スノーマン見聞録

ジャンルも内容も気の向くまま~“素浪人”スノーマンの見聞録

もっと音楽を ♪

2014年05月31日 | 雑感
欧州に二度しか行ってないのですが、それでもこれだけの音楽シーンに出くわした。 


      
      地下鉄構内でブルースが ウイスキーでもあれば最高 

      
      マーケットの一角でも 街々に音楽が根づいている     

      
      路上でラテンの響きが 皆好きなんですねえ音楽が        

       
      チケット500円~ しかも有名ピアニスト(ファジル・サイ)のコンサート  

      
      地下鉄構内で もちろんノーチケット 自由立ち見席

      
      電車のなかで 突然軽快な音楽が流れる 驚いた

       
      ピザ店前で『オーソレミーオ ♪』 チップ百万円    

     

イ コ ン

2014年05月31日 | 雑感
≪イコン≫とは ギリシャ語で形とか像という意味。 正教会での宗教絵画・板絵である。

川又一英著 『甦るイコン』という本を手にとり、副題に「ロシアを映し出す鏡」とあったので読んでみた。

イコンを通して捉えた現代ロシアの心と原風景が描かれている。  どう考えてもロシアは深淵だ。

無神論を掲げる共産党政権により教会そのものが否定され、地下に眠っていたイコン。
ペレストロイカによる崩壊をきっかけに甦りつつあるという。

     

著者はこういう。 『イコンは路傍の地蔵のようなものだ』、、と。

イコンはルネッサンス絵画に始まる西欧近代美術とはまったく異なるという。

絵画ではあるが署名は加えない。 平面画法で描かれており西欧的な三次元表現を拒み続ける。

ロシアのなかには常に西欧コンプレックスとの相剋劇の歴史があるようだ。

(西欧は国家と教会が覇を競い合い、カトリックとプロテスタントを経て政教分離へと進んでいった歴史。
 一方のロシア正教会はというと、ピョートル大帝に始まった西欧文明の移入までは、国家と教会の調和の伝統
 を保ち続けていた歴史があった)

『西欧カトリック教会とロシア正教会の違いを把握しない限り、19世紀のアラブ派論客ドストエフスキーが唱えた反カトリシズム
 ・反西欧は理解できない』、、ともいう。


暗黒の時代、スターリンは西ウクライナをロシア化する為にウクライナカトリックをロシア正教会に組み込ませた。
当然ローマ教皇は当然認めず。その後ペレストロイカ時代を迎え、当時のゴルバチョフはヴァチカンと和解したが、今度はロシア教会が反発。

今 ウクライナをめぐってロシアと西欧がまさに覇権争いをしている。

経済や軍事もですが、その根っこにはこのような宗教をめぐっての深淵な歴史もあったようです。

今回この『甦るイコン』という本を図書館で探し読んだのですが、冒頭から読んでいたら口絵①と口絵②それに口絵③の説明記述はあったのですが、いくら探してもその口絵①②③が無いのです。

よく見たらその口絵が三つ共抜き取られ、④の口絵から始まっていたのです。
                          (きれいに④から合せた後遺あり)

先日図書館で『アンネの日記』が破られていた事件を思い出しましたが、こんなことってあるんですね。

(下図・抜き取られていた三つのイコンはインターネットより抜粋)
  

ハンス・ホルバイン『キリストの遺骸』 ・グリューネヴァルト『イーゼンハイム祭壇画』 ・聖使徒ルカ 『ウラジーミルの生神女』

『キリストの遺骸』    
         屍が横たわり、あばら骨の浮き出表情を失いとても救世主とは思えない。
         あのドストエフスキーに「人によってはあの絵のために信仰を失うかもしれない」と言わしめた。
                                        
『イーゼンハイム祭壇画』(観音開きの扉の構成)
         このキリストも同様に全身死斑で覆われた凄惨な姿で描かれている。

『ウラジーミルの生神女』
         右手に幼児を抱き、左手で我が子を救世主であることを示しながらも
         子の行く末に待つ受難を予知する、底なし沼のような深い悲哀をたたえた大きな眼。 


どれも復活などと信じることができないような ≪ただの人間≫ の死体と慈愛より不安がそこにあるばかり。

抜き取った意味も、人も、わかりませんが これも宗教のなせる業(ワザ)なのでしょうか。


最近 ラフマニノフなどのロシアクラッシックにハマっておりますが、もう少しロシアを探ってみたい そんな気がします。


飛び石日記 (2014年 春)

2014年05月28日 | 雑感
2014/05/28 記

夜中 ふと目を覚まし、あのスピーカーはどこにいったのだろう?  なんて考え始める。

20代の頃(今から20数年前??)忘れもしない、ビクターSX3という当時結構名の知れた白木のスピーカーを購入したのですが、そのスピーカーは今はどこに、、、なんて考えると 眠れなくなってしまうのです。

そういえばアンプもだ。

家にもない 捨てるはずはない 誰かに差し上げた記憶もない。 じゃ どうして今 無いのだろうかと ?!

3年前に大病で麻酔をされ、54時間も眠らされた。 その影響からか、ランダムに記憶が無いのである。

不思議だ。  痴呆症か? とも考えたのですが 40代半ば?では 痴呆症はまだ 早い!


最近ロシアクラシックにハマっている。 

チャイコフスキーから入り、ロシア音楽の父・グリンカ、ムソルグスキーやバラキレフなどのいわゆる五人組の曲。 今はラフマニノフを聴きはじめている。 ストラビンスキーなどロシアクラッシックはまだまだ奥が深い。

あのスピーカーと遮音の部屋があれば、、、。

仕方ない。 交響曲等音量が大きいのは ひとり 車内で 聴くことにします。

嗚呼! あの 名器 SX3 は いまいずこ!!

       

チューリップ

2014年05月28日 | 雑感
百合が原公園といえば名の通り≪百合≫の花ですが、まだ早い。
チューリップを撮影。(写真は今年5月27日)。 


   
        札幌・百合が原公園                      ムスカリとタンポポ

  


  


  


  

世界にチューリップは8000種もあるという。

この公園の片隅に 藤棚がある。 昨年は気候のせいか咲がいまひとつでした(写真は数年前のもの)。

必ず ここにくる。 もうすぐ薄紫色の なんとも美しい 藤の華が咲く。  

       

     

ここには高山植物の一角もある。
公園に咲く高山植物クリックしてみて下さい

領土問題(パートⅠ)『国境』

2014年05月23日 | 雑感
17世紀半ばに「主権国家」が生れたことで国境の概念が見直されるようになった。

この国家が歴史上明確な形となったのは、ヨーロッパで30年戦争の後で結ばれたウエストリファリア条約(1648年)のころといわれている。この条約ができたことで固有の領土を持つ国家(主権国家)が誕生したという。

16世紀から18世紀初めまでは、新たな土地を「発見」したものがその所有者だった。

その後人が住んでいても、その土地がどの国にも属していなければ「無主の土地」として認められないとし、19世紀後半に入り、いわゆる「先占実効支配」と称し、「実効支配が国際法上の領土先占の要件」と時の欧米植民地・帝国主義の利益優先として勝手気ままなる定義が創られ今日に至っている。


実行があるというは、土地を現実に占有し、有効に支配する権力をもうけること。
ある程度の行政機関・警察力・兵力が必要とされる。

近代ヨーロッパ強国が多民族の領土を略奪するのを正当化するために考え出した「無主地先占の法理」
としかいいようがない。


そして肥沃な土地やそこに眠る天然資源が各国間の紛争の種となり、さまざまな戦争がそこに生れる。
本来国家間の合意で国境が策定されるのですが、互いの利益が複雑に絡まり二進も三進もいかなくなる。

さて日本はというと、、、日本国の領域とは。

領土(国家主権が及ぶ陸地部)・領海(沿岸12海里22キロ以内)・領空(領土領海の上空のみ80~120㎞)

無数の島(6852の島ー100mからなる)日本の国土。 本島以外は全て島。
日本の四隅は、択捉島・沖ノ鳥島・南鳥島・与那国島。 いずれも離島。

問題はその範囲内にある北方四島・竹島・尖閣列島。 豊かな漁場・多大な資源が眠る島々だ。 

現在の日本の領土は、「1943年カイロ宣言」・「1945年ポツダム宣言」を経て最終的には「1952年サンフランシスコ平和条約」によって決まったといわれる。

「1943年カイロ宣言」  
  ルーズベルト(米)・チャーチル(英)・蒋介石(中華民国)が会談。対日戦争の基本方針と戦後処理方針を発表。
  領土については、第一次世界大戦、日清戦争などで日本が得た土地を放棄するよう求める。

「1945年ポツダム宣言」
  日本はポツダム宣言を受諾。8条ではカイロ宣言の条項を履行するよう求められた。

「サンフランシスコ平和条約」
  条約発効。カイロ宣言とポツダム宣言は領土について具体的な取り決めを行ったものではなく、
  この条約で日本の戦後の領土が正式に決められた。

     

この「サンフランシスコ平和条約」で日本の放棄すべき地域をリストアップしたが、《尖閣列島》・《竹島》・《北方四島》はその中に入っていないという一貫した日本政府の見解です。

  条約第2条で朝鮮の独立を承認し、続けて日本が権利を放棄する地域を、固有名詞で挙げている。
    ① 済州島・巨文島・鬱陵島を含む朝鮮
    ② 台湾・澎湖諸島
    ③ 千島列島・南樺太とこれに近接する諸島

  尖閣列島も竹島も含まれていない。さらに厄介なのは北方四島の解釈だ。

じゃ、どうして《中国》・《韓国》・《ロシア》との間でこうも争っているのだろうということになる。


領土問題(パートⅡ)では 『尖閣列島』 を取り上げてみることにした。

領土問題(パートⅡ)『尖閣列島』

2014年05月23日 | 雑感
中国は、いつから尖閣を中国領と言い出したのか。
1971年、76年間も沈黙していた中国と台湾が、突然「侵略・強盗の論理」で激しく非難しはじめた。


その3年前、国連アジア極東経済委員会が東シナ海海底の学術調査を行い、同海底におよそ1000億バレルに相当する石油が埋蔵されている可能性が高いと発表した矢先でした。

世界第三位のイラクに匹敵する油田が眠っていることになる。
 
なぜそのタイミングで言い出したのか、、と日本が言うのも頷ける話ではある。

<尖閣は中国の領土>との立ち位置の書も読んでみようと思い、次の書を探した。 
井上清著 『尖閣列島』(釣魚諸島の史的解明)という本だ。 
井上氏(1913年 - 2001年)日本の歴史学者。京都大学名誉教授。

日本政府は日中間に領土問題は存在しないという立場をとっている。

「時の明治政府が再三調査をし、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認した上で、
 現地に標杭を建設する旨の閣議決定をおこなった」 としているのだ。

いわゆる尖閣は無主地だとし、国際法上での「無主地先占の法理」による実効支配だ。

しかし、<いや尖閣は中国の領土>とする井上氏の反論はこうだ。

国際法なるものは、「他国に対して自国の行動を正当づける」ためにもちだされた法理ではないのか。

明、清の時代に中国領を証づけるの中国の文献・記録・図説があることを主張。
中国・琉球の文献のみならず、日本の林子平の『三国通覧図説』の付図までもちだす。

(長くなりそうなので、これに関しては次の機会にブログに載せます)

領有に関しての日本政府の調査についてもこう反論する。

1885年の内務大臣命での沖縄県の調査のみであり、しかもその結果を報告したという沖縄県は、

「国標建設ノ儀ハ、清国トノ関係ナキニシモアラズ、万一不都合ヲ生ジ候テハ相スマズ」

との文を載せ、この島に対する清国の権利を暗に認めて、国標の建設を躊躇していた、、 と。

また その沖縄県命の伺いに対し、日本政府側の内務・外務も連名で、

「書面伺ノ趣、目下建設ヲ要セザル儀ト心得ベキ事」と指令していた。

内務・外務もまた、中国の抗議を恐れ、いますぐの領有には反対し、あきらめた経緯もあり、
歴史の偽造もはなはだしい、、 と。

また、1896年に政府が時の事業家・古賀辰四郎に30年の無償貸与を許可し実効支配を推し進めた
ことに関しても、、、。


釣魚島開拓の許可願いを沖縄県に出した時、県は「島の所属が帝国のものなるや否や不明確なりし為に」
とその願いを二度にわたり却下。

それから9年も経ってから日本が日清戦争で、日本の勝利が確実になった時を見はからい
釣魚島に標杭を建てさせるを沖縄県と秘密文書(朱赤の秘とされ)にて協議したではないか。

、、などと反論している。
しかも、その後標杭は何年経っても建てられず。建てたのは実に1969年。尖閣に豊富な油田ありとされ、領有権が日中間で争いのまととなってから初めて、琉球の石垣市により標杭が建てられたという。

自分の立ち位置を確認する絶好の書と思い、読み進めたまではいいのですが、どちらも一理あるなあ
なんて思ってしまい 生来の風見鶏のせいか、その立ち位置が余計分からなくなってしまったようです。


この本を読んで感じたことは、『断言することの恐ろしさ』 であった。

中途半端な知識で断言する 断言しなければ生きられない世の中。

人間のどうしようもない業(ごう)なのでしょうかね。 非国民 平和念仏主義者 スノーマンでした。



≪国民の芸術≫という本

2014年05月21日 | 雑感
表紙を飾るのは仏像・阿修羅像(興福寺所蔵)です。

この仏像、女性に人気なのだそうです。
なかなかのイケメン。 仏像だから男も女もないとは思うのですが、美形の男性かな~。

仏像芸術から絵画・彫刻・土器・土偶・能・映画・音楽に至るまで日本の芸術文化論を語っている本である。


   

芸術を人間が生み出したものとするならば、それは偶像崇拝の最たるものなのでしょうか!?

仏像を生み出した仏教もそうですが、宗教は本来、信仰のみが第一義とされ、
教祖そのものの偶像さえ拝むことはなかったという。


ユダヤ教におけるモーゼの戒律や、イスラム教の偶像崇拝禁止もしかり。

キリスト教も仏教も、どちらも発祥から数世紀の間は偶像を崇拝することはなかったが、布教と世俗化の必要性からか、宗教がいつしか形を伴い、美を伴って表現されることが要請されるようのなり、最初はわかりやすい絵解きやシンボルの必要性が出発点となったが次第に自立した絵画、彫刻として発展していったという。

確かにその通りですが、ではどうして日本の神々はなぜ、ギリシャやメソポタミアのように、その姿が美術の像として表現されないのだろうか、、、にまで話が及び、ユダヤ教の偶像崇拝禁止や、仏教の中での道元禅師の偶像崇拝禁止への姿勢・芸術否定までに話は進んでいく。

著者は田中英道。日本の美術史家。東北大学名誉教授。
<新しい歴史教科書をつくる会>の会長を務めたこともある。

このつくる会、従来の歴史教科書が「自虐史観」の影響を受けているとして、新たな歴史教科書を創ろうという使命感で1996年設立したが、編集方針をめぐり分裂。「教科書改善の会」など一部の保守系団体は、つくる会は近代的・合理主義的な国家観を有しており左派的であると批判。

私なぞは、これらの会はどちらもかなり右派的な団体と思えるのですが、、、。
人の考えは、その人の立ち位置で随分と見方が変わる。 面白いものです。


親鸞とルターの類似性 能に降臨する日本の神々 浮世絵芸術 城郭建築美等々。
日本の芸術を余すところなく記述。 

750ページまでにわたる分厚い本であるが、とにかく面白い お薦めの一冊です。

話は変わりますが、先日集団的自衛権での反対意見、朝日は50%台・産経は30%台だそうです。
こんなにも違うのですね。

右派にも左派にも接し、、自分の立ち位置を再確認してみてはいかがですか。

つくる会編・他に西尾幹二著 『国民の歴史』・西部邁著『国民の道徳』もある。



インドの笑い話

2014年05月16日 | 雑感
古代インドのサンスクリット語による説話集や民話、物語集から三つ抜粋。

     

 ≪永久の王座≫

   アクバル大帝が、ある日ふと こうもらされた。
   「このまま永久に王位についたままでいられたら、さぞや満足じゃろうな」
   それを聞きつけて、ビーバルが即座に一言発した。
   「むかしから王位が永久不変だったら 
    大王さまも王位につかれることがなかったことになりますが・・」

                          ああ 祇園精舎の鐘の声!                          
 ≪は て な≫

   ニューデリーのとある街角にふたりの男が立っていたが、
   向こうから二人の女がやってくるのを見ると ひとりの男がはっとして
   「あれは、うちの女房と僕の彼女じゃないか」
   するともうひとりの男が
   「おや、僕もそう言おうと思っていたんだ」

                          ん~ 古代インド人も なるほど!                           
 ≪勿怪(もっけ)のさいわい≫

   さる金持ちの老人が、お金にものをいわせて若い娘を嫁にしたが、
   嫁はしわくちゃ爺(じじい)がいやでたまらず 毎晩そっぽをむいて寝ていた。
   ある晩、夫婦の部屋へ泥棒が忍びこんだ。
   それと気がついた嫁は、怖さのあまり くるりと向き直って亭主に抱きついた。
   喜んだ爺さんは、あたりを見回し部屋の隅にいる泥棒の姿を見ると
   「おい泥さん 礼を言うよ 声をたてて下男を呼んだりしないから さっさと帰んなさい」

                          
爺さん あまりムリを しなさんな!                          

≪永久の王座≫はとんちばなしより。 ≪はてな≫・≪勿怪のさいわい≫は好色ばなしより。
ほかに風刺ばなし、カーストばなし、滑稽ばなし、愚人ばなしなどがある。

古代インド人は宗教や哲学ばかりに没頭しているわけではなかった、、ということか。


昔 男ありけり

2014年05月15日 | 雑感
入江杏子著 『檀一雄の光と影』を読んでみた。
 
杏子の本名は久恵。 舞台女優。 愛人だった人が檀の死後23年経って書いた本である。

         

 ≪ モガリ笛 いく夜もがらせ 花ニ逢はん ≫ 

壇一雄・昭和50年亡くなる5日前に書きとめた絶筆の句である。
(モガリ笛とは冬の烈風が吹きつけるヒューヒューと笛のような音を発する)

三年前の当ブログ 読書三昧(1)『檀一雄』クリック でも、この花は誰? モガリ笛は病室に吹き付ける音? 
くらいにしか思っていなかったのですが、この本を読んでそのモヤモヤが晴れた気がした。

 『一度この手で彼を抱き得たら、その場で死んでもかまわない』
 『彼とのことは、起こるべくして起こった不可抗力の嵐だったと思っている』 
 『清冽玉を洗うような美しさと、血みどろの求道心は、彼の中を最後まで流れ続けていたように思います』
                                                          と語っている。
生前檀さんは久恵さんのことを<ヒューさん>と呼んでいたようです。                           
エピローグでこう語っていた。
 『モガリ笛のヒューヒューという音は、
  死の間際に、『火宅の人』の桂一雄が矢島恵子に呼びかけたのではないかと思えた』、、と。


出会いから別れ。 妻ある人を愛した苦悩。 檀一雄死の二カ月前での病床見舞い。 そして死。  
日常の通念の破壊に挑んだ二人の清らかな、それでいて哀切きわまりない深い愛は驚愕の一語でした。

 昔 男ありけり。 いたんですねえ  こんな男が。
 そして、 いたんですねえ  こんな一途な  素敵な  女性が。

≪作品のみならず、檀一雄の実像について下記も参考に≫

       
   檀 ふみ著『父の縁側 私の書斎』        沢木耕太郎著『 檀 』
    (檀ふみは妻ヨソ子さんの子)       (妻ヨソ子さんに一年間密着取材で書かれた本)


咲けないさくら

2014年05月11日 | 雑感
ベランダの前に二本の桜が植えられてある。

右は当マンションが建てられた頃からのもの(20年近く前)・左は二年前に植え替えられた桜です。

(実は植え替えられる前には白樺の木があったのですが枯れてしまい、この桜に植え替えられたもの)

ここは特に風雪が強く陽が当らない場所なのです。
昨年咲いたのは二輪のみ。 今年は全く咲けませんでした。 


  

生きていてくれ。 そう想わずにはいられません。 

窓際にお酒を運び 咲いた桜と 咲けない桜とで ひとり花見。


なによりも 愛おしいさくら なのです。  必ず咲く。  俺もがんばる。

念仏平和主義

2014年05月10日 | 雑感
新聞・ニュースでも『ウクライナ情勢の混迷』の記事が日々絶えない今日この頃です。

ウクライナ東部親ロシア派勢力がプーチン氏の提案(独立の是非を問う住民投票延期)を拒否。

クリミアとは違いクライナ人が過半数を占めるウクライナ東部では、独立を支持する人は3割程と少なく、プーチン政権は
独立してウクライナから切り離されるより、連邦制導入で新政権への影響力を維持したい思惑がミエミエ。


ある評論家は『ロシアの狙いは領土じゃなくウクライナがNATOに加盟出来なくなる国家体制を創ること』という。

先日のブログ読書で旅するロシアでも西欧とロシアのせめぎ合いの話をしたが、まさに国同士のペテンの掛け合い。

歴史、特に軍事面が書かれてある・武田龍夫著『白夜の国ぐに』という本を読んでみた。
(白夜の国といえば北欧、フィンランド・スエーデン・ノルウエー・デンマーク・アイスランド・グリーンランドなどだ)
   私はいつも読書での旅ですが、現地を旅した白頭人ブログ(世界百カ国紀行)参考に。

スエーデンやロシアに占領された歴史をもつフィンランド。ロシアからの独立での内戦ではその犠牲者は2万4千人とも。
NATOの槍といわれるノルウエー。NATOの楯といわれるデンマーク。NATOの沖縄といわれるアイスランド。
それぞれが大国による介入の狭間で領土を分捕ったり分捕られたりの悲しい歴史ばかり。

グリーンランドでもロシア主要部が入る巨大レーダー基地や、大陸間弾道弾に対する早期警報基地があるなどNATOの戦略的触角となっており、北欧はいわゆるNATO軍事基地の要所である。
(勿論ウクライナ、クリミア半島・ウクライナ東部も西欧とロシアにとっての地勢的・戦略的要でもあり両者譲らずも必然だ)

いかにも世の中が経済や宗教や領土で動いているように見えるが、その行きつく先はやはり軍事ではないか。
そんな気がする。でも多くの日本人は(私も含めて)”平和を祈れば平和になる”と考えているようです。


さて、ここにきて集団自衛権の論議が活発になってきた。 
今朝の新聞でも、『公海上の臨検』や『戦闘中の機雷除去』など例示され、政府の方向性が示された。

日本にどこかの国が”侵略してくる、いやしてこない”で大きく考えも二分されるといわれる。
してくるで核保有まで、してこないで安保破棄まで、、そこまで行きつくのが人間の業。

戦争をしてきた国の歴史から学ぶ。そして、戦争から遠い国を探すのは至難の業ではあるが、世界の中立国なども併せて学ぶことも大切なような気がします。

≪国と国とは 詐欺する・誤魔化す・ペテンに掛ける 本当に滅茶苦茶なもの≫ あの夏目漱石の言う通り。

勿論このことを肝に銘じ、論議する必要あるのは言うまでもなし。

     
    アサルトライフルを携帯したまま買い物するスイス民兵。
    スイスは永世中立国であると同時に、徴兵制を有する国民皆兵国家でもある。
    当ブログ・スイスアルプスと軍事

ライン川の街並み

2014年05月07日 | 雑感
早いもので もう 五月。 札幌の木々も芽吹き 桜の花も咲く季節となりました。

日本では、暖かくなったり寒くなったりしているうちに、いつとはなしに春になってしまう。
ドイツでは違うといわれる。 

 ≪ハイネの詩≫ シューマン歌曲集『詩人の愛』第一曲より
     (Im wunderschönen Monat Mai 素晴らしく美しい五月に)

     素 晴 ら し く 美 し い 五 月
      す べ て の つ ぼ み が は じ け る と き
       そ の と き 私 の 胸 に も
        恋 が 芽 生 え た
     素 晴 ら し く 美 し い 五 月
      す べ て の 鳥 が う た う と き
       そ の と き 私 は 彼 女 に 打 ち あ け た
        私 の あ こ が れ と 望 み と を


私の今の心境にぴったりな詩です。 ん? 五月病かな? 熱38度5分。

ドイツには ハイネやゲーテの美しい詩も バッハやブラームスの荘厳な音楽も ナチスの暗黒の時代もあるや
これも人間の 成せる業か。 不思議ですね。

何年か前のツアーでのドイツ旅。 どこの街を通ったのかさっぱり。 やはり添乗員さんに任せっぱなしはよくない。
一応写真は撮ったので載せてみます。 ドイツであるということだけは 間違いないようです(笑)


  

  

  

   

  


マネ・モネ・MONEY

2014年05月01日 | 雑感
フィリップ・フック著 『印象派はこうして世界を征服した』 という本を読んでみた。
著者は世界最大のオークション会社・サザビーズ社の美術部門シニアディレクター。国際的画商でも知られる人である。

印象派画家というと、マネ・モネ・ピサロ・シスレー・ルノワール等がいる。

 
         モネ『日の出』                       マネ『草上の昼食』       
題名からは印象派自体がいかにも世界を翻弄したかのようであるが、読んでいて実はその逆の気がした。
大国の一握りの富裕する者達が、そこに住む人々だけではなく美術・芸術までをも翻弄する。


フランスでアカデミーへの抵抗運動として生れた印象派。アメリカ初め富の増加に伴う巨額マネーが印象派へと向かう。
ドイツでは反ユダヤカードとして政治的に利用され没収破壊。その後国外(特に戦利品としてソ連)に流出。
イギリスではフランスとの確執は続いたが、1904年英仏和親協定調印後印象派への受容が一気に進む。

絵画までもが各国の富裕層・巨額マネー・政治的意図・戦争などの思惑で翻弄される様子が一目瞭然でした。

じゃ日本はどうなんだ、、、ってことですが、これがまた情けない。

1950年以降従来個人的な売買で画商がその売買行為を取り仕切っていたのですが、オークションが幅をきかせるようになると、価格は急上昇。日本は得意?な財テクに踊らされるようになっていく。

1987年ポスト印象派・ゴッホの『ひまわり』を2475ポンドで安田火災海上保険㈱(現損保ジャパン㈱)が落札。
1990年にはルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』を大昭和製紙会長・斎藤了英氏が7800万ドルにて落札等々。

 
    ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』                ゴッホ『ひまわり』

絵画もお金を動かす道具として過熱していく。
当時過熱した不動産市場を抑えるため、日本政府は不動産価格を制御していた。

例えば印象派絵画を売りに出す時、不動産の売手に1000万ドルで売り、後日それを2000万ドルで買い戻す。
定価も無い価格も立証できない特徴を巧みに利用。不動産取引額を加重したり、政治家への賄賂を贈ったり。

(ちなみに斎藤了英氏は1995年賄賂で3年の懲役・執行猶予5年の有罪判決、1996年他界)

まさにこんな調子なのであった。 

世界二大オークション会社のサザビーズとクリスティーズ(共に発祥は英国)。
このサザビーズ・ジャパン代表の石坂泰章氏がその著書『サザビーズ』でこんなことを記していた。


日本には感性ビジネスは育たない。 受験で真っ先に捨てる科目は美術だとも。 
日本の教育はいかに情けないということか。
またホームパーティの文化のない日本にはコレクターは育たないともいう。
日本人は人に見せるを前提とせず、大半は宝物としてしまい込むのだそうです。

印象派絵画は明るくシンプルな色彩が特徴。 不安を和らげる力もあるといわれる。
それにしても一枚の絵に億単位の値がつく。 これも人間の成せるワザ。 

どう考えても人間は恐ろしい。  いや素晴らしいのか?