時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四百五十八)

2010-02-04 22:02:41 | 蒲殿春秋
その頃生田口を守る平家の将平知盛は不安を覚えていた。
生田の逆茂木の向こうからやってくる矢の数が一向に減らないのである。

━━ 敵は一体どのくらいの装備をしてきたのか?
ふと弱気が心の内を通り過ぎる。

一方こちらの平家方はといえば矢種がもう尽きようとしている。
逆茂木が騎馬の行く手を阻もうとも、矢が来ないとなれば敵は徒歩の者を使って逆茂木をどける。
矢があるからこそ逆茂木の破壊を防げるのである。

一方生田の東の鎌倉勢も敵の矢種を気にしていた。
生田口の中に進入したくとも逆茂木が騎馬の行く手を阻む。
その逆茂木をどけなければその先へと進めない。
だがその逆茂木をどけようと歩兵を近づけるとその向こうから矢が歩兵目掛けて飛んでくる。したがってうかつに歩兵を逆茂木に近づけさせることができない。

歩兵を守りながら集団になって敵地に侵入を試みるのだが中々逆茂木を撤去するまでには至らない。
そのような戦いがもう既に一刻以上続いている。

だが、矢というものは無尽蔵にあるわけでない。
しかも敵は三方を山に囲まれたところに籠もっているのである。
矢が尽きたら補給はむずかしい。
敵の矢の数が急に減少した時、それが突入の頃合となろう。
源範頼も、梶原景時も、そして大手に属する多くの御家人達がそのように考えている。
そこで、わざと敵地に近づいては期を見て引き返して敵になるべく多くの矢を撃たせるように図っている。
なるべく早く敵の矢をなくす為に・・・

しかし、範頼と景時は敵に補給の可能性があることを懸念している。

大和田泊に浮かぶ平家の船団の存在が気にかかるのである。
船は多くの物資を載せることが可能である。
その船に大量の矢種があるとしたならば陸上の平家にそれが補給される。
そうなると平家が放つ矢が尽きるまでには相当の時間がかかる。
逆にこちらの矢種が尽きるであろう・・・

平家方、鎌倉方からは未だに多くの矢が放たれる。
生田口では戦線が完全に膠着している。

一方その頃福原の中央部の湊川近くでは異変が起きていた。
山手口からの敵の侵入を許した平通盛であったが、通盛は手勢を率いて攻め寄せる安田義定や多田行綱らと戦っていた。

だが、その戦いの側をするすると通りすぎる一隊があった。
最初に山手口を落とした攻めて今湊川で戦っているのは山手口の先陣にすぎない。
細い山道を通って行軍する軍勢である。
あとからあとから細い道の向こうから新たなる軍勢が現れるのである。

その後続の軍勢は平通盛には目もくれずに湊川を南に下る。
やがてその軍勢は大和田泊の近くに達する。
彼等は弓の射程距離内に平家の軍船を捕えた。

平家の軍船は平家の赤い旗をなびかせている。
その旗に向かって山から現れた軍勢は一斉に火矢を放つ。
あわてて軍船からも矢が放たれるがその矢を掻い潜るように騎馬武者は走っていく。
そして一番近い船に火矢を、そして松明を投げ込んだ。

大和田泊の近くに泊まっていた船が何艘か炎に包まれる。

それを見た他の船たちは一斉に綱を引き上げ沖へと逃れていく。

船団の損傷を最小限に引き下げるためである。
しかしこのことが平家一族にとって大きな悲劇を産むことをこの時は誰も予想していなかった。

福原陣立て 戦闘開始後1

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