小田急中心の模型のブログ

Nゲージで私鉄電車を楽しむブログです。
旧小田急中心の模型のページ(2003~2014)の製作記も再掲載しています。

相模のアルミカーが欲しい。

2022年08月20日 22時12分58秒 | 相模鉄道
久々の更新です。
かなり前の話になりますが、前回の記事で取り上げた伊豆箱根はマスキングの過程で
精度的に納得のいかない箇所が多数発見され、とりあえず現行の車体は放棄することに。
問題点はある程度学習できたので追ってリトライするつもりですが、
一旦気分を変えようと既製品ベースのものに手を付けることにしました。


2022.06

白羽の矢が立ったのは同じく相模国の雄・相鉄の7000系。
思い入れが強すぎてなかなか手が付けられない筆頭にくる電車ですが、
蕨も鉄コレも顔があまり好きではないので、イエロートレインの前面に挿げ替えてみた図。

蕨は車幅がやや広いので、カラタケ割りしないとつじつまが合いません。
鉄コレはその点ただ顔だけ替えれば良いので試作してみましたが、
客扉の奥行きがやや足りないが気になる。
全部くり抜いて嵌め替え…は雑になって嫌になる未来が見えたのでとりあえず今回はやらないことにしました。


で、とりあえずイエロー素組みで一本作れば?って結論に至った。
2005年発売のキットゆえ現代水準で見れば厳しい部分が多々ありますが、
エッチングゆえに実車のカチッとしたスタイルが良い方向にデフォルメされてる感じは
好きなので、「とりあえず」で作ってみることに。

顔が余分に入っているので追々鉄コレとの合成版を落ち着いて作ってもいいやと思ったのと、
やや小さめなきらいのある側窓が、あまぎの5100系と並べたときにむしろ整合がとれるのも後押し要因となりました。


2022.06

素組みの気楽さゆえサクサクと組み進めて、全盛期前夜の7両に。
McとTが製造される前にわりとよくあった組成みたいです。


深追いしないで確実に完成させる。がテーマみたいなもんで一旦箱にしたわけですが、
素直に仕上げると車体カドの縁取りがかなり太い。
下に画像を挙げますが、7000系のカドは意外と細くてそこだけSUSのアングル材が添えてあるので
特に前面周りの印象に大きな影響を及ぼします。


そんなわけで、#400の紙やすりの上でごしごしして…


元のアングル材表現を削った。
前面の板厚部分でアングル材表現の代用とするわけです(エッチング断面の段差は瞬着パテで埋める)
乗務員扉枠も本来はテーパーが付いているのですが、事前に試作したところ
シャープにできなかったので潔くスルーしました。


2018.03 かしわ台にて

カドのアングルと乗務員扉。実車はこんな感じ。


2017.1 二俣川にて

数が多いので今回はスルーしちゃったけど、妻面も同様の処理です。


2006.12 かしわ台にて

5000系はこんな感じ。
前面横は細いです。
乗務員扉枠の違いにも注目。


妻面横は太い・かつアングル材がアルミ。
イエローの7000系キットを素直に仕上げると5000系っぽい太さになるわけですな。
鉄コレや蕨はさすがにこの辺はちゃんと再現されてます。


2022.07

加工箇所を取捨選択して前に進めるようにしましたが、
配管は付属のエッチング(板材エッチングゆえ管っぽくない)は使わず
いつものアルミパイプ(φ0.3)と真鍮線(φ0.2)で引き直しました。
車体に台座と配管止め用の穴がエッチングされているので、いつもの
トレジャー配管止めは使いづらく、KATOのフィーダー線をバラしたリード線で固定してあります。


母線の位置が若干おかしかったところを直したり、地味な作業が続きます。
この手の手戻りはだいたい実車の写真をよく見てないことに起因するので、
急がば回れでちゃんと穴が開くほどよく見ましょう(自戒)

ランボードは、7000系の大半は薄いタイプなのでキット付属のエッチング部品を使いました。
実車は段差の上からイボ付きビニールを貼っていると思われあまりエッジが立っていないので
クーラー横のは瞬着パテで屋根との継ぎ目を埋めてあります。
パンタ横のは先に配管引いちゃったからあえなくそのまま。


6000系で苦労したヒューズ台座はエバグリのチャンネル材をうまいこと加工して使うことにしました。
ただし取り付け方法と強度に若干の課題があり、もうちょっと変わるかもしれない。
薄板をカクカクッと曲げてある感はGMの薄い集電板とかを曲げればそれっぽくなりそうな気もしたりして。


角度を変えて。
ヒューズと避雷器は蕨の7000系のやつです。
パンタは昔のGM2つ穴タイプに合わせた設計ですが、微調整でTOMIXも使えそうだったので
穴を開け直しました。パンタ台は別塗りして後付けします。


Twitterで資料提供にご協力いただいた海老名方Tcの誘導無線まわり。
アンテナ本体はKATOの京急2100用です。
配管はφ0.3アルミパイプにφ0.1の真鍮線を差しています。


ブラスクリーン不要説が頭をよぎりましたが、
銀だしなあということで一応洗った。
ちなみに配管引いたあたりでしれっと4連に計画変更してます。
のこり3両は追々…


下地にクールホワイトを薄く塗り塗り。


塗り順は迷いましたが、帯の幅が不揃いになるのを恐れて帯→シルバーで。
6000系を最初塗った時も伊豆箱根のときもマステの繊維に苦しんで塗り直しするはめになったので、
必殺アルミステッカーで対処しました。今回は205系の帯を応用しました。
綺麗なカッターマットに3~4回貼って剥がしてを繰り返して幾分粘着力を落としてから使います。


アルミ色はモデルカステンのクラシックシルバーにMr.のクールホワイトを4:1で混ぜたもの。
今回は新造当時の初々しい感じを出そうと思って、ほんの微量の原色青を隠し味に入れてあります。


めくりの儀を済ませた図。
この状態だとよくわかりますが、前面の尾灯はロストパーツと外板の継ぎ目をサーフェイサーで
丹念に埋めました。京成3500の時はスルーしちゃいましたが、今回は頑張ってみた。
点灯化はできないけどこのパーツはかっこよくて好き。


2022.08

SUS部をダークステンレスシルバー・客窓の枠をMr.35番(明灰白色)で塗り分けた図。
このへんの塗り分けも適宜アルミ箔ステッカーを使っていますが、
一か所塗膜が負けて剥がれてしまいタッチアップも失敗。
1両丸々塗り直したりもしています。

こういうこともあるので調色する時は絶対多めに練って
カラの瓶にストックしておくようにしています。


前面周りのアングル材を直したのはこの感じを出したかったため。
でも完璧な仕上がりとは言えない。


幌を付けて束の間ニマニマする。


尾灯はゾルでマスクしてアルミ色を残しました。


Twitterに書いた通り、久々の色差しに四苦八苦して仕上げたHゴム。
こんなに難しかったっけ…
今回はSUS部や窓枠の塗り分けもあったので、アルミ色の上には割と分厚く光沢クリアを吹いてあったので
綿棒でこすれば容易くやり直しが効いたのは幸い。

種別幕は赤いステッカーに自家発注インレタの白文字、
方向幕と運番はむかしのBトレ用ステッカーから拾いました。
幌はまだ検討中です。

つづく…
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在来6000を作りたい。蒐集編

2020年12月09日 15時51分46秒 | 相模鉄道
15年くらい前、“相鉄モノ”なんていう中吊り広告があったのを思い出す。
相鉄が公式に販売するグッズの宣伝でした。

今回の6000系製作中にはいろいろな“相鉄モノ”を入手したので、
おまけとしてご紹介したいと思います。いずれもヤフオクで入手しました。


あまぎキットの仕掛品が出ていたので買ってしまった。
とてもきれいに組み立ててあるので、あまりこねくり回さずに仕上げるのが無難か。


H13年当時、とんでもなくわくわくしたパッケージ。
保育社の私鉄の車両シリーズで3010系の存在を知ったときの衝撃がよみがえる。
こうして並ぶと角目の6000が俄然精悍に見えてきますね。


存在は知っていたが、まさか入手できるとは思ってなかった文鎮。
6000が駆け出しのころはまだ100両未満だったのですね。
それでも狭隘な星川工場でよく面倒見切れたものだと思います。


反対側。
切妻、戸袋窓なし、電制無し...と同世代の他社車両と比べるとやや地味な仕様ながら、
全車冷改を受けて長生きしたのはその実用性ゆえだったのでしょうね。
派手さはないけど天寿を全うしたようなこういう車両が大好きです。
隣の線路を走った185などもそんな雰囲気がありますね。


偶然ですが、今回製作したのと同じモハ6014+クハ6514です。
ベースに10月1日と刻印がありますが、その直前の9月25日付けで
計10両(モハ6103~モハ6108=中間車6両・モハ6013~6014、
クハ6513~6514)が納入されており、これを以って100両突破
ということなのでしょう。
今回のプロトタイプ選定理由は単に資料写真が集まったからなのですが、
意外な節目となる車両だったようです。

余談ながら、翌39年は初登場のサハ6600を含む中間車のみが増備されており、
先頭車は40年10月まで丸2年ブランクが空きます。
41年~42年にも同じ構図が見られますが、この間中間車は続々と
増備されており、長編成化を進めていたことが伝わってきます。


ひとつ上で案外精密な足回りに目をとられるものの、
車体は素朴そのものの仕上がり('∀`)


屋根布を模したザラザラ表現など、部分的に凝っていて面白い。
ベンチレータはもちろん初期タイプの角型です。
見逃しがちですが、パンタもPS13ではなくK100を模しているように見えます。


側面種別幕。
詳しくありませんが、たぶん6000(3010)~新7000まで共用していたのでは。
本当はこれを活かして模型にも正確な幕を入れようと考えていましたが、
コンペの締切に間に合わなくなるのでいったんペンディングとしてあります。


いずみ中央が入っていて快速が入っていないので、
自ずとH2~H11の間に用いられていたものとわかる。
ご存じのとおりこの時代はいずみ野線系統=青地種別幕でした。
新7000の末期に見られた線名表記の種別幕はこれを彷彿させて
面白かったですね。


再び幕。これは横寸が大きい8000・9000初期車用です。
7000までの穴検知式に対してバーコード式になっているのがわかります。


留置時に表示する機会が多いからでしょう、ここだけ特に色焼けしています。
車体修理前のOER5200の急行幕がよくこんな色になっていたのを思い出す。
それだけ急行で走ることが多かったということなのでしょう。

下に見覚えのない白抜き文字の各停なども見えますが、それ以上に...


日の目を見なかった種別、通快!
5000の引退イベントで表示しているのを見て幕そのものの存在は知っていましたが、
8000用を見るのは初めてです。
しかし、更に衝撃的だったのが、



ゑ~~~
6000に準急幕があったのは知っていましたが(かしわ台の保存車の写真で
たまに見かけますね)、平成生まれの車にも入っていたとは!
S39年に消滅した種別なので、そもそも6000にさえ入っているのが
驚き(種別幕を装備したのはたしかS44年以降)なのですが...
いつか復活する可能性も視野に入れていたんでしょうかねえ。


ちなみにH5年11月製なので、竣工日ベースで行くならば
H6年3月納入の8708×10(現在はフルカラーLED化)のものと思われます。
8000系5次車にあたるこの編成は相鉄で最後に方向幕を装備して新造された車で、
翌H7年の6次車(9000系2次車)からLED表示が採用されています。


8000系は方向幕もセットでした。
これは竣工当時のものではなく、湘南台開業を控えて新調されたもの。
湘南台だけ微妙に太字なのが特徴的です。
他の行先が黒地になったのでわかりにくいですが、
前述のいずみ野線系統=青地を律儀に踏襲しているのが面白いところです。


8000系の準急表示も見てみたかったものです。

なお、このパスネットは相鉄に関する古本を買った際に、前オーナーが栞代わりに挟んでいたと思しきもの。
3000円が9000系で5000円が10000系でしたね。
その前にはぽけっとカードっていうのもありましたね。


番外編。
小林信夫氏によるGMキットのボックスアートに唯一相鉄が登場した事例。
飛行機ってことは厚木基地=相模大塚界隈のイメージ?


風景的に高度成長期も半ば以降の雰囲気なだけに、
5000系がちゃんと後年...各種資料を見る限りS40年代以降に見られるPS13になっているのが素晴らしい。

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在来6000を作りたい。竣工編

2020年11月21日 00時59分30秒 | 相模鉄道


久々に着工から竣工までコンスタントにブログを書いた気がするな...
というわけで竣工編です。
海老名方Tcのジャンパ栓のみφ0.3の穴をあけてφ0.2の真鍮線でケーブルを付けました。
このジャラジャラ感が昔の相鉄ですね。
探せばゴムホース的なより良い素材がありそうな気がする。


ケーブル取り付け前の様子。
ちなみにグレーのジャンパ栓は、
この向きだと本来逆側(車掌台側)に付きます。
ケーブルと干渉しまくるのでおかしいなーとは思ったのですが...(^^;)
傾いているのも含め要手直しといったところでしょうか。
本体はGMの201系胴受けにモールドされているパーツに、
真鍮線で作った取り付けピンに割ピンを引っ掛けて白く塗って碍子としました。
B表記は本来赤文字のはずですが、ちょっと変化がつくかと思い入れてみました。

エアホースはレールクラフト阿波座のを初めて使ってみましたが、
とても好ましい雰囲気でおすすめです。プラ材で台座を作って
差し込むと安定します。
今回珍しく先頭にTNカプラーを用いていますが、幌が当たって連結できません。だめじゃん...


横浜方Mc。こっちはもろもろ正しい配置です。
とかくアルミ試作車6021ばかりがフォーカスされがちなので、
敢えてプレーンな鋼製Mcを作ってみたかった。


ジャンパケーブル取り付け前ですが、少しでも粗が目立ちにくい角度でw

方向幕は懐かしのあまぎモデリングイデア製キットよりデカールを流用。
プラ板に貼り、上からハセガワの透明両面粘着シート+塩ビシートを重ねたものを
はめ込みました。
前面ガラスの塩ビともども断面をマッキーで黒く塗りつぶして反射を抑えるのがポイントです。

車掌台側の表示類は種別が鳳の西武旧101用種別板、運番がGMの古い京急用ステッカーから
拾ったもので、どちらも一度黒いステッカーに貼った後、縁取りが残るように切り出したものです。
ベースは安直にイエローサブマリンの灰色のプラペーパーで、
ある程度窓の輪郭に沿った大きさに切り出したのち、塩ビはめ込みガラスの特権を生かして
ガラスの内側ギリギリまで寄せて接着してあります。
このへん、けっこう力技で乗り切った感があります。


第二の顔である妻面。
違和感を覚えた方は鋭い。
完成後しばらくして気づいたのですが、妻窓はもう少し中央寄りです。
貫通路の両脇が変に間延びしている分、側板とのコーナーが狭く何とも言えず似てない...
資料写真はそれなりにあったはずなのに、まったく気づかず作ってしまいました。
さらに言えば貫通路自体800mm相当の旧国用幌枠を使っていますが、
後になってもう少し狭い気がして調べたら実車は750mmでした。
仕上げの面でもここをこうすれば良かったという箇所は多々...
それなりに苦労して作ったので、いざ判明して残念に思わないといったら嘘になります。

ただ、今回はそれで良かったのだとも思います。
これを予め全部クリアしようとすると竣工は到底おぼつかなかったのは
想像に難くありません(なにせ12年も着工できずにいた実績がある)
冷静に思い出してみると今回のテーマは「とりあえず今できるベストでいいから作る」であって、
その意味ではきちんと完成した時点で目標を達成できたと思います。
今回作ってみてわかったもろもろ、を反映してより良い相鉄6000系ないしは3010系を
増備したい所存。...この顔はいくらいてもいい!
作りかけが工作机にのってるのを眺めるだけで幸せになれる、好ましいスタイルです。


ちょいちょい完成間近のころの写真が混じり、種別幕に文字が入っていなかったりしますが...

車番は好適なサイズの文字を探した結果、トレジャーのTKK旧3000シリーズ用を使ってみました。
若干厚みのあるインレタとのことで、確かに切り抜き文字の感じが少し表現できたと思います。
前面はサイズの都合上GMの小田急用から拾いました。

裾の引き通し管はφ0.4のアルミパイプで、トレジャーの配管止めを車体裾に植えて保持しています。
抵抗器のメッシュは元のモールドが大味なので、富士川のクーラー貼付用メッシュステッカーを
添えてみました。


引き通し管は2段になる箇所もあるのですが、見え方も考えて多少アレンジしました。
それでもなお、若干大げさになってしまった感が否めず...このあたりは次回改善したいと思います。

C-1000コンプは西多摩の3Dパーツを使う気満々でしたが、動力ユニットを組み込む車に
付けられないと判明して意気消沈。
工作中に破損してしまったことも相まって、動力車は種車のレリーフを流用、
Mcは手持ちのモリタ製を取り付けて一旦竣工としました。
応荷重装置もゴリゴリに作りこむつもりがその余裕がなくなってしまいました。
黒で塗りつぶしたのもわざとらしくなってしまい、反省点。


反省点続きで気が滅入るので、お気に入り箇所を。
モヤ700を除けばつい先日の新7000系全廃を以って姿を消したと思われる黄緑の空制表示灯。
駅で乗り込むときに煌々と灯る不思議な色のランプは必ず再現したいと思っていました。

幸いなことにトレジャーから側灯用のクリアパーツが発売されているので、
これを調合したエナメル塗料で彩色してはめ込むだけです。
光に反射したとき、上記の印象がよみがえってきます。よき。


側灯も。
実際にはもっと暗い色のほうが実感的なのでしょうが、
模型的な見栄えも期待してこういう感じにした。


深緑と屋根布の境目を塗り分けるにあたっては、マスキングテープを帯状に切って
配管をくぐらせたのち、配管だけゾルでカバーする工法を採りました。
かつてはテープに切り込みを入れて配管をくるんでみたり色々やりましたが、
今回のように高さがある場合は平面と立体を分けてマスクしたほうが綺麗に仕上がります。


一番時間がかかったヒューズボックスの脚も、60点くらいにはなったかな?
一番悔しいのは、割ピンで碍子を再現したのに白を差したら案外汚くて
止む無く全体をグレーで塗りつぶしたこと。
改良には少々工夫が必要そうですが、一台当たり8個もひしめく碍子は
とても特徴的なので、次回は再現したい。
それにしても相鉄を作ろうとすると大体どれもこのヒューズ台座を使っていて
1両当たり2個装備が多数派なので、骨の折れることこの上ない...

上に乗る箱はプラペーパーを枠状に組んだもので、
きちんとした長方形になるよう注意しました。
の割に台の板がやや歪んでいてお恥ずかしい...


平べったい屋上を引き締める誘導無線アンテナ。
送信側はKATOの京急2100用です。
色々比べましたが、サイズが最も好適で
軟質プラなので強度もまずまずです。
プラペーパーで台座を設けてから載せました。

受信側は製品のモールドが逆向き(個体差があるのか...?)なので、
ランナー引き延ばし線やプラ材を駆使して自作しました。
配管はM車の母線より一回り細く見えるので、φ0.3のアルミパイプに
φ0.1の真鍮線(インフィニモデル製)を差し込んでみました。

...とこのように竣工した相鉄6000。
今月発売のTMS2020年12月号で発表があったとおり、
TMSコンペで入選に滑り込ませていただきました。
反省点は多々あれど、長年の夢をカタチにしたものが
晴れがましいことになり、喜びもひとしお。
めったに作例を見ないけど個人的には思い入れたっぷりの
相鉄電車で誌面を飾り、他地方の車両と共演できたのもうれしいです。

いつかはほほえみ号を...と大風呂敷を広げて締めくくりたいと思います。
(待てど暮らせどマイクロエースから出ないのは、やっぱり絵柄の著作権関係?)
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在来6000を作りたい。塗装編

2020年10月10日 13時08分09秒 | 相模鉄道

2020-08

パンタ周りを仕上げて塗装に取り掛かったのが8月の半ばくらいでした。
ここからも苦難の道が...。
まずは表面状態の確認と発色用下地を兼ねて、いつものように
Mr.カラーのGX-1(クールホワイト)を軽く吹き付け。
車体のコーナー等は事前に仕上がりを確認していたので、大きな修正は不要でしたが、
コーナー整形にあたって削った雨樋端部の溢れ留めは塗装直前にプラ材で付け直したので
若干修正を要しました。


ジャンパ栓はランナーに付いたままウレタンに差し込んで塗ると楽です。
後ろに見えるのはヒューズ固定用のピン。先端の丸いかたまりがカラー瞬着パテです。


続いて若草色を。
下記のような史実は踏まえつつ、模型としての見栄えや好みも反映して
Mr.カラーの26(ダックエッググリーン)と64(ルマングリーン)を6:1で調合しました。
恐らく新塗装化当時のイメージよりは少し鮮やかめです。

実車は様々な資料を総合するとS56年に東急で更新したモハ6008以降、
塗料が変更(フタル酸樹脂→ポリウレタン樹脂?)された際にやや色調が鮮やかに変わった模様で、
客扉を金押さえ窓のタイプへ交換したことでドアだけ鮮やかになっている様子なども記録されています(S61年保育社刊 私鉄の車両20など)
変更前の若草色はかなり淡い色合いで、マイクロエースや鉄コレの製品塗装よりは白っぽいです。
個人的な印象としてはカツミの完成品(6000・新6000)が塗装変更当初の淡い色調に近いように見えます。


続いて独特なオデコ周りも含めてマスキングしていきますが、
結果から言うと塗り分け線がスッキリせず、一旦塗装を剥がして塗り直した際には違う方法で
マスキングしました。
最初に試みたのはタミヤのマスキングテープを使い、彫刻刀でRを切り出す方法。
これはこれで悪くなかったですが、やや面倒でした。


一旦塗り上がった図。
しばらくタッチアップを繰り返したのですが、裾のオレンジに見て取れるように塗り分け線が
スッキリせず、側灯周りに塗り分け線の乱れもあったので潔くすべて塗り直しました。

なお、塗料は幕板がGM13番(緑2号)をストレートに、裾がGM3番(黄かん色)+Mr.カラー79(シャインレッド)で
調合したもので、これは塗り直しの際も踏襲しました。
人によっては深緑・橙ともにもう少し黄色味があっても良いと感じると思いますが、
実車の塗料変更前の写真に時折見られるややコントラストがキツメの印象を再現すべく上記のようなセレクトとなりました。
A君の相鉄とB君の相鉄は色が違って当然...といったところでしょうか。
そもそも若草色の相鉄を作る人が複数居るのか疑問ですがw


二度目は作業性の向上を図ってマスキングテープ貼り付け用の治具を作りました。


こんな感じで使います。
最初に治具の上辺に合わせて左に見える小さなテープ片を貼り、
そこに隙間なくテープを貼り合わせます。これで高さが決まるので、あとは
治具を添えながら左から右へ密着させていく手順です。
もっといい方法があるとは思いますが、少なくともテープを引っ張りながら貼るよりは格段に
ラクに高さが揃いました。
などとドヤ顔で申しておりますが、過去のとれいん誌で敏腕モデラー氏が書いていたアイデアの真似っこです。

前後しますが塗り分けに使うテープもGMの古いエコノミーキットに入っている
アルミ箔素材ステッカーとしました。中学生の昔から多用しているアイデアながら、
徐々にフィルムステッカーに押されて珍しくなってきており、代わりの方法が必要になってきました。

そのままだと当然糊が強すぎるので、綺麗なカッターマットに2~3回貼って剥がしてを繰り返し
粘着を弱めてから使いました。


一回目でラインが乱れがちだった側灯周りはそもそも台座が厚すぎたのも一因と考え、
薄く削り込みました。
それによってこの程度の切れ込みでテープを追従させられるようになりました。

クツズリもやや出っ張り過ぎ(さながら晩年のOER中型車のごとく)なので、薄く削り込みました。
塗り直しは中々気が滅入るものですが、転んでもタダでは起きぬ...とばかりに当初見送った
加工をこの機会にやってみた次第です。


オデコの塗り分けも一計を案じ、近いRの印刷がされたステッカーを用いれば楽ができる...という
ことで物色した結果、営団8000の前面表示幕に白羽の矢が立ちました。


フリーハンドで切り出すのはリスキーなので、瞬着硬化スプレーのフタを治具にしてカットしました。
一度目に塗った時もこのフタを使って切っていました。
画像では撮影のためわざとずらしていますが、当然印刷の輪郭に合わせてフタを添えます。


左右の急行灯の縁を目安に幅を決め、端部のRはマスキングゾルを塗布→フリーハンドでカットしました。
彫刻刀でテープをカットする方法とどちらが良いかは微妙なところですが、
体感的にはゾルのほうが楽に感じました。
当然100%仕上がりが揃うことはあり得ないので、
最終的にタッチアップで印象を整えることになりました。

今回は時間や環境の制約からあきらめましたが、
Twitterで市販のシール紙にパターンを印刷しては...とのアドバイスをもらいましたので、
今後はもう少し楽をしようと思います。



塗り直し。
塗り分け線はスッキリしましたが、今度はオデコの深緑が浅すぎて違和感。
Rがおかしいというよりは、そもそものテープ位置が高すぎた。
仕方がないので泣きながらも慎重にタッチアップして印象を整えました。


オデコの修正も済ませ、今度こそ塗りあがり。
遠回りにはなりましたが、一回目より格段に塗り分け線がスッキリしました。
塗り直してよかった...!


なお、このあとの仕上げは無我夢中でほとんど記録に残せませんでした。
机の上の散らかり具合を晒すことでその混沌ぶりをお伝えしたいと思います。


それでも作るキャブインテリア。
ブレーキハンドルが太すぎてロールケーキのようです。
計器類は以前白を色差ししていましたが、今回はドリルでさらってみました。
プラ材の白が出るので案外それっぽいのでは感。ここへ更に白を差せばより完璧か。

次は完成編...の予定。
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在来6000を作りたい。その5(屋上編)

2020年10月08日 15時51分26秒 | 相模鉄道

いきなりですが模型は無事に完成しました。
製作の進展を随時Twitterで載せていましたが、文字数の関係もあるので
同じ画像(一部新規画像も交えつつ)で詳しく補足していきます。
今日は屋上を中心に振り返ってみたいと思います。


2020-06

製品は冷改車なので、クーラーの取り付け穴埋め込みや脇のランボードを削除してから
配管工作に取り掛かりました。

母線は例によってφ0.4のアルミパイプを用いました。
以前にも書いたかもしれませんが、ボークスで買える
アルビオンアロイ製です。
空気配管はφ0.2の真鍮線です。
意外と高さのある脚に載っているので、トレジャーの配管止めを使いました。
割ピンと台座が一体になったエッチングパーツで、
板材ゆえ台座のボリュームがやや物足りないものの作業性抜群のおすすめパーツです。



配管のレイアウトは各種資料を基に概ね正確なものになったと思います。
今回の時代設定(新塗装化直後=S49年)ならばほとんど原型ですが、
後年(S50年代以降?)空気配管が1本増設されていたり個体差も
多々見受けられ、製作にあたっては車番と時代をよく研究する必要がありそうです。

妻面は母線の下に空気配管が潜り込むので、柔軟性に優れたリード線で固定しています。


2020-08
パンタ周りには思いのほか時間がかかり、1か月半ほど後の様子。
理由としては
1.ヒューズと避雷器の製作に四苦八苦したこと
2.パンタ脇のランボードも修正を要し、一度引いた配管を外す必要があったこと
3.パンタ台の構成に検討を要したこと
が主なところです。
1と3については後述しますので、ランボードについて。

当初はモールドを活かそうと考えていたのですが、資料が集まるにつれて
厚みのあるタイプと、薄くてゲタを履いたタイプの2種類存在することがわかりました。
モールドはどちらに見立てても中途半端な厚みなので、削って付け直すことにしました。
画像はゲタを履いたタイプで、脚のみ接着した図。
塗り残しが出にくいこの状態で塗装し、仕上げ段階でt0.2の洋白帯材による歩み板を
載せる工法にしました。
脚はGM国電101系キットのランボードを幅を詰めて薄くスライスしたものですが、
厚すぎなければ何でもいいと思います。歩み板が水平に乗るよう頭を平らに均しておきます。


雨樋とランボードの間隔の寸法に切り出し、脚の間隔をシャーペンで記したステッカーを
治具として用いつつ、脚を接着している図。
屋根のような曲面上に罫書くのが苦手なので多用している工法です。
当然のことながらステッカーを貼ってない側からごく少量の流し込みタイプで仮止めをして、
ステッカーを剥がした後に全体へ流し込みタイプをしみ込ませて本固定とします。


いきなりですが歩み板を載せた完成後の様子。
ゲタ履きタイプは歩み板がベンチレーター等と似た明るいグレーで塗り分けられていた模様です。


厚みがあるタイプはGMのランボードの幅をやや詰めて使用しました。
深い屋根Rに対応できるよう傾斜がきつめなので、これもカッターで調整してあります。


完成後の様子。
こちらのタイプは屋根と同じ絶縁材が貼られているのか、周囲と同じ色だったようです。

なお、このランボードの仕様差は概ねS39年製造分を境に変更されているようで、
初期タイプがゲタ履き、後期タイプが厚みのあるタイプです。
今回のプロトタイプはモハ6014(S38製)+サハ6614(S42製)+モハ6114(S41製)+クハ6514(S38製)という
編成で、各種資料よりS38製造の6014はゲタ履きタイプ、S41製造の6114は厚みのあるタイプ
なのが確認できています。
色々資料を見ると少なくともS40製造の6112は既にこのタイプに切り替わっていましたが、
正確な切り替え時期は今後も要研究といったところです。


パンタ台はレール方向に長いタイプだったようです。
使うパーツにはずいぶん迷いましたが、最終的にボナのP-132(パンタ台座B)と
P-137(AU712クーラー台座103系用:プラ切削パーツ)を組み合わせて作りました。
P-132はおそらく京王2010あたりの4本足で浮いているパンタ台を再現するパーツですが、
試しに足を曲げてみたところ強度的にかなり心許なく、微量のハンダを流して補強する
作戦もうまくいかなかったので、上面のみ使うことにしました。
台座は屋根板のRに密着させるうえで好適なものを探した結果、
手持ちのP-137(よくたまたま持っていたなと)が好適だった次第です。

AU712クーラー台座にはP-141(113系用)もありますが、切り出す向きの都合で
サイズが合わないため、この用途には103系用が適しています。
パンタ台も屋根布とは色が違うので、予め別塗りした後、配管の色差し等がすべて終わってから取り付けました。


ヒューズと避雷器が今回の工作上最も苦労したところです。
ご覧の通り下に配管を通すために高く持ち上げられており、華奢な脚を再現する必要があります。
とはいえ触った途端に壊れるようでは困るので、強度を考慮すると自ずと金属素材が
前提となり、今回はKSモデルのt0.15mm幅0.4mmの洋白帯材を材料にしました。

ご覧の通り、脚と台座、脚と屋根板はφ0.2mmの真鍮線によるピンを通して固定してあり、
一定の取付強度を確保しました。
ピンには予めハンダメッキをしておき、脚と、碍子に見立てた割ピン(輪っか状のもの)
を通した状態でコテをあててハンダを溶かして固着させたのち、プラ材で組み立てた
ヒューズ本体を差し込み固定+瞬着補強しました。
脚と屋根板を貫通させるピンの頭にはカラー瞬着パテを盛り、
表面張力で丸まった様子がボルトの頭に見えるよう工夫しました。

避雷器は種車のものに、前述の要領で碍子表現を加えた上で流用しました。


脚の材料となる洋白帯材は、
ハンダで数本分を仮止めしてからまとめて折り曲げガイド彫り、ポンチ打ち、穴あけを行いました。


幅0.4mmにφ0.25mmなので数字の上では0.15mm余裕がありますが、
幅の中心に開けることを考えると片側あたり0.075mmしか余裕がない事になり、ボツの嵐。
6月半ばから7月いっぱいの間、ずっと改良してはやり直しの繰り返しでした。
個人的な感覚からすると、最初の画像のようにたくさんまとめすぎると
曲げの精度が怪しくなりがちで、2~4本程度にとどめたほうが結果的には早く終わりました。

穴開け後はハンダゴテを軽く当てると仮止めしたハンダが溶けて
勝手に分解してくれます。


ヒューズに入るV字状の部材はこのようにプラ材でかさ上げしてあります。

この画像を撮った段階では脚とヒューズ本体を瞬着で芋付けしていましたが、
さすがに強度的に無理があり、前述したピンを貫通させる構造に変更しました。


クハ6514の誘導無線アンテナ(送信側)は、KATOの京急2100用を使いました。
プラ材で台座を設けて穴を開けておき、車体塗装後に取り付けています。
受信側は今回のプロトタイプと種車製品で向きが逆だったので、
プラ材とランナー引き伸ばし線で自作して交換しました。

配管は母線よりやや細いφ0.3のアルミパイプで、中から出てくる細い線は
インフィニモデルのφ0.1真鍮線です。送信側アンテナへの引き込みは
二手に分かれるよう根本を半田で固めてあります。


受信側は単なる筒状ではなく長円状なので、カラー瞬着パテで適宜整形してあります。


ベンチレータはガーランド型を真四角にしたような独特の形状で、
当初より3Dモデリングを前提に考えていました。
すっかり広まったデザインスパークで設計→DMMの出力サービスを
利用したものです。
レール方向に延びる4本の足に載った形状なので、はじめは
そのまま出力しましたが、ベンチレータ本体の積層痕に
ペーパー掛けする際に邪魔なことと、そもそも強度的に
無理があり折損が相次いだことから、これはボツにしました。


脚が収まる凹みをベンチレータ本体に設けておき、
脚自体はエバグリのプラ材で別添えする構造に落ち着きました。

重厚感アップと、上からグレーを塗っても通風孔の凹みに
影が残ることを期待してウルトラモードの黒着色で出力したものですが、
積層痕がやや目立ち、結果的にこれも使用しませんでした。


設計はそのままにエクストリームモードで出力したものが決定版になりました。
ただし、ご存知のようにエクストリームモードは先日サービスが終了してしまっており、
多少多めに出力はしておいたものの、今後は要検討となりそうです。

エクストリームモードでも積層痕は出ますので、
#400→#600→#1000の順でウェーブのスティック紙やすり(ソフトタイプ)を当て、
各部のエッジを崩さないよう注意しながら平滑に仕上げていきました。


なお、ランボードの形態差と同じくらいのタイミングでベンチレータにも形態差が生まれています。
真四角なタイプは初期型に多く用いられ、今回はS38製の先頭車2両がこれに当たります。
後期型は一般的なガラベンに2本の足を生やしたような見た目で、
通風孔のディテールを揃えるためにこれも3Dモデリングにて用意しました。
後期型のみで構成された編成を作るなら市販のガラベン加工でもいいかもしれません。


未だに3D出力品の洗浄ノウハウが未確立ながら、あるお店から教わった
ガイアのレジンウォッシュによる洗浄で今のところ不都合なく上塗りできています。

脚はエバグリのt0.25×幅0.5のプラ帯材を短く切ったもので、クレオスの紫キャップを
流し込んだのち、隠れる部分に微量の液状瞬着を流して固めてあります。


1基あたり8コを延々と繰り返します...
後期型(1基あたり4コ)を交えた編成にして良かった...

塗装編につづく。
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