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映画・演劇のレビュー

『全員、片思い』

2016-07-06 18:59:26 | 映画

 

 

「片思い」をテーマにした7つの短編ならなるオムニバス映画。安易な企画かと思ったが、これがなかなか丁寧で、しっかりした映画だった。今では落ちぶれた中年ミュージシャン(加藤雅也)がDJをしているラジオ番組に新企画で、「片思い」を綴った投稿をリスナーから募り、毎週1本紹介していく。映画はその7週間の放送を再現するというスタイル。加藤はつなぎとして登場するのではなく、彼とラジオ局のスタッフのやり取りがつなぐと1本のもうひとつのドラマにもなるという構成だ。だから、実質8本のお話からなる。

 

1本が14分から15分という決められた尺で、短いけど完結したお話を見せていく。7人の監督たちが個性を競う。いずれもよく出来ていて独立した短編としても成功している。役者たちもとてもいい。基本、片思いする人と、される人のふたりが主人公だが、そこにもうひとりが絡んでくる三角関係もいくつかある。登場人物を限定し、彼らの揺れる想いを丁寧に見つめていく。

 

片思い、という切ない状況を無理することなく、見せるのがいい。だいたい片思いなんて星の数ほどあるから、ムリして探すまでもないことだ。そんなのどこにでも転がっている。8つものドラマがすべて違うお話になる。意図しなくても重ならない。

 

田舎を舞台にした2本が特にいい。1本目の(これだけシネスコ)不細工な女子高生の話が素晴らしい。ずっと自分が守ってあげていた幼なじみの男の子が、高校3年生になって、(もう大人になって)自分から離れていく。それを仕方ないと思いつつも寂しい。ずっとふたりは子供の頃のままだと思っていた(かった)のだが、そうはいかない。田舎の1本道。2本の道がひとつに交わり、1本になる。そこを自転車で駆け抜ける。彼に恋人が出来てそれが自分の親友で、というよくあるパターンなのだが、それを15分で見せた時、ストーリーより彼女の気持ちに重点が置かれる。ロケーションの素晴らしさ。それ以上に主人公を演じた伊藤沙莉のふてくされた表情が素晴らしい。ラストの鬼ごっこのシーンでは泣きそうになる。カメラがどんどん引いていく。小さくなったふたりが風景の中に溶けていく。

 

6話目の田舎の話もいい。これも不貞腐れた少女の話だ。夏の間、田舎の家に帰ってきた清水富美加が、従兄弟の男の子と過ごす数日のお話。朝飯にぬか漬けを出してくれる。おいしい。彼への屈折した想いが綴られる。ひと夏の切ない恋心を描く。もうそれだけで2時間の映画にもなる。エリック・ロメールの世界なのだ。それを15分に凝縮する。

 

3話目の耳が聞こえなくなった女子高生(広瀬アリス)が美容師の男性(斎藤工)に恋心を抱く話を無声映画で見せる話もいい。湘南を舞台にして、叶うことのないほのかな恋心を描く。

 

2話目のオフィスを舞台にして、職場の先輩(10歳くらい年上)に好意を抱く新人男子の話もいい。要するに、7話ともいいのだ。ふつうオムニバス映画は、作品の出来にデコボコがあったり、連続して見るから印象が薄い作品もあるのだけど、この作品は、いずれも鮮烈だ。なのに、いずれも自己主張しないから、見ていて、満腹にはならない。8話からなる2時間3分もある作品なのに、である。

 

ラストで加藤雅也の失恋がさりげなく描かれるのもいい。人生に疲れた投げやりな気分になっていた彼がささやかな恋を通して少しだけ元気になる。それは彼が紹介した7つのお話の力でもあるのかもしれない。ここには紹介しなかった残り3話も実はとてもいいのだ。自分の目で確かめて欲しい。こんな地味な映画が、ひっそりと何の宣伝もなされずに公開(7月2日から)されている

 


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