小田急中心の模型のブログ

Nゲージで私鉄電車を楽しむブログです。
旧小田急中心の模型のページ(2003~2014)の製作記も再掲載しています。

路地裏の超特急製作記 その2(ディテール・塗装編)

2022年01月25日 22時47分20秒 | 京浜急行
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年も細々と続けていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。


2021-09

205系の製作を挟み、久しぶりの京浜急行です。
といっても作業の続きは昨年の初秋に遡り、パンタ周りの配管です。
母線はやや細身に見えるのでアルビオンアロイのφ0.33アルミパイプ、
他はφ0.2の真鍮線を用いました。
KHKは配管が妻面に下りないパターンが多く工作は楽ですが、
今回のように合いの良い屋根板の場合は屋根板の固定順序に迷いが生じます。
今回は屋根の合いを活かすかたちで別塗り→塗装後に合体させて配管端部に赤を筆塗りする方法にしました。
従ってこの段階では妻面上部の配管は仮に刺してあるだけです。

配管止めはトレジャー、パンタ台はボナのP-145の左右を少し詰めたものです。
後者はホワイトメタルパーツにありがちな断面方向の粗が皆無に等しく、
ほぼ表面処理(※下地処理に非ず)不要にて使えるので便利です。
若干調整不足で配管と干渉している個所がありますが、適当にうまいことやっときます(実はこんなのばっかり)

上のパンタはTOMIXの0250(PT4212-S)の下半分と0252(PT42FN)の上半分を合成した不経済仕様。
前回記事の最後で触れたTMS401号の実車資料を見るとベンチレータはパンタの下で一段低くなって
続いているのがわかるので、t0.5プラ板の肩を斜めにヤスったもので再現しておきました。


母線が二段になっている部分はボナの割ピンセットで留めてあります。
中からヒューズにつながる細い線はインフィニモデルのφ0.1真鍮線です。


配管止めが恥ずかしい感じになっちゃってますが。
妻面への引き込み部はこんな感じで。
この手の三次元的な曲げはアルミパイプの柔軟性が大いに助けとなります。


2021-12

一気に時間が進んで2両分の配管完成の図。
ディテール工作は割と楽しい場面が多いですが、
ぼくの場合配管はどうにも億劫な作業の上位にランクインします。
手を付けちゃえば早いんですが…


2022.01

主なディテール作業は終わり、年明け。
と思いきや、なんかおっぱじめました。

まず種別・方向幕窓のHゴム。
これは当初から気になっていた部分で、
模型では凸モールドとなっているHゴムを
実車同様に外板ツライチに加工しています。
回りくどい言い方をすると、外板をプレスで一段凹ませたところに
Hゴムを巡らせてあるのを再現したわけです。
製品状態だとHゴムモールドの影が前面窓上辺に落ちることで
間にある細い柱が目立たないので、これを改良したかったのです。

具体的な方法はずいぶん考えましたが、結局虫ピンで直彫りという力技でねじ伏せました。
量産に不向きなのはもちろん、たった4か所の仕上がりさえ不揃いになることうけ合いの荒業です。
もし失敗してもこの一帯をプラ材で再構築すればいいや、くらいの思い切りで
手を付けたら案外なんとかなりました。
Hゴムモールドの外周に対し、やや鋭角にピンを構えて少しずつ彫り込んで行きました。
水平→垂直→Rの順に彫り、適宜カッターで整形するのはお察しの通りです。
一通り削った後、Hゴムにあたる部分のエッジに軽くカッターをカンナ掛けして
丸みを出すとよりHゴム感が出ます。

もう一つは、腰の標識灯。
個人的に元のモールドがやや大きいように感じたので、
KATOのデハ230から削ぎ取ったものに交換しました。
白帯との位置関係がとても大事なので、ご覧のように
側面から1mm幅のテープを回した状態で位置決めをおこないます。
接着は微量のタミヤセメント白キャップで仮止め後、
クレオスの紫キャップで周囲を固め、念のため液状瞬着を
目立たない下辺からごく微量浸み込ませてあります。
年末記事で挙げた大師線セットには手を付けず、
ジャンクでデハ268を買ったりボディのASSYを買い足したりしてまかないました。
結果的に1粒当たり1000円くらいする標識灯になりました('Д`;)タケー


Hゴム加工、どうにか2両とも完了の図。
ちょっとぎこちない仕上がりですが、これが限界でした。
お察しの通り割と直線を出すのが難しく、ちょこちょこ
瞬着パテで修正してあります。
あと、一通り彫り終わったらごく微量の紫キャップセメントを浸み込ませると
細かなササクレが溶けて見た目がスッキリします。一歩間違えるとHゴムごと全部溶けるので慎重に…。

ちなみにこの段階ではコーナーのステップがキットの位置のまま別体化してありますが、
のちのち調べてみると東急製は最上段の位置がやや異なるため修正が必要です。
ぼくは白を塗ったところで気づいて直しました。
だいたいHゴム周囲の溝の上辺延長線上くらいに来るのが正解っぽいです。


ひとつ上の画像では品川方の運転台側の標識灯がちょっと外に寄りすぎてましたので、修正しました。
数字にして0.15~0.2mmくらいの違いかと思いますが、ディテールの密集する前面だけにわりと違和感がありました。
かの有名モデラーいちかわさんもおっしゃっていましたが、一晩置くなり
写真に撮るなりして冷静な目で確かめて次の工程に進みたいものです。

ついでにジャンパを差し込んで完成形をイメージし、モチベーションを養います。
前回記事の時点ではαのKE58を差していましたが、ご存じのとおりホースが折れやすいので
軟質プラ製のKATOパーツに交換しました。
運転台側のはデハ230用、車掌台側のはKE76です。
この段階では運転台側の右端(放送用?)をαにしてますが、あとでKATOに統一しました。
後者は119系とかのKE96のほうが正しいようにも見えますが、
生憎入手難なのでややゴツめなKATOの特性を生かして代用した次第。

いずれもシャープさより強度にウエイトを置いたがための選択で、
見た目だけを考えればαにφ0.25の穴を開けて0.2の真鍮線を差し込むのが望ましいです。
相鉄6000ではそれをやりましたが、今回はその元気がなかったのと
デハ230と表現が統一できるメリットからこうなりました。
楽をしたぶん、蓋表面のパーティングラインはきちんと削ってあります。


塗り始めました。
窓が大きいので、車内も塗りましたよ。
GMの淡緑色1号です。


次にクレオスのGX-1(クールホワイト)を。
ぼくの作る模型はとかく厚塗りな傾向があるので(塗り残しやムラを異様に恐れるのもある)
今回はつとめて塗料をうすく溶き、あっさり塗りをしつこく重ねました。
今まで塗料と薄め液を1:2くらいでやってましたが、最近は1:3くらいにして
一吹きごとに乾かしては6~7回重ね塗りする気の遠くなる工程を踏んでます。
これが正しいのかわからないですが、塗膜の肌はだいぶ綺麗になりました。


マスキングはGMステッカーで。
主な狙いは塗り分け線がシャープになることですが、
こんな風に帯用の印刷に合わせて切ると精度が保ちやすいメリットも。
とはいえ粘着力が高い分塗膜がべろっと持っていかれる危険もあるので万人におすすめできる方法ではないです。
一応、綺麗なカッターマットに3~4回貼って剥がしてを繰り返してから車体に貼っており、
今のところ上記のような悲劇的展開は辿らずに済んでいます。
あとは、車体を中性洗剤で洗ってよくすすぎ、1日以上よく乾燥させる
(100均の書類ケースにハンカチを敷いて車体を並べ、コピー用紙を被せておくとホコリ除けになります)
のはいつも以上に重要になると思います。


めくりの儀。

上塗りするバーミリオンはかねてより言っていた朱色っぽい色調を目指して工夫しました。
試行錯誤の結果、GM29番(旧京急バーミリオン)とMr.の79番(シャインレッド)を
1:1くらい(様子を見ながらシャインレッドをもうちょい足したかな?)で調合して、
最後に微量の白で調整しました。

白の上に直で赤を載せると明るすぎる…というのが定説な感があり、
実際ぼくも以前500形を塗った時には近鉄マルーンで下塗りしてからバーミリオンを
上塗りしました。
ただし、これは昭和30年代前半当時のバーミリオンが後年より暗かった説があったことも影響しての選択。
今回の時代設定である昭和50年代の各種資料…特に、ぼくが好きな保育社の私鉄の車両シリーズの
写真を見る限り、それ以前やそれ以降と比べて比較的明るい色調なイメージを持ちました。
そこで、今回は敢えて白の上から直接バーミリオンを重ねました。

結果的に色調は納得のいく仕上がりとなりましたが、塗膜はやや厚くなってしまった印象。
これはGM29番の隠ぺい力がさほど高くないところに起因する感があり、
次に塗るならMrのハーマンレッドあたりで下地を作ってから塗り重ねるともっと薄くできるかなーと思いました。


往年のGMカタログにおける名文句、「A君B君の小田急」ではないですが
個性ある色選びは個人作品の醍醐味だと思います。
個人的には二作目以降の再現性を考えるとなるべく調合を避けて通りたいと考えるほうですが、
今回は自分の好きな色を練って良かったと思います。
以前言ったように京浜急行は凄腕モデラーがひしめいていて、
いまさらド定番車種の1000形を作ってもどこかで見た何かにしかならない気がしていましたが、
いざ塗ってみるとたぶんこんな色の京浜急行を作る人はあまりいないだろうなあという
得も言われぬ自己満足が感じられます。
同時に、なんでもかんでも唯一無二の正解があるように思いがちな昨今において
少しばかり好き勝手できる解放感が味わえた工程でもありました。


その流れだからというわけではないのですが…
どうしようかと考えあぐねていた集中クーラーも自分なりの印象を詰め込む方向で。
ニワカ知識しかありませんが、キットに入っているのはCU71-DNというタイプのようで
今回作ろうとしている時代設定のCU71-Bとは上面の位置関係が若干違うように見えます。
いちばんわかりやすいのはBのほうが端部の空白部分が長い点ですが、
側面窓との位置関係で見ると全長そのものは同じように見えるので、端部を継ぎ足すわけにもいかなそうです。

と考えたところでだいぶ嫌になってきたので、割り切って目に付く上面手すりだけ
浮かせるに留め、後々良いパーツが出てきたら交換することにしました。
この手すり本体はφ0.2の真鍮線で、トレジャーの配管止め2に入ってる割ピンで固定してあります。
この割ピンが膨大な個数必要なのもさることながら、実車を見ると
どうやら固定金具の位置が若干不均等な箇所が散見されるため、できる範囲で再現しました。
あとちょっと浮かせたほうがリアルだったかな…。

続いて、所詮はモドキと言えども見せかけの細密感は出るように
側面~妻面のボルトを再現しました。
これはφ0.2の真鍮線を短く切って頭に黒瞬着を盛ったもので、
以前相鉄6000のヒューズ台座のボルト表現に用いたのと同じ工法です。
黒瞬着が表面張力で勝手に丸くなるのを利用した工法ですが、
今回はそれだとちょっと主張が強すぎる…ということで最終的にはヤスリで平らに均してしまいました。


塗り終えた図。
側面のキセ継ぎ目はスジボリだと太くなりすぎると考え、
旧いGMインレタの罫線を転写して再現しました。
ボルトとの位置関係で若干の妥協が見られますが、これまた見せかけだけの細密感は出たと思います。
今のところ手付かずですが、実車は片方の妻面に点検蓋が見えるので、なんとかできないかと思案中です。

また、今回はファンのところを敢えてダークグレーで塗り分けてみました。
順番としては先にダークグレー(Mr.の609番)を塗って、四角いところはテープ、
丸いところはマスキングゾル(少しだけ水で薄めると塗りやすい)でマスクしてから
わざとすごく明るいグレー(Mr.の308番)を塗り重ねるというものです。
これまた好みがわかれそうな仕上がりですが、
この時代の写真を見ると屋上機器はこんな感じに見えることが多い気がします。

欲を出してベンチレータの通風孔も塗り分けてみましたが、こっちは細かすぎてへろへろになっちゃった。
一応これから地道にタッチアップして少しは見られる姿になる予定です。
屋根布は各種書籍を見ると明るい屋上機器とのコントラストが相当はっきりしているので、
前述のMr.609番に黒をかなり足したもので塗ってあります。
このあと艶消しクリアをかけるのでちょっと感じが変わるかもしれませんが、昔の京浜急行感が出てうれしい。


前面もちょっとずつ仕上げ。
方向幕は富士川車輛のステッカーです。
ほんとはクリア後に貼るやつだと思いますが、我慢できなくて貼っちゃった。かっこいい…
四隅の面取りをするときに、面倒でももう一段階面取りしてスムーズなRに仕上げると
見てくれがだいぶ良くなります。
肉眼だと一段階で十分なんだけど、カメラで接写するとけっこう気になるのね。
ステッカーの出来が良いなら、こういうところもちゃんとやりたいなと思った次第。
ツイッターにも書いたけど、この電車の場合行先も顔の一部みたいなところがあると思って
真面目な行先にしました。
白状すると今回も"平和島"行きにしかけたんだけど、あまりにもしっくりこなくて品川行きにしました。

ジャンパホースの根本は写真を参考に塗り分け、渡り板にはトレジャーのインレタで手描き風?の白い車番を入れました。
こんなのまで製品化されてるのかーってくらい何でもござれの京急とか東急、うらやましい。


車番はトレジャーの1500形鋼製車用を並べ替えて使いましたが、
特段の理由はないのでGMの京急用が手に入るならそっちでもいいと思う。
今回はそれが入手できなかったの。

反対側の先頭も海へ行く電車らしい"三浦海岸"行きにして、しばしニヤニヤタイム。
へへっ…かっこいいじゃん…
ちょっと前、NHKのプロフェッショナルで宮崎駿監督がめんどくさいを連発してるシーンが
あったのと同じように、模型作りも大体の場面はめんどくさいんだよねえ。
趣味だけど手を付けるまですげー億劫だもん。
でも、それがじわっと溶けるような瞬間があるからやめられない。


※毛じゃないよ繊維だよ※

側面の車番。
こっちはトレジャーの700用を並べ替えてます。
今回に限らず大体の車番はこうやって台紙のフィルムごと切り出して、
テープの上に一桁ずつ並べては、光にかざして高さとかを微調整するのね。
われながらよーやるわ感。
敢えてこれをやるメリットはどこにもないので、がんばってズバリのインレタを探すか
自家発注したほうが精神衛生上も好ましいかと思われます。


のちほどご紹介しますが、かの名著・私鉄電車のアルバム4巻に
今回のプロトタイプずばりの1341編成の形式写真が載っているので、
これを参考に車番の高さや位置を決めました。
違ってたらメンゴなんですが、たぶんこんなかんじ。
マスキングテープで目印を作って、ある程度位置が揃うように転写しました。
ちなみにこの時は末尾の3がズレたのでやり直しました。一桁ずつ並べるメリットはマジでなんもねえです。


KHKロゴも。


番号が違いますが、転写し終わりの図。
この1342は番号同士が寄りすぎてる気もする。やり直したんだったかな?もはや覚えてない。

あと上に見えてるサボ差しはトレジャーの金属インレタです。
側面表示窓の銀縁と一緒に入っていて、本来塗装前に転写して使うものです。
今回はうっかり忘れたまま塗装を終えてしまったので、後貼りしてプライマー→白→赤を筆塗りして仕上げてあります。
側灯のモールドも削り忘れてたのをあわてて削って後から部分吹きでリタッチしたりまあまあ適当です。


エンド表記もトレジャーの京急700用から。

ひとつ上の画像にあるドアコック?の▽も同じく700形用からですが、
こっちは集中冷房車の同じ車種の中でも位置にバリエーションが見られて混乱。
具体的には私鉄電車のアルバムに出てるデハ1321と、下で紹介する保育社カラーブックスP14のデハ1369で
同じ側面のはずなのに表記の位置が違う。
今回は1321に合わせた位置で転写してあります。


妻面のようす。
検査表記(まだ貼ってない)はトレジャーの京急用に含まれていますが、
銘板は入っていないので、同じくトレジャーのTKK旧3000用から流用しました。
よく見ると2枚とも"東京急行電鉄"だけど、まあ読めないでしょw
もともとエッチングパーツを貼るつもりだったのがうっかり忘れてたがために
インレタ表現と相成りましたが、実車の銘板は国電や小田急と比してごく薄いものだったようなので
図らずも好都合でした。
検査表記はt0.1のプラペーパーを介したほうがリアルかな?
これもほんとなら塗装前にタミヤセメントで付けておけば良いはずのものなのですが…。

…といまのところはここまで。
まだ配管を塗ったりいろいろやることがあるので、クリアコートはしばらくおあずけっぽいです。
足回りもまだ手付かずですが、こっちものんびり丁寧に組み上げたいと思います。

前回3冊ほど参考資料を挙げましたが、その後も
いくつか役立つものがあったのでその紹介をしてみたいと思います。
いずれも古い書籍ですが、つぶさにヤフオク等を見ていると案外よく出品されています。


左から順に

・交友社 私鉄電車のアルバム 第4巻
これは言わずと知れた名著。
第4巻は昭和44年~昭和57年くらいの車両です。
京急1000形は集中冷房車のみこの巻に載っていて、
デハ1321(Mc1)、デハ1252(M2)、デハ1343(M1)、デハ1344(Mc2)の形式写真が載っています。
初版は昭和58年12月印刷とのことなので、当然いずれも更新前の姿です。

この本のすごいところは膨大なバリエーションのどれもが車体から床下機器まで
鮮明に映っていて、写真のサイズも大きいこと。40年近く経っても色あせない
不朽の名作と呼ぶにふさわしいシリーズです。

・ヤマケイ 私鉄ハンドブック第10巻
こっちも有名なシリーズですね。
一見すると当時の空気感を味わうのに好適なグラビアですが、
細かく見ていくと案外ディテール工作の参考になる写真が随所に盛り込まれています。
この京浜急行の巻ならばデハ1289の形式写真や、1000形各タイプの前頭部俯瞰写真などがその最たるものです。
他私鉄でいえば東武の巻で2000系の俯瞰写真でモニタ屋根の幅が異なる部分をちょうど押さえてる写真など、
よくぞ押さえていてくれた!という資料があちこちに載ってます。

ちなみにこのヤマケイ本でも京急のバーミリオンは朱色っぽいかんじに見えます。

・保育社 カラーブックス第14巻
このシリーズは何度も改訂版が出ていますが、ぼくがもっているのは昭和57年4月版。
小さい本ですが、デハ1369とデハ1345(いずれもMc1)の俯瞰写真は今回ベンチレータまわりの工作にあたってとても参考になりました。



・鉄道ピクトリアル 1980年・1988年いずれも9月増刊号 京浜急行電鉄特集
これはつい最近入手したこともあって、まだそんなに資料として読み込んでない。
でもプロトタイプの形態分類とか、その時代の電鉄を包括的に理解する上で
ピク増刊号はやっぱ不可欠だなと感じました。いずれ90年代以降のも読んでみたいな。


最後にちょっと毛色の違うおすすめ書籍。

・TMS No.600 1995年7月号
1000形じゃないけど、16番のかっこいい600形の作例が載っています。
この号はかなり昔から持ってるけど、見るたびに600形が作ってみたくなる。
今だと鉄コレの冷改車から作るのが一番なのかな?
この記事で見逃せないのは、実車への思い入れが伝わる本文と、
緻密の極みともいえる床下機器の工作です。今回直接的に参考にした部分は
ありませんが、案外こういう他形式の読み応えある記事を目にした時ほど
同じ鉄道の別形式を作ってみたくなります、わたしゃ。
7月号~9月号の3号連載のかたちで取り上げられてるので、
なるべく3冊入手するのがおすすめ。
ぼくは最初7月号しかもってなくて、続きが読みたくてジタバタしてました。

・TMS No.662 1999年12月号
これは1000形の作例が載っていますが、No.401の記事と違って分散冷房車です。
従ってこれまた直接的に何かの参考になるというわけではない。
ただ、作品のクオリティが高いうえにこれまた記事からは製作にあたっての
思い入れ→そこからくる独特のこだわり、材料選びの独創性…
一番読んでみたい要素が随所に盛り込まれています。

ぼくはNを中心に作ってるからどこのパーツを使ったか、とかは
読んでもあんまりぴんとこないんだけど、さっき書いたようなところは
スケール問わず共有できる要素ですからね。
大風呂敷を広げるようですが、こんな記事が書けるようになりたいなーと思いました。

最後に、今年やってみたいものを一部…


ふとした閃き。
昭和30年代、日車製、連接車…共通ワードからの連想で寸法を当たったら
福井鉄道200の動力が使えそうだ、と。
もちろん若干の差異はありますが、使えないほどではなさそう。
というわけでこれはやんわり、それっぽいものを丁寧に作るスタンスで仕上げてみたい。

もとはと言えばアオガエルのキットを持ってるから福島交通5000で調べてたんですよ。
ところが全く同じ時代に全く同じ形式を名乗ってた全く別物のほうに強く惹かれた次第。
あまぎの公式にある「温泉行の連接車」って文言もいいよねえ。
一応資料は集めてみましたが、何となくモモとかリンゴを連想させる
かわいい感じの色合いを綺麗に塗れればヨシ!な題材と考えています。


まず資金的に無理なので16番に本格移行はしないですが、
Nでできない(というか車輪の厚みが目立ちすぎる)ネタならば…というのは建前で、
ずいぶん前、ちょっと心が揺れてた時期に偶々手ごろな中古キットを見て買ってしまったもの。
武庫川線にするのか、1両しかないけど甲子園の科学博塗装にするのか…どうなりますことやら。
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