
今年のベストワン候補『月』に続いてもう1本、渾身の力作を発表した石井裕也。10月に連続でスマッシュヒットを放った。こちらは完全な自主映画スタイルの作品である。だけど、こんな豪華なキャスティングで挑むことができるのが、今の彼なのだ。絶好調で日本のエースになってしまったけど、まるで奢ることはない。それどころが、初心に帰っている。これは『剥き出しにっぽん』の頃の彼だ。だから映画としては下手。気持ちばかりが暴走して技術がついてこないもどかしさ。あれを想起させる映画なのである。もちろん、この映画の完成度が低いというのではないことは明らかだけど。
彼は敢えて暴走する。前半部分は映画界の不条理に翻弄された若き日の自分を投影した。そして後半の家族のドラマでは一転して、抱え込んでいた家族への怒りを爆発させる。松岡茉優は石井の分身である。有り余る才能を開花させる前の憂鬱を抱え、父親(佐藤浩市)にぶつかっていく。そんな彼女をしっかり(とは言えないけど)支えるのは正体不明の窪田正孝だ。わけのわからない男だけど、彼女にしっかり寄り添って離れない。安心できる。彼がいるから、10年も離れていた家族と真正面から向き合える。彼女はカメラを抱えて被写体に向ける。
2時間20分の映画は一体どこに向かうのか、わからないまま、走り回っていく。ひたすら迷走する。だが、ラストでは父の骨を散骨して、彼女は今はまだ幻の映画を完成させるための旅に出る。彼女の人生はまだ始まったばかりだ。