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映画・演劇のレビュー

『心が叫びたがってるんだ。』

2015-09-30 20:49:47 | 映画

こういうアニメーション映画を見ると、もうそれだけで、胸がいっぱいになってしまう。丁寧に作られた地方の風景を背景にして、普遍的な高校生の悩みや、喜びが、彼らの「特別」なこととして描かれる。誰もが感じる胸の痛みを、自分にしかわからない唯一のものとして描く。私のことなんか、誰もわかるわけがない。でも、わかってほしい。そんな切実な想いが、あふれる。それを甘え、と断罪してもいい。でも、16,7の子供たちの痛ましい現実は、大人にはわからないだろう。

よくある青春映画のパッケージングをしながら、それがアニメーションであることによって、よりリアルなものとして立ちあがる瞬間に立ち会える幸福をかみしめる。こういうストレートなタイトルが可能なのがアニメの強みである。実写なら臭すぎて見るに堪えない。でも、アニメなら素直に受け入れられる。生身ではないから、反対に生身以上にリアルな現実を描くことが可能なのだ。この夏見た『バケモノの子』と同じように、これはアニメでしか表現できないものに挑んだ力作である。

クラスで劇をする。文化祭ではなく、12月に行われる地域交流行事である「ふれあいまつり」の出し物として、である。みんなのモチベーションは低い。仕方なく、である。できることならやりたくはない。だいたい学年からひとクラスずつが出場して行われるのだ。簡単に逃げられる。(その時期、3年は受験直前で忙しいから参加しない)2年だから、担任が引き受けたから、このクラスが何かをしなくてはならない。それだけ。面倒事でしかない。なのに、彼女は手を挙げる。

しかも、オリジナルのミュージカルだ。クラスの中で浮いていて、満足にしゃべることすらできない女の子が、教室で初めて声を発する。ミュージカルがしたい。歌いたい、と。

ふれあいまつりの実行委員に任命された4人の男女が主人公だ。彼らのそれぞれの立場状況も描かれる。やがて、クラスを動かしてこのイベントに全力で取り組むことになる。お決まりのストーリーでしかない。しかし、それが彼らの特別になる。どこにでもあるお話がこんなにもキラキラしたものになるのは、特別は自分たちが[特別]と信じたとき生じるということを作り手がちゃんと認識しているからだ。

たわいもないものに心血を注ぎ、宝物にする。それが青春の特権だろう。でも、いつのまにか、そんな純粋さを人は忘れてしまう。この映画がたくさんの観客から支持されているのがうれしい。まだまだ人は捨てたものじゃない。みんな信じているのだ。こういう奇跡を。子供であることは、いくつもの可能性を持っているということだった。なのに、いつの間にか子供が小さな大人になり、知ったかぶりして、人生なんか、とうそぶく。つまらない話だ。どうして、自分たちの特権を自分から放棄する? つまらない大人に子供時代からなる。そんなバカバカしい生き方をする子供がたくさんいる。大人はこどもをちゃんと育てなくてはならなかったはずなのに、今の時代は子供から夢を奪う。現実を見ろ、なんて言う。つまらん。

ここに登場するこどもたちはちゃんと夢を見る。大人からどんなに傷つけられても、ちゃんと前を向き、生きようとする。豊かな自然に育まれて、正しく育つ。けがをして甲子園を失った少年。好きな女の子に何も言えないまま、過ごす少年。彼に想いを寄せられる優等生の少女は、本当は彼(が彼女を思う)以上に彼が好きだが、何も言えない。そして、両親に傷つけられて、言葉を発することができなくなった主人公の少女がいる。

映画ならではの「お約束」を使い、時間を思いっきり引き延ばす。そんなあざとさも武器にした。アニメだから許される。嘘のない想いを込めて、「心が叫びたがってるんだ」とちゃんと言葉にする。言葉にしなくちゃ伝わらないことがあるんだ、と。

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