無風老人の日記

価値観が多様化し、自分の価値判断を見失った人たちへ
正しい判断や行動をするための「ものの見方・考え方」を身につけよう。

頭を柔らかくしよう

2011年02月24日 | Weblog
小沢氏関連を書くとアクセスが増え、他の話題だと減る。

しかし、ものの見方・考え方の基本が分かっていないと、人は考え方を間違え、マスメディアの洗脳を正しい考えと錯覚し、あたかも自分の考えであるかのように吹聴するようになる。

自分で考えることを知るためには、他人の考えに触れることが必要だ。
そう、フィロソフィ=「知を愛すること」=哲学が必要なのだ。

もっとも「哲学を馬鹿にするところから哲学は始まる。」のだけれど…。

私は西洋の哲学をくだらないもの、つまらないもの、と受取っている。
その最大の原因は近年まで西洋哲学にとって「神の摂理」が邪魔をし、その時の政治経済体制を擁護する「理屈付け」に過ぎなかったからだ。
「神は死んだ」のニーチェや「実存」のサルトルになって日本人に馴染める思想となった。
又、昔の哲学者は科学者であり、政治思想家であり、文学者であり、と全ての学問に対し博識であったが、その流れを見ていると、その時々の社会(経済体制・政治体制)の正当性の理由付けをしているに過ぎないのが分かる。
つまり、学んでいくと分かるのだが、過去の偉大な西洋の哲学者も、その時々の社会体制の影響を色濃く受けている、ということだ。

ソクラテス「国家の庇護の下でおまえの父母が結婚し、おまえが生まれ、扶養され、教育された。祖国とは、父母や祖先よりも貴く、畏怖され、神聖なものである。」(著書「クリトン」より)


私が何故、こんな哲学の話を持ち出したのかというと、マスメディアに刷り込まれた考えをそのまま受け入れ、自分の意見にしてしまっている硬直した国民の頭を柔らかにさせようと思ったからだ。

ランダムに哲学者の言葉を並べてみる。

※全ての存在は「偶然」であった。

※人は誰も、そこにそうしている“理由”(生まれてきた理由)をもたなかった。
 何故、“今”であって過去や未来でなかったのか?
 何故、“この場所”であって他の場所でないのか?

※私に与えられた――何の目的も無く与えられた、この人生。

※人間は“死”“悲惨”“無知”を癒すことが出来なかったので、自分を“幸せ”にするために、其等をあえて考えないように工夫した。(パスカル)

※やがて 老齢と経験とが 手をたずさえて

 あなたを死へと導いてゆく。 その時 あなたは

 悟らされるのだ―――――

 あのように長い あのように苦しかった

 精進であったのに、自分の生涯は

 みんな 間違っていたのだ、と―――

            ―――ショーペンハウエル―――

※我々は固い地盤と究極の揺ぎなき根柢を得て、その上に無限にそびえ立つ一つの塔を築きたい、と熱望している。
だが、我々のすべての基礎はひび割れ、大地は裂けて深淵となる。―――パスカル

※「自分を出す」だって?! 
 「自分」は出されている。何かを隠しているのも「自分」である。
 すなわち「自分」とは、他人によって作られるものなのだ。

※重要なのは、人が私たちを何者にするか、ではなく、人が作り上げた「私(ワタシ)」を私自身がどうするか、ということだ。
 
※人間がいる限り、他人がいる限り、人生は妥協である。


※人は生きるために社会(国家)と妥協した。

 だからといって、社会(国家)の為に、自己の“生きる権利”を放棄する必要はない。



「自分は知っているんだ」「何を平和ボケした事を言っているんだ」としたり顔(M:顔は見えないが)で、嘲笑的・侮蔑的なコメントを書き込む人達へ―――少しは頭が柔らかくなったかな?


さて、本題に入ろう…?としたのだが、本題について書こうとすると、頭の中に今のマスメディアの虚偽報道振りがあれもこれもと浮かんでくる。(報道しない事柄も含めて)

日本のテレビ・新聞に少しでもジャーナリズム精神が残っていたら、今のような政権交代の末路(=旧支配体制の復活)を見ることは無かっただろうに、との思いに捉われてしまうからだ。

ズ~~っと「戦争への道」について書こうと思っているのだが、マスメディアの「国民の為の政治をやらせてたまるか!」とする国民にとって悪魔的大犯罪行為を国民に何とか分かってほしいので、もう何回も後回しにしている。今日も「最重要な話」は後回しにする。

私が何回も書いている議会制民主主義の根底にある考え方「権力は長期化したり集中すると腐敗する」と、官僚制の欠陥「官僚は自然と肥大化し凡庸化する。予算(国民の税金)はその期の内に何としても使い果たし、次年度により多くの予算を獲得する事が至上命題とする官僚」

60年以上続いた一党独裁・長期政権と、自民党内閣の大臣を「われわれが育てた」と自負する高級官僚(各省の事務・政務次官)による支配が「国民の生活を省みない」既得利権集団を作り上げたのだ。

私の子供の頃も「選挙で野党の知事候補を選んでも中央(自民党政府)から金が回ってこなくなる。だから、自民党の知事候補者に投票するのだ」との声が聞かれた。
中央(自民党政府)の大臣が応援に駆けつけ「○○君が知事に当選したら中央とのパイプが太くなる」と演説をしていた。

余談だが、自民党では自民党候補者が当選するとお祝いにその候補者のマニュフェストの一つだけ、予算を付ける事を慣例としていた。最近でも千葉県知事当選時の「アクアライン通行料金800円」といった例が挙げられる。(アレ!彼は完全無所属だったけ?)
有権者は当選したら直ぐに実行してくれた(街灯をつけてくれた。開かずの踏切に陸橋を造ってくれた、等々)、と次の選挙にもその先生様に投票する。

(更に余談)但し、この先生方は例えば公民館を建てる事はやっても、住民の「公民館が老朽化したので補修したい」といった要望には聞く耳を持たないそうだ。新しく公民館を建てた行為は名が残るが、補修費や建て増しにカネを出しても名が残らないからだ。…余談終わり

余談はさておき、政権交代が無いと、時の権力(自民党政権)の言いなりにならざるを得ない。
岩国市の例がそうだ。自民党政府のやろうとすることに住民投票で反対多数、市長も反対した。それに対し自民党政権は岩国市に付けていた予算30億円を凍結してしまった。市長選で自民党候補の市長が当選すると、その凍結を解除、30億円を出したばかりか、更に追加30億円を岩国市の新市長に与えた。

政権交代が無いと、こういった支配者(自民党政権)の国民を考えない「アメとムチ」の施政が可能となる。
60年間の「選挙でも政権が変わらない」との考えが「我らの地方にカネを出してくれる自民党候補者へ」、との投票行動になり「逆らって野党に入れたら後が恐い」と“長いものには巻かれろ”で今まで続いてきたのだ。

アメリカ国民のように民主主義の根底にある考え方「権力は長期化したり集中すると腐敗する」が浸透していると大統領が共和党・民主党から略半々で出ている事で分かる通り、定期的に政権交代をさせないと自分達(国民)の為にならない、「国民を向いた政治」をやらなくなる、と知っているのだ。

4年間の政権担当で「国民を向いた政治」をしなければ次の選挙で政権の座を下ろされてしまう、という危機意識が政党に無ければ、自分達の利益追求に奔走できる。

略60年間続いた一党独裁国家(海外の日本を見た目)で政官財のあらゆる分野で癒着し、腐敗してしまった日本国。

官僚任せの自民党政権は「官僚支配」を確固たるものにしてしまった。
癒着し腐敗したテレビ・ラジオ・大新聞等マスメディアも旧体制に呼応し、自分達の利益を確保し、悪行を看破されないためにも、今回の政権交代で出来た政治主導をうたう民主党政権をなりふり構わず潰しにかかった。

日本の腐敗したマスメディアを端的に表わしているのが、政権交代時に、私が最初に書いた「権力の長期化・集中化による腐敗」を少しも評論で取り上げていないことだ。いまだにこの観点から論評しているテレビ・新聞は皆無である。

普通の民主主義国であれば、政権交代をした時点で60年続いた自民党政治の「総括」をしても良い、というか「するべき」なのに、それを行なったマスメディアはこれも皆無であった。

権力と癒着し腐敗したテレビ・新聞・ラジオ等マスメディアが報道しなかった「自民党政府の悪政の数々」と、喧伝している「民主党潰し報道の数々」を列記してみる。(済みません、前に書いた事のコピーが大半となります)

(1)民主党が政権交代を果たし、海外から「日本の新しい夜明け」と評された時の日本のマスメディア

■テレビ番組のテーマ「鳩山総理を問う」(“尋問する”のニュアンス)→「鳩山新総理に聞く」だろうが!

■鳩山新首相の就任記者会見で新首相が「日本の歴史が変わるという、身震いするような感激」と心境を語ったのに、記者達の質問は、西松建設事件で鳩山首相がこの春に言った「国策捜査」発言を取り上げたり、故人献金問題でもっと国民に説明しろとといった選挙以前の政権交代潰しを継続させていた。

■※歴史が変った!

 ※政権交代 ついに 実現!

 ※これは 明治維新のような 無血革命だ!

 ※真の民主主義のスタートに全国民が期待とコーフン!(以上、日刊ゲンダイ)

対して、産経新聞見出し

 ※「鳩山首相」 恍惚と不安
 ※選挙の次の日の早朝、ラジオで産経新聞の政治部長・乾正人氏が、(民主党のマニフェストは財源無きバラマキであり、無駄使い等では財源は出てこないので)「民主党には全く期待できません」と発言。

政権交代時のテレビでの報道内容・論調

1.民主党は勝ち過ぎた。(独裁が心配)

2.国民は民主党を支持したのではなく、自民党を見放したに過ぎない。(自民に不満、民主に不安。で自民に不満の方が強かったための民主の勝利に過ぎない)

3.民主党の政策実現能力が問われるのはこれからだ。(早急に〇〇しろ!とのマスメディアの要求多い)

4.民主党は小沢支配が進んで、いずれ内部対立が顕在化する。

5.参院では社民、国民新党との連立がなければ過半数を確保できない。(しかし安全保障で意見不一致)
  外交・安保政策の党内不一致が致命的となる。

6.民主党の政策は財源根拠乏しく、バラマキである。財源を捻出できるわけが無い。

7.4年前自民圧勝、今回民主圧勝。風に流されブレる国民。

8.前回、多くの小泉チルドレン、今回、多くの小沢チルドレン(小沢レディース)。(頭数だけ揃えて、何が出来る…と批判)

9.狡猾な小沢の選挙戦略(小沢の刺客)

■民主党政権に何が出来るというのでしょうか?



  M:政権交代が成った直後からこの調子である。

「政治主導」といっている民主党の主旨、即ち自民党政権時代の癒着腐敗ぶりを検証したり、官僚支配の実態を国民の前に明らかにする、といった国民を向いた報道は皆無であった。

前の日記を見ているとこれももう一度載せておきたい、アレも載せたい、と、止め処なくなり、「方便」発言や「小沢代表時代の政党助成金30億円の使い方。21億円、15億円、政党助成金は国民の金から出ているんですよ」発言。更には昨日のラジオの解説者の話「小沢氏は色々悪いことをやって来ているんですよ。(M:と、2回ほど繰り返し)でも今回の件(小沢氏が検察審査会で強制起訴となり民主党が党員資格停止処分にした件)は『必要がない』と思います」発言。
(M:親小沢派でないことを強調し、党員資格停止処分が間違っているといえば説得力はあるが、態のいい、小沢と民主党の両方潰し発言である)
こういった事を分かりやすく書こうかなと思い、前の日記から貼り付けているうちに気力が減退。
何せ年寄りなので勘弁してほしい。今日はここまで、またね。

追伸:最近、政党支持率で自民党が民主党を上回ったそうだ。
60年一党独裁を続けてきた自民党とまだ政権をとって1年半の民主党は「どちらが政権をとっても同じ」ではないのだ。(M:今の菅民主党政権のやっていることは『第二自民党』と言えるのだが、だからといって「国民生活を省みず、国民の税金で甘い汁を吸い続けてきた旧体制」に戻していい、とは考えないことだ。自民党政権時代に抑えつけられてきた各種訴訟の和解、悪法「障害者自立支援法」の廃止、後期高齢者医療制度の廃止等々、子供手当てもそうなのだが、少しは良いこともやって来ている。)

検察審査会

2011年02月17日 | Weblog
テレビ・新聞の報道を見ていると毎日毎日・見る番組単位で新たに書きたいことが出てくる。
今日は“ともだち”に支配された日本の司法(裁判所)について書こうとしたのだが、違ってしまった。

テレビ・新聞がまともに報道しないので、訳が分からず、頭がこんがらかった国民の灰色の脳細胞を何とかクリーンアップさせることが先決だからだ。

この日記が「匿名」を良い事に、人様のブログを勝手に改竄して、並べて自分の意見のように書いて見る。

☆悲しい国だね(2010年2月1日雁屋哲の美味しんぼ日記より)

偽情報であれ一面的情報であれ、大量に一方通行で繰返し叩き込まれると、それは事実以上の重みを持って人びとの意見・人々の立場をコントロールしていく。


※「嘘も百回言えば真実になる」(ナチスドイツの宣伝相ゲッペルス)

※「三人言いて虎を成す」(中国の故事=大勢で言えば嘘も本当のことになってしまう)


圧倒的に多数の人びと(国民)は自由なる意志に基づいて己の意見や立場を決定している、と無邪気に思い込んでいる。

あたかも自身の意志で、インタビューに際してテレビキャスターや新聞の論調を反復する。
それが情報操作の結果であるなんてつゆほども思わない。

今朝の毎日新聞の世論調査の結果によると、小沢氏の辞任を76パーセントの人が求めている。

この人たちは、何を根拠に、自分たちの態度を決めたのだろう。

毎日検察が垂れ流すリークを、それが正しいかどうか検証することなく紙面に載せていく新聞、ニュースで流すテレビ、その影響によるものだろう。

要するに、76パーセントの人びとはテレビ・新聞を操る検察の意のままに、彼らの言葉を反復しているに過ぎない。

これまでの新聞やテレビを通じて知った限りでは、私自身、小沢一郎氏がどんな罪を犯したのか犯さなかったのか、分からない。
検察のリークからだけでは何事も判断できない。
今までのリークから判断すること自体が間違いだ。
リークは証拠にはならないのだ。
それなのに、この76パーセントの人びとは何を根拠に小沢一郎氏の辞任を求めるのだろう。


この検察のやり方は本当に恐ろしい。
無罪か有罪かはっきりしないうちに、いかにも有罪と思われる情報を垂れ流しにして人びと(国民)を操る。
戦争広告代理店のやり方と全く同じだ。
小沢一郎氏に対する“負の印象”をこれでもか、これでもかと植え付けてきた。

この手を使えば、どんな人間でもその社会的地位を失わせることが出来る。


一例を列記


※毎日新聞主筆・岸井氏の暴言

日曜朝、TBSのニュース番組をみていました。
その中で恒例のごとく小沢問題が取り上げられました。発言を求められた毎日新聞の岸井氏が、「小沢氏は、すべてを公開していると主張するが、絶対に隠している」「そのことは、ほとんどの国会議員が知っていることだ」などと、口を極めて罵倒したのには驚きました。
曰く、
小沢氏の政治と金は山ほどあり、真っ黒だから、民主党は除名すべきなんですよ。
全部公開なんてしていないんですよ。
やましいところだらけなんですよ。
小沢が悪いのは政治家みんなが分かっているんですよ、私らもみんな分かっている。



※新聞社説

毎日新聞 社説:党員資格停止 これでは納得できない 

産経新聞 主張:小沢氏処分 なぜ離党勧告できぬのか  


※NHKニュース

「(小沢氏の)『政治とカネ』の問題は(菅内閣)支持率に暗い影を落としています」とNHKニュース9の女性アナが言い、続いて、

NHKが行った世論調査によりますと、菅内閣を「支持する」と答えた人は21%で、先月の調査より8ポイント下がり、菅内閣発足後、最も低くなりました。(略)
一方、政治資金規正法違反の罪で強制的に起訴された民主党の小沢元代表の進退について尋ねたところ、▽「民主党を離党すべきだ」が21%、▽「議員辞職すべきだ」が54%、▽「離党も議員辞職も必要はない」が17%でした。

冒頭に「(小沢氏の)『政治とカネ』は菅内閣の足かせとなってます。」と言ったあと、世論調査の数字を述べるやり方。
まるで小沢問題で菅政権の支持率が落ちたがごとき報道の仕方。



ところが一方では、テレビ・ラジオ・新聞からではなく、ネットから情報を得ている人達の世論は全く逆になっている。

ネット・リサーチ(一人一回の投票、正確には1パソコン1回のみの投票)においては「小沢氏は離党も議員辞職も必要ない」が84%を占めている。

これも「どの新聞が一番信用性があると思いますか?」のアンケート回答項目に五大紙が列記されているのに、その他の項目「どの新聞記事も信用出来ない」が98%超えになるネット社会での話しだ。
「どのテレビ局が一番信頼できますか?」も全く同じ、NHKから各民放がズラッと並ぶ中「どのテレビ局の報道も信用出来ない」がやはり98~99%を占めているネット社会ならではの世論形成だ。

これが、ネット社会での常識になっているのだ。


少し、まともな記事も載せておく。2月16日の日刊ゲンダイの記事から改竄引用。

余談:同紙の集中連載「国民は騙されている」「小沢強制起訴の虚構」は既に第16回を迎えている。
小沢は絶対悪いことをやっているんだ、と思っている人は是非、この記事を第1回から全部読んでほしい。小沢がやってきた悪事の数々の実体が少しは分かるかも知れないから。…余談終わり


(改竄引用開始)
多くの国民が「検察審査会」なる制度をよく知らなかった時から、つまり石川議員を虚偽記載で逮捕・拘留した早い段階から検察は石川議員に対して「検察審査会」をちらつかせていた。

例えば、石川知裕衆院議員に対する昨年(2010年)1月の聴取時、虚偽記載に関する小沢元代表の「強い関与」や「裏献金」を否定し続ける石川議員に対して吉田正喜副部長は「このままでは泥仕合だ。検察審査会は必ず強制起訴する。選挙(参院選)前にそうなれば、あなた方にとっても最悪だ」と迫った。
つまり、検察に言われるままに石川氏が供述書にサインをすれば、小沢元代表は起訴を免れるが、石川氏がこのように拒めば、観察審査会が小沢氏を強制起訴するぞ!という脅しである。

このように検察は検察審査会を身内の別働隊のように扱っているから驚くではないか。

さらに2月1日、やはり石川議員は「今回は検察は小沢を起訴出来ないけれど、検察審査会で必ずやられるんだ。(検察審査会が必ず小沢を強制起訴するからな!)」と検察から言われた。

―――検察のこの自信の発言 裏付けは何なのだ―――(←見出し、です)

事実、その後の展開は特捜部副部長のセリフ通りになった。

小沢は検察で不起訴、検察審査会で強制起訴。

何故、特捜部検事は検察審査会の結論を見通せたのか。

検察が不起訴にした次の日、匿名の「市民団体」が不服として申請書を提出、審査会事務局は即日、その申請を受理した。

クジで選ばれる一般国民が裁判所に集まって検察の「不起訴処分」を検討するといった検察審査会は、検察とは全く別の独立した機関と国民は思っている。

だから、その検察審査会で「小沢起訴相当」の議決が出た日、大マスコミは「検察の不起訴処分をひっくり返した市民目線」と検察審査会をたたえ、如何にも検察と検察審査会は“別物”として扱った。


しかし、実態は検察と検察審査会とは、表裏一体の関係なのだ。

検察が検察審査会を使って小沢を起訴に持ち込むのは簡単なのである。(中略)

…特捜部検事は、自分達が小沢を起訴できなくても、検察審査会を操って小沢を起訴させるノウハウを知っていた訳だ。
こうなると、デキレースというか、検察審査会の存在は単なる特捜部の追認機関・下請機関という事になってしまう。

これが朝日新聞以下の大マスコミが称賛する「検察審査会」の正体である。

どこが「市民目線からは許されない!」「これが善良な市民感覚だ!」なのか。

「違う」と言うなら、検察審査会(若しくは選ばれた1名の審査補助員=弁護士)はどんどん反論すればいい。

痛くもかゆくも無い腹を探られるのが嫌なら、検察審査会事務局は釈明すればいい。

ところが、貝のように口を閉ざし審査・議事の内容を隠蔽したままだ。

第2回目の議決を出した審査員11名の平均年齢発表が二転三転し、最終的に平均年齢は第一回目の平均年齢と下二桁までピッタリと一致、クジで審査員を選んだ場合34歳何がしかになる確率は0.06%であるが、第1回・第2回と11人全員が交代して、平均年齢が下二桁まで同じとなる確立は数億分の1となり、ありえない。

裁判所に「小沢を強制起訴した検察審査会」の資料提出を求めた、検察審査会を調べている森ゆうこ議員に「鉄槌を下してやる!」と言う検察幹部。

国民はくれぐれも森ゆうこ議員のしていることを「政治の司法への介入だ」(検察幹部)と流すマスメディアに騙されないことだ。


もう、バラバラとマスメディアの洗脳報道を小出しに書いて、“国民の覚醒”に一縷の望みを繋ぎたいと思う。

そんな訳で、今日はここまで、またね。

大衆心理学

2011年02月03日 | Weblog
最初に訂正をしておく。

私が検察が'09年3月3日の大久保秘書逮捕を訴因変更で「無かった事にしてしまった」と書いたのは、正確には下記の誤り。

「大久保秘書の西松事件の第二回公判で検察側の証人が大久保秘書起訴事由を否定する証言をした為、大久保秘書の無罪が確定的になった2日後、検察は石川議員・池田元秘書を『4億円虚偽記載』で逮捕、その翌日に大久保秘書を再逮捕。
ナント検察は大久保の裁判を『西松』と『4億円』との二本立てにする訴因変更を行なったのである。
4億円に軸足を移し、西松事件の立証は事実上断念した格好なのだ。
従って『西松献金事件』に関する裁判は1年以上止まったままだ。

小沢事件の発端となり、その後『小沢の政治とカネ』と騒がれ続けた『西松献金事件』は小沢疑惑の中心からスッポリ消えた。
マスコミ報道も、まるで無かったかのような扱いなのである。

あまりにも異常だ。(後略)」
(日刊ゲンダイより編集して引用)


最近ブログでも「異常だ」「あまりにも異常だ」とする表現が多く見られる。この異常さに気が付かない国民。

これも、テレビ・新聞の情報操作・世論誘導によるものだが国民は早く気が付かないと大変なことになる。

今日は掲題のタイトルで話を進めようとしたのだが、テレビ・新聞のあこぎなやり方(報道の仕方)に国民が早く気付いてもらいたいとの気持が「現実の各論」へと私の手を誘導してしまう。今回もタイトルの話までは行かないかも知れない。

テレビ・新聞はどこも揃ったように「小沢氏の政治資金をめぐる問題」「小沢氏の政治とカネの問題」と表現している。

国民はもうこの表現に慣らされてしまって「当たり前の表現」として頭に入っている。

下記の最近のテレビでの言い回し・報道順序を書きますので、今の日本のマスメディアのおかしいな?と思う点を考えてみて下さい。

「小沢氏の政治資金をめぐる問題で逮捕・起訴されている石川被告ら三秘書の公判が今日行なわれました。石川氏は虚偽記載は認めたものの小沢氏が関与したとする前回の供述を否定しており、この裁判の結果次第では今後の小沢氏の強制起訴に大きな影響を与えることが見込まれます。」―――と、小沢氏の強制起訴時の(自分は)『無罪になるものと確信しています』を映し出しておいて―――「三人の秘書はいずれも容疑を否認していますが、検察は小沢氏の関与を徹底して追及していく構えです。次のニュースです。保険金目的で子供を殺害したとの容疑で逮捕された○○容疑者は、前から近くのスーパーで××を購入していたことが明らかになりました。(計画殺人)」

このテレビの報道(今のマスメディアの典型的な報道)を読んでどこがおかしいの?と思う人は“ともだち”マスメディアに完全に洗脳されてしまった人達だ。


この初公判の記事は下記のように報道されなければならない。

石川知裕衆議院議員、大久保隆規氏、池田光智氏に対する裁判が始まった。
検察側は水谷建設から違法に受け取った1億円の裏金の存在を隠蔽するために、原資を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、虚偽記載を主張しました。

検察は冒頭陳述で3名の元秘書が水谷建設からの裏金を受け取ったことを前提に置き、この事実を隠蔽するために不動産取得資金を銀行借り入れとした、と主張しましたが、小沢一郎民主党元代表の3人の秘書は、裏金の受領を全面的に否定した。

この法廷では検察の取調べの際の脅し・スカシ・泣き落とし等の実態が被告3名の口から明らかにされた。

石川議員はいう「(逮捕・拘留時の)毎日の取調べは10時間に及び、精神的に疲れて、眠ろうにも眠らせてくれない。調書にサインしさえすれば眠れる(楽になれる)といった気持になった。」と。

弁護側冒頭陳述によると、昨年1月の逮捕後に石川議員の取調べを担当した吉田正喜特捜副部長(当時)は「自供しなければ、贈収賄で別件逮捕もできるんだぞ!」と恫喝。
石川議員の女性秘書が11時間監禁されて聴取されたこともあり、石川議員は「このままでは自分だけでなく、女性秘書も逮捕されかねない」と、検察のデッチ上げ供述調書に署名した、という。

また検察審査会の1回目の「起訴相当」議決後の昨年4月の再聴取の際、石川議員は吉田検事に脅されて署名した前回の調書を翻そう(否定しよう)としたが、担当した田代政弘検事は「(供述が変われば)『何で変わるの?』ってなっちゃうからさア。めんどくせーからさア」などと言い「石川さんを別の事件で逮捕しようと思ったら、できないわけじゃない。(何でも別件逮捕できるぞ!)気持悪いよね。」などと脅した。
田代検事は「特捜部は何でも出来る。恐ろしい組織で大変なことになるよ」とも言った、という。
大久保秘書を聴取した前田恒彦検事は「石川さんはオヤジ(小沢氏)を助けるために認めているんだ。大久保さんも認めたら」と迫り「認めないと石川さんも困るし、池田さんはもっと困ることになるぞ」と恫喝していた。大久保秘書は「逆らえば何をされるか分からない」と恐怖感を覚えた、という。

言うまでも無く前田検事は村木事件の証拠改竄で逮捕された人物である。弁護側は、大久保秘書の供述調書は前田検事がほぼ単独で作成したという。この大久保氏の供述調書は検察が証拠としての提出を取り下げている。

池田氏の取調べでも担当検事は「調書の内容を認めなければ保釈もされないし、量刑も重くなるぞ」「調書に署名すれば悪いようにはしない。署名しなければ、他の秘書の取調べもきつくなるし、別件で再逮捕も出来る」と脅していた。
池田元秘書は抗議をしても無駄と諦め「検察の作文とも言うべき調書に心ならずも署名した」という。(弁護側陳述)

石川議員が、保釈後に受けた再聴取の取り調べを録音したレコーダー内容は、検察官がしきりに、捜査段階の供述を変更すると小沢一郎民主党元代表に不利になる、という趣旨の話を執拗に繰り返している。
石川議員が、いくら「(小沢氏に借り入れた)4億円を隠すために時期をずらしたわけではない」と説明しても、検察官は聞き入れない。
3時間半後には石川議員も「分かりました。忸怩たる思いが…仕方ないです」と主張を通すことを諦めた。
そんな内容が証拠として提出された。


この検察による小沢3秘書の逮捕・起訴には司法関係者・ネット等から批判の声が相次いでいる。

※「期ズレ」の虚偽記載というが、5年間に180件以上ある「訂正」で済まされている事項であり、それなのに検察は現役国会議員である石川氏を逮捕した。

※仮登記時('04.10.29)であれ、本登記時('05.01.07)であれ、報告がなされていれば政治資金規正法上問題は無い。従って陸山会の提出した報告書に問題があるとは言えない。(総務省・政治資金課)

※3秘書が逮捕された時、テレビでは検察OBを含む専門家たちが口を揃えて次の様にコメントした。
この逮捕事由が本丸であることは考えられない。
巨大な裏金の存在・それに関連する収賄などの巨大犯罪が存在しなければ、このような「虚偽記載」という微罪で検察が逮捕するということはあり得ない。と。
しかし、検察はその後1年以上にわたって違法とも言える強制捜査を繰り返して、裏金の存在、収賄などの事案をしらみつぶしに調べたが、何ひとつ立証することが出来なかったのである。

※検察は冒頭陳述で3名の元秘書が水谷建設からの裏金を受け取り、この事実を隠蔽するために不動産取得資金を銀行借り入れとしたと主張したが、水谷建設からの裏金は検察が立件しようとして立件出来なかった事柄ではないのか。
立証も出来ない事柄を、あたかも事実であるかのように強調し、マスメディアにイメージ報道を流布させるのは、あまりにも卑劣である。



「本件は一体、何の事件なのか」―――初公判で石川議員らの弁護側は冒頭から検察の立証姿勢を厳しく批判した。
今回の裁判(3秘書の逮捕理由)は政治資金規正法違反であって、贈収賄事件ではない。簡単に言えば「陸山会」の不動産取得について、収支報告書の記載時期が2ヶ月ほど「ズレていた」だけ。
それなのに検察・弁護双方が申請した証人計14~15人のうち、当該事件に関係する証人は6人だけで残りは全て水谷建設絡みの証人なのだ。
起訴事実と直接関係の無い証人が大半を占める裁判など前代未聞。弁護側が「本裁判は一体何の裁判なのか」と詰め寄ったのも頷ける、というものだ。

本紙はこの初公判における検察取調べについての弁護側の陳述及び、検察審査会を追及・調査している森ゆうこ議員に対する検察幹部の「鉄槌を下してやる!」等の発言と「検察が森ゆうこ議員の不祥事を捜している」との話を重視し、検察のファッショ化を憂えるものである。

森ゆうこ議員はツイッターで「気をつけなくちゃ」と言いながら「(検察がその気になれば)『不祥事』は、何でも、いつでも捏造できる。私に何かあったら検察にやられた、と思ってください。」と言っている。
国民はこの検察の特高警察化を糾弾しなければならない。
……まともなジャーナリズム精神を持った新聞社だったらこう書くだろうと思われる創作記事終わり

上から下まで“ともだち”の酒池肉林接待を受けてきた日本のテレビ・大新聞には望むべくも無い記事内容だ。


検察審査会は本来「検察」を審査・糾弾する機関であり、従って検察とは対立する組織である。
その対立機関を調査している森ゆうこ議員に「鉄槌を下してやる」という検察。
国民はここから小沢を強制起訴した検察審査会と検察の関係に気が付かなければバカとしか言いようが無い。


本当に、いつも入り口で終わってしまう。読者を騙す方法の「見出しと内容が違う」を地でいってしまった。

次回も各論になるが、裁判所等、日本の司法の癒着腐敗振りについて是非書いておかなければと思っている。

今日はここまで、またね。





日本国民よ、マスメディアによる催眠状態から目覚めよ!

2011年02月02日 | Weblog
今日こそは、総論的な話にしようと思っていたのだが、1月29日付け日刊ゲンダイを見て気が変わった。

私は当時、重要な証言があるのに(証人もいるのに)何故、検察は小沢を逮捕・起訴しなかったのか、と疑問に思っていた。

テレビ・新聞の報道で国民の多くもそう思ったのだろう、検察を審査する選ばれた国民11は(こんなに証人が揃っているのに検察は何故小沢を不起訴にしたのか)「起訴して裁判で白黒をつけろ」と検察を非難した。「それが国民目線だ」「それが善良な市民感覚だ」と。

テレビ・新聞の報道で「確かな証人も複数いる」はずなのに何故、検察は小沢を逮捕・起訴しないのか!

検察が小沢を不起訴にした時点でテレビ・新聞は小沢に対し、やれ政倫審だ国会での証人喚問だと騒ぐのではなく、これら証人・目撃者を国会に呼んで証人喚問し、更には検察を国会に呼んで確かな証人もいるのに何故小沢を逮捕・起訴しなかったのか問い質すべきなのだ。にも拘わらず何故それをやらないのだろう?と私は疑問に思っていた。

テレビ・新聞は目撃者・証人を追って言質を取ることもやっていない。何故だ!

理由は簡単だ。「検察に逆らうことはマスメディアの最大タブーの一つ」だから、テレビ・新聞の追求は決して検察には向かないからだ。

この話しは置いておいて、話を続ける。

今回の「小沢の政治とカネ」騒動のポイントである水谷建設元会長水谷功氏の証言「小沢の秘書、石川に'04年10月5000万円、翌年'05年4月に小沢の秘書大久保氏に5000万円渡した」(計1億円の裏金)に始まっている。

テレビ・新聞はこのうち、石川氏に渡った5000万円が世田谷の土地購入資金4億円に使われたのではないか、と騒ぎ立てた。

昨年'10年1月27日、TBSが“大スクープ”を放映した。

'04年10月15日にホテルのロビーで石川議員が紙袋に入った5000万円を受取っている場面を目撃した男性が証言したと、渡す現場をCG再現して流した。

ところが、この衝撃報道を後追いした大マスコミは無し。TBSもこの大スクープを翌日から引っ込めてしまった。

M:戦後間もない頃の文部省作成教科書に「大きく報道し、後で小さく取り消しても国民には大きく報道した事が残ってしまう」といったことを「権力者・マスコミが国民を騙す方法」の一つに挙げていたが、「大久保秘書が『請求書』まで送りつけていた」「大久保秘書が犯行を認める供述を始めた」と言った、後から小さく取り消す方法の他に、一瞬センセーショナルに報道しておいて後はそのままにしておくという更に悪質な報道の仕方がある。大量に垂れ流されるそういった報道で、私も、どれが真実でどれが偽りの報道なのか、ネットで調べないと分別出来ない状態となった。

石川氏と大久保氏に5000万円づつ渡したと獄中で証言した水谷元会長は刑期を終えて出所している。

何故、テレビ・新聞の記者達は取材で押しかけて検察リーク(水谷証言)の裏をとらないのか?
分かっている。それは、検察が恐いからだ。そんなことをしたら「司法記者クラブ」から東京新聞の様に締め出されてしまうからだ。

記者クラブに入れない三流紙「日刊ゲンダイ」は、その水谷元会長を「直撃取材」した。それが2月2日付で記事になっている。

要約する。

記者裏金疑惑、証言内容は本当だったのか?

水谷氏分からない。知らないよ。

記者'04年と'05年の2回、石川・大久保両秘書に水谷建設がカネを渡した、と報じられています。

水谷氏石川、大久保なんて会った事もない。石川被告の顔は報道でクローズアップされて知っているが、それまで石川の「イ」の字も知らなかった。

記者テレビ・大新聞では、これまで水谷氏が検事に『カネを渡したことを証言』した等報じられてきた。これは誤報ということですか?

水谷氏何がどうなのか。訳がわからない。

記者テレビ・新聞の記者は、証言の裏付け取材に来なかったのですか?

水谷氏何人かは来たけど…。「こんな話、聞いたことがありますか?」と訊くので「聞いたことがある」とは答えたが…。

記者“証言”の否定会見はしないのですか?

水谷氏: (そんなことは)どうでもいい。私には分からない。あなた方(テレビ・新聞等のマスコミ報道の事)は私のことを勝手に書いて…。

これで、検察が不起訴にした理由が分かろうというものだ。証拠としての「証言の信憑性」どころか、デタラメな話ではないか!

テレビ報道の中には「大久保秘書と懇意だった大阪の建設会社社長が水谷会長を紹介」といったものもあったが、その水谷氏が大久保秘書を知らない、といっているのだ。もう刑期を終えているのだから別に否認する必要も無いのに、である。
水谷氏の話が本当なら、これらの話は全部デタラメだった、ということだ。

石川氏がホテルで金を受取るのを目撃したという(水谷建設に近い)建設業の会長も日刊ゲンダイの記者の取材に対し、

「(目撃した日が)'04年10月15日だったとはTBSに一言も言っていない」
「正直に言うと、人から聞いた話も入っている」
「ああいう番組になるとは知らなかった」


と最後までノラリクラリの要領を得ない返事だったという。その程度の「目撃談」であって、証人(証拠)としての信憑性に著しく欠けている。

更に大久保秘書に金を渡したとする大阪の会社社長の話も、その会社は水谷建設からの仕事が多く、水谷元会長から頼まれたら断れない立場の人間の“証言”であり、信憑性に乏しい。

日刊ゲンダイは次の様に言う。

繰り返すが「1億円ヤミ献金」は小沢疑惑の核心だ。
検察は自信があるなら堂々と立件すればいい。
水谷建設側の“証言”だけを材料に小沢疑惑(政治とカネ)を引き延ばし、国会や政治を混乱させるのは汚いやり方だ。


この辺で、人様のブログをツギハギして貼りつけておく。(自分で考えると疲れるので、手抜き!)

大手マスコミとは一体何者なのだろうか。(M:“ともだち”の仲間・手先)
小沢氏の「政治とカネ」疑惑に関して(「小沢氏の政治資金に関する問題で」とマスコミは統一して報道しているがそれを)検証している記事は皆無である。更に実体のないことが次第に証明されつつある「政治とカネ」なる疑惑であるにも拘らず、「確実に疑惑(裏金)は存在するもの」との前提に立って記事を書き対談・論評をしている。



1月31日のテレビでは、小沢一郎に対する検察審査会の議決による起訴について、そのコメンテーター(元検察出身の弁護士達)の言葉が判で押したように同じである事に驚いた。
曰く、「小沢一郎は有罪になるでしょう」、「難しいけれど有罪の確立は非常に高いと思う」、等々で統一的と思える見解を全員が述べていた。
断っておくが彼らは民間の弁護士の資格で述べているのである。
それが全員、同じ結論を言っている事に驚くし、(“ともだち”の企てた)予定通りなのかと納得もしてしまう。

要するに今朝のテレ朝のスーパーモーニングで大澤というヤメ検が最後にポロっと洩らしたように、裁判までには時間がかかるでしょう、という一言で全てが計画的である事を露呈している。


小沢氏の裁判は結論(判決)を出さないまま今度の選挙まで引き摺れば良いだけである。

何回も書いた戦前の検察・マスコミファッショ「帝人事件」を思い出してほしい。


帝人事件とは、1934年の帝人株の買い戻しに絡んだ贈収賄事件のことで、当時文部大臣だった鳩山一郎氏は議会で関連を追及され「明鏡止水の心境」と述べたところ、マスメディアの手によって「辞任の意思表示だ」と報道されたため、嫌気がさして辞任してしまった。

(注)明鏡止水(めいきょうしすい)とは、一点の曇りもない鏡や静止している水のように、よこしまな心がなく明るく澄みきった心境、のことで、鳩山文部大臣(当時)は「私は一点のやましいこともしていない」といったのにマスメディアの手によって「辞任の意思表明」と曲解報道され辞任に追い込まれたのだ。

この事件の逮捕者の拘留期間は200日に及び、拷問による自白の強要もあったという。
確かに検察の取り調べは過酷であり「検察ファッショ」という言葉も生まれた。

当時を振り返って河井信太郎氏は、掛物によく描かれている水の中の日影を猿が藤蔓につかまってしゃくろうとしている画になぞらえて「影も形もないものを一生懸命にすくい上げようとしているのが検察の基本姿勢であって、その検察には抗うことができなかった。」と言っている。

検察は、捜査段階からまったくデタラメなリーク情報をマスコミに流し続け、それによって鳩山文部大臣をはじめとし、遂に斎藤内閣自体まで崩壊に追いやった。
つまり、閣僚や大蔵省幹部・財界人ら政財界の大物16人が検察により逮捕・起訴されたこの事件により、国民の政府批判が高まり、同年(1934年)7月斎藤内閣は総辞職に追い込まれてしまったのだ。

ところが、そんな大事に発展したこの事件は3年後(1937年)には起訴された全員が裁判で無罪になった。

その時の裁判長は判決に異例のコメントをつけた。

「全く犯罪の事実が存在しない」「この事件は検察が作り上げた“空中楼閣”だ。」というもの。

つまり、この事件は全て検察(M:マスコミ)のデッチアゲだ、との司法の判決だったのだ。

しかし全員が無罪になったときは“時、既に遅し”で、政党政治は転覆され、その後、検事総長が総理大臣になる等、日本は軍国主義へと突き進んでいった。…帝人事件の解説引用終り

今回の「小沢の政治とカネ」事件をネットで調べれば調べるほど、戦前の帝人事件と同じで、どこに「犯罪」が存在するのか分からない、検察とマスコミが作り上げた“空中楼閣”であることが明らかになってくる。

しかし、“ともだち”にとって後からバレようが、そんな事はどうでも良いことなのだ。単に次の選挙(解散総選挙か次回の総選挙)まで結論(裁判)を引き延ばして政権交代した民主党をぶっ潰せば「予定通りに企画は大成功!」となるのである。

もう少し、小沢事件についてブログを借りて言及しておく。

本来、検察審査会の2回目の議決によって速やかに起訴手続きに入らなければならないのに、なんで3ヶ月もかかったのか、そして裁判までなぜ時間がかかる必要があるのか。誰も納得できる説明をしていない。これは明らかに時間をかける事で世論操作を目論んでいるとしか思えない。ヤメ検達の口裏を合わせたかのような小沢一郎有罪発言には、明らかにマスコミを利用した世論操作の意図が透けて見える。

(テレビ・新聞批判)

検察リーク情報が破綻した都度大手マスコミは訂正記事を書いてきたか!
報道機関としては、大きく報じた以上に、間違いであった場合は、「その報道は間違いだった」と大きく報じる義務がある。

総選挙前、次期総理大臣候補だった小沢代表を代表辞任に追いやった事件、大久保秘書が逮捕・起訴された大事件「西松献金疑惑」なるものは検察が公訴事由から取り下げた。つまり西松献金疑惑は存在しなかったということだ。

「西松事件」はすでに存在していない。検察は仕方なく訴因変更を行い、裁判所は不当にもこれを認めている


M:マスコミは「西松建設疑惑は既に存在しない」「裁判所は不当にも検察の『西松建設事件で大久保秘書を逮捕したのは、無かった事にして下さい』との申し立てを認めた」という事実を国民にキチンと報道しているか。


次に水谷建設の1億円収賄疑惑は拘留中だった元社長の口から出まかせであったことが濃厚となり、石川氏の起訴事由から省かれている。そのことも疑惑を書き立てた以上に大きく報じられただろうか。そうであれば国民は小沢氏の元秘書諸氏の逮捕の根拠は、他の政治家事務所なら二本線を引いて数字を正し訂正印をつけば済まされているほどのことで、小沢氏の場合だけ元秘書が三人も逮捕され、小沢氏までも起訴されようとしている、飛んでもない不公平な検察と検審会の権力行使であると断じざるを得ない。

しかもここに到って小沢氏の政治資金規正法による収支報告書04年分と05年分とには訂正すべき個所すらないことが明らかになっている。

検察は二月から始まるとされている石川氏の公判をどのようにして維持するつもりなのか、その前に裁判所は訴状を取り上げるのだろうか。公訴棄却が相当と思われるが、小沢氏を裁判により政治家としての行動を制限するのが検察と司法当局の狙いであったとするなら、延々と裁判を長引かせるつもりだろうか。それこそ醜悪な司法当局だと非難しなければならない。

小沢氏に疑惑とすべき事実は何もない、というのがこれまで事件の経過と明らかになった事実から判定する限りの結論だ。
4億円の疑惑は何もなかったし、ましてや期ズレも疑惑ではなく、期ズレこそが正しい会計処理だと判明している。



「水谷建設事件」における石川衆院議員元秘書についても虚偽記載と言う事実の認定は検事の誘導があった事を録音したICレコーダー(書類化)の証拠採用が決定されており、小沢一郎氏への起訴議決になった原因が消滅する自体になっている。

テレビでは出演者全員が「小沢一郎は有罪」と発言している。この異常さ!

しかも裁判も始まっていないのに、推定無罪と言う原則を無視して「弁護士と言う資格」を持っている人達が、何故、一様に「有罪」発言するのか。ここにもマスコミの異常性を見る事が出来る。

検察と裁判官は明らかに裏で画策し、裁判を意図的に遅らせる事でマスコミを使い、世論操作で小沢一郎の政界からの排除を目論んでいる事が見えてくる。
彼らは裁判での有罪、無罪は関係なく、単に官僚組織に対する目の上のたんこぶを何がなんでも排除したいのだ。

例え一審で無罪が出ても、屁理屈を付けて控訴がなされて裁判を延々と長引かせる事が今から予想できる。

この国の司法制度がいかに腐っているのか、これから次々に明らかにされるだろう、しっかりと見ている必要がある。
 


私が言いたいのは、目覚めた国民であっても「小沢は裁判で確実に無罪になる」と何もしないで安心していてはいけないという事。

昔、地裁・高裁で国民の人権を無視した判決が出ても訴人は「最高裁がある」と上告して最高裁で憲法に照らした「基本的人権・生存権」擁護の逆転判決が出されることが度々あった。

今は逆である。半世紀以上続いた一党支配が司法まで及んでしまった。
即ち、政権政党の総裁≒内閣総理大臣が最高裁判事を任命する人事権を持っている為、司法が行政に支配されてしまっているのだ。

政府の行為に対し「違憲判決」をした裁判官は、左遷されたり、自殺に追い込まれたりした。最近の違憲判決も既に退任が決まっていてその退任直前に「裁判官の良心」に従った判決であった。

権力に迎合する・従う裁判所の例は「高知白バイ事件」で顕著に顕われている。最高裁まで上告したが門前払いとなり無実の罪が確定してしまった事件である。

小沢氏の例でも、検察の訴因変更受理、小沢氏の検察審査会の強制起訴議決無効申し立ての却下、等々、裁判所も国民が思っているような「正義の司法機関」ではないのだ。

東京高裁での逆転敗訴に見られる様に裁判所は上に行けば行くほど“ともだち”の支配下にあると考えるべきなのだ。

だから今から「検察・マスコミ糾弾」の世論を盛り上げておかないと裁判所も国民は大人しいから「小沢有罪判決」を出しても検察同様非難されることは無いだろう。マスコミが「演出して」裁判所を守ってくれる…、と思ってしまう。

こうして海外から「日本の新しい夜明け」と評された政権交代=無血市民革命はジエンドとなる。(M:もっとも私は参院選で既に「終わった」と思っていたが…)

まとまらない。でも今日はここまでとする。またね。