乙女高原ファンクラブ活動ブログ

「乙女高原の自然を次の世代に!」を合言葉に2001年から活動を始めた乙女高原ファンクラブの,2011年秋からの活動記録。

第20回乙女高原フォーラム「生態系スチュワードシップで草原を守る」鷲谷いづみさん

2023年01月29日 | 乙女高原フォーラム

 3年ぶりの乙女高原フォーラムでした。一昨年はコロナのため、かなり前に中止を決めましたが、昨年はちらしを印刷し、配り始めたタイミングで中止判断をしました。忙しい中、準備に費やした労力を返してくれ!!と言いたくなりました。でも、コロナ相手ではどうしようもありません。ゲストをお願いした鷲谷さんには中止・延期・・・中止・延期で3年間もお待ちいただきました。「3度目の正直」です。お待ちくださり、ありがとうございました。

 さて、フォーラム当日はとてもいい天気でした。11:30にはスタッフが集まり、準備を始めました。市・県・ファンクラブ合わせて21人もの方がスタッフとしてフォーラムを支えてくださいました。ありがたいことです。


 13:00からフォーラムの開会行事が山梨市観光課長・土屋さんの司会で始まりました。山梨市長・高木さん、山梨県峡東林務環境事務所長・伴野さんのあいさつに引き続き、ファンクラブ・植原がフォーラム開催についての説明と、鷲谷さんのプロフィール紹介をしました。いつものフォーラムだとファンクラブの活動報告などもしていたのですが、コロナ対策として開催時間を短くするために割愛しました。とはいえ、「草原の里100選」に選ばれたことは報告しておきたかったので、そんな話をしていたら、長くなってしまいました。そして、いよいよ鷲谷いづみさんのお話が始まりました。

(文意を変えないよう注意しながら、分かりやすいように少し表現を変えたところがあります。文責は植原にあります)


○鷲谷いづみさん 「生態系スチュワードシップで草原を守る!」○


・乙女高原ファンクラブについては二十何年前から存じ上げていました。東大にいた頃、こちらにお世話になってマルハナバチの研究をした学生がいました。ただ、なかなか接点がなく、こうやってお顔を合わせることがありませんでした。フォーラムの講師としてお声を掛けていただいたわけですが、コロナ禍の中で中止・延期が続いて、今日が「三度目の正直」です。張り切ってお話をさせていただきます。

・タイトルを見て、「何のことだろう」と思われるかもしれません。聞いたことのない言葉だと思います。「生態系スチュワードシップ」という言葉を覚えておく必要はありませんが、今、世界で自然環境を守ろうというときに、どんなことが話題になっていて、どんなことを重視しながら活動しているのか、そういう広い範囲での環境保全活動のための考え方をいくつかご紹介していきます。

●今日の話の流れです。
1. 地球環境保全をめぐる科学的認識と政策の今
・国際的にも国内でも重要なテーマになってきている地球環境保全への科学的な認識がどうなっているかと、それに基づいて国際的には政策が決められるわけですが、どんな国際的な政策が出てきているかというお話を、いくつかキーワードをお示ししながらお話をします。

2. 生態系スチュワードシップのルーツと草原
・生態系スチュワードシップという言葉は最近使われるようになってきたのですが、その精神はもう20世紀の初めくらいからあって、西洋における自然再生の取り組みを支えてきた倫理であり、思想です。その中で、草原がとても重要な場になっているので、そのことをお伝えしたいと思っています。
・私は生態学の研究をしておりますが、生態学の根本に生態系スチュワードシップがあったのですが、生態学が発展する中で忘れられている側面もあります。私は保全生態学を1990年代から重視し、それが日本でも発展するようにしたいと思ってきたのですが、保全生態学って、考えてみると、生態学の本流なんです。
・草原が人類にとって、今の皆さんにとってどのように重要なのかを話の全体の中で伝えていきたいと思います。

3. 自然再生推進法にもとづく「自然再生」と市民科学
・多様な主体が協力しながら自然環境の保全や劣化した生態系を取り戻していく活動が、世界中で展開されていますが、それは何か一つの市民団体だけがやっているとか、国だけが、地方自治体だけがやっているというわけではなくて、研究者も関わりながら、協力のもとで実現しています。日本にはそれを支える「自然再生推進法」という法律があります。それに基づく、いい形での自然再生事業も各地で行われております。その事業にはどんなメリットがあるのか等をご紹介します。

 


●1-1 人新世と環境危機の科学的評価

・人新世(ひとしんせい あるいは じんしんせい)という言葉は、今や地球環境に関する文献を読むと、必ず出てきます。人新世は地質時代の名称の一つです。今の地質時代は完新世です。今から1万年前に始まりました。環境が安定しているのが特徴です。極の氷から空気を抜いて、過去10万年前から今までの温度環境の変化を調べてみると、それまでには氷河期が何度もあったりしたんですが、1万年前からグラフの上下動が極端に少なくて、比較的温暖で、安定した気候が続いていることが分かります。これが完新世です。完新世は安定環境なので、農業が可能でした。来年のことが予測できないと農業は成り立ちません。そして、文明の発展が促されました。

・ところが、今、温度がどんどん上がってしまっています。これが人新世です。人間の活動がもたらした、変動する環境です。かつては恵み豊かなシステムで、来年どうなるか予測もしやすかったのに、今はとんでもない、今までなかったような災害が起こるようになっています。たいへん厳しいシステムになってしまいました。それが地球の現状です。

・地球環境の現状を、温度以外のいろいろな面から明らかにするために、地球の限界を定めて、今、何がどの程度になっているかを評価する研究が行われました。その代表的なもので、いろいろなところに引用されているのが、ロックストロームら29名の科学者が地球の限界がどういうものかを検討し、それと現状とを比較・評価した研究です。

・2009年の『ネイチャー』誌に発表されたものを見ると、安全限界を大きく超えているのが「生物多様性の危機」でした。絶滅種と絶滅危惧種の数で評価しています。「気候危機」も超えています。これは分かりやすくて、二酸化炭素濃度や温度の上昇が指標になっています。

・「窒素の循環」も超えています。窒素が多くなりすぎているんです。なぜかというと、空気中の窒素を固定して肥料を作って、農地にまいているからです。半世紀の間に、生物が利用できうる窒素量の2倍以上になっています。あちこちで、栄養過多の問題が起きています。現代の農業がおもな原因です。伝統的な、家族で行うような農業から、工業的な、大規模な農業になりました。ヨーロッパ諸国が植民地を作って、そこでプランテーションを作って、自国で消費するものを作らせるようになったことがルーツです。地元の人がその地に合ったやり方で生産するというやり方から、他の国で消費するために、環境に配慮なく生産するようになったことで、肥料由来の窒素が増えているのです。これを見ると、農業の在り方も考えないといけないということが判ります。

・日本では関心があまり高くないのですが、化学物質による問題って実はとても大きいものです。出生率にも大きく影響している可能性があります。いろいろな問題が起きていますが、評価ができないのです。あまりにたくさんの化学製品が使われて、環境中に放出されているので、その中のごく一部しか評価できていないのです。ですから、この項目は「未評価」になっています。

・いずれにしても、地球の限界を超えているということは、環境に関心があって、科学的にそれを理解しようとする人の共通認識になってきました。


●1-2  SDGsとドーナッツ経済モデル

・様々な指標が地球の限界を超えている現状の中、人類の持続可能性、地域の持続可能性を考えると、環境の問題は無視することはできません。そこで、SDGsの中にも環境の目標が取り上げられています。

・SDGsは一つ一つの目標をバラバラに取り上げればいいというものではありません。いろいろな問題・目標を統合して解決していかなくてはなりません。乙女高原ファンクラブは自然環境の保全に取り組んでおられるので、この場には生物多様性の保全や気候変動への対策に関心のある方が多いと思うのですが、それを社会の諸課題と連携させて実践を作っていくことが重要です。国連のSDGsはそんな意味を持ったものです。

・地域の自治体が実践していく上で、それを導く経済的な理論として「ドーナッツ経済モデル」があります。英国の女性経済学者ケイト・ラワーズが提案しています。

・ドーナッツの外側には地球の限界を踏み越えている問題が描かれています。「気候変動」「生物多様性の喪失」「窒素・リンの付加」「土地利用転換」が挙げられています。土地利用転換とは、里山的な土地がそうでない土地へと変わっていることで、熱帯雨林がパームヤシのプランテーションに代わっていることが国際的には一番関心がもたれています。このドーナッツの外へは踏み越えてはいけないのです。

・ドーナッツの内側には人間の尊厳に欠かせない食料・水・健康・教育・働き方・人としての平等な扱いなどの不足を書いています。ドーナッツの内側にも踏み込んではならないのです。

・ドーナッツの外にも内にも踏み出ないで、ドーナッツの中だけでの暮らし・経済を目指そうという経済モデルです。成長よりも本当の豊かな暮らしと持続可能性を追求するのが新しい地域づくりの理念であるというモデルです。2020年4月、オランダのアムステルダム市はポストコロナ経済回復に向けた都市政策にこのモデル採用を宣言しています。


●1-3 生物多様性条約とポスト2020世界生物多様性枠組み

・国際的な環境保全に関する条約ができたのは1992年の国連環境会議(地球サミット)で、ブラジルのリオデジャネイロで行われました。生物多様性条約と気候変動枠組み条約が採択されたのですが、この2つは「地球環境保全のためのふたごの条約」と言われています。

・生物多様性条約について確認しておきます。この条約がめざしているのは、(1) 生物多様性の保全、(2) 生物多様性の構成要素の持続可能な利用、(3) 遺伝資源の利用から生じる利益の公正で衡平な配分・・・の3つです。(3)は発展途上国の関心が高いです。遺伝資源を先進国が持っていって利益を上げるけれど、その資源を持っていた国には何の恩恵ももたらさないという問題があります。

・条約ができたときには「生物の多様性(biological diversity)」という言葉でした。今では生物多様性(biodiversity)という言葉が広く使われています。アメリカのウィルソンという研究者が作った言葉です。ウィルソンはアリの研究者で、最近亡くなられました。日本でも生物多様性という言葉が広く使われています。

・条約の第二条に生物多様性の定義があります。「生命にあらわれているあらゆる多様性」です。これでは分かりにくいので「種内の多様性(遺伝的多様性)、種の多様性、生態系の多様性を含む」という注釈がついています。これらすべてが今、急速に失われつつあります。

・「種内の多様性」というのは地域によって違うということも含まれます。皆さんはホモ・サピエンスですが、アフリカのホモ・サピエンスとはちょっと違います。ここには山梨市の方が多いと思うのですが、同じ地域でも1人1人違いますよね。背の高さも顔も心意気も。全部、生物多様性の「種内の多様性」です。こういうことはふだんあまり認識されませんが、種内の多様性があって、はじめて、生物は環境の変化に応じて進化することができます。進化の可能性を保証しているのも種内の多様性です。

・「種の多様性」は一番分かりやすいです。多様な種がいれば多様性は高いということはなんとなくわかるんですけど、重要なことは、それらの間に多様な関わりがあるということです。種の多様性というと、一つ一つ独立した種があると考えがちですが、そのつながりの多様性をも大切にすることが肝心なんですね。

・「生態系の多様性」は、森があり・・・、草原があり・・・、里があり・・・っていうことです。そこにはいろいろな生物が住んでいます。それぞれの生きものに特有な生息(動物)・生育(植物)環境(ハビタット)を提供してくれています。

・生物多様性条約は10年ごとに目標を決めて、締約国が努力していますが、目標達成の失敗が続いています。2010年に日本(名古屋)で第10 回の締約国会議(=COP10)が開催され、「2010年までに生物多様性の減少スピードを顕著に減少させる」という2010年目標を「おおむね失敗」と評価さぜるをえませんでした。

・また、COP10では新戦略計画「愛知目標:2020年までに実現すべき20の目標」を決めました。例えば、目標1は「遅くとも2020年までに、生物多様性の価値と、それを保全し持続可能に利用するために可能な行動を、人々が認識する」でした。残念ながら、これらも2020年から続く生物多様性に関する会議で「おおむね失敗」と評価せざるをえなくなっています。

・そこで、今度は「ポスト2020 世界生物多様性枠組み」が話し合われています。議論の結果、去年の12 月、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」として採択されました。なぜ「昆明・モントリオール」かというと、本当は2020年に中国の昆明で締約国会議が開催されることになっていたのですが、延びて、しかも中国はゼロ・コロナ政策だったので、とても中国で開催するわけにはいかず、カナダに変更されました。

・これまで10年ごとに2回失敗していて、国連ではSDGsという目標も掲げられておりますので、その達成のためにも「2050年までに自然との共生を実現する」というビジョンを出しました。日本では政策によく「自然との共生」という言葉が使われていますので、日本人にはなじみのある目標です。

・このビジョンに向けて意欲的に取り組まなければならないので、そのための枠組みを作ることになりました。「2030年までに生物多様性の喪失を止め」「2050年までに生物多様性を回復させる」という枠組みです。国連レベルでは「回復」が新たに重視されるようになりました。2020年から2030年までの10年を「生態系回復のための10年」と定め、単に喪失を止めるだけでなく、回復させるんだという意気込みが政策文書の中に表れるようになってきました。

・昆明・モントリオール目標(個別目標)の例として、「30 by 30」があります。これは「2030年までに、地球上の陸地と海洋の面積の少なくとも30%を保護区もしくはそれ以外の有効な保全手法OECM(Other area-based Effective Conservation Measure)のもとにおく」というものです。保護区は野生生物や生態系を守る一般的な手段だったわけです。日本やアメリカだと国立公園がおもなものです。それだけではとても足りないので、それ以外に「有効な」対策が取られる場所を作っていこうというものです。採択されましたので、日本では環境省が30 by 30をどう実現するか検討を始めています。国立公園以外で確保しなければなりませんから、いろいろな自治体やNPO、企業が保有している土地をOECMに組み入れていく必要があります。

・そのほかの個別目標として、「侵略的外来種の導入を半減、それらの種の排除あるいは根絶」「(窒素・リンによる)栄養汚染を少なくとも半減し、農薬を少なくとも2/3に減らし、プラスチック廃棄物の排出は0に」といったものがあります。

・生物多様性条約には世界のほとんどの国が参加していますが、米国は未加盟です。米国は野生動物の保護や国立公園の管理をしっかりやっている国ですが、生物多様性条約の3つ目の柱「遺伝資源の利用から生じる利益の公正で衡平な配分」が米国内の企業にとってマイナスになるので、加盟していません。ですが、「30 by 30イニシアチブ」にはバイデン大統領が宣言して、かなり積極的に取り組もうとしています。「30 by 30イニシアチブ」には、去年の秋の段階で、世界の100ヶ国以上の政府が参加し、実践すると宣言しています。

・米国の30 by 30の主要なねらいには、「汚染されていないきれいな飲料水の供給」が第一に挙げられています。そして、「野生生物の保護」「生態系の多様性の維持」「気候変動の緩和策としての炭素の吸収」です。米国では、現在保全されているのは8%のみと評価しています。国立公園における野生の保護では世界のトップランナーかもしれませんが、それでも8%です。日本ではCOP10が契機となった「SATOYAMAイニシアティブ」に見られるように、人が関わってきた自然の重要性が認識されてきましたが、米国でも、今まで強調してこなかった「身近な自然」の保全・再生に力をいれる方向にかじを取っています。人々の幸せや暮らしの持続可能性を考えたら、それこそ自然環境保全を中心にするべきだという大きな考えの流れの中に米国も入ってきたということです。


●1-4 気候変動対策と生物多様性保全の望ましい連携

・ふたごの環境条約である生物多様性条約と気候変動枠組み条約は、それぞれ科学をベースにして政策を進めていかなければなりませんので、そのための組織が作られています。よく知られているのは「IPCC」です。これは「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)」のことで、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的に、多くの科学者が参加しているパネルです。1988年に設立されて、 195の国と地域(EU)が参加しています。

・生物多様性条約に関しては、だいぶ遅れて、2012年に「IPBES(イプベス Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services・・・生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」が作られました。同じPですが、IPCCがPanel、IPBESがPlatformと違っているところがミソです。パネルは「壇上に専門家が並んでいる」感じ、プラットフォームは「いろんな人が議論する」そんな感じです。時代が進んで、専門家だけでは解決できないという認識があるということです。139か国が加盟しています。EUも加盟しています。ドイツがかなり尽力しました。

・IPCCは、気候変動が起こっている確からしさを常に加えながら記述をしてきました。2021年の報告書によると人間の影響が⼤気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには「疑う余地がない」と言っています。1990年には「気温上昇を生じさせるだろう」という表現でした。今までのデータを見ても、今までに起こっていることを見ても、疑う余地のないところまできています。⼈為によって引き起こされている気候変動により、自然の気候変動の範囲を超えて、自然や⼈間に対して広範囲にわたる悪影響と、それに関連した損失と損害を引き起こしていると強調しています。

・「温暖化を1.5℃までにとどめる」というのが国際的な目標になっています。これを越えたら、もう気候を安定させることはできなくなるという限界です。これを越えたら、気候の暴走が起きてしまって、反転させる機会が失われてしまいます。だから、1.5℃が国際的な目標なんです。

・今のところ、二酸化炭素はどんどん増えていて、世界は「1.5℃までにとどめる」という道筋にいません。1.5℃の道筋に乗せるためには、世界の二酸化炭素排出量を、遅くとも2025 年(なんと再来年!!)までにピークに打たせて、減少させなければなりません。2030年までに2019年比で4割削減させ、2050年代初頭には二酸化炭素を差し引きゼロ排出にする(ネットゼロ)ことが必要になります。

・そのための対策は様々あります。排出を減らす方法もありますし、排出された二酸化炭素を速やかに吸収して隔離するということも必要です。エネルギーをなるべく使わないようにする省エネもあります。全ての部⾨・地域において早期に野⼼的な削減を実施しないと1.5℃を達成することはできません。今でさえ気候変動の影響で困っている地域・困っている人がたくさんいるのに、1.5℃が達成できなかったら、もっとひどいことになります。

・IPBESは、生物多様性の人への恩恵を中心に検討を進めていますが、IPBESとIPCCがバラバラではダメだという機運が高まってきて、IPBESとIPCCの合同ワークショップが2020年に開催され、昨年2022年春に報告書が出されています。そういった報告書って、ほんとに分厚いんですが、エッセンスだけ紹介します。このままでは人類は地球上に住み続けられなくなってしまいます。人類が住み続けられる気候を維持することが最も重要ですが、地球温暖化の制御と生物多様性の保護は相互依存する目標です。地球温暖化が暴走したら生物多様性の保全もできなくなってしまいますし、暴走させないための様々な取り組みの中では生物多様性の保全が有効な手段になります。

・ちょっと脱線しますが、アフリカの森林地帯にマルミミゾウというゾウが住んでいます。マルミミゾウが気候の制御にとても重要だという論文が出されました。マルミミゾウは何世代も続くけものみちを歩いて、食べ物を探しているのですが、そのけものみちのまわりを調べればどんな植物を食べているかが分かるし、糞を出しますから、糞を拾えば、どんな種類の種子を分散して、森の生長を助けているかが分かります。それらを調べ、膨大なデータを分析したり、フィールドワークで糞を千何百個も拾って調べたりしました。その結果、マルミミゾウが葉や枝を食べるときは、森の形成を妨げるような先駆樹種を食べていて、実を食べて種子を分散しているのは、森の本体をつくるような、大きく、幹にたくさん炭素をため込むような木の実で、そういう森が形成されるのを助けていました。論文には、マルミミゾウがいなくなったら、森の炭素蓄積は8~9%減ってしまうとありました。マルミミゾウの保護をすることが気候変動にとっても重要ということです。このように、生態的な関係を調べていくと、分かってくることがたくさんあります。気候変動によって生物多様性が脅かされる・・・という関係だけではないんですね。このように相互に関連していることなので、気候変動と生物多様性は総合的に達成していくことが、持続可能で、公平な人の暮らしに欠かせないということです。

・最近の保全の実践などで世界的に重視されている考え方は、気候・生物多様性・人の社会を一体のシステムとしてみることが重要だということです。目標は「人類が住み続けられる気候、生物多様性の維持」であり、それらに同時に対応できるような対策が大切になります。


●1-5 草原や湿原は、炭素の隔離によって気候変動に有効

・草原を守ることは、草原に関わるこれまでの営みや草原に住んでいる動植物を守るというイメージが強かったと思いますが、地球環境を守ることにもつながっています。ヨーロッパではカーボン・ファーミング(Carbon Farming)という言葉が使われるようになり、米国にも影響しています。これは、農林業を含む土地利用・管理における「ネットゼロ(炭素排出差し引きゼロ)」に関するキーワードです。「欧州環境ビューロー(EEB:European Environmental Bureau)」というヨーロッパの170以上の環境市民団体を束ねるNGOの政策提言はEUの政策決定で重視されるのですが、その文書にカーボン・ファーミングの定義があります。それは「土壌や植生への炭素の隔離を増加させる土地管理の実践」です。

・ファーミングとあるので農業や牧畜業をイメージしがちですが、ここで、もう一つ主張していることは、「欧州においてネットゼロをめざす上でもっとも優先度の高いカーボン・ファーミングは、泥炭湿地の保護・再生である」ということです。日本にいると泥炭湿地と聞いてもピンとこないかもしれません。一方、火入れで維持される草原の再生・利用ももっとも有効なカーボンファーミングの一つであると思われます。

・光合成と呼吸とは逆向きの化学反応です。光合成は二酸化炭素と水から、光エネルギーを使って炭水化物などの光合成産物と酸素をつくることですが、これを担っているのは生態系の中で生産者(植物)のみです。それに対して、酸素を使って光合成産物である呼吸基質を水と二酸化炭素にし、生きるための化学ネルギーを得て、生命活動に使うという呼吸は、すべての生物が行っています。

・植物しか行わない光合成はあまり温度が高いと抑制されます。乙女高原の植物だったら、おそらく光合成のピークは15~20℃くらいだと思います。ところが、呼吸は植物を含む、すべての生き物がしています。植物も夜は呼吸だけです。土壌中の多様な微生物もみんな呼吸をしています。ですから、土壌の呼吸って無視できません。また、呼吸は高い温度で促進されてしまいます。光合成が阻害されてしまう温度でも促進されてしまいます。

・温暖化が進行すると、正のフィードバックが起こってしまいます。温度が高くなると(呼吸が促進されるので)空気中により多くの二酸化炭素が出て、より温暖化が進み、さらに呼吸が進み・・・という悪循環です。また、土壌に葉や材が供給されると、いろいろな生物が分解しながら、呼吸して二酸化炭素を出してしまいます。熱帯林は炭素を固定しますが、温暖化が進むと、二酸化炭素の発生量のほうがかえって多くなってしまうことにもなります。

・一方、土壌に炭素を隔離して(生物が利用できないように)貯めようとするなら、土壌を嫌気的な条件(酸素がないような状況)にするか、光合成産物を炭化させてしまう(炭は生き物が利用できない)ことが必要です。泥炭湿地にはその理想的な仕組みが成り立っています。微生物学で明らかになっていますが、高温で、土壌が湿ったり乾いたりを繰り返していると、呼吸は促進されてしまいます。一方、常時湿っていれば、嫌気的条件となり、酸素が足りないのですから呼吸が押さえられます。泥炭湿地はミズゴケの遺体が積もっていって、高層湿原を形成します。ここでは、生産者が炭素を固定しますが、分解者がどんどん分解してしまうことはないので、土壌に有機炭素を貯めることができます。土壌に炭素を貯留するためには炭素が分解されないよう、炭素循環からの隔離が必要です。

・火入れ草原では、植物が焼けて、生き物が利用できない細かい微粒炭になり、黒い土ができます。

・湿地と火入れ草原の保全・再生は生物多様性にとって重要なので、湿地だったらラムサール条約があって、そこに登録した湿地では保全活動をがんばっています。草原には森林にはない生物多様性を守るための管理がなされていたりしますが、それだけでなく、気候変動対策「ネットゼロ」としても重要ということです。

・本当に湿地や火入れ草原でネットゼロの取り組みができるのか、科学的に計画を立てて、モニタリングをしていかなければなりませんが、この分野の科学は遅れています。測ったり、論文を書いている人は多くありません。湿地や草原の炭素貯留能を測って、それがある程度確保できるような管理をしていくことが大切です。炭素量を測ればいいので、生き物に関する指標を測るより簡単です。ちょっとした機械があればできます。生物多様性については、目印になるような生き物・絶滅危惧種の保全状況などを指標にして評価していくことが必要だと思います。生態系が人の社会にもたらす恩恵を生態系サービスといいます。その重要性は認識されていますが、それは、おそらく、人が減っているところで、どうやって自然をうまく生かして、人と人とのきづなですが、地域にいる人同士のきずなはもちろん、よその人とのきずなを結んできてもらうこともとても重要なテーマなので、何が生産できましたということよりも、きずなの深さ豊かさをいろいなやり方で評価するのがよいと思われます。

 

 

●2-1 生物多様性政策における非欧米文化の強化

・IPBESでも「生態系サービス」という言葉が使われているんですけど、IPBESは「生態系サービス」から脱却する雰囲気があります。科学をはじめ欧米の文化で成り立ってきた政策がとられてきたのですが、欧米ではない文化を取り入れて、そこで培われてきた文化や知識を重視しようという機運が大きくなってきました。

・自然と人間との(位置)関係ですが、今の科学を生み出して、生物多様性の政策への影響が強いキリスト教・イスラム教は、ヒトの自然に対する優位性が前提になっています。よくも悪くも、自然界を人間が支配しているという前提です。人が困らないように、生態系サービスを賢く利用あるいは保護しようという発想になります。

・一方、宗教でいうとヒンズー教・仏教ですが、それ以外に、⼈間と自然とは対等であるとする多くの先住民文化の見方が広まっています。たとえば、生物多様性の政策には北米の先住民の文化などが大きな影響を与えています。「サービス」というのは人間が上にいるような目線になっているので、「自然の恵み」という言い方に変えた方がいいといった考え方もあって、2019年のIPBES地球規模アセスメント報告書では、「生態系サービス」ではなくて「自然の恵み (Nature's Contribution to People)」という言葉を使い始めています。IPBESでは生態系サービスという言葉が使われてきて、これからも使われると思いますが、欧米文化的な表現から置き換えられた言葉が取り入れられつつあります。それから、自然との関係において人の幸福や利益を追求することに関しては、「自然との共生」という言葉を国際的にも使ってきましたが、「母なる地球との共生」という言葉で表し始めています。


●2-2 科学で自然を守る:生態系スチュワードシップ

・西欧で発達した自然科学を基礎としながら、北米先住民の価値観と知識の影響のもとに生物多様性保全の科学(保全生態学など)が発展してきたと言えます。で、自然とヒトとの関係を表す言葉ですが、自然を人が支配するということではなく、対等のものとして守っていくという意味の言葉が使われるようになってきました。それが「生態系スチュワードシップ」です。

・1920年代、初期の生態学の実践はすでに倫理的には「生態系スチュワードシップ」に則っていました。2010年にカナダの研究者であるチェイピンらが書いた『生態系スチュワードシップの原理』という教科書があります。カナダは米国よりももっと先住民を重視した政策を持っています。先住民のことをファーストネイションと呼んで、訴訟などが大変ではあるんですが、テリトリーの土地の管理権を認めたりしています。ですから、こういう本がカナダから出てくるというのは、しごく納得のいくことです。

・「スチュワード」というのは執事・世話役ということです。ある程度いろんなことを理解していて、お世話ができる者のことですから、これは動物など他の生き物では無理で、なれるのは人だけです。自然のスチュワードになるというのは、そんなにエラそうなことではありません。自然と人とは対等だけれど、お世話ができるのは人・・・ということです。それまでの科学、あるいはヨーロッパの人たちが世界中に出かけてやってきたことというのは、「科学と技術で自然を支配する」ということだったのですが、「科学ベースで自然を守る」という倫理的な姿勢のことを、ここでは「生態系スチュワードシップ」と呼んでいます。この言葉を使っていく必要はないんですけど、そういう発想に戻りつつあるというか、なりつつあるということは押さえておいたほうがいいと思います。


●2-3 科学が支える草原・湿原の自然再生のはじまりと生態学

・環境倫理に取り組んでいる人は、アルド・レオポルドの著作をバイブルのように扱っています。「土地倫理」という言葉が重視されています。そのレオポルドですが、もともとは米国の森林官で、国有林の管理の仕事をしていましたが、その後、ウィスコンシン大学の教授になりました。大学に生態学の学部はなかったため、農業経済学部の教授として生態学の研究や教育に従事していました。ナチュラルヒストリーの視点、つまり、進化的・生態的視点から、科学にもとづく生態系の保全・再生の実践に取り組んだ最初の科学者です。自然界を「互いに関連しあう要素の複雑なシステム」として見ていました。これは生態学としては当たり前のことですが、このころは新しい考え方でした。

・レオポルドは自然のシステムが壊れていくのを目の当たりにしました。広範囲な農地開発をすると、そこがダスト・ボウル(砂嵐)地帯になってしまいます。レオポルドは著作『砂の郡の暦』で、砂嵐に苦しむ地域とともに、まだ残っているプレーリーの自然を美しく描写し、プレーリー固有の植物の消失など、不健全化した生態系についても言及しています。野生の要素が失われていくことを危惧して、自然のシステムのダイナミズムを保全・再生することを提案しました。ある動物など、ただ自然の要素の何かを守るのでなく、システムを観て、システム全体を保全するという自然の守り方です。

・「自然の征服者としての人間」という見方はそれまで当たり前でした。米国がまさにそうで、未開の原生的な自然のあるところにヨーロッパから入っていって、広大な農地を築いて、自然を征服して富を築くということをやってきました。そういう見方に対して、「生物社会の一部として人間社会がある」という見方を提示しました。一時期、生態学ではこういうことはあまり言わなかったのですが、保全や自然再生の中では、こういう考え方が当たり前になりつつあります。生態学と社会を統合する視点です。それが、土地倫理です。

・新島義昭さんが訳した『野生のうたが聞こえる』の中でも取り上げられています。共同体の中で倫理が成り立つのは、それぞれの個人が共同体の一員であるということによっていますが、土地倫理は、共同体という概念の枠を人間社会の個人だけでなく、土壌、水、植物、動物、つまりはこれらを総称した「土地」にまで拡大した倫理をさします。これを見ると、これはまさに生態系のことを言っているんですね。そのころはまだ生態系という言葉は一般的ではありませんから、レオポルドは「土地」という言葉で「生態系」を表現したのです。

・「土地倫理は、ヒトという種の役割を、土地という共同体の征服者から、平凡な一員、一構成員へと帰すのである。これは、仲間の構成員に対する尊敬の念の表れであると同時に、自分の所属している共同体への尊敬の念の表れでもある。」西欧的な科学だけでなく、北アメリカの先住民の考え方が色濃く反映して、レオポルドの「土地倫理」に至ったわけです。もう一度強調しますが、まだ「生態系」という言葉はなかったので、ここで「土地」と言っているのは、並べてあるものからして「生態系」そのもののことです。ですから、今でいえば、これは「生態系倫理」と言えて、生態系スチュワードシップはその倫理に支えられた実践といえます。

・生態系スチュワードシップとはこのようなものですから、当然、自然再生も範疇に入ります。プレーリーの自然が劣化しているんなら、それを回復させるのが重要だということになりますよね、共同体の一員として。そこで、レオポルドは科学研究として世界初の自然再生に取り組みました。自分1人ではなく、ウィスコンシン大学に、そういうことができそうな人を招いて始めました。荒廃した放棄農地に、プレーリー生態系(草原)を再生させるという実験です。他にも自然再生の試みはいっぱいあったかもしれませんが、「初めての科学的な自然再生」とはっきり言えるのは、このレオポルドの実践です。

・自然再生の初期の写真を見ると、興味深いんですけど、火を入れています。プレーリーの種子をそのまままいても芽は出ません。レオポルドの実験では、かなり火を使っています。大学として実験を始めたのは1935年からです。現在まで継続しています。ウィスコンシン大学ではもっといろいろなところで自然再生を試みています。レオポルドの財団があって、そこにレオポルドが始めた再生地をミュージアム的に展示しているところがあって、見ることができます。再生には長い時間が必要なんですね。科学的に検討しながら、少しずつ行いました。一時期、生態学がそうではないことを重視したので、少し違う面が強調されたことはありました。

・「生態系」という言葉を提案した人はタンズレー(一般的にはタンスレー)という英国の生態学者です。この人はすごくおもしろい人なので、詳しく話したいのですが、時間が迫っているので、短く話します。タンズレーは植物学者で、生態学や植物学の学会を初めて作って、いろんな雑誌を発行したりしました。そればかりか心理学にも興味を持ち、フロイドのところに行って一緒に研究したりしました。ケンブリッジ大学とオックスフォード大学で教鞭を執っていたんですが、最後のころはネイチャー・コンサーバンシーという保全地の管理などをする協会のトップに立った人でもあります。

・1920年代からケンブリッジ大学が関わっている湿地の再生地があります。フェンと呼ばれる東イングランド特有の泥炭湿地なんですが、日本の里山みたいな感じのところです。ヨシ原・スゲ原を資源として活用してヨシで屋根をふいています。2000年代になって「グレート・フェン・プロジェクト」という国家プロジェクトが始まりました。東イングランドには長く続いた再生プログラムがいくつもあるので、それをネットワーク化するような国家プロジェクトです。泥炭地を農地として開発すると、水が失われて、溜まっていた有機物が分解されて二酸化炭素の大放出源となります。また、地盤が沈下してしまいます。そうなると、災害に弱い土地になってしまいます。災害対策としても、湿地の再生は重要なのです。


●2-4 草原の生態系スチュワードシップにむけて

・生態系スチュワードシップを実践するとすると、対象とする生態系だけでなく、人の社会との関連にも注目するというのが、自然再生を考える際の基本です。ですから、地史やヒトの営みの歴史を振りかえります。それから、なにもかも調査はできないので、その地のシンボルや指標となるものを見出し、モニタリングしていきます。モニタリングについては、世界的にも市民科学がとても重要だということが認識されています。米国・英国では、国が市民科学を促すことを重視しています。乙女高原ファンクラブは模範的な市民科学団体ですので、これからもぜひ活躍してください。できれば、泥炭が溜まっている湿地があるかどうか、火入れ草原があるのであれば、火入れが炭素を隔離する効果がどれくらいあるかを調べるとよいと思います。

・火入れしている草原って人類にとってすごく重要です。考古学が発展してきて、微粒炭という細かい炭を含む黒い土が世界中に分布していることが分かってきました(黒ぼく土)。アマゾンというと密林というイメージですが、アマゾンの森林地帯にもそういう場所があることが分かってきました。日本では縄文時代以前から植生管理の手段として火が使われてきました。日本のような気候帯だと、自然には草原は発達しません。人が火を入れることによって、草原を発達させたり維持したりして、樹林化を防いできました。草原を維持することで、狩猟がしやすくなり、明るい草原の縁が好きなキイチゴ類やサルナシが採れます。これらはビタミンCが多く含まれています。また、屋根をふくためのカヤが取れました。草原がないと暮らせなかったんです。時代によって草原の何が資源として重要かは替わってきましたが、草原が維持されてきた地域が、日本にはたくさんあります。

・草原はここ数十年間に急激に喪失されています。森林は増えているくらいなのに、草原・湿原・湿地は減っています。サクラソウも草原に咲く花です。世界遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つ、函館市南茅部遺跡群では、海岸段丘があって、段丘上に集落跡が発掘されています。その中の一つ、大船遺跡には深さ2m、幅11mを越える巨大な縦穴式住居跡がありますし、著保内野遺跡からは国宝になった高さ40cmほどの土偶が見つかったりしています。集落の背後に、細かい炭が混ざった土である黒ボク土がずっと続いています。黒ボク土には植物由来のケイ酸体(プラント・オパール)が含まれているのが普通です。これは、イネ科植物が焼かれた証拠です。こういう草原で、縄文の暮らしが成り立っていたことが分かります。


●2-5 古来恵み豊かな身近な自然だった「持続可能な」草原

・昔にさかのぼっても草原は重要だったことがわかるのは、一つは万葉集ですね。奈良時代の後半に、それ以前の130年くらいの間の歌が載せられています。万葉集4,500首のうち植物を詠んだ歌は1,500首なんですが、その中で一番多いのはハギです。ウメやマツが多そうですが、そうではなく、ハギ。ウメ118首、マツ79首、タチバナ68首、サクラ50首、ヨシ50首ですが、ハギは141首、ススキも47首あります。ハギとススキの両方が登場する歌もあります。「人皆は 萩を秋と言う よし吾は 尾花が末を 秋と言はむ(万葉集 作者不詳)」秋を特徴づけるのはハギかススキだったことが分かります。ハギってどんな植物かというと、生態学的には火の好きな植物といえます。発芽のためにも火が必要ですし、火入れされたところでがんばる植物ですね。こういうことから、古代においては、火入れ草原が最も身近な草原だったことが分かります。

・万葉集を編纂したかもしれない山上憶良の秋の七草の歌、「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花 萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 をみなへし また 藤袴 朝顔の花  山上 憶良」。少し前までは私たちにとって七草はピンとくるものでしたが、今の子どもたちはなかなか分からないかもしれません。いずれも草原や林縁の植物です。これらが古代の人々にとって、一番身近な植物だったということがわかります。

・私の好きなサクラソウを見てみると、生育地がだいたい火山の山麓なんですが、古代に大きな牧があったところです。昔は戦のためにも、交通手段としても、農耕にも馬がとても重要で、馬を育てる場所を「牧」といいます。国設の牧もあったし、地方ごとに私設の牧もあったようです。火入れ草原の自然再生を、日本ではがんばっています。


●3 自然再生推進法にもとづく「自然再生」と市民科学

・自然再生の取り組みには、劣化させている原因を取り除くとか、今、各地でまん延していて影響が大きいのですが、外来種を取り除くなどがあります。また、自然を再生して、地域のにぎわいを回復させるようなこともテーマになっています。生態系と生態系につながっている社会全体に目を向ける取り組みが世界的には広まっています。日本でもそのような事業が増えています。ポイントになるのが「科学」と「参加」です。科学的にやらないとうまくいきません。市民科学が条件です。そして、多様な主体が参加することです。

・日本では自然再生のための法律が2002年に作られました。自然再生推進法です。この法律による自然再生の定義は「過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すことを目的として、関係行政機関、関係地方公共団体、地域住民、特定非営利活動法人、自然環境に関し専門的知識を有する者等の地域の多様な主体が参加して、河川、湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林その他の自然環境を保全し、再生し、若しくは創出し、又はその状態を維持管理すること」です。こういう目的で行われる事業を自然再生事業というのですが、必須なのが、自然再生協議会という、自然再生の計画を作ったり、事業の評価をしたりする組織体です。この法律に則って実施されている自然再生事業は全国で27あります。草原で言えば、熊本県の阿蘇、兵庫県の上山高原などがあって、一番最近協議会が設立されたのが岡山県真庭市の蒜山(ひるぜん)高原です。NPOが中心となってできました。

・「自然再生のために協議会を作って、国に認められなくても、いろいろな方法があるじゃないか」と思われるかもしれません。実際、いろいろなところでこの法律の枠外で自然再生が取り組まれています。一方で、法律に基づく協議会を作るメリットもあります。実施計画を作ったら、それを国に上げて審査されます。審査が通れば、国として認めたフォーマルな事業になります。NPOが手を挙げた地域でも、だいたいは地方公共団体が入ったりだとか、例えば外来種のことだったら環境省が関わるだとか、森林のことだったら農水省が関わるだとか、インフラ整備に関わることだったら国交省だとか、行政機関が関わってきます。この法律は環境省・農水省・国交省の3省が共同管理しています。

・環境省のホームページやパンフレットで自然再生事業の活動内容が紹介され、英語での発信もなされています。フォーマルな形での発信です。毎年、協議会が集まる会議が行われていて、今年は石垣島で開催されました。各協議会から2名分の旅費が用意されます。自然再生に関わる人が集まって、交流ができます。それから、自然再生専門家会議との情報交換もできます。私もこの会議に関わっていますが、何か課題が出てきたら、そこに行って、現地を見せてもらったり議論したりします。全国会議にも参加して、自然再生に関わっている人たちと交流しています。自然再生に関わる専門家の間でも情報交換がなされています。いろいろな主体が事業に関わるので、その相乗効果が期待できます。地方自治体の政策とNPOの実践が相乗効果を生むわけです。

・科学に基づいた計画や実践が必要ですが、乙女高原ファンクラブにはしっかりした市民科学があるので、クリアしていると思います。ですから、山梨市や山梨県と連携したら、すぐにでも協議会が立ちあげられるんじゃないかと思います。

・市民科学という言葉をずいぶん使いましたが、国際的にも、環境保全では市民科学がトレンドになっています。市民科学とは「市民がデータの収集・分析・評価で主導的な役割を果たす科学の営み」ですが、専門家が一緒に考えたりということがあります。情報技術が発展していますので、情報技術をもつ人あるいは研究者と協働すれば、データを蓄積したり、発信したりすることもやりやすくなると思います。生物多様性市民科学は「生物多様性保全の取り組みと連携した市民科学」であり、今では、市民科学を専門で扱う国際的なNGOがあったり、国際誌が発行されたりしています。

・乙女高原でのみなさまの実践のますますのご発展をお祈りいたします。

   (終わり)


 鷲谷さんのお話が終了後、Q and Aの時間を取りました。

【質問】韮崎市の甘利山倶楽部で活動しています。乙女高原と同じく草原の保全活動をしています。SDGsが始まって7年経ちました。残り7年で目標に到達しなけれはならないという状況です。期間の半分が過ぎて、SDGsが効果を表しているのかどうかをお聞きしたい。

【答え】全世界の全地域で取り組まなければならないことなので、まだ評価はなされていないようです。ですが、先ほどお話しましたが、オランダのアムステルダム市のように、政策にしっかり取り入れる努力をしているところも、世界を探せばいくつかあるのではないかと思います。きっと山梨市も韮崎市も、草原再生とか市民の活動があるんだったら、それらを核にしながら、他の取り組みもそこに入れていって、SDGsへの取り組みを統合的に進めることができると思います。自然環境に関心のある人がほかの分野にも目を向けて一緒にできないかどうかを考えていくことが重要ではないでしょうか。


【質問】火を入れると植物が燃えるので、二酸化炭素が増えるんじゃないかと思うのですが、温暖化対策に有効であるというのが先生のお話でした。そこをもう少し詳しくご説明いただけますか。

【答え】火入れも、地域・気候帯・これまでどれくらい燃やしてきたかで、全然効果が違います。日本で、毎年火入れしているようなところですと、火は地表を走って、枯れ草などを燃やして、炭にして、土壌に入れてくれています。ちょっと脱線しますが、活性炭って健康にいいじゃないですか。植物にとってもそうなので、サクラソウなど絶滅危惧種にとって、いい効果があります。
 何もしなかったら、時間はかかりますが全部分解されて二酸化炭素として放出されてしまいますが、火を入れれば、燃えて二酸化炭素として出てしまう部分もありますが、炭として固定される部分もあり、トータルでみると、そのままにするより火入れをした方が有効です。
 昔は森林も二酸化炭素を吸収して炭素を固定すると言われていましたが、土壌などを考慮すると、そうでもないことが分かってきました。今、早生樹としてキリを植えるところが多くなってきました。キリだったら、伐って家具を作れば、炭素を固定しながら何世代も使えます。樹木だったら、土壌に多くの葉や枝が供給されて分解されないうちに伐って、長い期間使うとか、炭を焼いて、バイオチャー(炭)として農地に入れて土壌改良剤として使うといった取り組みがなされています。
 炭は安定した物質なので、メリットがあります。炭焼きは温度管理とか大変ですが、火入れはサーッと草原を火が走っておしまいです。そういう観点で火入れのことを考える人は少ないんじゃないかと思います。今こそ、やるべきではないかと思います。草原の再生に取り組んでいるのなら、そういう研究にも取り組むようアドバイスしています。蒜山でも、そのようなお話をしました。県の研究所でもそういう研究がなされるといいなと思います。世界でもやられていますが、論文としてはまだ出てきてないです。一回の火入れで炭がどれくらい増えるかは、そんなに難しい測定ではないと思うので、火入れは草原再生に必要なだけでなく、地球環境問題にも貢献していることを、草原のメリットとしてアピールできると思います。この場に、市長さんも所長さんも来られているし、市民の皆さんも話を聞いてくださっているし、乙女高原もぜひ自然再生事業に名乗りを挙げて欲しいと思います。今までやってきたことを簡単な文書にまとめれば、それで十分だと思います。


 閉会行事では、乙女高原ファンクラブ代表世話人の角田さんからお礼のあいさつがあり、同じく代表世話人の三枝さんから諸連絡があり、記念すべき第20回乙女高原フォーラムが無事終了しました。
 スタッフみんなで後片付けをしたあと、反省会という名の交流会をしました。いつものフォーラムだと「希望者はだれでも可」で行うのですが、コロナ対策として「スタッフの希望者のみ」でゲストの鷲谷さんを囲みました。1人ひとことずつ発言していただき、最後に鷲谷さんからメッセージをいただき、すべてのプロクラムを終了しました。鷲谷さん、スタッフの皆さん、参加者の皆さん、本当にご苦労様でした。


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