無風老人の日記

価値観が多様化し、自分の価値判断を見失った人たちへ
正しい判断や行動をするための「ものの見方・考え方」を身につけよう。

素朴な疑問

2013年10月22日 | Weblog
今日のテーマに入る前に前々回に載せた話に少しコメントを追加しておきたい。

それは、朝日新聞幹部(政治部)が「第一次安倍政権では全面対決し部数が減った。」と考えている点だ。

あなたはこれを、とんでもない考え違いだ、と思いませんか。

ブログでは朝日新聞の報道の劣化が言われて久しく、私も先祖代々?購読して来た朝日新聞を止めたのも決して朝日新聞が第一次安倍政権と全面対決し、いやだなと思ったからではない。

死んだ女房が「もう朝日新聞とるの止めようかしら」と考えたのは社の編集方針が変わって「Be」が出た時からで、「何で、“お受験”の子供を持つ母親の苦労・苦悩を年間特集で組むのか!」と怒り、朝日新聞が庶民生活の視点を変更してしまったことがもう取るの止めようと考えた原因だった。
私も朝日新聞の購読を断ったのは、有識ブログで盛んに書かれているように、あの「天声人語」の朝日新聞の記事全体が完全に劣化して読むに値しないと考えたからだ。

購読部数が減ったのは朝日新聞幹部(政治部)が考えている様な「第一次阿部内閣の時に全面対決した為」では決して無い事を声を大にして強調しておきたい。


さて、今日のテーマ=素朴な疑問に入ります。

《素朴な疑問》

①原子力発電は安い、と言われますが、日本国では56基(廃止予定含む)も原子力発電所があるのに何で産業用電気料金は世界一高いのでしょうか?



無風注:国が発表している世界の家庭用電気料金の統計ではそれまで日本がトップの座をキープしていたのですが、2000年以降、イタリアが突出して来ました。
これを国の統計では「原発の無いイタリアが世界一電気料金が高く、原発依存の高いフランスは安い電気料金です」と説明。
ショートコメントなので、詳しくは略しますので、あなたはお国事情や電気料金体系について詳しく調べてみて下さい。イタリアは基本料金が2種類あって云々。



②安倍首相が既定路線の「消費税値上げ」を発表した時、あるテレビ局は「安倍首相 “歴史的”会見」とのタイトルを会見中ずっ~と画面に映し出していましたが、消費税を上げますよ、という記者会見が何故“歴史的”会見なのでしょうか?


無風注:あとの世から見て、この会見により庶民は悲惨な目に遭うことになるから「歴史的」な会見だというのなら分かりますが、報道内容は「総理、4月からの消費税8%を決断!」と総理が勇断を振るったとの提灯記事ならぬ提灯報道・大本営発表なのだ。
大本営発表で思い出したが「午後6時から総理官邸で消費税値上げの記者会見を開く」と記者クラブの連中に通告し、NHKや各テレビ局を待ち構えさせ、安倍首相が壇上にのぼる所から生中継された(どのチャンネルを回してもこの生中継しか見れなかった)が、その映し出される映像に私はまるで独裁者の演説が始まるのではないか、と錯覚してしまった。映像では安倍首相が立派に見えるのだが、官僚が作文した原稿を区切るところを間違たり途中つっかえながら読み上げる姿はとても人心を掴める歴史的会見とは言えなかった。おそらくこの会見は後の時代から「あの時の会見は…」と歴史に残ることはない。どこが“歴史的”会見なのでしょうか。



社会保障のため消費税の導入が必要として、3%の消費税が導入され、少子高齢化による社会保障費財源不足として5%に引上げられました。

その結果が下図です。(元が分からず無断盗用です。悪しからず。)





マスコミの「財源不足だから仕方がない」「将来の子供にツケを押し付けるな」とのすり込みで国民の50%以上が安倍首相が“歴史的会見”を行なった今回の消費税増税に理解を示しています。(マスコミの世論調査による)

報道を見れば明らかなように、社会保障の財源不足を補う為の今回の消費税増税も法人税減税に充てられます。

だいたい、国が国民から消費税増税で8兆円(国民の懐・財布の紐が締まるので実質6.7兆円と言われている)を取って、大企業に5兆円渡すから社員(国民)の給料を少し上げるようにと指導(強制?)している国のやり方を国民はオカシイとは思わないのだろうか。

ある独裁国家の独裁者が言っていた言葉がある。

「国民には娯楽とスポーツと国民にとって少しの良い事を与えておけばよい。それで国家(権力者)は安泰だ。」

今の日本国の国家と国民はこの関係にある。 カジノ・オリンピック・給料が少しだけ上がる…。


今後の日記をショート・コメントにしていきたいので今日はここまで、またね。

続きます…。


相手の国にミサイルを撃ち込むことが正義ではない

2013年10月18日 | Weblog
植草氏のタイトル(やなせ・たかし氏の言葉)をそのまま使わせてもらった。

詳しくは植草一秀の知られざる真実を見て下さい。

今日もショート・コメントで行きたい。


子供の頃、地図帳に下図のような日本地図が載っていた。



隣りに現在の日本の領土が比較されて載っていたのだが、それをみて幼い私は「何で日本はこんなに小さくなってしまったの?」と5つ年上の兄貴に訊き、「戦争に負けたからだよ」との返事に、“日本が戦争で負けなければ”と口惜しがった。「残念だなあ」―――これが幼い頃の私がこの地図を見たときの素直な感想である。

同じような例だが、子供の頃、テレビが各家庭に普及して間もない頃に白黒テレビで西部劇が流行った。「ララミー牧場」「ローハイド」「拳銃無宿」「ボナンザ」等々。

この西部劇の中でも、私は例えば、映画「駅馬車」で主人公ジョン・ウエインが白人を殺して頭の皮を剥ごうと駅馬車を襲撃して来る凶暴で残虐な悪いインディアンを「ばったばったとなぎ倒し」ていく場面にカッコいいなと興奮したものだ。


この私の子供の頃感じた上の二例を何故挙げたかと言うと、今の日本のトップが海外に行って「テロとの戦いに積極的に参画していく」(麻生)、とか「日本人を積極的平和主義の旗の誇らしい担い手にしていく」(安倍)「集団的自衛権を行使できない問題に如何に対処すべきか。いま真剣に検討している。」(安倍)と言った発言をしている事とか、ネトウヨのブログ等を見聞きしていると、この私の「子供の考え方」とラップしてくるからだ。

(余談)
それにしても毎日毎日、日本全国の駅やコンビニで発売されている夕刊フジ(日本国民に多大な影響を与える、という面では立派な全国紙)を何とか糾弾出来ないものか。
毎日毎日毎日毎日、韓国の悪口である。韓国経済とか、「韓国の『従軍慰安婦』問題捏造が暴露された」とか、この韓国の『従軍慰安婦』問題捏造に対し日本の「普通の主婦」が抗議に立ち上がった、とか、何ヶ月もトップの大見出しで続けられている。
これでは、どんなに日本に好意を持ってくれている韓国の人でも、日本に悪意を持つこと疑いなし、である。(中国に対しても然り)
こうしてマスコミによって作られた「悪意」が日本に返ってきて、日本国民は「ホラ見ろ!やっぱり韓国は敵国だ!」となってしまうのだ。
そのうち、憎悪の連鎖が続き、“どちらが先に?”が分からなくなり、お互いに自分が正しい、と主張する事になる。

何とか出来ないか?といったのは、「北ミサイル 日本に発射」(4月10日付の大見出し、3面に「今日にも日本に発射」「日本は防衛PC?を配備」、とあるが何も起こっていない)とか「中国、尖閣侵攻、Xデイは8月15日」(記事中にはXデイは8月15日か9月15日とあるが、両Xデイに何も起こっていない)と言った出鱈目な大見出しが一面トップを飾っているが、現実には何も起こっていないという点。
つまり、この報道はウソだったことになるのに、そのウソ記事・デマ記事を糾弾するところも無い。みんなは「三流紙だからウソも平気で書くさ」と芸能関係のゴシップ記事の様に考えているのだろうが、とんでもない。この様な記事は日本の外交に重要な影響を与えるし、国民を「生きた心地がしませんでした(女性キャスター)」といった不安な気持ちにさせる。
私などはこの様な報道に怒って、同社に対し騒乱罪でも適用したくなるのだが・・・。
おかげで日刊ゲンダイまでが「『嘘をつく三流紙』が書いているだけで、大新聞には一つも書いていないではないか」と思われている。(余談終わり)


余談はさておき、話を元に戻す。

《田母神氏が航空自衛隊総隊司令官だった時代、隊内機関紙「鵬友」に投稿した「10の提言」より》

■「専守防衛は相手にとっては痛くも痒くもない」

■「自衛隊の中にも相手国への攻撃について徹底的に考える人たちが必要である」


田母神氏は幹部育成校(統合幕僚学校)の校長も務めた人だが、その時に幹部教育課程に「歴史観・国家観」などの課目を新設し、講師には「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバー2人を起用。
「つくる会」副会長の福地惇大正大教授は「日本国憲法の本質」「大東亜戦争史観」「明治国家と戦後国家」などを講義。
高森明勅国学院大講師は「国家観」「天皇の起源と歴史的意味」などについて講義した。(無風注:内容は育鵬社の教科書内容から、推して知るべし)


■自衛隊にも国民が正しい歴史観を持つためにやれることがある。反日的グループ(自虐史観を教える日教組・偏向報道の朝日新聞等)の努力がわれわれの努力を上回っていたから教科書がどんどん自虐的になった。

■若い幹部や隊員が無知ゆえに反日活動に協力するようなことがあってはいけない。我が国の現状を見れば自衛隊の指揮官、特に上級の指揮官は、いま第二の戦場(学校教育や新聞報道)に目を向けることが大事である。


やはり、書き出すとドンドン話が脇道に逸れて長くなる。

今日は「大東亜戦争は正義の戦いだった」と主張する人達が良く引用する、元タイ国首相ククリット・プラモートの言葉についてショート・コメントしようと思ったのだ。

この言葉は、前回に書いた「頑張れ日本!全国行動委員会」(会長=田母神俊雄・元航空幕僚長)香川県本部設立大会資料としても提供されている。


ククリット・プラモート氏の言葉


「アジア諸国は、日本のお陰ですべて独立した。

日本というお母さんは、難産して母体を損なったが、生まれた子供達はすくすく育っている。

今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話しが出来るのはいったい誰のお陰であるか。

それは、身を殺して仁を成した日本というお母さんがあったが為である。

十二月八日(大東亜戦争突入=真珠湾攻撃の日)は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大な決意をされた日である。

我々は、この日を忘れてはならない。

更に八月十五日(大東亜戦争敗戦の日)は、我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。

我々は、この二つの日を決して忘れてはならない。」



この言葉が色々なところで大東亜戦争肯定派によって使われているのだが、プラモート氏が何年に何処の講演で話した言葉か、が全てのインターネット検索で表示される項目から抜け落ちている。

ネット検索の中の一つで、この言葉は、学生たちへの講演の際話された言葉で、その冒頭に「諸君等は日本製品不買運動だとか反日とか言って騒いでおるが…」と言った言葉が入っているのを見つけた。今日書こうと思って以前に見つけたその言葉を正確に書き写そうと探したが、いくら探しても見つからなかった。「学生たちに対する講演」という文言も見つからなかった。何年の講演での言葉なのかも検索でゲットできなかった。(これだけはっきりと原文まで載せているのに何年の発言かを載せていない。おかしいと思わないか?(注:ククリット・プラモート氏が記者時代に書いた「12月8日」という書物があるそうだが、内容は分からない)

ククリット・プラモート氏は抗日運動を推進した兄のセーニー・プラモート(この人もタイ首相になっている)氏ほどではないが、反日政治家と言われた人である。

それが、何故、上記の様な発言を敢えてしたのか。

当時、タイを含む東南アジアは「経済破綻の危機」に喘いでいた。
アメリカの意向に従って、日本も経済援助をしようとしていた。
ところが、東南アジアでは華僑や学生達による「反日運動」が活発化しており、当時私も「あんな反日の国に、何で経済援助(円借款)をするのか!その必要は全く無いじゃないか!」「そんな金があったら、もっと日本国の為に使え!」と憤ったものだ。

しかし、タイ国は日本の経済援助は是非共必要なので、日本国政府が私の様な感情を持ち、経済援助を止めるという事態となる危惧を払拭しなければならない。

その為には今「反日」で騒いでいる学生たちの動きを静める必要がある。

その学生達を静める為に発したのが上の言葉なのだ。


日本の円借款後のタイの経済は立て直されたどころか1980年代以降の高度成長は凄まじく、1985年~1995年の10年間は年平均9%の経済成長率を記録したのを見れば、上記の日本におべっかを使ったような言葉はタイの国益上いくらでも発する事が出来るのだ。
逆に言葉一つでこんなに素晴らしい成果を収めることが出来るのだ。言葉の力はすごいものがある。

タイは外交上手の国と言われている。日本の侵攻により抗日から「同盟」を結んだり、日本が戦争に負けるや、日本同様の戦争犯罪の裁判を避ける為に「日本に脅かされてやむを得ず、日本軍に協力させられていたのです。」と連合国を説得して戦争裁判から逃れている。

日本の経済援助を受ける為に発した外交辞令とも言える上の日本に対するオベッカを単純に「いつ読んでも感激する」として「大東亜戦争は正義の戦い」を信じる国民。本当に日本は子供だけの国になってしまったようだ。

もう最近は書くのがイヤになった。阿修羅さんに真っ先に付いてくるコメント等、議論の対象にもならない書き込みが如何に多いことか。

まともな人は、そんなコメントは「意見」や「議論の対象」ではないのだから、無視して取り合わないのが賢明だ。

今日は前にも書いた事を少し羅列して、終わりとしたい。


◎如何に必要に感じようが、如何に正当に感じようが、戦争が犯罪ではないと考えてはならない。(A・ヘミングウェイ)


◎『正しい戦争』とか、『間違った平和』と言うものは在った試しがない。ベンジャミン・フランクリン


◎人類は戦争に終止符をうたねばならない。そうしなければ、戦争が人類に終止符をうつだろう。(ジョン・F・ケネディ)


◎悪い平和は、良い戦争よりも良い。ロシアの古い諺


◎もっとも正しい戦争よりも、もっとも不正な平和を選ぶ。 キケロ


◎誰が何と言っても戦争って汚くて、むごたらしく、嫌ぁなものです。
これも人生の必然ならよろこんでしなければならないんだが…。
ウソッパチの新聞武勇談みたいなことは現代の戦争にはないと思いなさい。
僕には許されても(ウソの武勇談なんか)書けないよ、さいなら 
(「きけわだつみのこえ」より戦没学徒兵の手記)。


◎いかに多くの罪悪が《国家のために》(国益のため)という美名の仮面のもとになされたことか。(マクドナルド)


◎戦争は国民の生活問題を何一つ解決しません!何一つ!
それは働く者(国民)のみじめな状態をさらにみじめにするだけだ。
(マルタン=デュ=ガール)


◎国家は祖国ではない。
それを混同させるのはそれによって儲ける連中だけだ。
(ロマン・ローラン)


◎勝利に終わる戦争と言えども,常に一つの悪であると私は考える。
政治は民衆をそれ(戦争)から守る努力をしなければならぬ。(
オットー・フォン・ビスマルク)


◎往時においては母国のために死ぬことは心地よく、ふさわしいものであると書かれたが、近代戦争では戦死が心地よくふさわしいものは何もない。
諸君は犬のように死ぬであろう。(犬死するだけだ)
(ヘミングウェー)


◎戦争は戦争のために戦われるのでありまして、平和のための戦争などとはかつて一度もあったことはありません。(内村鑑三)


◎戦争とは、最も罪深い連中が権力と名誉を奪い合う状態をいう。(トルストイ)


◎戦争は死です。(ローマ法王ヨハネ・パウロ二世)


◎どっちも自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ。(ドラえもん)


◎戦争は悪である。たとえ相手が悪だとしても (ジミー・カーター)


◎人類から愛国主義者をなくすまでは, 平和な世界は来ないであろう。(バーナード・ショウ)


◎我々の平和とは?  

 アメリカの武器によって強いられたものではない。墓場の平和, 奴隷の安全でもない。

それは人々が子供達のためにより良い生活を築く希望のある真の平和。永続する平和。

 それを不可能, 非現実的というのは敗北主義である。(戦争は無くならない、戦争は必然と考える者の事)

 人間がもたらした問題は人間が解決できるはず。

 結局の所, 我々は皆この小さな地球に住み, 同じ空気を吸い, 子供の未来を思いやりながら, 命を終えるのだから。
(J・F・ケネディ)


◎世界平和のために出来ることですか?  先ず家に帰って家族を愛しなさい。(マザー・テレサ)


◎暴力に拘わることには全く参加せず、あらゆる迫害に苦しむことを覚悟すれば戦争は無くなるであろう。
 それが戦争をなくす唯一の方法である。
(フランス「散歩場の楡の木」)


◎憎しみに激怒で立ち向かうなら 戦(たたか)いも争(あらそ)いも終わらない
 許すことがすべての憤(いきどお)りと妬(ねた)みを終結し あなたを永遠の至福に導く
(仏教の教え)


◎「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。 (新約聖書)


◎私は人を斬ることが嫌いで、一人も斬ったことが無い。ひとに斬られても自分は斬らぬ、との覚悟だった。(勝海舟)

◎真実の非暴力を貫かずして、誰の開放も有り得ない。(マハトマ・ガンジー)


最後は昔書いたヤツを貼り付けただけの手抜きとなってしまった。

どうしたら、戦争を回避することが出来るのだろうか?と考える一助になれば幸甚です。

今日のテーマの結論をやなせたかし氏の言葉を借りて載せておく。

◎最も単純な正義は生活が安定して飢えない事

今日はここまで、またね。


訂正:ククラット・プラモート氏の言葉は、十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」においてとのネット情報があった。(この日記を書く前に、この情報も得ていたのだが、他に、「学生たちへの講演」の情報も確かに有ったと記憶している)

いずれにしても当時の活発な反日運動を念頭に置いての発言であるし、仮にプラモート氏が心の底からそう思っていたにしろ、「だから大東亜戦争は正義の戦いだったのだ」とするのは間違いだ。

「正義の戦争」などありえないのだ。「自由と民主主義の擁護」を旗印にしたベトナム戦争、「大量破壊兵器を使用されるのを座して待つようなことはしない」と始めたイラク戦争、化学兵器が使われた許されないとアメリカが戦争に突入しようとしたシリアにしても同様である。

ショート・コメント・・・マスコミ情報操作の一例

2013年10月16日 | Weblog
たまにテレビのニュースや特集番組やお笑い番組や芸能番組やドラマ等を見たり、ブログについてくるコメント欄をみると、呆れ果ててしまい、もう日記を続ける気も失せてしまった。

もう「とんでもない世の中」(斉藤哲夫の唄)になってしまっているのだ。

基本的なことから下書きで書いているのだが、今日は先に政府マスコミの国民情報操作の一例を挙げておく。(本当に怖い話なのに、国民は気付いていない)



■産経新聞9月30日の一面トップ記事(原文で分かり難いところは、分かり易く前後を書き換え、注釈を加えて要約した。茶色の部分は原文のまま、赤は強調)



記事は、教科書採択で竹富町違法状態なので、教科書採択で文科省が教育行政初是正要求をする、という見出し。

《記事内容》

沖縄県竹富町が法に反し、教科書採択地区協議会の答申とは別の中学公民教科書を採択使用している問題で、文科省が竹富町に対し是正要求の指示を出す。

この国の是正要求は法令上、地方自治体に対する最も強い措置で、教育行政では初めて。…中略…

民主党政権下では違法状態が容認されてきたが、安倍晋三政権では法治国家として看過し出来ないと判断したもの。



《記事詳細》


この問題は、竹富町と石垣市と予那国町で構成する八重山採択地区協議会が平成23年8月、育鵬社の教科書を選定。
石垣、予那国は答申通りに採択したが、竹富町は拒否して東京書籍を採択し、地区内で同一の教科書採択を求めた教科書無償配布法に違反する状態になった。

文科省では県教委を通じ、竹富町に答申通り育鵬社を採択するよう再三指導したが、竹富町は拒否。

このため、文科省は無償措置の対象から外し、同町は昨年4月から町民からの寄贈という形で東京書籍を無償配布、使用している。

政権交代を受けた今年3月、義家弘介文科政務官が同町を訪れ、違法状態を解消するよう指導。

その後、文書でも指導したが
竹富町が来年度も育鵬社の教科書を採用しないため、文科省は、自治体に対する最も強い措置である是正要求を発出する必要があると判断した。

竹富町が従わない場合、文科省は、地方自治法の改正で今年3月から可能になった自治体に対する違法確認訴訟を検討する。



この産経新聞一面トップの記事を読んで、あなたは「竹富町は義家政務官がわざわざ出向いて下さったり等、お上から法律に従うように再三指導して頂いているのに、それに逆らう悪い奴だ」と思ってしまうのだろう。
それまでの経緯を報道しないで、即ち、この件に関する情報が一切ないままに、いきなりこの記事を見せ付けられた国民は本当の事情が分からないで「法治国家として見過ごし出来ない」という安倍政権を「毅然とした態度」と頭の中に刷り込まされてしまう。
(民主党政権に対しては全く逆評価=「違法状態を容認してきた」だらしない政党)

政権交代前に自民党政権が強行採決で作り上げた法律が「悪法も法なり」としても、今回の竹富町が違反していると一面に載せて騒いでいるのは「教科書無償配布法」という教科書を無償で配布する福祉手続きを定めた法である。
竹富町の町民は「新しい歴史教科書を作る会」系の育鵬社教科書で子供を教育して欲しくない、従って町民が自腹を切って教科書代を払う(教科書有償で構わない)、として国の無償配布を断っただけなのである。このままでは完全に国定教科書=「国の押し付け教育」になってしまう。(いや、もうなってしまったのかも知れない)

結論から言えば、こうしてマスコミの手で政府の住民・国民無視のごり押しが正当化され、国民統制国家・全体主義国家が作られてしまうのだ。

本当は怖い“政府マスコミ”なのだが、国民はそれに気付いていない。


(参考記事)


社説[教科書是正要求]教育に政治介入するな(沖縄タイムス)


八重山地区の3市町で中学公民教科書が一本化されていないことについて、文部科学省が竹富町教委に、地方自治法に基づく是正要求をする方針であることが分かった。(=産経新聞記事内容を指す)

教育に対するあからさまな政治介入というほかなく、文科省は是正要求の方針を直ちに撤回すべきだ。

石垣、竹富、与那国の3市町で構成する八重山採択地区協議会(会長・玉津石垣市教育長)は2011年8月「新しい歴史教科書をつくる会」の流れをくむ育鵬社版を選定し、3市町教委に答申した。
協議会の答申に強制力はない。
竹富町教委は東京書籍版を採択した。

下村博文文部科学相は記者会見で「違法状態が継続している」と竹富町教委に地方自治法に基づく是正要求も含めた措置をとる意向を示した。

下村氏は、竹富町教委と県教委に対し、地区協議会の選定結果に基づいて教科書を採択するよう「指導」してきたと説明したが、そもそも地区協議会の選定手続きには正当性が認められない。

役員会を経ずに教科書調査員を委嘱したり、教科書の順位付けを廃止したりするなどした。
地区協議会は調査員の推薦がなかったにもかかわらず育鵬社版を選定した。
玉津氏主導の不透明で強引な手法をみると、最初から育鵬社版の選定に向けて手続きを進めていたことが明らかだ。

9月末まで文科政務官だった義家弘介参院議員は3月、竹富町教委を訪ね、育鵬社版に改めるよう強く迫った。
慶田盛安三教育長はきっぱり拒否した。竹富町の教科書は寄付金で賄われ、来年度も東京書籍版を使用する意向である。

(育鵬社教科書を推す)玉津氏の指南役だったのが義家氏である。

    ■    ■

混乱を招いた源は教科書採択をめぐる二つの法律の矛盾にある。

地方教育行政法は、教科書の採択権限は各教委にあると規定する一方で、教科書無償措置法は、同一採択地区内では同じ教科書を使うよう定めているからである。

二つの法律は、今回の八重山地区のケースのように異なる結果を想定していない。

文科省が法律の矛盾の解消に努めることなく放置する自身の怠慢を棚に上げながら、竹富町教委に育鵬社版の採択を迫るのは、全く筋が通らない。

地方自治法に基づく是正要求に罰則はないが、ことし3月施行の改正地方自治法で、従わない自治体に対し、国が違法確認訴訟を起こすことが可能になった。

文科省がこの手法を選択するのであれば、離島の小さな町の教育行政に露骨に圧力をかけることになる。

暴挙と言わざるを得ない。

    ■    ■

教育への政治介入はあってはならないことはいうまでもない。

圧力や押し付けは、民主的な教育現場からは最もかけ離れた行為だ。

政治介入によって被害を受けるのは竹富町の生徒たちであり、教師である。

文科省には生徒たちのことが念頭にあるのだろうか。

竹富町教委の採択には何の瑕疵(かし)もない。

文科省は地方教育行政にこれ以上の混乱を引き起こしてはならない。



こういった論調が大新聞には全く見られないのは、国民にとって怖い話なのである。




(参考記事の参考=当初、石垣・与那国も育鵬社の教科書採択に反対)


■石垣市、竹富町、与那国町の中学校で2012年度以降の4年間使用する教科書を選ぶ教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)は23日、石垣市美崎町の石垣市教育委員会で選定作業を行い、社会科の「公民」で「教科書改善の会」が主導する育鵬社版の教科書を選定した。
協議会は非公開で開かれ、選定は8人の委員による無記名投票で行われた。社会科の「歴史」と「公民」で、調査員が推薦していない育鵬社版と「新しい歴史教科書をつくる会」の自由社版が選定対象となった。

同協議会は今回から、教職員を排した委員の入れ替え、順位付けの廃止、無記名投票の導入など、選定手法を大幅に変更。

一連の変更が育鵬社、自由社を推す団体が推奨する教科書選定方法と似ているため、両社の教科書を選定する可能性が指摘されていた。

「教科書改善の会」が主導する育鵬社と「新しい歴史教科書をつくる会」が主導する自由社の教科書は、過去の戦争を肯定的にとらえる側面を持ち、愛国心を強制する内容から県内外で批判の声が上がっている。
(無風注:領土問題に火をつけた「竹島・尖閣は日本固有の領土」の記述も育鵬社教科書によるもの。)

玉津会長は協議会終了後、記者会見を開いたが、どの教科書を選定したかについては「3市町の教育委員会の決定後に発表する」として公表しなかった。(琉球新報 2011.08.24)


■沖縄県の八重山地区で来年度から4年間使用する中学校社会科「公民」教科書について、同地区内の石垣市、竹富町、与那国町の教育委員が8日(2011.09.08)集まって協議した結果、「つくる会」系育鵬社版を不採択とし、東京書籍を採択しました。

同日は、県教育委が議論の“交通整理”として同席する中、3市町の教育委員(13人)でつくる八重山地区教育委員協会(会長・仲本石垣市教育委員長)の臨時総会として始まりましたが、玉津石垣市教育長が「県教委の指導は違法」と突然発言、冒頭から騒然となりました。
崎原与那国町教育長も協議拒否の姿勢に終始。県教委が法的根拠を示して協議の必要性と正当性を指摘する場面が何度も見られました。

午後2時から始まった協議は、協議を拒否する玉津・崎原両教育長が退席。
崎原教育長がもどらぬまま午後7時25分、先に採択地区協議会が答申した育鵬社版を反対多数で不採択としました。
午後8時、協議が終了すると、詰めかけていた100人近い市民から拍手と歓声がわきました。
元市教育長の仲山氏は「市民の願いが通った、教育がもどった」と喜びを語りました。(2011.09.09)


■八重山採択地区協議会の選定・答申通り事実上育鵬社版の公民教科書を採択するよう指導を求める文科省。
育鵬社教科書を不採択とした教育委員の全員協議(8日)は「有効だ」との立場を保つ県教育庁。
八重山教科書採択問題は文科省が前面に出てきたことで一層混迷の度を深めている。
石垣、竹富、与那国の3教育委員長は全員協議の決定を認めるよう文科省に要望。
一連の問題を通じて教科書採択に関する法律の矛盾点も浮き彫りとなっている。(2011.09.16)


■文科省に直訴 教科書問題で住民団体 3万人余の署名提出(八重山毎日新聞・2011.12.09)

竹富町の子どもに真理を教える教科書採択を求める会(仲 村貞子会長)と子どもと教科書を考える八重山地区住民の会は7日、文科省を訪ね、郡民大会の決議に基づく要請を行った。
東京書籍で国の無償配布を求める訴えに 賛同した町民1916人と「東京書籍」を採択した9月8日の全員協議の有効性を認める3万870人の署名も
それぞれ提出した。成井崇文部政務次官は「大臣に伝える」と述べるにとどまった。


■八重山教科書訴訟で訴え棄却(国の圧力に屈し、石垣・与那国が国定教科書を採用した後)

中学校の公民の教科書をめぐり、石垣市と与那国町の児童・生徒や保護者が、市と町が選んだ出版社(「つくる会」系の育鵬社)とは別の出版社(東京書籍)の教科書を提供するよう求めていた裁判で、那覇地方裁判所は生徒らの訴えを退ける判決を言い渡しました。

裁判では、石垣市と与那国町の生徒・児童等が、竹富町を含む3つの市と町の教育委員による多数決で、答申(育鵬社)とは別の出版社(東京書籍)の教科書を求める意見が最も多かったことを挙げて「多数決とは異なる出版社の教科書を選んだ教育委員会の決定は無効だ」などとして、市と町に対し竹富町と同じ教科書を(無償)提供することなどを求めていました。

26日の判決で、那覇地方裁判所の酒井良介裁判長は「石垣市と与那国町の教科書を採択する権限は、それぞれの自治体の教育委員会が持っている。竹富町を含む3つの市や町の教育委員による多数決は、有効な採択方法とは言えず、生徒らの訴えには理由がない」として訴えを退けました。(2012.12.27)
・・・日本に三権分立は無い!


(更に今の日本を象徴する思想)

「頑張れ日本!全国行動委員会」(会長=田母神俊雄・元航空幕僚長)が三月七日開いたシンポジウムで、下村博文文科大臣が教育基本法改定(安倍1次内閣時)後、初の教育委員会への是正要求発動を示唆した。

シンポで、八木秀次・日本教育再生機構理事長(高崎経済大教授)は「政府の教育再生実行会議委員ではなく個人の意見」と繰り返した上、「『朝日新聞』幹部が私に『第一次安倍政権では全面対決し部数が減った。論説委員室にはおかしな人が20人位いるが、少なくとも政治部では対決姿勢はとりません』と言ってきた。彼らもビジネスだから。だが(朝日新聞に対し)警戒の目を緩めてはならない」と語った。
…(無風注釈:朝日新聞にはお上に意見しようとし、国民を啓蒙しようとするジャーナリストが20人しかいなくなってしまった、ということで、当然政治部にはお上に楯突く人間はいない、ということ。恐ろしいと思わないか。)

また八木氏は、

(1)正式な教科でない道徳は「仲間作り」との触れ込みで席替えの時間に当てるなど軽く扱われている
(2)沖縄の八重山採択地区協議会の育鵬社版教科書採択答申に反し、竹富町教委が東京書籍版を配布したのは違法だ、
と独自の“根拠”を提示。

「道徳を教科化し、偉人の具体的生き方の教材を使用せよ。文科省や首長がもっと関与できるよう教育委員会制度の抜本改革を」と主張した。

メイン講師の下村文科大臣が「中教審委員にこれまで入っていた日教組代表を私が外し、代わりに櫻井よしこ氏を入れた」と語り出すと、会場は割れんばかりの拍手。

下村文科大臣は八木氏発言を受け「偉人伝等、道徳の教材作りはすでに文科省の有識者会議で進めており、来年四月の『心のノート』改訂版に反映させる」と述べ、竹富町教委については「四月の新学期が迫っており、われわれの要請に従わなければ新たな判断をする」と、強権発動(改定地方教育行政法第四九条の是正要求)を示唆した。


教育は国民をある一定の方向に持って行く為に、遠いようで一番の早道であり、もっとも有効な手段である。

教育基本法の改正で大騒ぎするマスコミは皆無だった。報道は強行採決云々には触れず、単に「憲法の規定により改正案は可決されました」だけであった。

「国民を教育する教科書に文科省や地方自治体がもっと関与できるように教育委員会制度を抜本改革しよう。」

これが、どういう結果をもたらすか、みんな、もう一つ掘り下げて考えてみて下さい。

今日は各論なので短文にしようとタイトルを付けたが結構長くなってしまった。

まだまだ「櫻井よしこ」氏に関して、とか書く事に切りが無いが、今日はここまで、またね。