「開戦と終戦 太平洋戦争の国際関係」 編・五百旗頭真、北岡伸一、
情報文化研究所 1998年。
対米開戦に至る経緯から国際連盟、対中和平工作、ソ日関係、日独中関係、
真珠湾、原爆、降伏聖断、戦後の憲法制定、安保条約など多面的な国際関係
を検討する、第5回近現代史フォーラム (1997.12.13、みなとみらい21はまぎん
ホール) に登場した15人の論客の討論をもとにまとめられた書物です。
関係する相手国も多様、論者の見方も多様であり、参考になることが多いの
ですが、その中で秦郁彦氏のコメントに納得できないものを感じました。
氏は、「いずれにせよ壇上で論じていることは、いわゆる後知恵-ハインド
サイトというものです。(中略) 当事者は目隠しをしたまま手探りをしている
ようなものであって、われわれが後から見るのと全然条件が違うわけです。」
(102p) と論評します。
しかし開戦前の日米の経済力・生産力・資源量の格差は当時すでに明白で、
しかも日本はアメリカから資源を輸入して対中国戦争を戦っていた。だから
アメリカと決定的な対決をしたくともできないのは日本の指導部にとって
自明のことだったはずです。単に目隠しをして手探りをしていたなどという
のは、国の指導者として許されないし、ありうるはずもありません。
何が分かっていて何が見えていなかったのか、情報の収集と分析に十分な
注意を払ったのかどうか、物事を判断する目に偏りがなかったのか、そう
いうことを抜きにして単なる後知恵として切り捨てるのでは、逆に本当の歴史
は見えてきません。
「なぜそんな馬鹿な手を打ったかと責めるのは楽ですが、当人にしてみると、
少しは同情してくれよということだろうと思います。」 (102p) とはいったい
誰について言っているのでしょう。いまや東條氏すらヒーロー扱いですから、
批判することは簡単なことではありません。まして天皇陛下を批判するのは
大変な覚悟がいる状態です。しかし独善と思い込みによる 「馬鹿な手」 で
200万以上の兵隊、100万といわれる国民、2000万以上の相手国軍民を死な
せた指導者に、なぜ同情しなければならないのでしょうか。徹底的に批判
しなければ死んだ者が浮かばれない、と私は思います。
「現在の道徳基準で当時のリーダーや外交政策や軍事政策を裁く人が少なく
ありません。」そういうことは歴史を研究する態度ではないというのですが、
人間としての普遍的な価値観、古代から培われた人間尊重の思想で物事を
判断するのがなぜ間違っているのでしょうか。客観性も重要ですが、そう
した価値観と情熱を持たないなら、歴史を研究する意味はないでしょう。
「明治憲法体制下では、政策実行の事後責任は問われないことになっていま
した。(中略) ところが最近は、その種の責任を問う空気になり、たとえば
厚生省の薬害エイズ事件で行政が失敗した問題で、何もしなかったという
不作為の責任を問われたというケースが出ています」(103p) として、その
ような責任追及は間違っていると言わんばかりの論理を展開しています。
氏の論理で行けば、何十万人もが無駄死にするような大失敗の作戦であれ、
全く無責任でよろしいということになってしまいます。独断・失敗の責任者
が中央に栄転することが繰り返され、日本軍の規律が退廃したというのは
今日の定説です。秦氏は、古来から知られた信賞必罰の規律は日本には不要
だとでも言いたいのでしょうか。
あまりにお粗末な論理で、とても秦氏が歴史学者だとは思えません。これが
日本の右派でいっぱしの論客だとは、なんと情けないことでしょう。
(わが家で 2014年5月13日)
情報文化研究所 1998年。
対米開戦に至る経緯から国際連盟、対中和平工作、ソ日関係、日独中関係、
真珠湾、原爆、降伏聖断、戦後の憲法制定、安保条約など多面的な国際関係
を検討する、第5回近現代史フォーラム (1997.12.13、みなとみらい21はまぎん
ホール) に登場した15人の論客の討論をもとにまとめられた書物です。
関係する相手国も多様、論者の見方も多様であり、参考になることが多いの
ですが、その中で秦郁彦氏のコメントに納得できないものを感じました。
氏は、「いずれにせよ壇上で論じていることは、いわゆる後知恵-ハインド
サイトというものです。(中略) 当事者は目隠しをしたまま手探りをしている
ようなものであって、われわれが後から見るのと全然条件が違うわけです。」
(102p) と論評します。
しかし開戦前の日米の経済力・生産力・資源量の格差は当時すでに明白で、
しかも日本はアメリカから資源を輸入して対中国戦争を戦っていた。だから
アメリカと決定的な対決をしたくともできないのは日本の指導部にとって
自明のことだったはずです。単に目隠しをして手探りをしていたなどという
のは、国の指導者として許されないし、ありうるはずもありません。
何が分かっていて何が見えていなかったのか、情報の収集と分析に十分な
注意を払ったのかどうか、物事を判断する目に偏りがなかったのか、そう
いうことを抜きにして単なる後知恵として切り捨てるのでは、逆に本当の歴史
は見えてきません。
「なぜそんな馬鹿な手を打ったかと責めるのは楽ですが、当人にしてみると、
少しは同情してくれよということだろうと思います。」 (102p) とはいったい
誰について言っているのでしょう。いまや東條氏すらヒーロー扱いですから、
批判することは簡単なことではありません。まして天皇陛下を批判するのは
大変な覚悟がいる状態です。しかし独善と思い込みによる 「馬鹿な手」 で
200万以上の兵隊、100万といわれる国民、2000万以上の相手国軍民を死な
せた指導者に、なぜ同情しなければならないのでしょうか。徹底的に批判
しなければ死んだ者が浮かばれない、と私は思います。
「現在の道徳基準で当時のリーダーや外交政策や軍事政策を裁く人が少なく
ありません。」そういうことは歴史を研究する態度ではないというのですが、
人間としての普遍的な価値観、古代から培われた人間尊重の思想で物事を
判断するのがなぜ間違っているのでしょうか。客観性も重要ですが、そう
した価値観と情熱を持たないなら、歴史を研究する意味はないでしょう。
「明治憲法体制下では、政策実行の事後責任は問われないことになっていま
した。(中略) ところが最近は、その種の責任を問う空気になり、たとえば
厚生省の薬害エイズ事件で行政が失敗した問題で、何もしなかったという
不作為の責任を問われたというケースが出ています」(103p) として、その
ような責任追及は間違っていると言わんばかりの論理を展開しています。
氏の論理で行けば、何十万人もが無駄死にするような大失敗の作戦であれ、
全く無責任でよろしいということになってしまいます。独断・失敗の責任者
が中央に栄転することが繰り返され、日本軍の規律が退廃したというのは
今日の定説です。秦氏は、古来から知られた信賞必罰の規律は日本には不要
だとでも言いたいのでしょうか。
あまりにお粗末な論理で、とても秦氏が歴史学者だとは思えません。これが
日本の右派でいっぱしの論客だとは、なんと情けないことでしょう。
(わが家で 2014年5月13日)
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