時を流れる河には
賽の河原と呼ばれる
彼岸と此岸の間の
虚ろな場所があるらしい
供養のためにそこで積まれた
ささやかな石の塔を
壊す者の正体が
赤であれ青であれ
筋骨隆々の鬼だとは
どうしても思えない
★
グラスのなかの
氷がとけて
それぞれの位置をより平らに
変えるときの
澄んだ音がある
風鈴よりも
ささやかだけれど
二人の沈黙を
小さく驚かせるには
充分だった
★
人生という小径を
ある期間 何事もなく
歩いていると
心という 虚ろなグラス
の中ではあるけれど
小銭ほどのちいさなものが
誰の供養のためにであろうか
重ねられていくものらしい
秋の深まるある夕暮れなど
不意にそいつが
平らにされる音がして
その小さな塔の存在に
初めて気がつくのだが…
トンネルを一散に逃げていくのは
幼い子供の手であった
何事もなく
とは云うけれど
自分もいつかは
鬼だった
そのために
私の平穏を望まない
その子の気持ちは
充分解るのだ
★
テーブルに置かれたコップ
あるいは
海岸都市にそびえる超高層ビル
…
目の前に不動の振りをして
立つものならば なんでも
小憎らしいことがある
できることはすることだ
例えば一杯の水を飲み干すとか
潮風にこの身を晒すとか
★
己もまた一つの塔であること
その塔のいつかは
平らにされるまで