
今回の大阪アジアン映画祭のハイライト。期待通りの作品だった。少し甘めだが、このくらいが内容ともマッチしてほどよい。そして何より一番大事な監督自身の母への感謝がしっかり伝わってくるのがいい。もちろんそれは個人的なものではなく、誰にも通じる想いだ。監督はフー・ティエンユー。
彼女は3人の子どもたちを立派に育て上げ、今も町の人たちから慕われる街角の理髪店主。地域の人たちは散髪はいつもここでしてもらう。小さな頃からずっとここで髪を切ってもらった子たちもいる。今も必ずここに来る。彼女は彼らの頭をずっと見てきた。ここに来れば安心する。そんな常連さんを大事にして、ここに根付く。
実話をベースにして今も営業している監督の母親の店で撮影した。映画が終わった後の舞台挨拶、ティーチインには監督と主演のルー・シャオフェンが登場したが、なんと僕の席の前に座っていた女性が、この映画のモデルになった監督のお母さんだった。「母が客席にいます!」という言葉の後、目の前に人が立ち上がって挨拶された。驚き。
主人公は老齢に達したアールイ。台中で昔ながらの理髪店を営み、もちろん今も元気に働いている。毎朝起きたら、店を開ける。3人の子どもたちはそれぞれ家を出て頑張っているようで、忙しくなかなか母のところには来られない。姉は台北で美容師をしている。妹も台北でスタイリストをしている。弟は地元にいる。ひとり暮らしの母親を気にしてはいるけど、3人それぞれ毎日の生活に追われている。そんな母の日常と3人の子供たちの日々のスケッチが描かれていく。
今では引退して彰化にいる歯科医のため、出張で散髪しに行くエピソードがお話の骨格を為す。医院をたたみ、この街角を離れたけど今も髪はここに来て切ってもらっていた。なのにしばらく来ない。だから電話する。娘さんが出て、父は体調を崩して伺えませんと言う。だから自ら出張を買って出る。台中からひとり車に乗っていくロードムービーになっている。この小さな旅の途中での出来事(ゲストとしてあのチェン・ボーリンがむさくるしい髪形で出てくる!)、トラブルを介して、亡くなった歯科医の髪を整える結末まで。
そう。歯科医は亡くなっているのだ。家族が集まる遺体の前で髪を整える。髭を剃る。いつものように。彼女はそんなまさかのそんな事態をさらりと受け止め、黙々と仕事をこなしていく。そんな姿が感動的だ。そのあと、歯科医の家を辞してから、真っ直ぐ続く夕暮れの駅までの田舎道を駆け出していく姿を延々と見せた。感情が爆発する。
いつか人は死ぬ。それまでずっと生きる。そんな当たり前のことを噛み締める。
確か10年くらい前、台湾で散髪したことがある。高雄だったはず。この映画のような街角の理髪店で。お爺さんがひとりでやっていた。町歩きしていてなんだかいい感じだったし、髪も少し伸びていたし。店に入った。そんなことをなんとなく思い出す。
離婚した長女の元夫(近所で自動車整備工場をしている)は頻繁に様子を見にきてくれる。孫を連れて散髪に来る。本日公休の札を出して知らないうちに出掛けた彼女を子どもたちが心配して家で待つ。無事に帰ってきてホッとする。これはそんな母の日常と3人の子どもたちの日々のスケッチが描かれていく映画なのだ。みんな優しい。それだけ。でも、それがいい。これはそんなささやかな映画だ。