無風老人の日記

価値観が多様化し、自分の価値判断を見失った人たちへ
正しい判断や行動をするための「ものの見方・考え方」を身につけよう。

今後のテレビをみる視点

2009年10月09日 | Weblog
私は、最近、日刊ゲンダイの記事を多用しているが、日刊ゲンダイは別に自民党批判に終始しているわけではない。
鳩山内閣・民主党政権批判も多く掲載されている。
私などは60年間一党独裁が続いてきたことだし(官僚支配はもっと長く、明治から)、米国のように民主主義精神をわきまえ4年~8年で政権交代している国でさえ100日ルール(政権交代後100日は新政権を批判せずに見守る)があるのだから、日本初の本格的政権交代はもっと長い期間(少なくとも1年や2年は)見守ってあげてもいいのでは(長期政権による“あらゆる分野での癒着”を考えると100日では何も出来なくても当然)と思ってしまう。
それなのに日刊ゲンダイも含め、テレビ・ラジオ・新聞等のマスメディアは民主党政権が未だ成立して3週間というのに“批判の嵐”と言っていいほど、新政権の政策・政権運営に疑問・クレーム・批判を繰り返している。

ただ、日刊ゲンダイは他のマスメディアが書かないような記事を、ときたま載せるので毎日目を通すようにしている。
少し前になるが、下記の様な記事が載っていたので、今後のテレビ・国会討論を見る際の視点になるのではないかと思い、載せることにした。(多少私の修飾あり)

■政権交代してみたら国の金庫はカラだった

8月の衆院選、自民党は民主党のマニフェストに「財源が不明確」と噛み付き「空前のバラマキだ」と批判した。

財源あとまわしでバラマキを繰り返してきたのは、他でもない自民党である。
カネが無くても道路や鉄道、ダムに浪費し、請求書は後世にツケ回した。
国と地方を合わせた長期債務残高は816兆円は自民党政治の負の遺産である。

その反省も無く、自民党政権は知恵者のような顔をして「財源なきバラマキは、無責任」とケチをつけ続けた。(マスメディアがそれに全面協力)
自民党政権が「財源を示せ」と繰り返してきた理由はハッキリしている。
自分達が金庫を空っぽにして、政権交代後の民主党政権がカネで苦労するようにしたのだ。


「麻生政権は景気対策が先だと選挙を先延ばしして4度も予算編成をしている。

事業規模で総額132兆円。

景気対策のために必要だとして、国庫に残っていた有り金をすべて、はたいたのです。
民主党政権が頼りにしていた埋蔵金も取り崩した。
自民党は政権最後の10ヶ月でやりたい放題やったのです。
領土を明け渡す前に家建物や食料を燃やしてしまう“焦土作戦”というヤツです」(財務省関係者)


■最後の補正予算で14兆円を山分けした自民党と官僚

民主党は当初、「埋蔵金」の財投特会(特別会計)と外為特会から4.3兆円を捻出できると計算していた。…中略…(しかし、ふたを開けてみると、その財源の確保が困難な状況であった。)
選挙期間中に「財源」「財源」と合唱してきた自民党は、こうなることが分かっていた。
散財してきた当事者だから当然だ。
それでいて、野党の立場で「ほら、財源がないじゃないか」と民主党を攻撃する魂胆だ。
国民を顧みないキタナイやり方である。卑しい連中の高笑いが聞こえてきそうだ。

「麻生政権は最後の補正予算で、真っ先に14兆円(or15兆円)という枠組みを決めました。
その上で、各省庁に好きなだけ予算をねだるよう求めました。
国の将来(国民の生活)とか財政規律(国民の金)とかをすっ飛ばし、どうやれば、そのカネを使いきれるかだけを考えるよう指示。(M:従ってA4一枚の申請書で100億円~200億円のカネを出したのである)

使いきれない分は基金(限年度でなく3年に渡って自由に使える金)をつくり積み上げておこう、としたのですから悪質です。
よってたかって、国民の金を食い潰したのです。」(政治評論家・山口朝雄氏)

(中略…国債発行恐るるに足らず、とその理由を述べて…)
財源不足の原因を作った自民党政権は、自分たちの悪事を棚に上げて「(財源がない)そら見たことか」と騒ぐだろう。(M:マスメディアも全面協力。もう既に、国債発行も必要かと考える民主党政権に対し『消費税を上げないとか言っておいて、赤字国債発行ですか、言うこととやることが違いますね。(まったく政治家は信用出来ない)』といった街角の主婦の意見をテレビに映し出して民主党政権批判・政治批判・国民の政治不信作りに徹している)
こんな卑劣な連中に屈してはいけない。
粛々と国債を発行し、国民のためにやるべき政策をやればいいのだ。

最近はこういった記事やブログの転用だけで成り立っている日記が増えた。
少しは私独自の意見も書きたいと思っているのだが、テレビ・新聞のヒドさに憤慨する日々が続き、ついつい同感するブログを引用して載せてしまっている。

そんな状態だが、今日はここまで、またね。