
なんて切なくて、淋しくて。ヒロインのあんずちゃんを抱きしめてあげたくなる。これはそんな作品である。ポプラ社小説新人賞の奨励賞受賞作。だけどこれは並の作品ではない。勇気のいる凄い傑作だ。こんな作品を若い新人作家が書く。それをポプラ社はしっかり評価して出版する。だから僕はポプラ社が出す小説を1番信用する。
中国から広まったウィルスが世界を覆い尽くした後の世界が舞台である。俗名ゾンビウィルスと呼ばれたウィルスに感染すると感染者は人を襲い食い尽くす。
だけどこのウィルスの感染には二通りがあり、「あぶない方」(人間を襲う)は駆逐されたが、「あぶなくない方」はカクリ施設に収監された。というか、彼らだって人間である。感染してゾンビ化しただけ。だけど当然のように差別される。今では「あぶなくない方」も普通に生活できるようになっているが、明らかな差別に晒されている。感染者が怖いから彼らに辛く当たる。
ここまでがお話の大前提である。本題は小学3年生の女の子であるあんずが両親の離婚から貧民層になり、狭いアパートで母と暮らしているところから始まる。彼女と同じアパートに住む「あぶなくない方」のゾンビのおじさんとの交流が描かれる。
大きなSF的大前提と小さな子どもたちのお話。そこから今の世界が抱える問題に斬り込む。貧富の差がますます拡大する世界を生きる小学生、あんず。彼女は自分が虐められるのを神様からの罰だと思い耐えている。こんなけなげな子どもを苦しめるこの世界を憎む。だけど、これが現実である。彼女はここで一生懸命生きている。これは新型ウィルスの蔓延から起こる格差社会を描く作品だ。現実に起きたコロナ禍を下敷きにして、あり得たかもしれないことを描く。感染者への差別。
あんずはぞんび(彼女はカタカナのゾンビではなく、ひらがなのぞんびを選ぶ)のおじさんの優しさに触れ、彼を慕う。ふたりの交流から生まれるものを丁寧に描いていく。
ただ、事態はますますキツくなっていく。後半ハロウィンの夜の惨劇を描くところからは辛すぎてついていけない。ゾンビ排斥運動が過激化していく過程において何もできない無念さ。あんずは小学生スピーチコンテストに出ることにする。そこで訴える。
ようやく手に入れた穏やかな時間を描くラストだって決してハッピーエンドとは言えない。「平穏、無事」を願うおじさんの想い。それを実現しない世界。ささやかな幸せすら奪っていくいやな世界をリアルに描く。そこからそれでも必死に生きる小学生を描く。傑作である。