ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

8月になると

2010-07-21 20:49:58 | Weblog
毎年、8月になると、先の大戦に関係する本を一冊読むことにしている。
今年は、まだ何を読むか決めていない。

今朝、通勤電車に乗りながら、ふと昔のことを思い出していた。

私は母方の祖父に会ったことがない。
母は、祖父のことがあまり好きではなかったから、
あまり祖父の話をしてくれることはなかった。

確か小学生のとき、母に祖父のことを訊ねると、こんな話をしてくれた。

祖父は、左翼の活動家だった。
だから戦争のころ、政治犯として刑務所に入っていたらしい。
戦後、出所してきた祖父は、母に、
「あんな戦争に協力するなんて、バカがすることだ。
自分は刑務所にいたから、他人を殺すこともなかったし、
殺されることもなかった。賢いだろ」というようなことを、言ったことがあるらしい。

母は、すごくそれを恥じていた。

母は終戦の1年前に生まれた。
母が幼かった頃、周囲には、戦争で傷ついた人がたくさんいた。
家族を失った人もたくさんいた。
そして母自身も、生まれてすぐに、大阪の空襲があった。
祖母は、赤ちゃんの母を抱きかかえて逃げ惑った。
そして、祖母はあとから、そんなときにそばにいてくれなかった祖父を、
戦争に行ったわけでもなく、単に思想的な理由から刑務所に入っていた祖父を、
頼りにならないと言っていたようだ。

そんな2人がうまくいくわけはない。
祖父と祖母も別れることになり、母は、すごく貧しいなかで育った。
あの時代は、誰もが貧しかったわけだけれど、
その貧しい理由について、母はずっと釈然としない想いをもっていたのではないかと思う。
それに、その後、養父に苛められたことに対するやり場のない怒りや、
祖父の再婚相手や腹違いの妹に苛められたことに対する気持ちも、
母のどうしようもない気持ちすべてが、祖父に向かってしまったのではないかと思う。

母から祖父の話を聞いたあと、
私は父に、「おじいちゃんはダメな男の人だったんでしょ」
というようなことを言った。

すると父は私をジッと見つめて、淡々とある映画の話をしてくれた。
「ゴジラ」の話だった。

後から知ったのだけど、この「ゴジラ」は、戦後、祖父が関わった映画だった。
おそらく最初の数本。白黒で特撮の時代だ。
もちろん父は、それを知っていた。
そもそも、父と母が知り合ったのは、
祖父も関わっていた映画制作会社でのことだったのだから、
父も、すごくよく祖父のことを知っていた。

でも祖父のことは言わずに、
映画が持つ力と、本当に何かを訴える力をもった映画というものは、
それに関わる個人の内面を、どれだけ掘り下げないとできあがってこないかを
父の実体験に則して、語ってくれたのだった。

私は数年前に、母の成年後見人になるために、祖父の戸籍を取り寄せた。
大阪、阿倍野にあった祖父の戸籍のコピーは、紙の周囲に焼けたあとがあった。
母については、戦争の混乱期のため、出生後すぐに届けが出せなかったと記されていた。

祖父、祖母、父、母、もう誰もいないけれど、なんだかすごく、
このことについて話がしたい。
今年は、白黒の「ゴジラ」でも見てみようかな。