おはようございます。ございます調は、お昼や夜の挨拶にはついていない。こんにちはございます、こんばんはございます、とは言わない。朝だけは丁寧である。一日の始まりの最初の一枚の油膜、夜の内にこわばり堅くなっていたタイム・フィラメントを丁寧に脱ごうというのだろうか。
屋根に霜もない。さほどに寒くもない。「どんだ」の藪には赤い山椿が咲いている。このほっそりした花房の蜜を吸いに小鳥たちが朝早くから飛来してくる。静謐な藪がいっとき賑やかになる。
1月19日(20日正月前日)は毎年恒例の鮒市が鹿島市で繰り広げられる。鮒を昆布でぐるぐる巻いて大きく切った大根、人参とともに一昼夜ぐつぐつ煮込む。我が家は母の代からずっと味噌出汁をつかい、これに適量の飴方を加える。鮒は頭蓋骨、背骨、肋骨までやわらかになる。これを土地の人は「ふなんこぐい」と呼んだ。「こぐい」の語源は何か、知らない。この昆布巻きこぐいは酒の肴にはうってつけの冬場の珍味となった。
おはようございます。うやうやしく、しずしずと、威儀を正してあの方に挨拶をする。老婆は深々と低頭する。あの方は光の微笑をほんのり返してくる。この微笑に全身がまぶされる。あの方とは天空に上がってきた天照す大神さま、輝かしいお天道様である。これはさぶろうの祖母のおいち婆やが毎朝起きがけに外へ出て、東の方角を向いて繰り返してきた神事である。神事が終了するとお婆さまの額に赤い血潮が浮かび上がっていた。