尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」

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「人生は正しいのです、どんな場合にも」(リルケ)
2005.10/22開設

童話詩「千年夢見る木」

2005年10月27日 09時33分05秒 | 童話
 いつのことだか、あまり昔でわからない。でも、手のひらを貝の殻のようにして、耳をおおってごらん。聞こえてくるだろう?
 シュー、シュルル、シュー、時の流れる音だよ。いつでもどこでも僕達は、耳をすませば聞こえるよ。
 
 南の熱帯地方のお話だ。コバルト色の海に、白くて丸い小さな島があった。島はお砂糖よりももっと細かな、流砂でおおわれていた。流砂は丸い海岸から、いつもシュルシュル、海へ流れ落ちていた。
 島のまん中に小高い丘があった。裸の木が一本だけ立っていた。木の葉は一枚もつけていない。花も咲かない、実もならない寂しい木だ。骨のような枝が、何かを求める手のように、空に向かってたくさん伸びていた。
 赤、青、黄色、色とりどりの小鳥達が羽を休める木になっていた。彼らが枝にとまっていると、きれいだったよ。開きっぱなしの打あげ花火みたいだったよ。それだけだ。その鳥達からも、ばかにされていたね。
 つまり、裸のくせに緑の葉っぱをつけようともしない。夢ばかり見ているのだ。夢を見つづけて、もう千年だ。
 そよ風が丘の斜面に波紋を描いている、のどかな午後だった。
裸の木にとまっていた小鳥達が、とつぜん悲鳴をあげて飛びたった。島一番の嫌われ者、「毒なしコブラ」が丘を登ってきたのだ。
世界一凶暴な顔で、ひとり言をつぶやいていた。「ごめんね」とか、「おれは最低だ」とか、さかんにぶつぶつ言っている。
胸のところから短い手が二本はえていて、「占い屋」と書いた提灯をぶらさげていた。肩がわずかにあって、赤いハンドバッグが、かかっている。
 口もとは、血だらけで、鳥の羽のようなものを二三枚くっつけていた。ランチが終わったところだろう。
 コブラは流砂に押し戻されながら、どうにかこうにか頂上までやってきた。裸の木にもたれた。ハンドバックから長いキセルを取り出し、ライターで、バシュッ、火をつけた。
 灰色の膜をはったうつろな目は、海の果てを見ていた。ひどく疲れている様子だ。小骨をペッと吐き出して、
「おれに毒があったらな、あのこ、あんなに苦しまずにすんだのに」
 こうつぶやいた。すると、
「おい、占い屋」
地響きのような声がして、コブラはあたりを見渡した。けれど、誰もいない。ぶきみ不気味になったのだろう、キセルの火玉を落として、長い腰をあげ立ち去ろうとした。
「おれにもたれておいて、ただで帰るのかい。お礼におれ様を占ってくれ」
「なんだ、裸の木じゃないか」
「木だって、未来があるだろう、占ってくれ」
「木のくせして占いとは、ヒャッ、ヒャッ、過去も未来も、あんたはずっと突っ立っているだけじゃないか、ヒャッ、ヒャッ・・・」
コブラは木をバカにしたように、息を吸いながら笑った。血のつばが木にかかった。
 木は、声をさらに低くしてすごんだ。
「ふん、占い屋。で、さっきのランチうまかったか?」
コブラは、顔をゆがめた。
「木の旦那、お人が悪い、見ていたのだね。・・・あんたと違って、おれは食わねば生きていけねえからな」
「おれだって、ただ立っているだけじゃない。この九百九十九年間に、九百九十九の夢を見た。占い屋、お前も僕の夢なのだ」
「ふーん、だとしたら、ろくでもない夢だなあ。旦那、もう少しましな夢を見てくれねえかな、ヒャッ、ヒャッ」
「夢ほど、見る本人の自由にならないものはないさ。さあ、つべこべ言わず、早く占ってくれ」
 コブラは、水晶玉をハンドバッグから出し、平らな額を押し付けた。しばらくして、頭を起こし、さもすまなそうに言った。
「旦那、やっぱり突っ立っておりますぜ。未来も・・・」
木は身をよじって、腹立たしげに言った。
「お前は僕を理解していない。おれ様は、ただの木じゃない。夢見る木だ。九百九十九の夢の先になにがあるのか、さあ、教えてくれ」

 コブラはもう一度水晶玉をのぞいた。しばらくして、脂汗をかき始めた。玉の中にさきほど絞め殺したはずの、若い雌鶏が現われたからだ。
「コブラの占い屋さん、わたし、幸せになれるかしら?」
雌鶏は小首をかしげて、さっきと同じことを、かわいい声でコブラに聞いた。幽霊を見たコブラの背中が震えだした。その背中に追い討ちをかけるように木は声をかけた。
「お前さんに毒があったらな、雌鶏はもっと楽に死ねただろうな。一時間も、二時間もかかって絞め殺すのは、そいつは残酷というものだ」
コブラはふりかえった。世界一凶暴な顔が倍にふく膨らんでいた。よほど木に腹を立てているのだ。
「へへ、雌鳥さんにうら恨まれるのはしかたがねえ。だが、木のだんな旦那、夢ばかり見ているあんたに、おれの苦労がわかってたまるか」
 コブラは猛然と木に襲いかかった。幹といわず枝といわず巻きついてし締めあげて、か噛みまくった。樹皮がめくれ、何本かの枝はちぎれとんだ。それだけだった。
 その間じゅう木はこそばゆがり、クック、クックと笑い声をたてていた。千年の間、他の命との触れあいは、毛虫がはうか、鳥がとまるぐらいだった。嬉しい笑でもあった。
 せいこん精根つきたコブラは、とぐろを解いた。し締めあげたところで木は食えない。
「旦那、永遠に突っ立って、きれいな夢でも見ていてください。きたない鳥の糞をかぶりながらね」
 コブラはすっかり糞まみれになり、黄色くなった自分の身体を、くねくねして、砂で洗った。水晶玉をハンドバックにかたづけ、提灯を手にとった。これらは彼の商売道具であり全財産である。
 日がくれかかり、海のコバルト色はあかね茜色に染まっていた。コブラは夕陽の方へ、斜面を滑るように下り始めた。
木は足がないので足で追いかけられないから、声で追いかけた。
「おーい、占い屋、もう少し話していかないか?」
 砂煙を立てているコブラの歩みは、止まらなかった。
「もしお前に毒があったなら・・・」と、木は言葉を続けた。
 コブラはスピードをゆる緩めた。
「お前の一生は、もう少し楽だったろう。夢見るだけのおれの一生も、今日で終わりだったかもしれん。これがおれの願いだった」
 しばらく立ち止まったコブラだった。
「毒なしコブラ、君は僕の最初の友達だ。さようなら」
 コブラはふりかえりもしないし、木のお別れの言葉にも黙っている。ただ、提灯に火をともして二三度揺らした。こらが彼のせいいっぱいの挨拶だった。コブラだって木は最初で最後の友達に違いない。
提灯をつけたまま背泳ぎで、暗くなってきた海の沖に向かって泳ぎ出した。だまされやすい雌鶏のいる、他の島を探すのだろう。
 夜になって、月がのぼった。木は体中が暖かくなってきた。夢ばかり見ていて、この千年深く眠ったことはない木だった。いい気持ちで、うとうとしてきた。これはあのコブラの乱暴なマッサージのおかげだ。
 ぼそぼそ寝言を言った。
 「九百九十九番目の夢は、コブラが雌鶏を食べた夢。千番目の夢はコブラに噛まれた夢・・・ああ、君もやっぱり夢だったけど‥‥今日の君が一番いい夢だった」
 小鳥達の群れが戻ってきた。月の光に照らされて、木は虹の花が咲いたようだ。
流砂の海に流れ込む音が、しだいに大きくなってきた。木はその音を子守唄のように聞きながら、今まで知らなかった深い眠りに落ちていった。砂時計の上の皿の砂のように、島がだんだん小さくなっていった。

今はもう、夢の木を乗せていたその島はとっくに無くなっている。でも、耳を手でそっとおおってごらん。いつでも、どこでも耳をすませば聞こえるよ。寂しい寂しい夢の木が、千年聞いていた、時の流れるその音を。
宇宙の砂時計、シュー、シュルル、シュー。

     
 (完)‥最後まで読んでくれてありがとう。寝る前には耳に手をあててみてね。



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