
これはホン・サンスの2019年作品。ベルリンでの監督賞を始め、評判になりさまざまな映画賞を受けた作品である。だが、これはいつもにも増して小さな映画だ。彼の映画はいつも上映時間が短いのだが、今回はいつも以上に短くてなんと1時間16分。しかも3話からなる短編連作スタイルの長編作品。実にシンプルでスリム。もちろんムダな説明はなし。当然必要なはずの説明もない。だから見終えたときに煙に巻かれた気分になれる。主人公のガミ(もちろん演じるのはキム・ミニ)が友人宅を訪ねる。それだけ。3人の自宅を訪れる串団子タッチ。
突然の訪問に先輩たちは彼女を歓迎して迎えてくれる。彼女たちは幸せそうだ。もちろん彼女自身も幸せだ。5年前に結婚して5年間ずっと彼と一緒に過ごしてきた。1日たりとも離れてことがないということを繰り返し話す。今回彼が出張で不在で、だから先輩たちの家を訪れた。3話からなる。3人の家を訪れる。ふたりの先輩。最後は同世代の友人。こちらは偶然の再会。
みんな幸せそうだ。いずれも満たされた生活をしている。だけど、なんとなく、そこには何かが欠けている。何かがおかしい。そんなふうにガミが思うだけなのか。いや、そうじゃない。越してきた近所の人から猫の餌付けをやめて欲しいと言われる話から始まって、ささやかな違和感が忍び込む。そして彼女自身もまた何かが欠落していることが見えてくる。
映画の最後で偶然(たぶん)昔つき合っていた(だろう)年上の男と再会する。イライラする。今自分は幸せなのだから、彼なんかどうでもいいはずなのに。満たされないものは何なのか。映画では一切描かれない。だけど確実にそれはある。それと彼女は向き合わない。逃げている。ラストシーンはおしゃれなビルの中にある小さな映画館の客席で空っぽの映画を見る。そこには誰もいない海が映っているばかり。
こんなにも寡黙なホン・サンス映画は初めてではないか。もちろんいつものようにひたすら無意味にも思える会話は続くし、食べて飲んではいる。でも、お酒を飲んでいても酔わない。いつもならべろんべろんに酔っぱらうようなシーンがあるのに。
今回は終始冷静で、醒めている。感情的になるようなシーンはラストの男との再会の場面くらいだ。そこだってさらりと躱している。必要以上に絡まない。あまりにクールすぎるホン・サンス。だがそこには現代人の孤独が刻み込まれる。