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映画・演劇のレビュー

テノヒラサイズ『テノヒラサイズの致命的誤謬』

2011-04-03 07:27:20 | 演劇
 オカモト國ヒコさんの芝居を見るのは久しぶりだ。エビス堂の時2度ほど見た。スケールの大きいエンタメを目指していて、そのゴーマンなくらいな自信が、見ていて気持ちよかった。その後、見る機会のないまま今日に至った。だから最近の活動を目にすることはなかったのだが、実はとても気になっていたので、今回久々に見ることができて、うれしい。

 テノヒラサイズとして、再起動され、その集団名通りのとても小さなサイズの芝居を通して、自分の目指す演劇活動を実現しようとする戦略がとても好ましく思えた。彼の場合、仕掛けに囚われ過ぎて本質を見失う可能性がなくはない、とは思うが、この作品も微妙なところで、かなり危ういバランスの上に成り立っている。

 後半、少し退屈する。もっとたたみかけるような展開が欲しい。前半は、まるで初期のつかこうへいの芝居を見ているような新鮮さがあった。わけのわからないロジックに引き込まれていき、舞台から目が離せなくなるところがよく似ている。

 レタス工場って、何だ? このわけのわからなさが変でおかしい。そして、そこにあるレクレーション部。彼らの定期ミーティングに新メンバーが参加するのだが、彼は実はテロリストで、でも、ここに集うメンバーたちもそれぞれ別々のセクトのテロリストたちで、このレタス工場は、実は宇宙船のなかにあって、勤続40年の長老マスゾーさんの退職記念イベントを行うか否か、で今は喧々諤々議論中。このわけのわからない話が、彼らなりに本気で演じられていく。

 みんないっしょのツナギの衣装を着て、舞台美術は椅子とテーブルのみ。それをうまく使って、いろんなものに見立てていく。工場の(といってもレタス工場なんですが)ラインを上から見たところを視覚的に表現したシーンなんて、ためいきが出るくらいに見事だと思う。シンプルなのに、ビジュアル的にもそれが美しい。なんでもないことなのに、とても上手く作ってある。自分たちの声をそのまま使った音の使い方も秀逸。さらには役者たち。彼らがとても達者で、でも、彼らの芝居があっさりしていて、嘘くさくない。スタイリッシュな演出と役者たちの絶妙なアンサンブルによって作られたこのコスト・パフォーマンスは、まるでどうでもいいような話を意図してとても軽やかに見せきるというスタイルで綴られていく。残念ながら、ドラマには奥行きがないが、基本はコメディーとしての構造を持ちつつも、あっと驚く展開の妙を見せるのはなかなか魅力的で、ウエルメイドでおしゃれな芝居になっている。


 さっきドラマとしての奥行きがない、と書いたが、それは貶しているのではなく、それを意図的なものとして、肯定的に受け止める。ラストで変に重くなるのではなく、最後までライト感覚で100分間を描き切る姿勢は立派だ。テーマに縛られ、小難しいことをいうよりも、自分の作った小さな世界観を大事にし、それをそのまま等身大でリアルに見せることに心血を注ぐ。それってテーマ主義の作り以上に困難なことだと思う。

 背景として描かれる「の数十年間で、人間のサイズが巨大化して、食糧事情が困難なことになった」ということとか、そこからいくらでもテーマ主義の芝居に路線変更できるのに、敢えてそんなことはせずに、そこもさらりと流していく。とても潔い。それだけに、ないものねだりは承知で、あと一歩を、踏み込んで欲しかった。惜しい。

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