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唐茄子はカボチャ

映画と音楽と・・・

ローマ法王の休日

2012年09月21日 | 映画 ま・や・ら・わ行
ローマ法王の休日 - goo 映画

面白そうな雰囲気を漂わせつつ、どこかすっきりとしない。
逃げ出していろいろな人と会ったことがどういう影響を与えたのかもよくわからず、法王の心の中のことがあまりよくわからないまま時が過ぎ・・・待ってる方はいいかげんなことをしているのもあまりなじめない。
笑わせたいのかなんなのかもよくわかりませんでした。
そもそも、何でその人が法王に選ばれたのかもよくわからない。みんながいいかげんに投票したということなのでしょうか。

全体がいいかげんな中でひとりだけすごくまじめに悩んでいる人がいるというだけの映画です。
ちょっとした恋愛とか、人との心の交流になるのかと思ったらそこまでいかないし。ちょっと中途半端じゃないですかね。

ただ、世界の頂点に立たなければいけないとなったときに、それを背負う決心というのは普通はできないでしょう。
このことがどんな結果になろうと、どのような意図で選ばれたかにかかわらず、もしかしたら意図もなくいい加減に選ばれたとしても、それは神の判断になるわけで、その結果は絶対なのです。そこに疑問を持ったり、判断が間違ってると思うことじたいが、神に疑問を持つことになる。神の判断は絶対なのです。

最後のスピーチが後まで引きずってます。
絶対だから疑問もなく受け入れなければならない。まじめに思えば思うほど、自分はできないと思う。その弱音を吐露するわけですが、そこが彼のいいかげんにできないまじめさなんでしょう。あるいみ、その場だけみなを喜ばすことは簡単です。ただ心にもないことを言ってその場をしのげばいいのだから。そのあとも、それなりにこなすことができるかもしれない。でも、神に対して本当にそれでいいのかというのを考えるとそれもできなかったのでしょう。神に使える者だからこそ、ああいう正直なスピーチになったと思えます。
あのスピーチによって、選んだ人たち全体に神への忠誠が試される。・・・のかもしれません。

役者になりたかった話も出てきます。でもそれが直接的な原因ではないですよね?

イタリア語って、なんかなじまない・・・
セリフが多すぎて、字が読みきれないし。
あと、もっと演劇の知識とかあればもっと面白いのかもしれません。