思う存分引きこもっている。
そろそろ食糧が尽きてきたので、買い出しに出なければならないと思ったところ、
ハローワークに行かなければならないことに気がついた。
明日は、ハローワークに行って、明後日から使う定期券を買って、お米を買おう。
結局、失業給付を受けなかった。
まともに手続きすらしなかったんだけど、ちゃんと失業者にカウントされていたのだろうか。
どうやら、前の会社に入社したときに、いろいろとわからなくなり、
退職したときに気づいたのだけど、そのままズルズルと放置してしまった。
国籍が残ればまあいいか、くらいな気分だった。
次が決まってから、急いで動く。
夏休みの宿題は、最終日にまとめてやっつける人間だったところが、
まだまだなおっていないということだな。
おかげでこの2日間は、存分に読書ができた。
『カラー版 遺跡が語るアジア』大村次郷著、中公新書。
『シャドウ』通尾秀介著、東京創元社。
『カラー版 遺跡が語るアジア』は、この人でなければ書けない文章と写真で綴られていた。
先日読んだ『ダライ・ラマとの対話』でスチール写真を撮影された大村さんに興味をもち、
はじめて手にとったのだけど、その着眼点と感性、
またそれを写真と文章で再現する表現力に敬服した。
読んでいるうちに、世界には、まだまだ行ってみたい遺跡がたくさんあること、
そこで触れることのできるなにかへの期待が、どんどん膨らんできた。
著者の大村氏は、NHKの「シルクロード」「大黄河」など、
私が小さい頃に影響を受けた番組のスチール写真を担当されたご経歴をもつすごい人だ。
でも、感性だけが優れいてるわけではなくて、
その遺跡がもつ歴史的、文化的背景や、いまそこに暮らす人の息吹など、
すべてをダイレクトに受け止め、写真という媒体で閉じ込める熱意がすごい。
こういう方の写真や文章に触れると、私も男性に生まれたかったと思う。
男性に生まれたからといって、こんな人生を切り開くのは難しいのだけど、
とにかく羨ましくなってくる。
私も行ったことがあるアンコール・ワットやサマルカンド。
でも、単なる観光の範囲を越えて踏み込むには、
1994年当時のアンコール・ワットは状況が厳しかった。
やはりいつか、タ・プロムに行きたい。
サマルカンドはアフラシャブの丘に草が生えていない時期にもう一度行きたい。
モヘンジョ・ダロにも行ってみたい。
久しぶりに、欲望がわいてきた。
『シャドウ』は、Twitterである人のつぶやきにより、読んでみる気になった本だ。
第7回本格ミステリ大賞受賞作。
本格、と言っても、いまはトリック主体ではないのだな。
密室や殺人がメインでもないし、だんだん「ミステリ」というジャンルがわからなくなる。
でも、読み物としては、とても面白かった。
小学校5年生にしては、ませた子どもというか、よくできた子どもだな、とか、
気になることはあったのだけど、
登場人物それぞれの立場というか視点で進む文章を、つないで進行していく方法は、
スムーズだし、違和感がなくて、読みながら勢いがついた。
たまにミステリを読むと、なんとなく他人が近くなったような気がする。
ミステリだからこそ語れる喪失感や違和感、怒りや救い、喜びがある。
でも、これは誰の日常にも、その根底にあるもので、
ふだん他人との差異ばかりを気にして、自分の立場をかためようと躍起になっていると
いつのまにか見えなくなっているもの。
そこに立ち返らせてくれる。
さて、もう少し読書を続けよう。
夏の気配のなか読書をしていると、ああ日本だなあ、と思えて来る。
なぜだろう。
そろそろ食糧が尽きてきたので、買い出しに出なければならないと思ったところ、
ハローワークに行かなければならないことに気がついた。
明日は、ハローワークに行って、明後日から使う定期券を買って、お米を買おう。
結局、失業給付を受けなかった。
まともに手続きすらしなかったんだけど、ちゃんと失業者にカウントされていたのだろうか。
どうやら、前の会社に入社したときに、いろいろとわからなくなり、
退職したときに気づいたのだけど、そのままズルズルと放置してしまった。
国籍が残ればまあいいか、くらいな気分だった。
次が決まってから、急いで動く。
夏休みの宿題は、最終日にまとめてやっつける人間だったところが、
まだまだなおっていないということだな。
おかげでこの2日間は、存分に読書ができた。
『カラー版 遺跡が語るアジア』大村次郷著、中公新書。
『シャドウ』通尾秀介著、東京創元社。
『カラー版 遺跡が語るアジア』は、この人でなければ書けない文章と写真で綴られていた。
先日読んだ『ダライ・ラマとの対話』でスチール写真を撮影された大村さんに興味をもち、
はじめて手にとったのだけど、その着眼点と感性、
またそれを写真と文章で再現する表現力に敬服した。
読んでいるうちに、世界には、まだまだ行ってみたい遺跡がたくさんあること、
そこで触れることのできるなにかへの期待が、どんどん膨らんできた。
著者の大村氏は、NHKの「シルクロード」「大黄河」など、
私が小さい頃に影響を受けた番組のスチール写真を担当されたご経歴をもつすごい人だ。
でも、感性だけが優れいてるわけではなくて、
その遺跡がもつ歴史的、文化的背景や、いまそこに暮らす人の息吹など、
すべてをダイレクトに受け止め、写真という媒体で閉じ込める熱意がすごい。
こういう方の写真や文章に触れると、私も男性に生まれたかったと思う。
男性に生まれたからといって、こんな人生を切り開くのは難しいのだけど、
とにかく羨ましくなってくる。
私も行ったことがあるアンコール・ワットやサマルカンド。
でも、単なる観光の範囲を越えて踏み込むには、
1994年当時のアンコール・ワットは状況が厳しかった。
やはりいつか、タ・プロムに行きたい。
サマルカンドはアフラシャブの丘に草が生えていない時期にもう一度行きたい。
モヘンジョ・ダロにも行ってみたい。
久しぶりに、欲望がわいてきた。
『シャドウ』は、Twitterである人のつぶやきにより、読んでみる気になった本だ。
第7回本格ミステリ大賞受賞作。
本格、と言っても、いまはトリック主体ではないのだな。
密室や殺人がメインでもないし、だんだん「ミステリ」というジャンルがわからなくなる。
でも、読み物としては、とても面白かった。
小学校5年生にしては、ませた子どもというか、よくできた子どもだな、とか、
気になることはあったのだけど、
登場人物それぞれの立場というか視点で進む文章を、つないで進行していく方法は、
スムーズだし、違和感がなくて、読みながら勢いがついた。
たまにミステリを読むと、なんとなく他人が近くなったような気がする。
ミステリだからこそ語れる喪失感や違和感、怒りや救い、喜びがある。
でも、これは誰の日常にも、その根底にあるもので、
ふだん他人との差異ばかりを気にして、自分の立場をかためようと躍起になっていると
いつのまにか見えなくなっているもの。
そこに立ち返らせてくれる。
さて、もう少し読書を続けよう。
夏の気配のなか読書をしていると、ああ日本だなあ、と思えて来る。
なぜだろう。