時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百六十二)

2010-02-15 05:59:32 | 蒲殿春秋
生田口の将平知盛も敵の追撃の標的となった。
生田口を破られた当初は多くの武者達に守られていた。
知盛はその武者たちを先に船に向かわせた。
将として多くの兵の命を守る責任を果たそうとしたのである。
鎌倉勢は敵の大将軍を討ち取らんと身の回りの兵が少なくなった知盛目指して殺到する。
その鎌倉勢の追撃から主を守らんとして知盛の周りに残っていた武者達は身を挺して敵と戦う。
武者達が次々と倒れた。

生田口からさほど遠くないはずの浜辺に近づいた時には知盛の周りには、子の武蔵守平知章と監物太郎しかいなかった。
この三人に鎌倉方の児玉党のものたちが襲い掛かる。
児玉党の武者の一人が知盛に組みつこうと挑みかかる。
その瞬間、知章が父と敵武者の間に割って入る。

「父上お逃げください。」
そう叫びながら。
そして父の馬に鞭を当ててその馬を遠くに走らせた。
走っていこうとする馬を止めて馬首をかえそうとする知盛。
だが、その知盛と子の間に郎党の監物太郎が割って入った。

「駄目です。殿。殿はここを落ち延びねばなりませぬ。生きなければなりませぬ。」
「しかし。」
監物太郎は主の馬首をひしと掴み前には進ませない。
「殿以外に誰が内府(平宗盛)をお助けするのですか。誰が帝を御護りするのですか。
この平家を支えるのはどなたですか。どのような手立てを尽くしてでも殿は生きなくてはなりませぬ。」
そういっている間に知章は敵と必死に戦っている。

「武蔵守!」
そう言ってなおも引き返そうとする知盛。
監物太郎はその主の馬首を無理やり浜の方に向け、自分が手にする鞭を主の馬の尻に当て無理やり知盛をこの修羅場から放りだす。

走り去る馬の上の知盛。知盛は振り返る。その知盛の目に愛しくてやまぬ我が子の最期の瞬間が入ってくる。
「武蔵守!」
なおもそう叫ぶ主に対してただ一騎敵に対して立ち向かおうとする監物太郎が叫ぶ。
「殿、武蔵守様の事を思うならば生き延びてください。
殿にはまだ多くの兵達を養う責がございまする!」
「監物太郎!」
監物太郎は敵に向かって突撃していった。おそらく監物太郎も命を落とすだろう。

知盛は平家の船を見つめた。
その中には多くの兵達が乗っているはずである。

知盛は顔を上げると馬を浜に向かって走らせた。
やがて馬は海に入り力強く泳ぐ。
敵も馬を海に入れて追いすがろうとする。

しかし誰も知盛に追いつくものはいない。
知盛はその名も高い名馬井上黒に乗っていた。
井上黒は主を乗せてすいすいと船に向い追っ手をぐんぐん引き離す。
やがて馬は船の際までたどり着く。

多くの兵達が知盛の顔を見て安堵する。
知盛を乗せた船は福原から遠ざかる。
その遠ざかる福原のある一点を知盛はひたすら見つめていた。
兵達の前で涙を見せることは許されない。
命を賭して自分を逃がした監物太郎、そして我が子が戦って散った場所を見つめて知盛は心の中で泣く。
そして、平家の復活を亡き息子に誓った。

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