スノーマン見聞録

ジャンルも内容も気の向くまま~“素浪人”スノーマンの見聞録

ひじきの二度めし

2016年07月30日 | 雑感
この本、自伝的食のエッセイ本だが、なかなか面白い。   作家・阿川弘之、ご存じ佐和子の父である。

私も美味な料理教本やエッセイ本は好んで読んできたような気がします。

最初に感動したのは、檀一雄 『壇流クッキング』 でした。 いっぺんに檀さんのファンになり 『美味放浪記』や
『わが百味真髄』 など、立て続けに夢中で読んだものである。


         

ある目次での笑える美味な話を紹介しよう。   料理名は ≪ひじきの二度めし≫

作家・向田邦子さんが飛行機事故で亡くなった3ヶ月前、雑誌で美味対談した席上のことのようだ。

向田さんが 『食事中いいですか』 と婉曲にそう断って置いて、その<ひじき>の話を始めたという。

  『 ひじきは食べても殆ど消化されず、ちょっとふくらんだかたちで体外へ出てきます。
    それを集めて、洗ってもう一度煮たのが ≪ひじきの二度めし≫  最高に美味しいのだそうですよ。 
    昔 海べで暮らしている貧しい人達にとって、ひじきは大事な食べ物だったのでしょう。
    ただで手に入るし、おなかは充分くちくなるし、しかも二度使えて、二度目の方が味が良いのですって。』


これ あの淑女たる向田邦子さんの話ですよ。  流石です。    

著者・阿川弘之さんも、
  『 微生物が体内でどう関わっているかは解らないが、哺乳動物の腸内を未消化のまま
    通過した物質は、食品として絶品になるらしいことはおそらく本当なのだろう。』 


そう語ってはいたが、勇気が無いため実行に移せなかったという。   くそっ !
『 黙って食わせてもらわないと ちょっと勇気ないなあ 』 と言ったとか言わなかったとか。  


今日は随分と含蓄・品格のある話にまとまったようです。  食前であったなら失礼しました。 


Coffee   Break

2016年07月20日 | 雑感
大病を患ったあたりから聴き始めた ≪クラッシック音楽≫ 、早5年程にもなるでしょうか。 

直近ではブロク 音の巨人 にも書いた 武満 徹 の音楽に魅かれ、彼が感動したという
ドビュッシーの「イベリア」を聴き、これもなかなかいいと、今度はドビュッツシーに夢中になっているところです。

昨日もそのドビュッシーとラヴェル(どちらもフランスの作曲家)の同名の曲「弦楽四重奏曲」を聴いておりました。
( どちらも第四楽章 合わせて約1時間 )   

一杯のコーヒーを落とす、自分の部屋に持ち込む、静かでなんともいえない空間を楽しむ。

          

コーヒーを飲み終わる頃には、指揮者ばりに頭も腕も動かしている自分に気がつく。 

笑わないで下さい。 本人は夢の中なのですから。 以前コーヒーじゃなくワインを持ちこんだことがあるのですが、
音楽に酔うどころではなくなる。   これは止した方がいい(笑)。


絵画の印象派(モネやルノアール)は知っていたのですが、クラッシックにも ≪印象派≫ ってあるんですね。
初めて知りました。  それまではロマン派が主流。  印象派といえば前衛的な運動とのようだ。 

19世紀初頭のこの時代にも現状を打破しようとする力が音楽にも生れていたんですね。 

このドビュッシーやラヴェルなどをそう(印象主義音楽・印象派)呼ぶのだそうです。

そういえば、この二人の作曲した「弦楽四重奏曲」、同じような曲調でした。
どちらも ドラマ性もない、ただ音が流れ出でるような曲調で、これがまた実にいい。 
 
CDの解説書を読むと、ラヴェルがドビュッシーに影響を受けて作曲した「姉妹曲」だそうです。

ドビュッシーといえば、「イベリア」・「亜麻色の髪の乙女」・「月の光」などがある。
「牧神の午後への前奏曲」などは無調曲の原形とも呼ばれ、武満 徹の音楽に多大な影響を与えたようです。

全音音階とか技法的な事はよく解らないのですが、暫くはこの印象派音楽で夢の中を彷徨うこととする。





尾 崎 裕 哉

2016年07月19日 | 雑感
尾崎 豊の息子が16日夜 TBSTVの ≪音楽の日≫ なる番組で歌声を披露していた。

            

                 歌 声

歌声も顔も父に似ているが、強いて違うところを挙げるとすれば不良性 ?

裕哉さんはアメリカ育ちの慶応ボーイという。  
金儲け主義の取り巻きだけには気をつけてほしいものだが、無理かなぁ! 

ある本に ≪ 小声なら愚痴 叫べばロック ≫ とあった。  なんだかんだいっても父は偉大でした。

読書三昧 (29) 須賀敦子著 『 ヴェネツィアの宿 』

2016年07月17日 | 雑感
ヨーロッパで過ごした時間と人物、日本での日常風景を交互に紡いだ物語集というより私小説。

須賀敦子(1929年 - 1998年)。 日本の随筆家・イタリア文学者。  『 ミラノ 霧の風景 』 で女流文学賞を受賞。
20代後半から15年余りイタリア中心に滞在する。  翻訳者として脚光を浴び、随筆家としても知られた人だ。 

最近思うのですが、小説やエッセイなども女性の方がなにか自由というか、奔放さというか、
男性が描くものよりも 【 感 性 】 という点では断トツに秀でているのではないだろうか ・・・。


それほど読み込んだわけではないのですが、読書ジャンルの修正も考えねば、そんな気がします。

      

ひとり分け入ってのイタリアでの生活などは、彼女のいう 「うっかり人生がすぎてしまう」 を許さない
人生観というか、女性ならではの感性も鋭い。  <分け入っても分け入っても青い山> の如しだ。

『 ヴェネツィアの宿 』 『夜半のうた声』 『オリエント・エキスプレス』 と連なる 【父と娘の話】 も、突然女をつくり家出
をする父、とある場所でその父と女に出会う娘の心境なども繊細で、絶妙な語り口で恐れ入る。

 
次は 『 ミラノ 霧の風景 』 を読むこととする。  イタリアといえば在住の塩野七生が有名ですよね。

私などはなかなか旅には行けないのですが、実はイタリアには一度だけですが、旅したことがあるのです。
もう5年にもなるでしょうか、チューリヒからスイス、ミラノ・ヴェネツィア・ローマ・ナポリ・ポンペイを列車乗り継いでの一人旅。


珍道中まがいのこともあったので、機会があったら思いだして書いてみるつもりです。 

ところでこの本、大活字本 での上・下巻になっているんですよ。
初めて高齢者向けの ≪でか字≫ で読んでみましたが、まだ若い自分? にはやはりこの字は大きすぎ。

こんなことで納得している自分がおりました。   満足 満足 (笑)!

海は誰のもの

2016年07月13日 | 雑感
本日の朝刊に ≪ 南シナ海 中国の主権認めず ≫ との国際司法判断が下ったと掲載されていた。

予想通り中国は受け入れを拒否。 批判的な国際世論が高まり、更に情勢が緊迫することは必至だ。

ちなみにこの国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所へは、日本が各国分担金の最大拠出国という。
                                     (2014年約2億円・負担は15%内外)
海は 島は 一体誰のもの ?  

島は外部からの供給がなければ、人が住めない島は島と認められない ・・・ となると
じゃ、あの沖ノ鳥島は? 尖閣諸島は 一体どうなるの ? 島じゃないとなると、大陸棚の資源権益は ? 

                      南シナ海・九段線               海洋仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)  

考えてみれば ≪ 先占実効支配 (無主地先占の法理) ≫ なるものとは、
大国が弱い民族の領土を略奪、そのことを正当化せんが為にひねり出した法理でしかない。


日本でいう尖閣・中国でいう釣魚諸島。  ある本を読んでいたらこんなことが書かれていた。

「 政府が再三調査し、清国が支配に及んでいる痕跡がないことを慎重に確認した上で、
  標杭建設する旨の閣議決定を行った 」 
とする日本の主張に対し、中国は歴史の捏造も甚だしいと主張。

「 現地調査は1885年時の政府・内務大臣命による沖縄県の調査のみ 」 だと言い返す。

日本国内で、その結果を内務省に報告した際の沖縄県令への伺いはと言うと、

「 国標建設ノ儀ハ、清国トノ関係ナキニシモアラズ、万一不都合ヲ生ジ候テハ、相ウズ 」  と随分と弱腰。
この島に対する清国の権利を暗に認めてその建設を躊躇したという経緯もあったようだ。

しかも内務・外務の連名で、「 書面伺いノ趣、目下建設ヲ要セザル儀ト心得ベキ事 」 と指令。

その後福岡の実業家・古賀辰四郎なる人が開拓願いを沖縄県に出したところ、当時の沖縄県は
「同島の所属が帝国のものなるや否や不明確なりし為に」  とその願いを却下したという。

暫くたって許可が下り、正式に日本の領土として編入(1895年)され、無償貸与に至ったようだ。


それから70年ほどの沈黙が続いた後、突然 中国・台湾が 「尖閣よこせ」 と言い始める。
                  (石油資源埋蔵油田が眠っていると確認されたとの時期と重なる)

それに加え戦争でやったりとったり、とにかくキリがない。   海は? 島は?  誰のものじゃ。

あまり言うと ≪ 非国民扱い ≫ されるのでこれ位にしときます。




山麓の散歩道

2016年07月09日 | 雑感
最近、月いちの割で ここ七飯町を訪れている。  実家のある横津岳山麓の早朝散歩が日課だ。 

カッコウの鳴き声が響き、曇り空だが実に清々しい。 山道を少し登ると見渡す限りの函館の風景が拡がる。
当ブログ ≪散歩道(パート1)≫ に次ぐ。

   
    臥牛の山と呼ばれる函館山を望む                パークゴルフ場の彼方は仁山連峰

   
    この辺にはリンゴ果樹園が多い                   まだ子リンゴの可愛い実がたくさん

   
    途中道端には可憐な花々が咲く             この立て看もう十数年にも これでいいのだ

あまりの清々しさに、自分は本当に母の介護で来ているのだろうか、などと思ってしまう。  
こんなんでいいのだろうか。  「 憂きわれを さびしがらせよ 閑古鳥 」 芭蕉   懺 悔 ! 

   
         これらは数年前この場所から撮った写真です  ≪5丁目の夕日≫ かな。

七夕・万葉の夢

2016年07月03日 | 雑感
七夕の日が近づいてきました。 

北海道では八月が多いそうですが、わが実家・函館では七月七日がその七夕の日です。
 
       

わが函館ではこんな祝い方をしておりました。 
函館の七夕まつり (クリックしてみて下さい・ネットより拝借) 

 ♪ 竹に短冊七夕祭り おおいに祝おう ろうそく一本ちょうだいな ♪ 

 ♪  けないと(くれないと)かっちゃくぞ(ひっかくぞ)! 
・・・ なんて付け加えた記憶も、そうして子供心に互いにろうそくの数を競ったものです。 

その後菓子類に変わり、そして今は昔、この光景もほとんど見られなくなりました。
もう 古(いにしえ)の夢なのでしょうかね。


古といえば かの万葉集になんとも斬新で壮大なこんな歌がある。 

≪ 天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ ≫ (人麻呂歌集)

月の舟を漕ぐのは、月人壮士(つきひとおとこ)。
万葉集には、この月人壮士( = 月の男 )という宇宙人が幾度も出没してきます。

       

   ●  天の海に 月の舟浮け 桂楫(かつらかじ)懸けて漕ぐ見ゆ 月人壮士 (作者未詳歌)
   ●  夕星も 通う天道を いつまでか 仰ぎて待たむ 月人壮士 (人麻呂歌集)
   ●  秋風の 清き夕に 天の川 舟漕ぎ渡る 月人壮士 (作者未詳歌)
   ●  大船に 真楫(かじ)しじ貫き 海原を 漕ぎ出で渡る 月人壮士 (柿本人麻呂)

七夕の歌でも有名な、牽牛(彦星)と織女(織姫)の逢瀬の話は皆さんご存じかと。
月人壮士の彦星説とか、月の舟で渡り終えると二人の逢瀬が始まるとも言われるようです。


あぁ いつの日か、銀河のどこかで ≪織姫様≫ に逢えますように。 

明日からまた暫く 母のことで函館に行き、七月七日は函館で迎えられそうです。

武器ビジネス

2016年07月02日 | 雑感
この世に ≪ 武器よさらば ≫ なんてありえないのでしょうか。  

『武器ビジネス』(上下巻) は、イラク・ルワンダ・コンゴ・ソマリア・リビア・イスラエルなどの悲惨な戦争が、いかに世界の
軍事会社と死の商人の恰好なターゲットに成りえたか、記録文書・公文書等を元にした衝撃のノンフィクションだ。


        
アンドルー・ファインスタインが書いた本。    悪名高き武器商人ヴィクトリー・バラト  アメリカのアフガンへの武器供与
サブタイトル~マネーと戦争の「最前線」  をモデルとしたニコラス・ケイジ主演作品。 を描いたトム・ハンクス主演作品。

本で紹介されていた映画 DVD 二本、「ゲオ」 で早速レンタルし観てみました。 

≪ ロード・オブ・ウオー ≫ では、旧ソ連払い下げの輸送機を使って紛争地域に武器を空輸し荒稼ぎ
                をする悪名高き武器商人の生涯を描く。 

           
『 平和は大損害をもたらす 』 との戦争を食い物にする死の商人の言葉。 映画とはいえゾッとする。

最後はこんなプロローグ(字幕)で結ばれていた。
< 最大の武器供与国は米・英・露・仏・中国。 この五カ国は国連安保理の理事国である。> と。

≪チャーリー・ウイルソンズ・ウオー≫ もしかり。対ソに対する米国のアフガニスタンへの武器供与と戦闘訓練。
                   ブーメランの如くあの <9.11> に繋がる、愚かとか言いようがない大国。


≪世界各国の軍事費最新データ≫ 
2015年の世界全体における軍事費総額は1兆6760億米ドルだそうですよ。

過去1000年の戦争勃発地域ビジュアル 
<これ、当ブログで幾度載せただろうか。 BGMのワーグナー曲「ワルキューレの騎行」が空しく響く>