スノーマン見聞録

ジャンルも内容も気の向くまま~“素浪人”スノーマンの見聞録

ヨーロッパの旅 (2012年9月)

2012年09月22日 | 雑感
ヨーロッパの旅 余談1 

旅の初めに

成田→ロンドン→チューリヒ→ミラノ→ローマ→ナポリ→ポンペイ→ベネチア→ザルツベルク→チューリヒ→成田

(復路をチューリヒでのストップオーバーを利用し、イタリアを中心に鉄道で巡る旅とした)

ヨーロッパ18日間の旅にでた。

ロンドンにワーホリで在住の娘がいるとはいえ、一人旅は不安なものです。

1年半前大病で入院した時のことを思うと不思議な感じがします。

旅に出られることだけでも、、、感謝しなければならない。

楽しみ半分、不安が半分といったところか!

さてどんな旅になるやら、、、、。





スイスインターナショナルエアーラインズ食事内容も良くスイスビールもチョイス有り!
しかし、ビールを少し残したまま手渡そうとすると首を振られ ”You can keep me” ”自分のことは自分でちゃんとしなさい!”ってことか。厳しいお叱りの言葉。
カルチャーショックはここから始まった!!





待望の大英博物館。ロンドンには博物館・美術館等無料の施設が多い。ナショナルギャラリーでは、ゴッホのひまわり、モネの睡蓮、ルノアール、ゴーギャン等の絵画を観ることができました。
大英博物館では百万円ほど寄付(右上)をさせていただきました! ちょっと少なかったかな!?





街のいたるところで音楽が、、ロンドンではピアノ演奏会も聴きました。それが結構安く千円以下で名だたる音楽も聴けるのです。生活に密着してるんですね。
ロンドンでは地下鉄の通路でジャズが、ナポリでは電車の中では突如軽快な音楽が、、。




大平原に突如として現れる巨石群。紀元前3000年以前から存在するストーンヘンジ。天文、葬祭か、、未だに謎とされる。松本清張『ケルト紀行』によれば、北海道忍路・東北にもストーンサークルが存在しているとのこと。古代のロマンです。どうしても観たく日帰りバスツアーを探し乗り込みました。
(ケルト人がブリテン島に到達する以前から先住民が造ったとされている)





途中、湖水地方(イングランド北部)に二泊三日で小旅行。
イングランド最大の国立公園。大小あわせて500の湖が点在する人気エリア。
夕焼けを待つなど至福のひとときを過ごしました。 
絵本ピーターラビットが生まれた地でもあり、作者がその印税で東京ドーム30個分もの土地をナショナルトラスト(イギリスで有名な自然保護管理団体)にその管理を委ねたそうです。




イギリスの食事はまずいと評判。上段はイギリス名物《フィッシュアンドチップス》と《イングリッシュブレックファースト》創業古い有名なフィッシュアンドチップス専門店で食べたが、、まあまあか!?
下段は、困った時の中華料理と本に書いており、、、これは安定の域!
日本食も食べた、、鯖味噌を注文したが味噌っていうより、、ん~!?




ローマで彼との出会いがありました。ローマ駅は二つあり。ローマテルミニ駅とローマティブルティーナ駅。二人共これに気づいたのはティブルティーナ 駅に到着してから。ティブルティーナ駅から中央駅のテルミニ駅までは地下鉄で4駅もあるのです。自動販売機で切符を買おうとしたが、全然分からず、、つい『わかんねえなあ!』ってつぶやいたら、横で日本人ですか?との声。協力しなんとか切符を購入。テルミニ駅迄行き朝食を共にし別れました。
震災の東北に千羽鶴を届ける運動をしており、世界中の日本人学校を巡り賛同への旅中とのこと。忘れていた千羽鶴の折り方を教わりました。 素敵な若者もいるものです! 





ナポリ市街はなんとゴミだらけで、バイクが行き交う喧騒の街。信号もほとんど無い。
怖くて一歩がなかなか踏み出せない。 夢の街、、、とんでもない!
でもそんなはずは、、、と思いナポリ湾、サンタルチア海岸へ、、感嘆するほど素敵な海!!
そのギャップが凄すぎる。 ギャップ含めナポリ夢の街! 確かにそうかも知れぬと感じた。
 



ナポリはスパゲッティ・ピザ・ジェラートを生んだ街で有名。マルゲリータ発祥の店『ブランディ』・元米大統領クリントンが食べに行った店『ディ・マッテーオ』とピザのはしごをしました。
やはり本場だけに美味! ブランディでは弾き語り、、オッソレミーオ♪♪ ここでもチップは百万ほどはずみました!?




紀元79年8月ナポリからの見事な景色で知られるヴェスーヴィオ火山の噴火で、火山灰は数メートルも降り積もり、当時2万5千人といわれた市民の多くが(1万人以上と言われる)硫黄を含むガス及び熱風にあい窒息死。失われた古代都市が遺跡となって現代に、、、ナポリから《ヴェスーヴィオ周遊鉄道》で40分。当時そのまま、絵画まで残っていた。
下段右~エッチな絵画も? そんな目でみるのは、、? 当時は家の魔除けだそうな!





水の都ベネチア。目的はバカラ(居酒屋)。『地球の歩き方』で紹介されていた店ベネチアで最も古い~500年前創業の『ドオモリ』。レアルト橋付近には立ち飲みのバカラが多くあり。地酒ワインをグラスで三杯。つまみにタコの煮付け等、、、ほろ酔いで後半のベネチア散策は早めに切り上げる始末。 運河に足を滑らせたら大変!!





ヨーロッパのど真ん中ザルツブルク。古代にはケルト人とローマ人が住み、ケルト人は岩塩(ザルツ)を採っていた。太古はここは海だったとのこと。駅からホーエンザルツブルク城まで徒歩で1時間あまり。城から観る景観は実に美しい。ここはモーツアルトの生誕地。
モーツアルトはここで生まれ、36歳の生涯の三分の一をヨーロッパ中の旅に費やしたと言う。(上段はモーツアルトの生家)




政治はどこの国でも暗い影を落とすが、子供達はどこの国でも元気で明るい! 
写真とるから集まれ~ みんな気持ち良いほど人なつっこい。

旅で感じたこと


旅の途中、、旅ってなんだろう? ふとそんなことを考えました。

”身体を動かして見えるものがある”

地球を4周もしたと言われるあの知の巨人・ジャーナリスト立花 隆さんの言葉です。

でも身体を動かせない方もたくさんおりますよね。

心の旅、、、生活しても、本を読んでも、もちろん身体を移動させる旅でも、、

ひとところに留まらないのが、、、旅なのかもしれない。

この旅を終えてそう思うようになりました。

旅の途中いろんな人に出会い、また助けてもいただきました。

これからもいい旅をしたいものです。


ヨーロッパの旅余談 2 (どう考えても不思議な街 ナポリ

2012年9月~ヨーロッパの旅18日間、撮ったデジカメ600枚内外。
せっかくですから少し紹介させていただければ、、、。



【ナポリの一日目】

紀元前5世紀にギリシャ人が移民して以後も、ローマ、フランス、オーストリア、スペインなど多くの国に支配され続け、16世紀前後ヨーロッパの繁栄をよそに凋落の時代も経験。

不況・雇用問題・南北の経済格差の拡大等諸問題を抱え、今もなお経済危機に喘ぐイタリア。

その南イタリアの代表格・ナポリに二泊した。


ナポリ駅前からナポリの下町スパッカ・ナポリ(世界遺産)迄歩いた。約20~30分位か。
(スパッカとは真っ二つに割るとの意味~ギリシャ人がここに初めて造った道のひとつとのこと)





古代の街並みとおごそかなキリスト教文化、庶民の猥雑な路地文化が混在しており、イタリア凋落後観光客からも物騒な街とされ、交通麻痺、泥棒といったイメージが残存。

だいぶ改善されたとはいえ、未だにごみが散乱し決して綺麗とは言えない細長い路地が続く、、路地にも教会が、、ナポリ庶民の精神的基盤なのか。

洗濯物が吊るされ、その下では下町らしく日本でいう井戸端会議がいたるところで、、、路地にはピザ店、雑貨店、小さなレストラン、果物の店、魚屋等が立ち並んでおり、その狭い通りをバイクが警笛を鳴らしながら通り抜けていく、生活感の漂う喧騒の街である。


ナポリでの目的の一つでもあったあるピザ店を探した。



スパッカナポリにあるピザの店『ディ・マッチーオ』。
あの元クリントン大統領が食べた店として有名になった店である。
テーブルが小ぢんまりとした小さな店であった。



店内に入り早速マルゲリータを注文。
店員が、私が日本人と知るや(結構日本人が食べに来る)自慢げに腕をまくってみせた。なんと芸者の刺青が彫ってあるではないか!
苦笑しつつ”おーベリーグッド”(あっここはイタリアか!)とは言ったものの、何か素直に喜べないものを感じた。



有名なせいか丁度どこかの放送局がカメラを回していた。
そのそばでは近所の人がアコーデオン!

ピザの味はまあまあか!
あの食いしん坊・辰巳琢郎著《イタリア 嬉色満面》(文芸社)にも紹介していたが、『味はそこそこ』『クリントンが食べたピザでクリントンが美味しいと太鼓判を押したピザではないのです』との記載が当てはまる、、、そんな味、、でした!


ナポリの駅から3分ほどのホテルに宿泊。

夜暗くなってからホテルの周辺(裏通り)を歩いてみた。
ナポリは怖い、、、そんな本の記載もあり身構えてはいたが、、、。
タムロして語り合ってる数人の若者の姿が目に付き、近寄りがたいものも確かにあったが、、生来の鈍感なせいか意外と危険は感じなかった。

いろんな人種が集まっているナポリ。
きっと怖い、危険、、そういう思い込み(イメージ)が先行しているのではと、、そんな気がした。
(やっぱり初心者は甘いですかね?)


イタリア人はとにかく声が大きい!

夜ホテルの窓を少し開けて寝たのであるが、どこからともなく何カ所からも話し声が深夜まで続くのである。 結構な大声に聞こえる。

でも不思議とうるさいとは思えず、音楽性があるというか? 逆になにか安心感が漂うのはなぜだろうか。



【ナポリの二日目】

午前中はナポリからヴェスーヴィオ鉄道で約40分にあるポンペイ遺跡の見学をした。

西暦79年8月ヴェスーヴィオ山の噴火で消えた街。
火山灰が18時間降り続いたという。
ある時、18世紀になり井戸を掘ってた人が遺跡を偶然発見がきっかけとなり、発掘作業を始め現代に蘇った奇跡の古代都市である。

そっくり当時のまま残されており、既に90%は発掘作業は終えているとのこと。

胸を躍らせ、朝早めにホテルで朝食をとり電車に乗り込んだ。



得意の?朝一番での到着。まだ開門しておらず、20分位門前で待つこととなった。
(日本から持参したパイプ椅子がここでようやく役に立つ)




1800年ほど前の古代都市がそっくりそのまま残っていた。石膏で固められた人骨までも。(右下は修復中の遺跡)



左図は当時の居酒屋。右図は当時のDNAで再現したぶどう畑。きっと美味しいワインで語りあっていたのでしょう。



円形闘技場、、、小ローマとでもいいますかポンペイにもありました。



朝は誰もおらず悠々と見学(野犬化された犬と私だけ?)、、、時間が経つにつれ、昼過ぎにはもう観光客でいっぱい! 

ポンペイは今回の旅で是非観てみたいところの一つであり、蘇った古代都市に迷い込んだ如くの貴重な体験でした。

必死で3時間程歩き回りましたが、、、正直疲れました。

世界中には数え切れないほどの遺跡がある。  ポンペイは自然現象で、、あの偉大なるローマもいまや遺跡、、、。

アメリカも日本もいずれ遺跡になるでしょう、、、、嗚呼! 諸行無常!!

時間があればソレント迄行く予定であったが歩き疲れて断念、ナポリへ戻ることとした。
 


帰りの車内で突然アコーデオンの軽快な演奏が始まった。
2~3曲の演奏後、もうイタリアでは馴れっこになったチップの要請。
その若者2人は途中下車、、、とここまではよかったのですが、、。

また一人の子供(5歳位か)連れの若者がアコーデオン!

チップの要請(紙コップで)を子供にさせ、その後を追い一人の若い女性が左手で乳飲み子を抱きながら、右手でチップを要請する始末。

なにか軽快な音楽とその光景の、、、マッチというかアンマッチというか!?

以前上海でも見かけた光景、、、他の国でもありがちとはいえ、、、カルチャーショックでした!


午後3時に一旦ナポリのホテルに戻って少し休み、今度はバスに乗りナポリ湾をめざした。



ナポリ湾近くにあるもうひとつのピザ店『ブランディ』を訪ねたが、夜7時半からの開店とのこと。(生来の行き当たりばったりのいつものツケが、、自業自得!!)



ナポリ湾・サンタルチア海岸を少し観て帰ろうと思ったのであるが、その景色の素晴らしさに感動! その場(海岸)に3時間も、、、海を眺めて至福の時を!!
海岸では釣りを楽しむ人、集まって何か話をする人々、、漁師かな?

その後再度、マルゲリータ発祥の店『ブランディ』に行き最後のナポリを満喫。
ここのピザは、あの旅行者のバイブル『地球の歩き方』やテレビ『世界ふしぎ発見』で紹介されたほど。抜群の味であった。


《ナポリでの不思議余談》

~ナポリのバスに乗った時のこと~

ナポリ駅からナポリ湾近く迄、もちろん私は切符売り場で往復切符を購入し、バスに乗り込んだのであるが(確かに車内真ん中あたりに切符を捺印するマシーンがあり)、そこに入れて印字する仕組みのはず、、、でもバスに乗り込んでくる客はほとんどの人が何もせず乗り込んでそして何もせず途中降車していくではないか! 

運転手は出入り共全くチェックせずの状態なのです。
これって9割がた無料乗車?? キセル??

性善説? それにしてはほとんどの人が、、、。 

いい加減? 気にしない? 寛容?  不思議な世界がそこにありました!!

ナポリでは、後に会った日本人も私と同様の思いを感じたと話しておりました。

ナポリって、、、?? イタリアって、、、??   不思議でした!!



ヨーロッパの旅余談 3(旅で出会った人たち

旅の途中いろんな人に出会い、またお世話になり、貴重な思い出になりました。




東京の大学4年生。翌年の就職が決まり今回1ヶ月の欧州自由旅行とのこと。
出発成田空港で会い、偶然にもロンドンのホステルでばったり。
その後ビールで乾杯! 若いって凄いエネルギーですね!
元気をいただきました。ありがとうございました。




ハデハデの二人。いくら派手でも凄いハデハデ!
スノーマンが真ん中に映った写真もあるのですが、、公表はやめときます!
旅の途中、女性の旅人が男性より多いと感じたのは私だけでしょうか!?
世界はもう女性の時代に、、、。
それにしても、お二人さん、人生もう少し地味に生きたらいかがでしょうか??




ローマで縁があり朝食を共にした若者。
東北被災地へ千羽鶴を届けるため、世界各国の日本人学校へ協力呼びかけの旅と言う。あの時忘れていた千羽鶴の折り方教えていただきました、、、ありがとうね!
日本はまだまだ大丈夫です!




ホステルでの出来事。となりのベッドの方がパソコンを盗まれた。警察が来て取り調べ。私のリュックも開けなさいと言われ、、、開けて一つ上のものを出したら、、、はい!もういいですよ!、、、って! えっ! もう少し中まで調べたらって思いました。形だけで捕まえる気なぞ全然ないのですね~! 
日本の警察を見習いなさい! といってもそれぞれの立場で頑張っているのですよね。
警察官を盗撮してしまい、、、お許しください!




帰りのチューリッヒ空港レストランで、、、神戸に居住経験ありの外交官。
ナポリへ行くと言ったら、英語と日本語を織り交ぜて、、説明してくれた。
話は、、マフィアまでに及び、、。
英語と日本語織り交ぜると、、すごく解りやすい、、外人はこうでなくっちゃ!




この方もチュリッヒ空港で、、プラットホームを尋ねたら(飛行機到着口から目的のプラットフォームへは地下電車で行くのです)切符購入場所と乗り場までわざわざ案内してくれました。
日系スイス人とのこと。
人を待ってるが時間があるのでと話しておりましたが、それにしても助かりました。ありがとうございました。




駅ではまずインフォーメーションを探し、そこで情報を得ることをよくしました。
この方は日本語をカタコト話すことが出来、助かりました。
プラットホームやコインロッカー、携帯の充電可能場所迄尋ねたらその場でしてくれて。
日本にワーホリで1年ほど行った経験があり、”日本大好き”とのことでした!
いろいろ親切にありがとうございました。




知人の紹介で縁があり、ロンドンでは大変お世話になりました。
ワーホリでロンドンに居住とのこと。
地下鉄の乗り方・切符オイスターカードチャージの仕方他いろいろとご指導いただきました。
一年ほどで日本に戻るとのことでしたが、是非日本にいる親に心配かけないようにしっかり生きてください。
お世話になり、ありがとうございました。




ミラノからローマへ向かう夜行列車の乗降口で、駅員と名乗る?二人が待ち構えており、切符を見せるだけと思いきや”切符に加えなんとパスポートも預かる”とのこと。
パスポートまでなぜ?と尋ねたが”パスポートも”と言い張る。

どこからみても右の人はそれなりのネクタイしているが、左の人は、、ただのおじさん!(失礼)日本人と知るや人なつっこく”横浜行ったことがある”などと話しかけてくる。
朝7時到着なのでそれまで預かり、起床促した時返却するとのこと。
なにかの本でそのような事が書かれていたのを思い出し、言うに従った。

もう少し駅員らしい格好をとは思いますが、、、疑ってすみませんでした!

でも朝4時にザルツブルククに到着する夜行列車の時はそのようなことは全くなく、自己責任でした!

いずれにせよ、、イタイアは、、なんとラテンのいい加減(失礼!)いや明るく面白い国でした!



写真には無いお世話になった方々

~コインランドリーでのおばちゃん

ロンドンホステル近くでコインランドリーを使用した。戸惑っていると、そばにいたイギリス人(おばちゃん、、失礼!)が教えてくれました。
待ち時間中話をした。こちらの英語が頼りなく、通じないとみるや逆におばちゃんの方が身振り手振りのジェスチャーが大きくなり、、、愉快でした。
おばちゃん、そのせつはお世話になりありがとうございました!!

~道を教えてくれたおばあちゃん

チュリッヒホテルから駅に向かう~間違って反対方向へ向かってしまい、、道中でおばあちゃんに道を尋ねた!ドイツ語で一生懸命(ほんとに必死に)教えてくれたが、この時は方向の間違いに気づいておらず、おばあちゃんが単純に間違っていると思い込み、、、本当にごめんなさい! おばあちゃんの方が正しかったのです。 
これからは人を信じて生きていきます!  ありがとうございました。

~列車内でのイラン人

ベネチアからザルツブルク迄の列車内、6人がけの席に私とイラン人のみとなり、どちらもカタコトの英語でしたが少し話をした。エンジニアをしておりホリデー(長期休暇)で旅行中とのこと。
イランは政治的にも混乱しており、政府に逆らえば(ピストルの構え)!だから嫌いだが国民は好きだ、、、とも。
宗教・政治・言語複雑に入組んでおり大変な国のようです。
英語ができればもう少し深堀した話ができるのに、、、残念でなりませんでした。


ほかにもいろんな人との出会いがあった。
みなさん、一期一会でしたが貴重な思い出になりました。

本当にありがとうございました