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映画・演劇のレビュー

夏木志朋『Nの逸脱』

2025-04-19 06:47:00 | その他
「日常の奈落へ、ようこそ」という帯の文言がこんなにもぴったりくる作品である。上手すぎて、月並みなほど。いや皮肉ではない。驚嘆している。これはそんなレベルの作品ではない。

最初の『場違いな客』を読む。軽い気持ちで読み始めた。だけどこの軽さが怖い。日常のすぐそこにこんな恐怖が背中合わせにある。自分とは関係ないと思うこと自体が甘い。自分がこんな犯罪に手を出している。気がつくと加害者だったはずが被害者に。それどころか、欲しかったお金が向かうから差し出される。怖くて最初は受け取れない。ラストまで緊張は日常レベルで持続する。ペットショップでバイトしている青年が出会った男とのひと時。

続く『スタンドプレイ』はさらに過激なお話。生徒からの理不尽な虐めに遭う若い女教師が狂気に至る過程が描かれるのだが、最初から最後まで全く予測不可能な行動に出る。最終電車で出会った茶髪女へのストーカー行為から虐めの張本人の女学生への暴行に至る過程は啞然。

ここまで読んでこの作家が只者ではないことは明白である。だから3つ目の中編小説『占い師B』(140ページある)を読み始める時、覚悟して読み出した。だけどこれはさらにそんな想像の斜め上をいくまさかの展開である。

ここにあるのは緊張ではなく弛緩。占い師に弟子入りする女の間抜けさが実は怖い。だけど小説がいささか長いからなかなかその正体が明かされない。だからイライラする。だけどそんなことは主人公の占い師にも、もちろん作者である夏木志朋にもお見通し。ただ凡人の僕ばかりがイライラしている。この話がどこに落ち着くのか、気になる。だからもどかしい。そしてあのラストである。ガッカリするのではなく、あの何もなかったかのような終わり方で済ませてしまうところにこの作者のただではない力量を感じる。確かに逸脱している。だけどNって何? 占い師Bって誰? 謎は回収されない。

凄い新人の登場である。しかも、彼女は(まるで作品とは関係ないけど)僕が今働いている高校(彼女は定時制だけど)の出身だなんて。ついでにこれも余談だが、川上未映子も工芸出身。

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