かねてから非常に興味がある技術がありました。
それはパヴェ(ぎっしりとメレダイヤが地金に敷き詰められたようなデザイン)とミル・グレーヴィング(非常に小さい球がつながったようなラインを描く装飾技法)でした。
これらはワックス原型ではなく、むしろ彫金の技法です。いずれも非常に熟練を要する難しい技術です。
そういうのは専門の仕上げ職人さんの領分だと知りつつも、やはり自分で出来ないことがあるのは気持ちが悪いものです。何でも自営しようとは思わないけど、せめてやり方くらいひととおり知っておきたいよな、と教えてくれそうな彫金教室をネットでかたっぱしから探しました。
実際、彫り留め、とくに洋彫りなんかは、熟練の職人さんに長いこと修業して口伝えで伝播される技術であり、そうやすやすと人に教えてくれるところなどほとんど期待できませんでしたが・・・。
そこでたまたま行き着いたのが、東京・恵比寿にある、
La Vague(ラ・ヴァーグ)ジュエリースクールさんのサイトでした。
どこにもそれらを教えてくれるとは書いてありませんでしたが、そこのホームページが充実していて、なにやら熱くジュエリービジネスについて語っているのに、何かの強いオーラ(!?)を感じてふらふらと吸い寄せられるように、見学がてら出かけました。
恵比寿駅東口から徒歩3分くらい。1階が併設の直営ジュエリーショップ、「Ally (アリー)」、2階、3階が教室になっています。
「こんにちは。校長です。」とさわやかに元気よく挨拶をされたのは、まだ30代のとても若い男性の方で、そこでまず驚きました。(というか、TシャツにGパン姿で教室の彫金台で作業しておられたので、一般の生徒さんかと思ってしまいました。すみません!)
「彫り留めとかミル打ち、うちでも教えてますよ。でもね、趣味でやるにはいいんですが、仕事として使えるレベルになるには相当時間かかっちゃいますし、いくら頑張ってもこの道何十年の職人さんにはかなわないですからねぇ。」・・・と開口一番、身もふたもないことを言われてしまいました。(うーん、そのとおりだよな)、と妙に納得していると、先生が
「ちょっとこちらへ来てください。面白いものを見せてあげます。」と、3階へ案内してくれました。
そこはパソコンが沢山並んでいてどうみてもPC教室でした。
「ジュエリーCADって聞いたことある?」 先生はやおらPCの前に私を座らせ、CADのソフトを立ち上げ、まずはCADで描画したさまざまなジュエリーを見せてくれました。
なんじゃこりゃ~。すごい、すごすぎる・・・・。次に先生はいきなりリングを描画し始めました。正確には設計、ですね。まるでプラモデルを組み立てるように、線や面がどんどん組み立てられて、見る見るうちに目の前で形になっていきます。
ほんの数分で月型甲丸リングが完成していました。
「おー!うぉーーー!すごぉお!かっこい~!」と不覚にも感嘆の声をあげまくっていました。(恥)
ジュエリーCADは、国際宝飾展などでデモは見たことがありましたが、これは小売店などでジュエリーデザイナーが顧客へのオーダージュエリーのプレゼンテーション用にリアルに描画するための専用ソフトだと思っていました。
しかし、CADのすごいところは、そこからさらに、
CAM(Computer Aided Manufacturing) という製造工程につながっているところなのです。
ジュエリーCADで設計したデータを専用の
ワックス切削機に入力すると、3次元のモデルを正確に美しく機械が短時間で彫り上げてしまうのです。実際に切削したワックス原型も鋳造後の作品もみせていただきました。手ではとてもできないような細工も綺麗に再現されていました。
ミル・グレーヴィングや粒金風のテクスチャはもちろん、ワックスの手制作では難しい爪立てなども、コンマ何ミリ単位で自由自在に実現できるというのです。
通常CADでデザインした造形データをNC工作機械に入力すると原型が出来上がるという技術は本来、自動車からペットボトルまで工業分野のものだと思っていました。
うへぇ・・・ジュエリーの世界はもうそこまで来ていたのか・・・・。
そうか、先生はきっと、
「これがあれば足りない技術は補えますよ」、ということを伝えたかったのかもしれない・・・。
『伝統技術を最先端のITテクノロジーで再現』、つうことか。
ジュエリーって工芸だと思ってたけど、良く考えてみたら量産になったとたん、洋服と同じく工業製品なんだよな。いかに効率よく合理的に”生産”(制作でなく!)するかは製造業の基本だもんね。
先生は、「こういうものもあるということです。」とさらっと説明をひととおり終えられ、その日はただただ、びっくりして話を聞いただけで家路についたのでした。
帰ってからもあまりの感動で、しばらく興奮を抑えられませんでした。CADソフトの画面が脳裏に焼きついて離れず、何日間か考え込んだ末に気がつくともう一度学校に出向いていたのです。もちろん、入学申し込みのために!
私のジュエリーCADとの出会いはこんな始まりだったのです。