
昨年台湾で公開されたトム・リン監督久々の台湾映画である。妻はこれを見るために昨年の秋台湾に行っている。この正月にふたりで台湾に行った時には残念ながらもう公開は終わっていたが、後1週間遅く行っていたなら台中の名画座(全球影城)で見ることができたのに、といういわく付きの映画だ。今回の大阪アジアン映画祭でようやく見ることができた。
モノクロ映像が美しい。寂しくて切ない映画だ。冒頭の誰もいない静かな夜道をフィックスでずっと映し続けるシーンから作品世界に一気に引き込まれていく。何だろうと思って見ていると遠くから自転車が近づく。父親を殺した彼女が自転車で警察に出頭する。血塗れで。衝撃的な幕開けである。
8年後,イエンは刑務所から出てきて実家に帰ってくる。ここから始まる母と娘イェンのお話。何故父親殺しに至ったかは描かない。8年後の今を淡々と描いていく。彼女の失われた8年にも触れない。目の前の今、そしてこれから。
アイリーは演劇講座に通って演じることのレッスンを受けている。イェンとアイリーは同一人物みたいだ。このふたりの別々の、この同じ顔を持つふたりの話が交互に描かれていく。(そっけない描写だから両者の関係性はラストまでわからないが)
母親はまたくだらない男と付き合っている。父親の愛人は子供を産んでいて、その子を彼女に押し付けて失踪する。1ヵ月したら迎えに来るから、なんて言うが、もちろん迎えになんて来ない。これはそんな彼女を中心にした、彼女と母、そして幼い弟の3人の物語。
あんたの弟だと言われて子供を押し付けられて困惑する姿を描くのではない。イェンは自分のことで手一杯だから。彼女が父を殺した時、愛人のお腹の中にいた彼は生まれた時から父を知らない。
約束の1ヶ月の日、店の前でこの子が頑なに母を信じて待つシーンが素晴らしい。何も言わないで終日キャリーバックの上に座って待つ。もちろん母は来ない。
ラストでアイリーは泣く。彼女が通う演劇講座で葬儀の泣き女を演じるために。それは演技としてだけど、最初は拒否する。受け入れ難い。だけど、結果的に心から泣くことになる。父を殺してからずっと堪えていた涙を流す。イェンとアイリーの関係が明白になる。(最初からなんとなくわかっていたけど)
弱いからつまらない男に依存してしまう。そんな母を許せないけど、母のために父を殺してしまったイェンはラストで母と和解する。だけど彼女を許したわけではない。ほんの少し歩み寄る。そしてひとりぼっちの義弟を迎えにいく。そこから本当の人生を始める。
説明はないし、わかりやすい描写もない。カメラは(トム・リンは)彼女にただ寄り添う。モノクロ映像は彼女の内面の色だ。重くて暗い心情を象徴する。だけどそれはなぜかこんなにも優しい。