幸福学専門30年 筬島正夫が語る本当の幸せ


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カルト、カルトという人

2009-03-18 | 


「あなたを愛しています。あなたなしでは生きていけません」
「私が愛するのは生涯、あなた一人です」

こんな言葉なら、たとえそれが一時的な感情だったとしても
まあいいのですが

「お前はカルトだ!」
「お前のやってるのはカルト宗教だ!」

って感情だけでいう人があります。
これはいかがなものでしょう?

感情とは恐ろしいもの。
まず自分が感情的になってるって、自分ではなかなか気づきませんよね。
恋愛中なら「あの子以外ない」と本気で思うわけです。
ところが、その子にふられると
「あんなひどい奴はない」
とヤケ酒を飲み、日も変わらぬうちに
「誰かいい子ないかな?」
と言い出す始末。
そんな現場を大学時代目の当たりにしました。
で、この恋愛話、失恋話なら、そんなに問題にもしません。
珍しい話でもないでしょう。

しかし、感情的になって人を悪く言う、傷つけるとはどうかなって
感じます。
以前、ちょっと知った人から

「お前は統一教会だろう!」

と眼を吊り上げて言われたことがあります。

「いや、俺が学んでいるのは親鸞会だけど」

「うそつけ!知ってるんだぞ」

「いやいや、統一教会はキリスト教系で、親鸞会は仏教だから
 まったく違うんだけど」

と説明を始めても

「おれは知ってるんだ。お前はもう偏ってしまい周りが見えなくなって
 しまってるんだ。カルトめ!」

と堂々といわれ、閉口したことがあります。

一体どちらが偏見をもっているの?
どうしてこんなにも間違ったことを自信イッパイ言えるの?
仏教とキリスト教の違いも分からない人に一体何が語れるのだろう?
いろんな人がいるんだなと勉強にはなりました。

確かに危険な宗教団体はたくさんあるでしょう。
しかしそれはちゃんと調べてからその危険性を問題にすべきではないで
しょうか?

まじめに人生について考えてたら

「宗教だ!カルトだ!」

と立場ある人までいい出したこともありました。
今、これだけ自殺が問題になってるのに、生きる意味について学ぶのが
どうしていけないのでしょう?

「ある危ない宗教が生きる意味について論じていた」

    だから

「生きる意味について論じているのは危ない」


こんなことって言えるでしょうか?
ちょっと考えれば分かるんじゃないかな。

「仏教の講師までやってたら、偏屈で、聞く耳なく、
 感情的で、冷静な話し合いなど全くできない」

という一方的なイメージを持っておられる方も一人や二人ではありません
でしたが、とても残念なことですね。
実際にお会いして話できればそんな誤解も解けるのですが・・・。

さてさて、否定的な言葉を並べると気持ちがいいものでは
ありませんね。

お口(眼)なおしに、一つ素敵な言葉を紹介したいと思います☆


大きな夢を汚す人間には近づくな。
たいしたことない人間ほど人の夢にケチをつけたがるものだ。
真に偉大な人間は自分にも成功できると思わせてくれる。

マーク・トウェイン(19~20世紀米国の小説家、1835~1910)

Keep away from small people who try to belittle your ambitions.
The really great make you feel that you, too, can become great.

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