時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百十六)

2010-08-24 06:40:43 | 蒲殿春秋
義高が去った後の大姫の邸は何事もなかったかのように一日が過ぎようとしていた。
義高と共に鎌倉に来た海野小太郎はそこに義高がいるかのような振る舞いをし、義高の乳母唐糸もまるで義高がいるかのように振舞っていた。
そして、大姫自身が義高がいない事実を受け入れていた。父が命じた役目を行なうと信じて。

しかし、夜になってことは発覚する。
大姫の侍女たちが不自然さを感じて大姫の母政子に何事かを告げたのである。
政子は自ら娘の邸に現れ様子を探った。
政子は異変を察すると大姫に単刀直入に尋ねた。

「志水冠者殿はいかがしましたか?」
「義高さま?」
大姫は事態が飲み込めない顔をしている。
「母上には言えません。」
大姫は唐糸の言った言葉を信じている。義高は大姫の父頼朝の命じた役目を密かに果たす。
だから母にもこれは言ってはいけないことと思っている。

政子は顔色を変えた。

「直ぐに殿にお知らせを!」
政子は側に控える雑色に命じた。

やがて頼朝がじきじきに大姫の邸に現れた。

頼朝は静かに邸内を見渡した。
そして義高がいるはずの居間に入る。居間には海野小太郎がいたが一緒にいるはずの義高がいない。

後ろからそっとついてくる大姫を振り返る。
頼朝は娘の顔の高さにあわせるようにそっと座り娘に尋ねる。
「姫、義高はどこへ行った?」
大姫は、満面の笑みを浮かべ父の耳に手を当てて小さな声で答えた。
「大丈夫ですわ、父上。義高さまは父上から命じられたお役目を果たすために今朝無事にここを出発されましたわ。」
「何と!」
「父上、私義高さまが無事にお役目を果たせるように誰にもこのことは言いませんでしたわ。
唐糸に言われたとおり義高さまがこっそり邸を出れるようにお手伝いしたのもこの私ですわ。だって私は義高さまの妻ですもの。」

頼朝は唖然として娘を見つめた。
そして義高の居間に控えている義高の乳母唐糸を厳しい目で見つめた。

それからすぐ大姫は母のいる小御所に連れて行かれた。
大姫が去った邸内には武装で身を固めた兵達がどっと乱入する。
唐糸と海野小太郎は直ぐに身柄を拘束された。

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