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映画・演劇のレビュー

森絵都『架空の球を追う』

2009-03-27 21:33:43 | その他
 また森絵都さんにやられてしまった! 実に巧みな作劇に取り込まれていい気分にさせられる。この短編集で描かれる日常のなんでもない風景がなぜこんなに胸に響くのかは、たあだ彼女の上手さだけではなく、なんでもないところにきちんと目を向ける姿勢ゆえであろう。彼女は見過ごしたりしない。しかもことさら強調したりもしない。さりげなくきちんと見ている。そして等身大に描き取る。

 少年野球の白球の行方に目を向ける表題作が象徴する。このあっけないほど短い作品はこの11編全体の方向性を示す。どうでもいいようなことが、実はとても大事なことを示唆する。だが、そこをさらりと流す。そのさりげなさが素晴らしい。変に教訓じみたりされたならうんざりなのだが、ここまであっさり見せられたら、おもわず立ち止まってしまう。うまいなぁ、と思う。

 わざとらしさがないのがすごい。もう後一押ししたなら、つまらないものになる。その直前で止めているのだ。個人的にはスーパーマーケットでの大冒険(!)を描く『パパイヤと五家宝』が一番好き。有閑マダムの後をついて行き、思いもかけない食材を買い物籠に入れていくスリル。魔法が解けた後の幸福。次点はお話はかなり甘すぎるけど『夏の森』。トトロの森(と彼女が言う近所の都立公園)に100円均一で買ったカブトムシを放しに行く母親の姿が、20数年前の少女時代の記憶と重なる絶妙な展開にほろりとさせられる。

 ちょっと話が作られすぎた印象を残すものもあるが、それでも上手い、と思う。あっという間で読み終えてしまった。もったいない。

 

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