スノーマン見聞録

ジャンルも内容も気の向くまま~“素浪人”スノーマンの見聞録

蛍 の 光

2014年11月26日 | 雑感
NHKの「マッサン」で主人公の妻・エリーが歌うスコットランドの民謡。

「蛍の光」原曲は オールド・ラング・サイン「Auld Lang Syne」という曲だそうです。
(作曲したのはスコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ)

スコットランド語「Auld Lang Syne」は英語で「Old long ago」、”懐かしくて古きよき日々”という意味で、
日本では別れ・旅立ちの曲だが、スコットランドでは祝い・再会の歌・喜びの曲だそうです。


  蛍の光原曲(クリック)
  (花火の画像で聴いてみて下さい)

   Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind ?
   Should auld acquaintance be forgot, and days of auld lang syne ?

   And surely ye'll be your pint-stoup ! And surely I'll be mine !
   And we'll tak a cup o' kindness yet, for auld lang syne.

   懐かしき友は忘れ去ってしまうものなのだろうか、
   懐かしき日の思い出も心から消えてしまうものなのだろうか。

   我らはお互い杯を手にし、さあこれから、
   懐かしき日のため、愛しみのこの一杯を飲もうではないか。


喜びと哀しみって、根はいっしょなのかも知れませんね。

早いもので、もうすぐ師走ですね。 喜んでいいのか 哀しんでいいのか 、、、。

健 さ ん

2014年11月19日 | 雑感
健さんが 死んじゃった。

哀しいですね。 寂しいですね。 でも 凄い映画俳優でした。 拍手したい気持ちにもなりました。

【 蛍の命 】は、21日ほどで消えるそうです。 人の命もそれほど変わらないのかもしれませんね。

  己が火を 木々に蛍や 花の宿  (芭蕉)

 

        
                                         画像ネットより借用(ホタルの木)
そういえば、特攻隊員がホタルになって帰ってくるという、そんな哀しい映画もありましたよね。
この『ホタル』という映画も見事でした。

    健さんに 感謝です。  献杯しようじゃないですか!

しむらの色 パートⅡ

2014年11月17日 | 雑感

         吉永小百合さんも ≪ しむらの色≫ を愛しているようです。

先日『語りかける花』という本を読み、どっぷり志村ふくみっていう人に魅入ってしまった。

片っぱしからその著書を読んでみた。
 『語りかける花』 『 伝書ーしむらのいろ ー』 『 晩禱(ばんとう)ーリルケを読むー 』 『 一色一生 』
『 一色一生 』は(第十回大佛次郎賞受賞作)でもある。

『 晩禱(ばんとう)』でドイツの詩人・リルケについてこんなことを記している。

 「リルケは旅の時、常に聖書とヤコブセン(デンマーク詩人・小説家・植物学者でもある)の書物を持ち歩き、
 片時も離さなかったという。
 
 ( ヤコブセンは≪無神論者の聖書≫と呼ばれている『 ニイルネ・リイネ(死と愛) 』という代表作をもつ ) 
 ヤコブセンのいう無神論の主旨は、「神の肯定・否定を超え彼岸に期待することなしに、この世の地上に於いて
 生ある中にすべてを見るべきであるということ」リルケが何度も繰り返し唱えていることと一である」。


聖書と無神論。 一見相反するものの中に大切なものが隠されているような、そんな気がした。

リルケの≪時禱集≫という詩集を論じながら、聖書・仏教・ロシアのイコン・ドストエフスキーなども引き合いにしながら、
生きるということへの深い思いを語る。 それは染色・染織の背後にある植物、生命への鎮魂書でもある。

話はドストエフスキーにまで及ぶ。 『語りかける花』より。 

 「貧しさは魂まで崩壊するとドストエフスキーは言っている。諸悪の根源とさえ思われるが、そんなに単純
  に割り切れるものではない。同じように富も諸悪の根源になり得る。
  どちらも人間の本質を抉り出す魔物である。
  ・・・・・・・・・・
  人間は神の意志に叛き、富者はその特権を利用して人類愛をふりまわし、貧者を餌にしてますます
  世間の称賛をうけ、世に蔓延ってゆく。
  富者は救われようのない勘違いをして、途方もなく傲慢になり他者をも自分をも泥沼に落とし込む。」


ひとりの女性として、ましてや80の老坂を超えて90歳にもならんとする方が、≪人の生き・死に≫を
こうも深く思い、日々の命に向き合う姿勢には驚愕する。 それに加えエッセイ・文章も実に上手く感心しきりだ。


志村ふくみさんの創る ≪詩≫ も素晴らしく、かつ世界各地に旅をする ≪旅人≫ でもある。

まだまだ多くの著作もあるときく。 

しばらくはこの90歳の美しい染織作家と≪素浪人・読書の旅≫を続けることとする。 


Ag(e)ing Process

2014年11月13日 | 雑感
≪ 老化現象 ≫ は英語で ag(e)ing process というのだそうだ。  
いくつになっても認めたくないのが人の常。  英語で誤魔化す(笑)

私ごとですが、先日腰からふくらはぎに痛みや痺れを感じMRIを撮ってきました。

腰下の軟骨と神経のすき間が一部狭くなってきており、擦れて痛みや痺れになっているそうだ。

医師 ~ ” 老化が原因ですね ”

 そう簡単に言えばいいってもんじゃない

医師 ~ ” 悪化したら手術ですが、今のところ痛み止めと血流促進薬で持ちこたえて下さい ”
 
 先生、治りますか? って尋ねたら

医師 ~ ” 老化は 無理ですよ ”

老化を言ってるんじゃなく 症状が治るかって 聞いているのだ!
それでも医者か! そう心の中で叫びつつ 笑って 誤魔化す。 

よくよく聞けば症状は、治る人もいれば治らない人もいるという。 なるほど 医者は正しい!
つい症状名を聞くのを忘れた。 たぶん腰部の狭窄症(キョウサクショウ)。 私もいいかげんなものだ。


一句 ≪ 珈琲色の 落ち葉の道で 散るを待つ 淡雪真近な 秋の夕暮れ ≫

札幌もめっきり寒くなってきました。 それにしても暗い句ですね。 もっと明るく生きねば!(苦笑)



しむらの色

2014年11月13日 | 雑感
今月初めNHKで放映されていた染織作家・随筆家の【志村ふくみ】さん。

どうですか この気品のある姿。 90歳だそうですよ。
二歳の時志村家の養女となり、十八歳にしてはじめて自分の両親・兄妹を知ったという。

染織に生涯をささげた人間国宝。 染色は≪植物の命を奪って色をだす≫仕事だと語る。 

  

自書『 語りかける花 』(第41回日本エッセイスト・クラブ賞受賞) にこんな言葉がありました。
(『 伝書 しむらのいろ 』 『 一色一生 』他 著書多数)

  蓮(ハス)は四日の命という。
  わずか四日の命を蓮は咲きって散る。
  少年・青年・壮年・老年と、いかに人の寿命が延びたとはいえ
  人間も所詮は四日の命に尽きるのではないか。

  ・・・・・・・・・・・・

  ある日、ほとほとと白い訪問者が訪れる。その時私たちは扉を開き、快く招きいれなければならない。
  老いとはそんなものである。

  おそらくこの訪問者は、私自身よりずっと深く私のことを記憶し、とりこぼした荷物や忘れていた
  思い出を諄々と語ってくれるだろう。
  ・・・・・・・・・・・・
  私はこの友と二人でお茶を飲み、時の熟する音をこころよく聴き、時には共に旅に出ることもある。
  美しいものの近づいてくる時の、鈴の音がきこえるようになるのも、、、。

  もし第五の季節があるならば、めぐり会えるかも知れない。


≪ 第五の季節 ≫ ん~ 春夏秋冬とは違う季節 あるかも知れないですね。

ドストエフスキーやゲーテそしてリルケに心酔し、人間国宝でありながら
≪ 生命という常に生存の危機にさらされているそのものの色は染め出すことはできない ≫ と謙虚に語る。


美人とはこのような人のことをいうのではないでしょうか。

志村ふくみさんの実母・小野豊さんは、あの有名な柳宗悦の民芸運動に加わり、織物をしていたという。
娘・志村洋子もふくみさんに学び、染織作家としてその道を極めようとしている。




戦争勃発地域・ビジュアル

2014年11月08日 | 雑感
ワーグナーを調べていたら こんなのが見つかりました。
これは過去1000年間の地球上で勃発した戦争(地域)をビジュアル化したものだそうです。
                                             (ユーチューブより)
いかに戦争が止めどもなく起こっていることかがよくわかります。
しかもだんだん増えている。

BGMに ワーグナー作曲 ≪ ワルキューレの騎行 ≫ が流れている。  

過去1000年の戦争勃発地域ビジュアル(クリックしてみて下さい)

これをみると戦争の合間を潜って平和を求めるしかないのかなぁ、、なんて感じざるを得ません。

人間に欲がある限り、否 人間が地球上にいる限り、平和は来ない。 そんな悲しい気持ちになりますね。


ワーグナー

2014年11月08日 | 雑感
ワーグナーを聴きはじめたいと思い、その伝記と数人のワーグナー批評を読んでみた。

調べてから聴くか 聴いてから調べるか いつもバラバラな聴き方なのですが、今回は後者のやり方で。

その人物たるや、、、詩人・思想家・哲学者・音楽家・作曲家はまだよい。
浪費・賭博・借金・放浪癖・自己陶酔・ヒステリー・虚言癖・精神分裂、、と続き、反ユダヤ主義者でもあり、
あのナチスのヒットラーが心酔したことでも知られる。


     

伝記を読んだかぎりでも、その贅沢癖から借金に追われ1839年パリへ夜逃げ転々とし同64年にもウイーンを
夜逃げしたという話もあるほどだ。   革命運動にものめり込み亡命までもしている。

パリのどん底を味わったワーグナーは、フランス・ロスチャイルドに代表される
ユダヤ金融資本の繁栄は全ての社会悪の根源であるかのように映り、反ユダヤ主義が芽生えたようだ。


かのナポレオンだってフランスの貧困をユダヤ人による搾取に求めていたし、ユダヤ人であったマルクスさえユダヤ金融資本
をそのやり玉にあげていたように、貧困やその時の立場で、人間って変わるようです。 悲しい動物ですね。

しかしその反面、このワーグナーには熱狂的な支持者もおり、ワグネリアンたる言葉も生れている。

ワーグナーの音楽には、人々を好悪いずれかに分裂させる魔力ががあるといわれる。
ちなみに、少し前まで聴いていたブラースは反ワーグナー派と言われ、マーラーや詩人ボードレールはワグネリアンだという。

さてどっちに転ぶか聴いてみようじゃないか、、とまた変な闘争心・好奇心・猜疑心?が芽生えた。

大いなる矛盾をもつ男・ワーグナー! 自分も人間もみな、その矛盾を多かれ少なかれ抱えているようだ。

シビリアンの戦争

2014年11月02日 | 雑感
日本では平和らしき装いをしているが、世の中は未だに戦争も貧困も永遠と留まるを知らないのが現実だ。
 
自分には何も出来ないまでも、それらに無関心でいてはいけない、、といつもそう思うのだが。

先日北海道新聞の《各自各論》というコラムに三浦瑠璃さんという人が「積極的平和を考える」と題しての
記事掲載があった。 国際政治学者・若干34歳の若き女性だ。


      

東京大学農学部卒で国際政治学を学び法学博士でもある。
現在は日本学術振興会特別研究員として、政治・安保・平和を語る論客として脚光を浴びている。 

安倍政権の《積極的平和》主義を評価する一方、その危うさと懸念を中国・韓国や欧米など国際外交の中で
彼女なりの論を展開し、コラムの末尾を締めくくっていた。


 『 世界には、目を覆いたくなるような圧政や人道的悲劇が存在し、中には武力を持ってしか防ぎようが
   ないことがある。だからと言って、いまの日本社会には、そこでの平和のために犠牲を払う準備はない。
   戦後の安保論議を主導してきた一国平和主義を否定したいからと言って、準備も覚悟もできていない。
   積極的平和主義に踏み出すことには危うさが伴うと言わざるを得ないのではないか。』


まったくその通りとその論評に頷くと共に、凄い女性論客もいたものだという今更の驚きを感じた。

早速インターネットや著書を調べてみた。 
≪山猫日記≫というタイトルの三浦瑠璃さんのブログがあった。


面白いことに、今般憲法9条とそれを守ってきた日本国民がノーベル平和賞受賞を逃したことが話題になって
いたことに関し、受賞スピーチなるもの(案)を掲載していた。 下記をクリックしてみて下さい。

憲法9条ノーベル平和賞受賞スピーチ(案)

彼女の書いた『シビリアンの戦争』という本をも読んでみた。

シビリアンの戦争とは、シビリアン(市民・官僚・政治家等)の側が、戦争に消極的な軍を攻撃的な戦争に
追い込むという、従来の認識とは逆の現象が存在する、いわゆるデモクラシーによる戦争だ。


シビリアンコントロールという言葉がある。 シビリアン側が攻撃的な軍をコントロールするデモクラシー的な考え方がある限り、
戦争は抑制出来る。、、、との考え方に疑問を投げかけるている。

アメリカのイラク戦争しかり、イギリスのクリミア戦争・フォークランド戦争、イスラエルのレバノン戦争などを例に挙げ論理を展開。

 イスラエルの世論は国防軍の反対とは対照的に、圧倒的多数で開戦を支持し、従来平和主義の路線を崩さな
 かったほとんどの左派論客も開戦に加わったという。

 イラク戦争でも、ブッシュ・チェイニー等のシビリアンが、開戦に反対する軍をよそに戦争を遂行したのは記憶に新しい。
 アメリカ軍が消極的であったことは、大手のメディアからも取り上げられ、政府実務者・ジャーナリスト等には認識され
 ていたと一般にも知られていたところ。

分析力も鋭く、論理も一貫しており感心して読み続けていたのですが、こんなことも主張する。

 『戦争抑止には、国民の相当数がその当事者として軍隊的な体験を積むべきだ、と。それがあればこそ、
  人々は実感を持って平和を主張できる!右傾化、軍事化を憂慮する人々の最も嫌う徴兵制に近い体制
  こそが、実は最も平和維持に有効では』


徴兵制に近い体制・体験を主張しているのである。 これには実は私も驚いたひとりだ。 

実感をもってイメージすることに組みするか否かは議論の分かれるところである。
 
戦争がゲーム化されてきている今日、世界の軍隊が装甲車や無人機、兵器の操作に熟練したゲーマーと呼ばれる
戦争ゲームの達人の募集を検討している、といった嘘とも誠ともつかぬ情報がインターネットで流れていた。

手術ゲームで医療技術を磨かんとするまでは許せるが、、、どんな時代になってゆくのか不安がよぎる。

ネオコン勢力(政治に最も近い知識人・実務者の総称)や武器商人を含めたシビリアンによる戦争。
軍人による戦争から、ボタンひとつで殺す殺される戦争へと
                    いま多くに信奉されている民主主義が一役買わなければよいが。