世界遺産・紀伊(和歌山)熊野山地。
わが、酒と温泉仲間(山岳仲間とは最近言いずらい)も数人旅したことがあるという。
私も8年ほど前、紀伊の熊野古道を少し(中辺路の一部)だが歩いたことがあった。
杉木立の静かな古道。 神仏習合・信仰の道でもある。
歩道には、九十九王子(くじゅうくおうじ~つくもおうじともいう)という実際には101程の王子社と名のつく神社(小さな祠)がある。
中世・「蟻の熊野詣」といわれた聖地 発心門王子。 古道沿いにはいくつもの王子社が並ぶ
「蘇生の森」「神々の森」「輪廻の森」 水呑王子など水飲み場に石の刻名だけの王子社もある
伏拝王子から撮影 熊野の神々の森を仰ぐ 熊野本宮大社
(真ん中に見えるは熊野本宮大社) 熊野三山の一つで、社殿が国の重要文化財
≪熊野本宮大社≫
出雲の熊野村の住民が紀伊に移住、その時出雲・熊野大社から分霊を勧請されたという説がある。
シンボルの八咫烏(ヤタガラス)。 熊野の大神(素盞鳴尊)に仕え、神武天皇を大和に導いたとされる。
その八咫烏の三本足は(昇る太陽・日中の太陽・日没の太陽)を現し太陽神からきているという。
約100年前、この熊野鎮守の森や神社の守護に深くかかわった南方熊楠(みなかたくまぐす)(1867-1941)という民族学者がいた。
植物学・生物学・哲学・歴史学・心理学・宗教・科学にも秀で、粘菌の研究では世界的にも有名な人。
日本ではじめて《エコロジー》を唱えた。 「知の巨人」 「那智の天狗」 とも呼ばれていたという。
(和歌山生まれ、アメリカ8年・イギリス6年学んだのち、和歌山県那智勝浦に戻り・田辺に永住)
さて、この方、聞こえてくるのはいわゆる【変人】。
一年のほとんどを半裸で過ごし、大酒飲みで、大法螺ふきだったとのこと。
時の明治政府がだした「神仏分離令」に反抗。熊野の神社やその森の守護(木々の伐採の嵐に抵抗)に尽力した反骨心旺盛な人物。
牢獄にも入れられたという。 豪傑な人もいたものです。
しかし分離令をきっかけに、特に地方の神官や国学者等が扇動し「廃仏毀釈」に至り、歪んだ神道国教化に進み、戦争への道を突き進んでいったことはご存じの通り。
明治維新を美化する人は多くいるが、、、ちょっと違う気がするのですが、、、司馬の遼太郎さんのせいか!(笑)
南方熊楠が描いた南方マンダラ(下図)とは。
なにか、ぐちゃぐちゃな図 これが南方マンダラ 密教の曼荼羅 上図は胎蔵曼荼羅(理~物質界)
あらゆる線が互いに絡まっている 自然界もしかり 金剛曼荼羅(智~精神界)と両界曼荼羅という
宇宙・世界観を視覚的に象徴的に現したものという。 古代インドに発祥し、密教とともに日本に伝来した
この曼荼羅の思想。
四方八方ほんとうにぐいちゃぐちゃに繋がっているのが、宇宙をも含めたこの自然界。
人間関係も、地球環境も、宗教も、、、。
南方マンダラではその絡まるところに○印が、、、両界曼荼羅も宇宙の(密教では大日如来)真理それに調和を現している。
別々の生き物・別々の民族・別々の宗教・別々の個性、、いいんじゃないですか、複雑に絡み合っていても。
永遠なる宇宙・自然界に学べ、、、との教え。 そんな思いがします。
インド・中国・日本と伝えられた両界曼荼羅もいいが、手書きのぐちゃぐちゃな『南方マンダラ』は、更にいい。
南方熊楠にこのような言葉がある。
宇宙万有は 無尽なり。
ただし 人 心あり。
心ある以上は 心の能(かな)うだけの楽しみを 宇宙より取る。
宇宙の幾分を 化して おのれの 楽しみとす。
これを 智 と称す
こんな【変人】なら たくさん出現してほしいものである。
わが、酒と温泉仲間(山岳仲間とは最近言いずらい)も数人旅したことがあるという。
私も8年ほど前、紀伊の熊野古道を少し(中辺路の一部)だが歩いたことがあった。
杉木立の静かな古道。 神仏習合・信仰の道でもある。
歩道には、九十九王子(くじゅうくおうじ~つくもおうじともいう)という実際には101程の王子社と名のつく神社(小さな祠)がある。
中世・「蟻の熊野詣」といわれた聖地 発心門王子。 古道沿いにはいくつもの王子社が並ぶ
「蘇生の森」「神々の森」「輪廻の森」 水呑王子など水飲み場に石の刻名だけの王子社もある
伏拝王子から撮影 熊野の神々の森を仰ぐ 熊野本宮大社
(真ん中に見えるは熊野本宮大社) 熊野三山の一つで、社殿が国の重要文化財
≪熊野本宮大社≫
出雲の熊野村の住民が紀伊に移住、その時出雲・熊野大社から分霊を勧請されたという説がある。
シンボルの八咫烏(ヤタガラス)。 熊野の大神(素盞鳴尊)に仕え、神武天皇を大和に導いたとされる。
その八咫烏の三本足は(昇る太陽・日中の太陽・日没の太陽)を現し太陽神からきているという。
約100年前、この熊野鎮守の森や神社の守護に深くかかわった南方熊楠(みなかたくまぐす)(1867-1941)という民族学者がいた。
植物学・生物学・哲学・歴史学・心理学・宗教・科学にも秀で、粘菌の研究では世界的にも有名な人。
日本ではじめて《エコロジー》を唱えた。 「知の巨人」 「那智の天狗」 とも呼ばれていたという。
(和歌山生まれ、アメリカ8年・イギリス6年学んだのち、和歌山県那智勝浦に戻り・田辺に永住)
さて、この方、聞こえてくるのはいわゆる【変人】。
一年のほとんどを半裸で過ごし、大酒飲みで、大法螺ふきだったとのこと。
時の明治政府がだした「神仏分離令」に反抗。熊野の神社やその森の守護(木々の伐採の嵐に抵抗)に尽力した反骨心旺盛な人物。
牢獄にも入れられたという。 豪傑な人もいたものです。
しかし分離令をきっかけに、特に地方の神官や国学者等が扇動し「廃仏毀釈」に至り、歪んだ神道国教化に進み、戦争への道を突き進んでいったことはご存じの通り。
明治維新を美化する人は多くいるが、、、ちょっと違う気がするのですが、、、司馬の遼太郎さんのせいか!(笑)
南方熊楠が描いた南方マンダラ(下図)とは。
なにか、ぐちゃぐちゃな図 これが南方マンダラ 密教の曼荼羅 上図は胎蔵曼荼羅(理~物質界)
あらゆる線が互いに絡まっている 自然界もしかり 金剛曼荼羅(智~精神界)と両界曼荼羅という
宇宙・世界観を視覚的に象徴的に現したものという。 古代インドに発祥し、密教とともに日本に伝来した
この曼荼羅の思想。
四方八方ほんとうにぐいちゃぐちゃに繋がっているのが、宇宙をも含めたこの自然界。
人間関係も、地球環境も、宗教も、、、。
南方マンダラではその絡まるところに○印が、、、両界曼荼羅も宇宙の(密教では大日如来)真理それに調和を現している。
別々の生き物・別々の民族・別々の宗教・別々の個性、、いいんじゃないですか、複雑に絡み合っていても。
永遠なる宇宙・自然界に学べ、、、との教え。 そんな思いがします。
インド・中国・日本と伝えられた両界曼荼羅もいいが、手書きのぐちゃぐちゃな『南方マンダラ』は、更にいい。
南方熊楠にこのような言葉がある。
宇宙万有は 無尽なり。
ただし 人 心あり。
心ある以上は 心の能(かな)うだけの楽しみを 宇宙より取る。
宇宙の幾分を 化して おのれの 楽しみとす。
これを 智 と称す
こんな【変人】なら たくさん出現してほしいものである。