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映画・演劇のレビュー

白石一文『記憶の渚にて』

2016-09-04 18:13:04 | その他

900枚に及ぶ渾身の1作だ。白石さんの世界が存分に展開する。それにしても、彼はどうしていつもこんなにも不思議な作品を作れるのだろうか。僕たちが生きるこの世界は不思議なことがたくさんある。もちろん、そんなこと気にも留めずに生きている。運命とか、言いだすとなんだか、胡散臭くもなるし、嘘くさい。だから、あえて、気付かないフリをする。でも、こんなことありか、と思うようなことばかりなのだ。

 

500ページに及ぶ作品の主人公が、150ページくらいで死ぬ。そんなこと、ふつうの小説ではありえない。でも、彼は自然にそれをやり遂げてしまう。不意打ちのようにそれはやってくる。まるで、僕たちが今日事故で死ぬ可能性もあるから、というように、である。いや、確かにそれはないわけではない。でも、それは現実世界での出来事で、小説ではない? 

 

そうなのだ、彼の小説の凄さがそこにある、ということなのだ。現実以上にリアルな現実がそこにはある。小説だから、なんでもあり、と思うのは大きな間違いだ。小説の方が約束事に縛られている。だって、それは作者の頭の中で作られた世界でしかないからだ。だが、僕たちが生きる現実はそんなチンケな想像力なんか及ばない。なんでもありの世界なのだと気付く。

 

あんなにも魅力的で、彼がこれからどんなドラマに巻き込まれるのか、興味津々の主人公が、刺されて死ぬ。お話はそこから、もうひとりの主人公へと、リレーされることになるのだが、お話は壮大でどこに収まるのか、まるでわからない。だが、それは作られたお話ではなく、現実に起きている不思議な世界の出来事のようだ。この先、何が描かれることになるのか。まるでわからない。

 

初めて白石さんの小説を読んだのは、ほんの数年前、『彼が通る不思議なコースを私も』。まさに、この小説のも連動するようなタイトルではないか。主人公と一緒に想像もできない現実と出会うことになる。それは2冊目として読んだ『ここは私たちのいない場所』にもいえる。

 

いま、3冊目としてこの膨大な長編をまだ、半分も読んでいない。だから、この先、何が起きるかもわからない。だが、はっきりと言える。この小説は僕の今年のベストワンだ。

 

「絶望とは未来にあるのではなく、その人間の過去の集積として、彼の行く手に置かれたものである。」「未来は、窓のむこうの晴れ渡る空のようにどこまでも遠く広がり、前方には何一つわれわれを邪魔立てするものとてないのだ。」


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