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映画・演劇のレビュー

『きみに微笑む雨』

2010-08-08 07:49:22 | 映画
 ホ・ジノ監督の第5作である。彼のデビュー作である『八月のクリスマス』は僕にとって生涯の1本だ。あの映画を見たときの感動は忘れることがない。最初の場面から魂を揺さぶられた。なんでもない描写に涙が溢れた。どうしてここで自分が泣いているのか、わからない。ただ学校のグランドで風景を見つめているだけのシーンなのに。そして単車に乗って街を走っているだけなのに、それがあんなにもキラキラしていた。  

 生きていることの奇跡がそこにはある。やがて死んでいく青年の、この世で過ごすわずかな時間のきらめきが、そこには刻まれている。でも、やがてわかるそんなこと(彼が死ぬということ)を、彼自身ですらその時にはまだ知らないはずなのに、なぜかその美しい風景に心が震える。これが映画の奇跡なのだ。あの出逢いから、僕は何があってもホ・ジノ監督を信じようと固く決心した。この人の映画を、生涯見続ける。

 第2作『春の日は過ぎゆく』もすばらしかった。あんなにも切ない恋を知らない。2人の心が離れていく瞬間をあそこまで痛ましく描いた映画はない。どうしようもないことがこの世の中にはある。どんなに悲しくともその事実を受け入れなくてはならない。激情にかられることもある。だが、やがて、心静かにそれを受け止める。その瞬間が優しい。

 第3作『四月の雪』を経て、『ハピネス』そして、今回の作品と、残念ながら最初のあの輝きはすこしずつ損なわれていく。もちろん彼は変わらない。しかし、その変化のなさが、彼の映画からそこにあった輝きをなくさせてしまう。僕が変わったからでも、世の中が変わったからでもない。では、問題は何なのだろうか。

 なんでもない一瞬の風景が心に突き刺さってくる。そこには理由なんかない。本能が感知する。心が共鳴する。もう一度『八月のクリスマス』を思い出してみよう。主人公の青年はヒロインの女性から「おじさん」と呼ばれる。老成したイメージのある彼は、町で小さな写真館を営んでいる。父の写真館だ。年老いた父の後を継いで、ここでひっそり暮らしている。そこに写真を現像するため訪れる婦人警官がヒロインだ。この2人の淡いふれあいが描かれていく。

 2人はただの客と主人でしかない。だが、何度となく顔をつきあわせていくうちに親しくなっていく。でも、ただそれだけのことだ。こんなにも淡い恋心が1本の映画になってしまうことに驚きを禁じ得ない。お話としてはたわいもない悲恋ものに見えないでもない。だが、ここには生と死の狭間で、「人が生きていくことのすべて」が詰まっている。

 今回の映画で描かれる四川大地震で夫を失ったヒロインの悲劇もまた、彼女の心の中に秘められる。泣き叫んだりはしない。彼女はその後の人生を静かに生きている。時間が解決したのではない。生きて行かなくてはならないからだ。

 ガイドの仕事をこなしながら、穏やかな時間を生きている。だが、ひとりの男性と再会し、心が揺れる。彼女が、かつて好きだったひとだ。お互いに好意を抱きながらも、それ以上の関係にはならないで、別れた旧友である。偶然再会し、うれしい。彼は、ソウルから仕事で四川にやってきた。そんな2人の数日間が描かれる。韓国人と中国人だから、お互いの共通語は英語になる。2人の会話はすべて英語でなされるのだ。その距離感がこの映画の根底にはある。表面的な会話しかなされない。だが溢れる想いがある。それは言葉にはならない。

 表面的にはたわいもないラブストーリーだ。そういう意味では『八月のクリスマス』と似ている。だが、この二本の間には遠くて深い溝がある。完成度、云々ではない。それでは、なぜ、そんなことになったのか。よくわからない。ホ・ジノはいつも通り丁寧な仕事をしている。さりげない描写にまで神経がゆき届いている。なのに、映画は胸に響かない。

 主人公2人の間に出来た溝は、時間のせいばかりではない。彼女に夫がいること、さらにはその夫が1年前の地震で亡くなったこと。その事実は映画の最後まで隠される。彼女の心の中に秘められたまま、ドラマは進む。だから、表面的には単純なラブストーリーにしか見えない。水面下にある彼女の葛藤に、誰も気づかない。彼女は、彼との再会を喜び、幸福なひとときを過ごす。

 彼女の見えないドラマを、観客にすら知らさない、という選択を通してホ・ジノが描こうとしたことは残念ながら、観客には届かない。見せない内面が滲み出る瞬間に、この映画の正否は懸かっていた。あたりさわりのないラブストーリーは成都の美しい風景を背景にして、まるで絵はがきのように描かれる。よそよそしさがこの映画の身上だ。この距離は数日では詰まらない。2人がデートをする時間を描くだけにみせかけて、その内に横たわる底なしの孤独を描く。それがこの映画のテーマだ。なのに、それは描けない。なんだか歯がゆい。『春の日は過ぎゆく』から『ハピネス』までの3作の描く暗い感情は表には出てこない。だからこそ、この映画の描く悲しみは、より深いものなのである。そこが捉えられなくては、失敗だろう。



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