落ちる

一枚の木の葉を
光に透かしてみると
一本の木が
地図のように描かれている
そこから彼女は旅だったのだ

私の胸を透かしてみると
一本の木が
墨絵のように描かれている
そこから歩き始めたのだろうか
森を抜け草原へ
私という猿は

毎夜
夢の木から
何枚かの木の葉と共に
落ちる猿がいる
脚をビクンとさせて
目が覚める

毎朝
目を擦って
アスファルトの上を
歩き始める
猿がいる

！

　「！」　


通勤バスを待つ列
朝日を受けて
植物のように
揺らめいている

めいめいの頭頂から
マンガの吹き出しのような
空白がさかんに
吹き出しては消えている

バスが見えると
！

いなくなってしまった

物語は
必ず終わる

いろいろあったけれど
どこへも
いけなかったと
あなたは
椅子から立ち上がる

そして
みんないなくなってしまった

限りなく

限りなく
さようなら
さようなら
木の葉ふる音

別れの言の葉
いちまいの
時さへ与えられず
去っていった人よ
今夜は二人のために
積もることのない
木の葉が降っていますよ

限りなく
木の葉ふる音
さようなら
さようなら

水と火と

　「水と火と」

霧がまだ世界を覆っていたころ
僕らの足先は木で
土に突き刺さっていた
他は獣だったから
僕は君をこねながら
皮膚から止めどもなく
溢れてくるものをみて言った
あっ、水だ
君は僕を叩きながら
星のように飛び散るものをみて言った
あっ、火だ

そして脚が出来き
歩き始めたとき
お互い振り向いて言ったのだ
あっ、空だ

防波堤

防波堤が
くやしくって
海を一滴二滴
もらしました

笑うんか？

　「笑うんか？」

冬の空のような用事のなさに
君だって電話したことがあるだろう
用事のない自分の携帯番号に

そんな自分が
出たらどうするんだ
笑うんか？
キスするんか？
泣いてしまうんか？

日光、月光

「日光、月光」

わたしは
耳のある川
背泳ぎして
楽しんでいます
日光、月光

夜の谷

　「夜の谷」


毎夜
自分に似た
男の亡骸を
みぞおちあたりの
谷を開いて
しまい込みます
いつか
谷が埋まって
たった一人の
動かぬ男になるのだろう

瀬戸物

天気の良いほど
暗いのです
わたしという形の
瀬戸物の内側

虹の消えたあとで

かすかには美しかったのだ
あの虹も僕らも

それから

裏切りで終わった
哀しい物語が言う
私を捨ててください

それから
歩きはじめる

いわれを知らない
哀しい気持ちだけが
歩いていく

遠近法

日々、見る度に
背中を向けて
鏡の奥へと
遠ざかるものがいる

父と子と
言って良い
あるいは
母と子と
言って良い

三人にはならない

　　（新作）

宴会

楽しくしゃべっていると
仲間はずれの子供のようなものが
つーと近寄ってきて
となりに座る
人なつこいのに
けして口をひらかない

かなしげである

願い

途方もない願い
出来のよい詩を書くよりも
そこに見えている詩になりたい