習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

尼崎ロマンポルノ『富獄三十六系』

2010-08-23 20:25:40 | 演劇
 この夏一番期待した1作である。尼崎ロマンポルノの東京進出第1作であり、橋本さんが新境地を切り開くはずの作品だった。渾身の、入魂の、一作。

 オープニングは快調だ。いきなり部屋に押し入ってきた借金取り(堀江勇気)と、その部屋の男(森田真和)。2人のバトルが繰り広げられる。男が死んでしまい、彼の姉(大江雅子)が拉致される。多額の借金のかたに監禁され、ある使命を与えられる。富士のふもとの未完成の駅舎に巨大な富士の絵を描くこと。それが出来たなら借金はちゃらにしてくれるらしい。ここには彼女と同じように、絵を描くため集められた男女が、同じように鎖で繋がれて軟禁されている。その中には、なんと彼女があこがれる有名な画家卍(2役で森田真和が演じる)もいる。

 ここまでは、テンポよくスリリングな幕開けだった。だが、そこからがまずい。ドラマが先に進展していかないのだ。一か所から動かない話であるのは、仕方ない。最初からそんなことはわかっていたことだ。わざとそういうシチュエーションを設定したのだから。しかし、そのことでドラマに広がりがなくなるというのはどうしたことか。人間関係を突き詰めていけばいいだけの話なのに、それが出来ない。ならば、世界観を明確にして、そこからテーマを突き詰めることも可能だったのではないか。なのに、それも出来ない。

 これはいったいどういうことなのか。いささか観念的なドラマ作りは橋本さんの特徴でもあるが、象徴的な美術がそれに拍車をかけ、作品世界を不明瞭なものにしている。わかりやすい話だったはずなのだ。チラシの解説は実に明快だし、興味魅かれる。なのに、実際の芝居からは、そんな明瞭なストーリーすら掴みきれない。

 このお話のわかりにくさは致命的だ。何も知らずにこの芝居を見た観客は完全においてけぼりにされることだろう。大体これが近未来の話であることすら、わからない。「富士観光環状鉄道」という会社がどういう会社で、今、この世界はどうなっているのか。それってこの芝居においてかなり大事な部分ではないか。なのに、そこが置き去りにされたまま、話は進む。

 この新駅開設予定地に巨大な富士の絵を描くことにどんな意味があるのか。工事がストップしているのは、地震のせいだけなのか。いくつもの謎が、絡み合ってクライマックスに突入していくのだが、まるでサスペンスがない。緊張感も。これはいったいどういうことなのか。不思議でならない。

 設定の可能性を生かし切れないまま、話だけが進展していく。観客を置き去りにして。これでは衝撃(?)のラストも、「史上最大のハッピーエンド。」だと言われても、まるでピンとこない。こんなにもおもしろい発想なのに、どうしてこんなことになったのか。美術プランも含めて演出方法に迷いがあるのは致命的だ。自分の中だけで閉じてしまっている。最高の思いつきも、相手に伝わらなければ意味はない。

 葛飾北斎を題材にしたはずなのに、そこも、この芝居の中からはわかりづらい。卍がなぜ描けないのか。そのことが、ドラマ全体とどうかかわってくるのか。さらには、富士の観光開発プロジェクトが挫折したのはなぜか。環境破壊が何を生むのか。壮大なドラマであるはずなのに、これではあまりに舌足らずでしかないのが、なんだか悔しい。渾身の力作が空振りの三振に終わってしまった感じだ。だが、この壮大な失敗は潔い。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« HPF閉幕セレモニー | トップ | 『BECK』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。