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映画・演劇のレビュー

『遥かな町へ』

2013-12-31 22:31:36 | 映画
 たまたま手にした。以前から気にはなっていた映画だが、なかなか借りるまでには至らない。でも、今日、やはり見たいから、と思い借りてきた。見てよかった。こんなに素晴らしい映画だなんて、思いもしなかった。こういう傑作と偶然出会うとほんとうに幸せな気分になれる。まるで期待していなかっただけに、驚きも大きい。『やわらかい手』のサム・ガルバルスキ監督の作品だと後で知る。

 これが、日本のマンガである谷口ジローの原作を映画化した作品であることは知っていたけど、原作も読んでいないし、それが決めてではない。お話はある種の「タイムスリップもの」なのだが、SFというよりもノスタルジックなリアリズム映画で、全くSFの香りはしない幻想映画だ。そしてなんだかとても懐かしい映画なのだ。心地のいい夢を世界を旅する気分。舞台となるフランスの田舎町のロケーションがすばらしい。そこは現実の世界から隔離されたような場所。パリからそう離れていないはずなのに、ここはまるで別世界だ。

 まるでくたびれた初老の男(48歳の漫画家であるらしいのだが、もっと老けて見える)が、14歳の自分に戻り、(でも、意識は48歳のままで)あの頃をやり直す話なのだが、これは夢の中で、そのくせ夢であることをちゃんと意識したまま、その世界を生きる感じで、すべてが現実の手触りを感じさせない。

 彼は自分に降りかかった出来事を、冷静に、淡々と、受け入れる。目の前の現実を自然に受け止めて、その数日間を過ごす。もちろん、現実に戻る努力もしないわけではないけど、必死にはならない。それより、再びあの頃を生きることのできる時間を大事にしている。父がいて、母がいて、幸せだった少年時代がそこにはある。そんな時間を噛みしめる。

 それは父親が家出する直前の時間だ。父はその年の彼の誕生日の日に失踪した。なぜ、家を出たのか。少年だった晴れにはわからない。ただ、その後、母は自分たち(彼と妹)を育てて、8年後に亡くなる。母の死は父の疾走が原因だ。だから、もう一度あの頃をやり直すことで、父の失踪を防ぎたいと思う。歴史を書き換えることが可能かを試す。

 父はなぜ、家出したのか。子供だった時分にはわからなかったことが、再び同じ時間を生きることで明らかになる。だが、それは父を止めることではない。今の自分を生きることへとつながる。

 フランスの田舎町。偶然、その過去の町を再訪することになった。だが、これは夢の出来事だ。現実に疲れた彼が見た幻。だが、映画はそんな夢にとことん付き合う。パリへと帰る電車の中で居眠りをする。車掌に起こされて、自分が間違った電車に乗ったことを知る。次の駅で降りて反対方向の電車に乗ることにする。だが、降りた駅は少年時代自分が暮らした町の駅だった。次の電車まで6時間ほどある。しかたなく、彼は町を歩く。

 そこはもう、かつての面影もない寂れた町になっている。人通りもない。そこでたまたま昔の同級生に出会う。彼は、男の母の葬儀以来だと言う。30年近くの歳月が経つ。時間の経過が曖昧だ。戦争で母の恋人が亡くなった。親友だった父が彼の変わりに母と結婚した。だが、母はかつての恋人が忘れられない。父もまた、他の女性のことを愛している。だが、友人のために、残された彼女の面倒を見ることを義務と思い、彼女と暮らす。息子である主人公のトマは、なぜ父が失踪したのかが、今も気になっていた。あの日から彼らの不幸が始まったからだ。

 映画は全体的に謎は謎のままで、時間の整合性も、明確ではない。すべてが曖昧なままだ。だが、そんな緩さがいい。これが現実の出来事ではないからだ。パリの今自分が暮らす家に戻るための電車の中で見た夢でしないからだ。だが、この夢の旅を通して、彼は自分が本当に帰るべき場所を知る。家族の待つ家に戻る。ただ、それだけのための映画だ。

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