつけるように言葉をぶつけた。
「もし、御曹司が見つかったらいかがなさいますか?」
「大切はわしの婿じゃ。わしの婿として遇し続ける。
だが、わしの敵として立ち上がったり、わしの敵と手を組んだときは容赦はしないがな。」
頼朝は鋭い眼光で唐糸を見据えた。
「わしは大切な婿を敵として殺したくはない。
今なら間に合う。義高の居所を教えて欲しい。今ならば義高はわしの敵とならずに済む。

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