尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」

不思議の森へあなたを訪ねて下さい。
「人生は正しいのです、どんな場合にも」(リルケ)
2005.10/22開設

詩 「月の方へ」

2014年06月09日 08時54分20秒 | 新詩集
「月の方へ」

    

それは
軽い戯れから始まった

竜蔵という名のやくざな男は
惚れた女に
ほんとは一番好きだ
という男の名前を
呼ばせてみた

女は竜蔵の奇妙でしつこい哀願に
しかたなく一度だけ呟いてやったが
瞑った目じりから涙を一筋垂らせると
後は魔にはまり
愛しい男を繰り返し繰り返し呼びだし
地の果てまで届くような自分自身の声の反響に
激しく昂じていった

見たこともない
女の法悦の有様に竜蔵まで
鬼神の操る文楽人形
己が誰だかわからない
白目に黒目、顎と手足の関節を
カックカックさせている

二体の人形は壊れる寸前だった

静けさが戻ると
喧嘩という喧嘩に
負けたことのなかった竜蔵は
黒子のような見えない相手に
初めて負けた気がしたのである

風呂で女に龍の彫り物のある
背中を流させ
女を心配させるぐらい
湯舟に沈む遊びをし
最後に浮かび上がって湯を吐きながら―

 帰るぞ

なに言ってんのよ
ここ
あんたの家じゃない

木戸の外は
醤油の溜まりのような
濃い夜だったけれど
その闇に切って跳ばした
爪 よりも細い月が
釣り糸でも垂らすように
一筋の光を差し入れていた

背中に龍をしょった竜蔵は
右手で光の糸をつまみ
そろーり どこかへ
立ち泳ぎで帰ったそうな

粋がった竜蔵
家は女にくれてやったのだが
その女が一番目の男を招くには
半年とかからなかったそうな

生きているとしたら
そろーり そろーり
今でも立ち泳ぎだろうね
竜蔵という二番目の男
月の方へ




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写真「人間の道」

2014年06月09日 08時45分27秒 | 尾崎まことの「写真館」

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写真「ある日曜日」

2014年06月09日 08時41分26秒 | 尾崎まことの「写真館」
西天下茶屋で撮影です。

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