<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

恐い夢を見て、目が覚めた

2019年09月10日 23時25分43秒 | Weblog

真夜中11時半。怖い夢を見て、恐くて目が覚めた。何でこんな夢を見るんだろう。眠られなくなるんじゃないか。

むしむし熱い。灯りを付けて、冷房をオンにした。汗をかいている。高い、やや高い、低いの三段階しかない。今度は寒い。

 

まだ、11時半を過ぎたばかり。どうしよう。起きているしかないなあ。

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一日で5回も硫黄温泉に入ったよ

2019年09月10日 20時55分13秒 | Weblog

うはははは。

ほんとうに一日で5回も硫黄温泉湯治をした。

露天風呂ばかり。

好きだなあ。

明日もそうしようかな。

極楽極楽極楽。

えっ、極楽にも温泉があるの?

あったら?

そりゃ、いいよねえ。

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今夜は月夜。月がきれいだ。

2019年09月10日 20時48分02秒 | Weblog
今夜は月夜。月がきれいだ。露天風呂から月を仰いだ。雲仙温泉の山の上に、きらきら輝いていた。久しぶりに、こんな美しい月を見た。

見させてもらって嬉しかった。めったにこんな美しい月は、見させてもらえないのだ。
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わたしは法華経を手にする者である

2019年09月10日 15時52分02秒 | Weblog
 
わたしは法華経を手にする者である。手にしてよろこぶ者である。手にすれば、そこから元気を頂く者である。
 
かといって、法華経を弘めている者ではない。これには消極的である。
 
法華経を手にする者は、仏陀によろこばされる者であって、同時に仏陀によろこばれる者である。
 
そういう確信のようなものが、強くなって行く。法華経を読むと、読むだけで、まばゆい黄金に出会える。
 
興味が尽きない。死ぬまでは、何度も何度も手にして、そね黄金に魅せられて行きたいものだ。
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わたしは法華経を手にする者である

2019年09月10日 15時52分02秒 | Weblog

わたしは法華経を手にする者である。手にしてよろこぶ者である。手にすれば、そこから元気を頂く者である。

かといって、法華経を弘めている者ではない。これには消極的である。

法華経を手にする者は、仏陀によろこばされる者であって、同時に仏陀によろこばれる者である。

そういう確信のようなものが、強くなって行く。法華経を読むと、読むだけで、まばゆい黄金に出会える。

興味が尽きない。死ぬまでは、何度も何度も手にして、そね黄金に魅せられて行きたいものだ。
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言葉は、楽しみの捕獲器

2019年09月10日 15時04分53秒 | Weblog

欲張り屋さん、僕は。そう思う。あれからもこれからも感じられそうに思う。それを欲しがる。

欲しがって、触覚を振り回して、触って触る。

ただし、、下半身麻痺で、歩いては行きずらいから、できるだけ歩いて行かなくていいものに、対象を絞る。

言葉はこれに適してる。言葉を捕獲器にする。言葉の捕獲器が捕獲したものに、触る。

どんなものからも、楽しみが得られそうに思う。で、やたら、捕獲して来る。

 

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山の木は、歩かない。なぜだろう?

2019年09月10日 14時49分03秒 | Weblog

山の木は歩かない。なぜだろう?

人間は歩く。なぜだろう?

山の木は、歩かないでいいから、歩かない。

人間は、歩かねばならないから、歩く。

山の木は、求めているものは、すべて与えられていることを、熟知している。それゆえに、歩いて求めない。

人間は、満ち足りない飢餓を内包している。求めて求めて求めて、進歩を促される。ゆえに、歩く。求めて歩く。飢餓を癒すために、歩く。ひたすら歩く。

山の木は、ひたすら根づく。歩かずに根付く。ひたすら不動になる。

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昼御飯もすませました。さ、また、これから、

2019年09月10日 14時02分24秒 | Weblog
昼御飯もすませました。さ、また、これから、硫黄温泉露天風呂に体を沈めて来ます。だらりだらりして来ます。

だらりだらり、たらりたらり。しばらく浸かり、そして長々と湯の外に出て、風に吹かれる。そして、また、浸かる。このだらしなさがたまらない。

いつもいつも、だらしない。そこに安住する。これで埒外に出る。世間の埒外に出る。
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僕は楽しみたいんです、僕流に。

2019年09月10日 13時51分09秒 | Weblog

僕は楽しみたいんです。僕の楽しみだから、あくまで僕流なんですが、僕流でないと、僕が楽しめないというところが愉快ですね。

うん、それが、他の人から見たら、いかにも下らないように見えてもかまうことはありません。僕が楽しむことですからね。

たしかに下らないことのはずです。

ううん、ううん、ううん。僕はともかく楽しみたいんです。僕の楽しみを楽しみたいんです。いまのうちに。楽しめる間に。

白い雲が湧いています。悠々と。これが雲流の楽しみ方です。

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これでいい。これでいい。

2019年09月10日 13時29分30秒 | Weblog

ほ。隣の席で焼酎のオンザロックを飲んでいるご老人がいる。かき混ぜる氷の音が涼しい。カランコロンという音がしている。好きなんだなあ。おいしそうに飲んである。まだ昼の日中なのに。肴が要らないらしい。ほ、ふ。

人はそれぞれに、それぞれの楽しみを持つ。隣から眺めさせてもらった。生き方はいろいろある。楽しみ方もいろいろある。

そんなのは、たのしくあるものかと、回りが勝手に推測するが、それは当たっていないだろう。それぞれが、それぞれにていい。そして、それぞれの楽しみをそれぞれに味わっている。これでいい。これでいい。

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