小田急中心の模型のブログ

Nゲージで私鉄電車を楽しむブログです。
旧小田急中心の模型のページ(2003~2014)の製作記も再掲載しています。

路地裏の超特急製作記その3 完結編

2022年02月23日 22時19分16秒 | 京浜急行
Twitterにアップしたとおり、無事竣工しました。
最後のほうは工程写真をあまり撮らずに進めてしまいましたが、
ところどころ完成後の写真でフォローしつつ簡単にご紹介をば。


今回のプロトタイプは昭和51年度車の1341編成です。
このロットから側面に種別・行先表示窓が設置されましたが、
今回はトレジャーのTTL802-20(金属インレタ)を仕上げ段階で転写して再現しました。
(このインレタにはサボ差しも入っていますが、こっちは車体色となるので塗装前に転写しておくのが良いと思われます)

リアルな金属光沢を持つのでクリアコートは避けたい反面、
きちんと定着を図る必要もあり、転写後、枠の内側に光沢クリアを筆塗りしてあります。
読者諸兄には釈迦に説法かと存じますが、この手の筆塗り作業の際には必ず適量のリターダーを添加します。
乾燥後、富士川車輛のステッカーで幕を表現しました。

窓ガラスのステッカー類はいずれも富士川車輛のインレタを用いました。
戸袋広告はある程度実車に倣って図柄を選びましたが、ところどころ
好みで違う図柄を貼ってあります。実車の広告は恐らく編成単位で契約するのでは…
ということで編成中に1~2箇所だけ違う図柄というのはなかったのではという気もしますが、まあ模型なので。

台車・床下機器は富士川車輛の3Dプリントパーツを初めて使いました。
詳しくは後述しますが、繊細なモールドなので抵抗体とコック・計器類には適宜色差しを行いました。


今回、足回りに富士川車輛の3Dプリントパーツを使う関係上
床板はキット付属のもの、動力はGMの2モータータイプとなりました。
ただしこの床板、室内灯の集電機構を入れる都合上床面が穴ぼこだらけで、
シートも窓割に合いません。
スルーしてしまおうか…という誘惑もありましたが、
窓の大きい京浜急行なのでひと手間かけてみました。

純正の床板は外床と内床の2枚重ねですが、外床はそのまま使用、
内床を自作して、その上にインテリアを作り込む構成にしました。
余力があれば外床をエバグリの波板で作ってキーストンプレート表現~プラ材で
梁などを作り込むのも楽しいと思いますが、今回はそこまで元気がなかった…。

内床には台車取付ビスの受けが必要になるので、t0.5プラ板をベースに
エバグリのφ3.4プラパイプ(予め内周をφ2.0ドリルでさらっておく)を接着しました。
パイプ内周は手を抜いてビスで直接ねじ山を切っていますが、
お察しの通りあんまり具合が良くないので面倒でもタップを用いるべきでしょう…。

外床に鉄コレ用ウェイトを接着後、上記の内床を重ねますが、当然それぞれ別塗りで仕上げてあります。
ロングシートは、はめ込みガラスの下辺にぶつかる形・サイズとし、これで車高が決まるようになっています。
床面は適当に混ぜた淡緑(レシピ失念)、シートはガイアのネイビーブルーをそれぞれ吹付し、
φ0.33の洋白線を曲げた袖仕切りパイプを適宜差し込んであります。


運客仕切りはいつものようにt0.5プラ板から製作しました。
床板に取り付けると脱着の都合上左右に幾らかのクリアランスを設ける必要が生じるため、
前作の京葉線205系からは車体側取付として仕切り板周囲に隙間ができないようにしています。
但しその場合、取り付け時に高さを微調整することがよくあるため、
今回は天地を少し長めに残しておき、取り付け段階で適宜カットしました。

車体の窓は大きい京浜急行ですが、仕切り板の窓はなぜか昭和40年代以降一貫して腰が高く
窓もさほど大きくないのが印象的です。


ここからは竣工後の写真となります。

仕切り板はミラーフィニッシュなどを用いて適宜デコレーションしたのち取り付けてあります。
その他のキャブインテリアはいつものようにプラ材加工によるものですが、
変わり種として運転台隅にマイクロホンを付けました。
これはφ0.3のアルミパイプ先端にφ0.5くらいの同パイプを差したもので、
ややオーバースケールながら、幼少期に京浜急行で"かぶりつき"をしてた時に
強く印象に残っていた光景です。なぜマイク…?ってね。
横長で斜めに立てかけられたスタフも付ければよかったかな。

前面ガラスはボナの鉄コレ旧1000用が使えないか模索しましたが、サイズが合わず断念。
一度はアクリル板を切り出してみたもののあまりスッキリしなかったので、
おとなしく純正パーツをはめ込んで、ボナの旧国70系用ワイパーを添えてあります。
しかしやはり平面性に難があり、ご覧のように車内が歪んで見えます。

その他、貫通扉にドアノブを設けました。
これは忘れていたのではなく、白帯との位置関係が微妙なので敢えてこの段階で作業しました。
光沢が強いので断面のエッチング段差をペーパーで均した後、
4アーティストマーカーの銀インクで彩色してあります。


ライトレンズは前照灯がキットのパーツ、尾灯がKATOのデハ230用です。
いずれも表面から0.5mmくらいでカットしてあり、前照灯には裏からミラーフィニッシュを、
尾灯はカット面をやや斜めにして光を反射するように工夫しました。
余談ながら前照灯レンズは必要数2コに対し4コ入っており、
小さなパーツゆえの紛失リスクに対するGMの思いやりを感じてうれしくなりました。
昨今、あらゆる余分を切り詰めて少しでも安くしろ!という声を耳にすることもありますが、
Nゲージのような趣味の品物で100円200円を切り詰めてまで追い求めるものとは、何なのでしょうか。
今回みたいな例なら紛失して代替品を手配する手間・時間(しかも在庫があるとは限らない)、
いわゆる昔ながらのオマケパーツ(ステッカーにおけるストラクチュア用のおまけ含む)ならば
それを眺めたときの意外性・懐かしさ・ちょっとしたときめき…
それらは100円200円どころではない価値を持つと思うのですが…。
ぼくだって決してお金があるわけじゃないし学生時代における100円200円の大きさもわかりますが、
趣味の商品くらいはそういう余白を切り捨てないで欲しいと切に思っています。
いかに安く多く買えるかみたいな趣味に成り下がらないためにも…。
妄言多謝。

ダミーカプラー周りは前作の京葉線205系と同様にプラ棒のベースにまとめてあり、
主な構成は下記の通りです。
胴受:GM汎用胴受
カプラー:KATO Assy 叡電900用
ジャンパ栓受:KATO EF64-1000用・α-model KE58(蓋閉じ)
エアホース:レールクラフト阿波座 コック左右それぞれ3本ずつ

カプラー下部にはなんかごちゃごちゃっとついてるので、φ0.2真鍮線で作り込んであります。
この当時胴受に復心装置がなかった?と思われるので、片側はカプラーを斜めにしてみました。
ジャンパ栓受は取り付け強度が不足するので、これまたφ0.2で脚を生やして差し込む構成に。
エアホースはコック左右を作り分けてあるすぐれもので、とても出来が良い。
これからも安定して供給されるとうれしい。


ちょっと脱線しますが今回使ったKATOのAssyパーツたち。
手軽に細密感がアップするのでおすすめです。

左から順に…
●EF64-1000ジャンパ栓
昔ヒナくんから教えてもらったやつですが、
ありふれたジャンパ栓をハイクオリティで再現しているパーツです。
ユタカ製作所もびっくりなんじゃないかな。
微妙にカタチが違うものを2連にしてあります。
しかもいっぱい入ってる(^q^)

●叡電900密自連ダミーカプラー
GM汎用胴受についてるやつも悪くはないけれど、
ちょっと天地寸法が物足りないなーと思って買い置きパーツを
漁っていたところ出てきたもの。とても出来が良いです。
ナックル上部のごつごつしたモールドが細かく再現されているので
軽くすみ入れしてあげると引き立ちます。
また、この手のパーツはほぼ必ずナックル側面にパーティングラインが
走っているので、面倒でも#600~#800~#1000くらいで順に
ペーパーをかけて仕上げると格段にスッキリします。

●京浜急行デハ268ジャンパ栓
これは前回の記事でも触れましたね。
KE-58あたりを赤成型にしたものかと思いますが、軟質プラと思われ
ある程度のディテールを備えつつホースが壊れにくいのが魅力です。
まだ合わせてないけどデハ800あたりにも使えるんじゃないかと…

●京浜急行2100形無線アンテナ
色々なパーツがあるけどこれが一番好ましいサイズに思える。
これまた軟質プラと思われ、塗装するには「いさみ屋」の
カラープライマー等を塗布する必要がありますが、比較的破損しづらいのが良き。


並びがめちゃくちゃでごめんだけど、拡大画像も。
見つけたら買っとくと〇です。


品川方デハ1344。
冷房用の太いジャンパケーブルがかっこいいですね。

乗務員ステップはTOMIXの115-300用スカートから切り出して使っています。
エッチングパーツと比べて枕木方向に奥行きがあります。


浦賀・三崎口方デハ1341
こっちは太いジャンパを受ける栓があります。
これは上記のEF64-1000用です。

時代設定は昭和52年2月のデビュー当時としましたが、同年11月には種別板が廃止となったらしいので
図らずもわずかな期間の姿という事になりました。


ちょっと俯瞰気味に。
1000形後期車でいちばん好きな角度です。
窓が大きい軽快なスタイルのボディに鈍重な集中冷房が載り、細いモニタ屋根が伸びる眺め。
足回りは基礎制動装置がクラスプ式ながらどこか軽快なTH1000の横に
これまた重々しい、抵抗体むきだしの主抵抗器がズラリと並ぶ眺め。
すこだわー。

以前何かの書籍で、分散冷房を魚の背びれに・集中冷房を亀の甲羅に喩えた記述を目にしましたが、
言い得て妙だなと思ったものです。


先頭部床下の眺め。
ついに我が家にもボルスタアンカ別体の台車があらわれました。
実車は鋼板プレス溶接と思われますが、ディテールの欠損を危惧して
表面の磨きを省略したため鋳鋼風なザラザラ感です。
いさみ屋のカラープライマー黒→Mr.308あたりをふわっと吹き重ねてあります。
いずれもパーツを塗り終わってから組み立てる構成のようですが、
ダミーモータ~ギアボックス~ブレーキの引き棒は取付位置が高すぎた模様。ぴえん。

この構成でFS360/060とFS375/075が欲しい!


AR-2コンプレッサー~空気溜めの眺め。
見た目はかっこいいけど音は…ちょっと不気味(^^;)
コンプレッサーはAK-3とかDH-25あたりののんびりした音がいい。


抵抗体はガイアのライトカーキを白で淡くして塗り分けました。かっこいい。
車番下の空気ばね試験装置は以前ご紹介したTMS401号にカラー写真が載っていたので
細かく塗り分けられました。

2モーター動力なので車内に出っ張りが目立ちますが、やむなしとしました。
床材の色で塗ると余計目立つので、今回は無塗装としました。


それでも車内シースルーと床下機器の奥行きを天秤にかけたなら、ぼくは後者がいいかな。

走行に課題のある2モーター動力ですが、富士川車輛Webサイトを参考にゴムタイヤを
片側の台車に集約して性能向上を図ってみました。
台車は(たぶん軸距の関係で)ギアボックス類も3Dパーツに置き換える構成となっており
中にφ0.2真鍮線を通して集電を担わせますが、ドキドキしながら試運転したところちゃんと走っておおおーっってなった。
案外小さな接点でもちゃんと集電できるものなのねと。


トレーラーの床下の眺め。
最中合わせの機器類がむかしのKATOのデハ800キットを彷彿させます。
何故か2000年夏くらいにユザワヤで先頭車キットだけ山積みになってて1両作ったことがあるのですよ。
あのコンセプトを現代の技術でやるとこんな感じなのかなって思いながら組み立てました。


視点を屋上に移します。
パンタ周りはこんな感じになった。
独特の避雷器はキットにも入ってるけど、実車写真と見比べた結果トレジャーのTTP128-03にした。
サイズがキットのより一回り小さくてディテール的にも◎って理由だったかと。
前述のTMS401号を見ると碍子の真ん中に日の丸よろしく赤ポチがあるので塗り分けてみた。
配管先端もベージュっぽい継手が見えたので抵抗体と同じ色で塗ってみた。
もしかしたら梨地の表面が汚れてただけかもしれないですが、まあ模型的には変化が付くので。

パンタは本によればカーボンシューとのことで、今までは真っ黒で色差ししてましたが
見てくれが良くないのでガンメタっぽい色で仕上げてみた。模型的にはこっちのほうがスッキリ見える気がします。
シューの断面にはゲート跡があるので黒瞬着と#600~#1000くらいのペーパーで仕上げておくと良いです。

ヒューズはこの時代左右でおんなじカタチのが付いてたみたいなので、
トレジャーのTTP124-Hを使いました。引込部のケーブルはインフィニモデルのφ0.1真鍮線を
配管のアルミパイプに差し込んであります。ヒューズボックス側にもφ0.25ドリルで穴を開けてありますが
硬いロストなのであまり深い穴は期待できず、ケーブルはアルミパイプ側を長めにして取付強度を保っています。


パンタはお手軽にタミヤのスプレー(シルバーリーフ)を吹いた後、
エアブラシで艶消しクリア。
ぼく、いまだにハンドピースを一個しか持ってなくて
メタリック系を塗った後の鬼洗浄が億劫でならないのですね。
塗装の順序もめちゃくちゃ検討する。
そういう面倒から解放されたくて、パンタとかの部品系はなるべくスプレーで済ませちゃう傾向。


反対側の眺め。
前回記事で触れたパンタ下のモニタ屋根は新車当時の色が判らず迷いましたが、
屋根とは別体の部品と解釈し他のモニタと同じ明るいグレーに塗り分けてあります。

側灯は塗装後まで気にかけていませんでしたが、キットの形態と
今回のプロトタイプでは違いがあるので適宜修正しました。
横長の側灯はトレジャーの小判型、縦2ツ並びのは丸型を用い、
側灯:クリアレッド
保護継電器灯:クリアイエロー
客室非常ブザー知らせ灯:クリアのままで仕上げてあります。
実車の機械的な知識は乏しいのですが、写真を見る限りでは
保護継電器灯はパンタ付き車両のみだったようです。


屋根端部の手すりは根本にグレーがはみ出して塗られていたケースが
散見されるため、取り付け穴の周囲に面相筆でライトグレーを差してから
手すりを差し込みました。但しメーカー出荷当時の仕上げとしては疑問もあり、
もしかすると検査を通ってからの姿かもしれません。



貫通路渡り板はt0.3プラ板にt0.2の帯材を貼り重ねたもので、帯は黒く塗り分けてあります。
固定はトレジャーの標識板掛けをピン代わりに用いていますが、
φ0.2を曲げたものでもよいと思います。
検査表記はトレジャーの700形用インレタのものですが、
銘板とさほど変わらぬ厚みと解釈し外板に直接転写してあります。

カプラーは棒連結器を模して密連タイプ、窓広告は富士川のインレタを発注し忘れたので
ホワイトフィニッシュを適宜切り出して裏貼りしてあります。


CU71DNをCU71Bもどきにした集中冷房。
前回記事より側面の外板継ぎ目表現を増やしましたが、妻の点検蓋は断念しました。
いずれ黒インレタを自家発注する時にでも混ぜ込みましょう。
上面手すりをもう少し出っ張らせれば良かった…など若干の後悔はありますが、
継ぎ目とボルト表現、またコントラストきつめの塗装も相まって
まあまあ細密感は出たんじゃないかと自己満足してます。

モニタの通風孔も最初の塗り分けはへろへろになっちゃったけど、
タッチアップをがんばりました。


車内もがんばってよかった。
見ようと思えばけっこう見えます。
でもシルバーシートを塗り分け忘れたw

技術とか感想は以上。
あとは並びとかで(・∀・)ニヤニヤする展開です。


KATOのデハ230と並べて。
尾灯はやっぱ交換して良かった。かっこいい。
でも尾灯だけもぎ取られた230の車体がさすがに哀れなので
何らかの手段で何とかして(←答えになってない)再起させてあげたいね。

色調も光沢も違うけど230は塗り直さずに楽しむつもり。
ぜんぶガチでやってたら身が持たないことを学びつつある。


今回のプロトタイプ編成は230形の置き換えとして作られたグループらしいです。
ちょうど新旧交代の並びってとこですが、まだまだ230からの系譜みたいなのが色濃く受け継がれてる感がありますね。


次世代のデハ800になるとだいぶ感じが違う。
これはこれで、新感覚の側面デザインがかっこいい。
昭和50年代的な香りといわゆる日野原イズムが良い塩梅でミックスされたいい車だなーと思いますね。
中間ダブルパンタの3両編成というのもいい。VSEじゃないけど編成で見た時シンメトリーになる美しさってあるよねえと。
窓周り白塗りの初期塗装でちゃんと仕上げたいと思って幾星霜…果たして日の目を見る日は来るでしょうか。


デザイン・技術の革命って感じの並び。
車体の違いだけじゃなくて抵抗器が減ってるところにも注目。
でもクーラーとか台車はデハ1000後期型の延長線上って感じですね。

模型としてもKATOのデハ800はほんとに味わいがあるなあと思うけど、
この別付け配管は組み立てたいへんだっただろうねえ。


気付けば増えてる京浜急行。
このほかに、モニタ屋根を供出したリトルジャパンのデハ700キットがある。
1000の余勢を駆って作ろうかと思ったけど、OERが恋しくなってきたのでまた今度。


1号線の並び。
今回、GMの2モーター動力なんてもう売ってないんじゃない?と困った矢先、
そういえば都営5000持ってたわ、ってことであえなく動力供出の憂き目にあいました。
こっちはコアレスモーター動力を新調の上、開業時2連で仕上げる予定です。


まったく趣の異なる2車の並び。
横浜をゆく3500の未更新車、見てみたかったですねえ。


Mcコレクション ヨコハマ篇。
3者3様のスタイルです。


鉄道ファン誌No.192(1977-4)に国鉄・私鉄の通勤電車1977って特集があって
いろんな通勤電車の側面シルエットが載ってるんですが、
相鉄の隣が京浜急行で窓サイズの違いに驚いたりした。
ちょっとそれをオマージュしてみたいと思います。

まずは、あかるい印象の京浜急行。


つぎになんとなく陰気な感じの相鉄。
こうしてみるとお隣の小田急が後年まで戸袋窓にこだわったのもわかる気がします。
幕板~屋根肩も京浜よりぐっと深いですね。
電車としてのスタイルはこっちのほうが好き。


合理的なスタイルの東急。
一段下降窓が戸袋窓なしの陰気さを和らげていますね。


見ての通り東急は田園都市線です。
東横線はガレージマニアの東急8000を作り掛けてたので、ちゃんと仕上げたいところです。
でも東急はその前に7000かな…?


出会いのターミナルよ・こ・は・ま 1977
鉄道ファン誌No.294(1985-10)のオマージュです。


鋼製車全盛時代の品川に思いをはせる。


エコノミーキットの世界観をいまのクオリティで…が永遠のテーマかもしれないねえ。


というわけで竣工しました。
出来の良いキットをもとにのびのびとディテール工作をできた感が強く、作っていて楽しかったな。
そこから生まれた余力で"迷ったら手を加える"姿勢も持てたかなと。

さて…
久しくアイボリーのOERから遠ざかっていてそろそろホームシックみたいになってるので一度地元ネタに戻りましょうか。
今年のうちに1本仕上げられるといいんだけど。
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路地裏の超特急製作記 その2(ディテール・塗装編)

2022年01月25日 22時47分20秒 | 京浜急行
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年も細々と続けていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。


2021-09

205系の製作を挟み、久しぶりの京浜急行です。
といっても作業の続きは昨年の初秋に遡り、パンタ周りの配管です。
母線はやや細身に見えるのでアルビオンアロイのφ0.33アルミパイプ、
他はφ0.2の真鍮線を用いました。
KHKは配管が妻面に下りないパターンが多く工作は楽ですが、
今回のように合いの良い屋根板の場合は屋根板の固定順序に迷いが生じます。
今回は屋根の合いを活かすかたちで別塗り→塗装後に合体させて配管端部に赤を筆塗りする方法にしました。
従ってこの段階では妻面上部の配管は仮に刺してあるだけです。

配管止めはトレジャー、パンタ台はボナのP-145の左右を少し詰めたものです。
後者はホワイトメタルパーツにありがちな断面方向の粗が皆無に等しく、
ほぼ表面処理(※下地処理に非ず)不要にて使えるので便利です。
若干調整不足で配管と干渉している個所がありますが、適当にうまいことやっときます(実はこんなのばっかり)

上のパンタはTOMIXの0250(PT4212-S)の下半分と0252(PT42FN)の上半分を合成した不経済仕様。
前回記事の最後で触れたTMS401号の実車資料を見るとベンチレータはパンタの下で一段低くなって
続いているのがわかるので、t0.5プラ板の肩を斜めにヤスったもので再現しておきました。


母線が二段になっている部分はボナの割ピンセットで留めてあります。
中からヒューズにつながる細い線はインフィニモデルのφ0.1真鍮線です。


配管止めが恥ずかしい感じになっちゃってますが。
妻面への引き込み部はこんな感じで。
この手の三次元的な曲げはアルミパイプの柔軟性が大いに助けとなります。


2021-12

一気に時間が進んで2両分の配管完成の図。
ディテール工作は割と楽しい場面が多いですが、
ぼくの場合配管はどうにも億劫な作業の上位にランクインします。
手を付けちゃえば早いんですが…


2022.01

主なディテール作業は終わり、年明け。
と思いきや、なんかおっぱじめました。

まず種別・方向幕窓のHゴム。
これは当初から気になっていた部分で、
模型では凸モールドとなっているHゴムを
実車同様に外板ツライチに加工しています。
回りくどい言い方をすると、外板をプレスで一段凹ませたところに
Hゴムを巡らせてあるのを再現したわけです。
製品状態だとHゴムモールドの影が前面窓上辺に落ちることで
間にある細い柱が目立たないので、これを改良したかったのです。

具体的な方法はずいぶん考えましたが、結局虫ピンで直彫りという力技でねじ伏せました。
量産に不向きなのはもちろん、たった4か所の仕上がりさえ不揃いになることうけ合いの荒業です。
もし失敗してもこの一帯をプラ材で再構築すればいいや、くらいの思い切りで
手を付けたら案外なんとかなりました。
Hゴムモールドの外周に対し、やや鋭角にピンを構えて少しずつ彫り込んで行きました。
水平→垂直→Rの順に彫り、適宜カッターで整形するのはお察しの通りです。
一通り削った後、Hゴムにあたる部分のエッジに軽くカッターをカンナ掛けして
丸みを出すとよりHゴム感が出ます。

もう一つは、腰の標識灯。
個人的に元のモールドがやや大きいように感じたので、
KATOのデハ230から削ぎ取ったものに交換しました。
白帯との位置関係がとても大事なので、ご覧のように
側面から1mm幅のテープを回した状態で位置決めをおこないます。
接着は微量のタミヤセメント白キャップで仮止め後、
クレオスの紫キャップで周囲を固め、念のため液状瞬着を
目立たない下辺からごく微量浸み込ませてあります。
年末記事で挙げた大師線セットには手を付けず、
ジャンクでデハ268を買ったりボディのASSYを買い足したりしてまかないました。
結果的に1粒当たり1000円くらいする標識灯になりました('Д`;)タケー


Hゴム加工、どうにか2両とも完了の図。
ちょっとぎこちない仕上がりですが、これが限界でした。
お察しの通り割と直線を出すのが難しく、ちょこちょこ
瞬着パテで修正してあります。
あと、一通り彫り終わったらごく微量の紫キャップセメントを浸み込ませると
細かなササクレが溶けて見た目がスッキリします。一歩間違えるとHゴムごと全部溶けるので慎重に…。

ちなみにこの段階ではコーナーのステップがキットの位置のまま別体化してありますが、
のちのち調べてみると東急製は最上段の位置がやや異なるため修正が必要です。
ぼくは白を塗ったところで気づいて直しました。
だいたいHゴム周囲の溝の上辺延長線上くらいに来るのが正解っぽいです。


ひとつ上の画像では品川方の運転台側の標識灯がちょっと外に寄りすぎてましたので、修正しました。
数字にして0.15~0.2mmくらいの違いかと思いますが、ディテールの密集する前面だけにわりと違和感がありました。
かの有名モデラーいちかわさんもおっしゃっていましたが、一晩置くなり
写真に撮るなりして冷静な目で確かめて次の工程に進みたいものです。

ついでにジャンパを差し込んで完成形をイメージし、モチベーションを養います。
前回記事の時点ではαのKE58を差していましたが、ご存じのとおりホースが折れやすいので
軟質プラ製のKATOパーツに交換しました。
運転台側のはデハ230用、車掌台側のはKE76です。
この段階では運転台側の右端(放送用?)をαにしてますが、あとでKATOに統一しました。
後者は119系とかのKE96のほうが正しいようにも見えますが、
生憎入手難なのでややゴツめなKATOの特性を生かして代用した次第。

いずれもシャープさより強度にウエイトを置いたがための選択で、
見た目だけを考えればαにφ0.25の穴を開けて0.2の真鍮線を差し込むのが望ましいです。
相鉄6000ではそれをやりましたが、今回はその元気がなかったのと
デハ230と表現が統一できるメリットからこうなりました。
楽をしたぶん、蓋表面のパーティングラインはきちんと削ってあります。


塗り始めました。
窓が大きいので、車内も塗りましたよ。
GMの淡緑色1号です。


次にクレオスのGX-1(クールホワイト)を。
ぼくの作る模型はとかく厚塗りな傾向があるので(塗り残しやムラを異様に恐れるのもある)
今回はつとめて塗料をうすく溶き、あっさり塗りをしつこく重ねました。
今まで塗料と薄め液を1:2くらいでやってましたが、最近は1:3くらいにして
一吹きごとに乾かしては6~7回重ね塗りする気の遠くなる工程を踏んでます。
これが正しいのかわからないですが、塗膜の肌はだいぶ綺麗になりました。


マスキングはGMステッカーで。
主な狙いは塗り分け線がシャープになることですが、
こんな風に帯用の印刷に合わせて切ると精度が保ちやすいメリットも。
とはいえ粘着力が高い分塗膜がべろっと持っていかれる危険もあるので万人におすすめできる方法ではないです。
一応、綺麗なカッターマットに3~4回貼って剥がしてを繰り返してから車体に貼っており、
今のところ上記のような悲劇的展開は辿らずに済んでいます。
あとは、車体を中性洗剤で洗ってよくすすぎ、1日以上よく乾燥させる
(100均の書類ケースにハンカチを敷いて車体を並べ、コピー用紙を被せておくとホコリ除けになります)
のはいつも以上に重要になると思います。


めくりの儀。

上塗りするバーミリオンはかねてより言っていた朱色っぽい色調を目指して工夫しました。
試行錯誤の結果、GM29番(旧京急バーミリオン)とMr.の79番(シャインレッド)を
1:1くらい(様子を見ながらシャインレッドをもうちょい足したかな?)で調合して、
最後に微量の白で調整しました。

白の上に直で赤を載せると明るすぎる…というのが定説な感があり、
実際ぼくも以前500形を塗った時には近鉄マルーンで下塗りしてからバーミリオンを
上塗りしました。
ただし、これは昭和30年代前半当時のバーミリオンが後年より暗かった説があったことも影響しての選択。
今回の時代設定である昭和50年代の各種資料…特に、ぼくが好きな保育社の私鉄の車両シリーズの
写真を見る限り、それ以前やそれ以降と比べて比較的明るい色調なイメージを持ちました。
そこで、今回は敢えて白の上から直接バーミリオンを重ねました。

結果的に色調は納得のいく仕上がりとなりましたが、塗膜はやや厚くなってしまった印象。
これはGM29番の隠ぺい力がさほど高くないところに起因する感があり、
次に塗るならMrのハーマンレッドあたりで下地を作ってから塗り重ねるともっと薄くできるかなーと思いました。


往年のGMカタログにおける名文句、「A君B君の小田急」ではないですが
個性ある色選びは個人作品の醍醐味だと思います。
個人的には二作目以降の再現性を考えるとなるべく調合を避けて通りたいと考えるほうですが、
今回は自分の好きな色を練って良かったと思います。
以前言ったように京浜急行は凄腕モデラーがひしめいていて、
いまさらド定番車種の1000形を作ってもどこかで見た何かにしかならない気がしていましたが、
いざ塗ってみるとたぶんこんな色の京浜急行を作る人はあまりいないだろうなあという
得も言われぬ自己満足が感じられます。
同時に、なんでもかんでも唯一無二の正解があるように思いがちな昨今において
少しばかり好き勝手できる解放感が味わえた工程でもありました。


その流れだからというわけではないのですが…
どうしようかと考えあぐねていた集中クーラーも自分なりの印象を詰め込む方向で。
ニワカ知識しかありませんが、キットに入っているのはCU71-DNというタイプのようで
今回作ろうとしている時代設定のCU71-Bとは上面の位置関係が若干違うように見えます。
いちばんわかりやすいのはBのほうが端部の空白部分が長い点ですが、
側面窓との位置関係で見ると全長そのものは同じように見えるので、端部を継ぎ足すわけにもいかなそうです。

と考えたところでだいぶ嫌になってきたので、割り切って目に付く上面手すりだけ
浮かせるに留め、後々良いパーツが出てきたら交換することにしました。
この手すり本体はφ0.2の真鍮線で、トレジャーの配管止め2に入ってる割ピンで固定してあります。
この割ピンが膨大な個数必要なのもさることながら、実車を見ると
どうやら固定金具の位置が若干不均等な箇所が散見されるため、できる範囲で再現しました。
あとちょっと浮かせたほうがリアルだったかな…。

続いて、所詮はモドキと言えども見せかけの細密感は出るように
側面~妻面のボルトを再現しました。
これはφ0.2の真鍮線を短く切って頭に黒瞬着を盛ったもので、
以前相鉄6000のヒューズ台座のボルト表現に用いたのと同じ工法です。
黒瞬着が表面張力で勝手に丸くなるのを利用した工法ですが、
今回はそれだとちょっと主張が強すぎる…ということで最終的にはヤスリで平らに均してしまいました。


塗り終えた図。
側面のキセ継ぎ目はスジボリだと太くなりすぎると考え、
旧いGMインレタの罫線を転写して再現しました。
ボルトとの位置関係で若干の妥協が見られますが、これまた見せかけだけの細密感は出たと思います。
今のところ手付かずですが、実車は片方の妻面に点検蓋が見えるので、なんとかできないかと思案中です。

また、今回はファンのところを敢えてダークグレーで塗り分けてみました。
順番としては先にダークグレー(Mr.の609番)を塗って、四角いところはテープ、
丸いところはマスキングゾル(少しだけ水で薄めると塗りやすい)でマスクしてから
わざとすごく明るいグレー(Mr.の308番)を塗り重ねるというものです。
これまた好みがわかれそうな仕上がりですが、
この時代の写真を見ると屋上機器はこんな感じに見えることが多い気がします。

欲を出してベンチレータの通風孔も塗り分けてみましたが、こっちは細かすぎてへろへろになっちゃった。
一応これから地道にタッチアップして少しは見られる姿になる予定です。
屋根布は各種書籍を見ると明るい屋上機器とのコントラストが相当はっきりしているので、
前述のMr.609番に黒をかなり足したもので塗ってあります。
このあと艶消しクリアをかけるのでちょっと感じが変わるかもしれませんが、昔の京浜急行感が出てうれしい。


前面もちょっとずつ仕上げ。
方向幕は富士川車輛のステッカーです。
ほんとはクリア後に貼るやつだと思いますが、我慢できなくて貼っちゃった。かっこいい…
四隅の面取りをするときに、面倒でももう一段階面取りしてスムーズなRに仕上げると
見てくれがだいぶ良くなります。
肉眼だと一段階で十分なんだけど、カメラで接写するとけっこう気になるのね。
ステッカーの出来が良いなら、こういうところもちゃんとやりたいなと思った次第。
ツイッターにも書いたけど、この電車の場合行先も顔の一部みたいなところがあると思って
真面目な行先にしました。
白状すると今回も"平和島"行きにしかけたんだけど、あまりにもしっくりこなくて品川行きにしました。

ジャンパホースの根本は写真を参考に塗り分け、渡り板にはトレジャーのインレタで手描き風?の白い車番を入れました。
こんなのまで製品化されてるのかーってくらい何でもござれの京急とか東急、うらやましい。


車番はトレジャーの1500形鋼製車用を並べ替えて使いましたが、
特段の理由はないのでGMの京急用が手に入るならそっちでもいいと思う。
今回はそれが入手できなかったの。

反対側の先頭も海へ行く電車らしい"三浦海岸"行きにして、しばしニヤニヤタイム。
へへっ…かっこいいじゃん…
ちょっと前、NHKのプロフェッショナルで宮崎駿監督がめんどくさいを連発してるシーンが
あったのと同じように、模型作りも大体の場面はめんどくさいんだよねえ。
趣味だけど手を付けるまですげー億劫だもん。
でも、それがじわっと溶けるような瞬間があるからやめられない。


※毛じゃないよ繊維だよ※

側面の車番。
こっちはトレジャーの700用を並べ替えてます。
今回に限らず大体の車番はこうやって台紙のフィルムごと切り出して、
テープの上に一桁ずつ並べては、光にかざして高さとかを微調整するのね。
われながらよーやるわ感。
敢えてこれをやるメリットはどこにもないので、がんばってズバリのインレタを探すか
自家発注したほうが精神衛生上も好ましいかと思われます。


のちほどご紹介しますが、かの名著・私鉄電車のアルバム4巻に
今回のプロトタイプずばりの1341編成の形式写真が載っているので、
これを参考に車番の高さや位置を決めました。
違ってたらメンゴなんですが、たぶんこんなかんじ。
マスキングテープで目印を作って、ある程度位置が揃うように転写しました。
ちなみにこの時は末尾の3がズレたのでやり直しました。一桁ずつ並べるメリットはマジでなんもねえです。


KHKロゴも。


番号が違いますが、転写し終わりの図。
この1342は番号同士が寄りすぎてる気もする。やり直したんだったかな?もはや覚えてない。

あと上に見えてるサボ差しはトレジャーの金属インレタです。
側面表示窓の銀縁と一緒に入っていて、本来塗装前に転写して使うものです。
今回はうっかり忘れたまま塗装を終えてしまったので、後貼りしてプライマー→白→赤を筆塗りして仕上げてあります。
側灯のモールドも削り忘れてたのをあわてて削って後から部分吹きでリタッチしたりまあまあ適当です。


エンド表記もトレジャーの京急700用から。

ひとつ上の画像にあるドアコック?の▽も同じく700形用からですが、
こっちは集中冷房車の同じ車種の中でも位置にバリエーションが見られて混乱。
具体的には私鉄電車のアルバムに出てるデハ1321と、下で紹介する保育社カラーブックスP14のデハ1369で
同じ側面のはずなのに表記の位置が違う。
今回は1321に合わせた位置で転写してあります。


妻面のようす。
検査表記(まだ貼ってない)はトレジャーの京急用に含まれていますが、
銘板は入っていないので、同じくトレジャーのTKK旧3000用から流用しました。
よく見ると2枚とも"東京急行電鉄"だけど、まあ読めないでしょw
もともとエッチングパーツを貼るつもりだったのがうっかり忘れてたがために
インレタ表現と相成りましたが、実車の銘板は国電や小田急と比してごく薄いものだったようなので
図らずも好都合でした。
検査表記はt0.1のプラペーパーを介したほうがリアルかな?
これもほんとなら塗装前にタミヤセメントで付けておけば良いはずのものなのですが…。

…といまのところはここまで。
まだ配管を塗ったりいろいろやることがあるので、クリアコートはしばらくおあずけっぽいです。
足回りもまだ手付かずですが、こっちものんびり丁寧に組み上げたいと思います。

前回3冊ほど参考資料を挙げましたが、その後も
いくつか役立つものがあったのでその紹介をしてみたいと思います。
いずれも古い書籍ですが、つぶさにヤフオク等を見ていると案外よく出品されています。


左から順に

・交友社 私鉄電車のアルバム 第4巻
これは言わずと知れた名著。
第4巻は昭和44年~昭和57年くらいの車両です。
京急1000形は集中冷房車のみこの巻に載っていて、
デハ1321(Mc1)、デハ1252(M2)、デハ1343(M1)、デハ1344(Mc2)の形式写真が載っています。
初版は昭和58年12月印刷とのことなので、当然いずれも更新前の姿です。

この本のすごいところは膨大なバリエーションのどれもが車体から床下機器まで
鮮明に映っていて、写真のサイズも大きいこと。40年近く経っても色あせない
不朽の名作と呼ぶにふさわしいシリーズです。

・ヤマケイ 私鉄ハンドブック第10巻
こっちも有名なシリーズですね。
一見すると当時の空気感を味わうのに好適なグラビアですが、
細かく見ていくと案外ディテール工作の参考になる写真が随所に盛り込まれています。
この京浜急行の巻ならばデハ1289の形式写真や、1000形各タイプの前頭部俯瞰写真などがその最たるものです。
他私鉄でいえば東武の巻で2000系の俯瞰写真でモニタ屋根の幅が異なる部分をちょうど押さえてる写真など、
よくぞ押さえていてくれた!という資料があちこちに載ってます。

ちなみにこのヤマケイ本でも京急のバーミリオンは朱色っぽいかんじに見えます。

・保育社 カラーブックス第14巻
このシリーズは何度も改訂版が出ていますが、ぼくがもっているのは昭和57年4月版。
小さい本ですが、デハ1369とデハ1345(いずれもMc1)の俯瞰写真は今回ベンチレータまわりの工作にあたってとても参考になりました。



・鉄道ピクトリアル 1980年・1988年いずれも9月増刊号 京浜急行電鉄特集
これはつい最近入手したこともあって、まだそんなに資料として読み込んでない。
でもプロトタイプの形態分類とか、その時代の電鉄を包括的に理解する上で
ピク増刊号はやっぱ不可欠だなと感じました。いずれ90年代以降のも読んでみたいな。


最後にちょっと毛色の違うおすすめ書籍。

・TMS No.600 1995年7月号
1000形じゃないけど、16番のかっこいい600形の作例が載っています。
この号はかなり昔から持ってるけど、見るたびに600形が作ってみたくなる。
今だと鉄コレの冷改車から作るのが一番なのかな?
この記事で見逃せないのは、実車への思い入れが伝わる本文と、
緻密の極みともいえる床下機器の工作です。今回直接的に参考にした部分は
ありませんが、案外こういう他形式の読み応えある記事を目にした時ほど
同じ鉄道の別形式を作ってみたくなります、わたしゃ。
7月号~9月号の3号連載のかたちで取り上げられてるので、
なるべく3冊入手するのがおすすめ。
ぼくは最初7月号しかもってなくて、続きが読みたくてジタバタしてました。

・TMS No.662 1999年12月号
これは1000形の作例が載っていますが、No.401の記事と違って分散冷房車です。
従ってこれまた直接的に何かの参考になるというわけではない。
ただ、作品のクオリティが高いうえにこれまた記事からは製作にあたっての
思い入れ→そこからくる独特のこだわり、材料選びの独創性…
一番読んでみたい要素が随所に盛り込まれています。

ぼくはNを中心に作ってるからどこのパーツを使ったか、とかは
読んでもあんまりぴんとこないんだけど、さっき書いたようなところは
スケール問わず共有できる要素ですからね。
大風呂敷を広げるようですが、こんな記事が書けるようになりたいなーと思いました。

最後に、今年やってみたいものを一部…


ふとした閃き。
昭和30年代、日車製、連接車…共通ワードからの連想で寸法を当たったら
福井鉄道200の動力が使えそうだ、と。
もちろん若干の差異はありますが、使えないほどではなさそう。
というわけでこれはやんわり、それっぽいものを丁寧に作るスタンスで仕上げてみたい。

もとはと言えばアオガエルのキットを持ってるから福島交通5000で調べてたんですよ。
ところが全く同じ時代に全く同じ形式を名乗ってた全く別物のほうに強く惹かれた次第。
あまぎの公式にある「温泉行の連接車」って文言もいいよねえ。
一応資料は集めてみましたが、何となくモモとかリンゴを連想させる
かわいい感じの色合いを綺麗に塗れればヨシ!な題材と考えています。


まず資金的に無理なので16番に本格移行はしないですが、
Nでできない(というか車輪の厚みが目立ちすぎる)ネタならば…というのは建前で、
ずいぶん前、ちょっと心が揺れてた時期に偶々手ごろな中古キットを見て買ってしまったもの。
武庫川線にするのか、1両しかないけど甲子園の科学博塗装にするのか…どうなりますことやら。
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路地裏の超特急

2021年08月30日 23時17分05秒 | 京浜急行
去年「この10年間で作った私鉄電車」っていうツイートをしたときに
「京急だけ時代が古すぎ!」との声が寄せられましたが、
ポピュラーな形式の作例を持っていないのは私も気になっていました。


5~6年前?にキットが再販された時に一応押さえておいたのですが、
なにぶん腕利きのモデラーがひしめく界隈ゆえ良き作例が多々世に出ていて
それなら誰もやってない相鉄を…といつぞや申したような展開で店晒しとなっておりました。


流れを変えたのは市営交通100年!の名目でリリースされた市交1000形。
往年の横浜を彩った面々が出揃うに至り、やはりその時代に合ったKHKが欲しい!となった次第です。


キットは新製冷房車の更新後をプロトタイプとしていますが、
私が好きなのは白幕かつモニター屋根の未更新時代なので、
実車にそぐわない箇所に手を入れることにしました。
ただし実車の知識が乏しい上、最近完璧を目指しすぎて一向に前に進まないのがストレスになっているので、
なるだけ調べるけど深追いはしないで確実に完成させよう~が製作方針となりました。

Twitterでも言いましたが、保育社の私鉄の車両シリーズに載っている12連通勤快特が
ものすごくかっこいいので、これの4連側に見立てた編成に仕上げたいと思います。


意外とパーティングラインが目立つので、いつものようにウェーブのスティック紙やすり(ソフト)の
#400→#600→#1000で仕上げました。たぶん間に#800を挟んだほうがより望ましいとは思う。
昇降ステップの台座モールドは活かすので一緒に削らないよう注意。

かつてエコノミーキットでも同じテーマに挑戦しかけたことがあって、その時の車体と比較。
これを組み立てたころ、既に現行の作風(配管・手すりフル加工)になっていましたが、
いわゆるプラモ作りの感覚が懐かしくてちょっとわくわくした。
さいきんエコノミーキットが再ブームの様相を呈していますが、そのへんの楽しみも
再評価されての流れなのかなあ、などと思っています。


深追いはしない、の方針のもと先頭部雨どい形状はキットの設計を活かすことにしました。
未更新時代だと自ずと1975年以降製造のグループになりますが、側面方向幕が付いた形態が
好きなので、1976年増備のデハ1341+デハ1342+デハ1343+デハ1344の4連を作ることにしました。

品川方先頭はジャラジャラ下がったジャンパ栓が印象的なのでα-modelのKE-58とKE-70を付けましたが、
列の水平が乱れると見苦しいので位置決めに注意を払いました。
一番右の放送用?ジャンパケーブルは少し小型なのでいろいろ製作所のロストパーツが使えないかと
目論んでいたのですが、実際比べるとほぼ差がわからないのでαで統一しました。

渡り板、ステップの類はトレジャーのTTP207-01ですが、ステップ台座は
上記の通り元のモールドを活かしています。プラペーパーで付け直せばよりメリハリがつくのでしょうが、
加工精度に自信がないので無茶は避けました。


連結面のステップもトレジャーより。
京王5000ほどではないですが結構シビアな位置に付いており、
外側の穴開け時のドリルが少し傾くと側板に穴が開きます。
今回はドリルを気持ち内側に振って穴あけをおこない、
ステップの脚を外側だけ少し短めに切って差し込むことでリスクを下げました。

余談ながら幌枠のモールドを見るとわかるように素組でもハイクオリティな
仕上がりが担保されたキットで、手軽にバリエーション工作を楽しめそうです。
いまだに基本プロポーションの修正に手を焼かざるをえない
小田急2600~5000あたりを思うにつけ、うらやましい気持ちになります。


未更新時代の特徴たるモニター屋根は富士川車輛HPの作例を参考にリトルジャパンの700形キットより。
ただ今回もっとも自信のない部分でもあります。
通風孔の位置は少ない資料を総動員してある程度近づけることができたと思いますが、
盛り上がった蓋のような部分の長さが2種類ある模様で、これについては多少妥協してしまいました。
一応、誘導無線が載って目に付きやすい先頭部分だけは切り継いでそれらしく作ってあります。


パンタ周りはこんな感じで。
配管は引き直そうと思っています。
後述の資料(TMS401号)を見るとモニター屋根はパンタ直下で低くなって続いていたようなので、
これは配管工作ののちにプラ板等で再現しようと思います。


資料たち。
●JTBキャンブックスの1000形本
素人のわたしにも理解できるレベルまでかみ砕いて一族をまとめた神書籍。

●TMS 401号(1981年5月号)
1000形後期型(1301編成)の16番作例が載っています。
誌面には現職のKHK乗務員氏が製作したとあり、40年前の作例ながら示唆に富んだ内容です。
実車の資料写真もいくらか掲載されており、後期型が好きな方は必見だと思います。
オークションの発達でこの手の古本が安く手に入るのはありがたい限りです。

●鉄道ジャーナル 1977年12月号
これは表紙の写真がかっこいいってだけ。ほんとにかっこいい。
前から気になってるのが、このくらいの時代の写真だと塗装がすごく朱色っぽい写りのが多いのね。
同じくらいの時代で新造当初の写真だと深みのある赤に見えたりもするので、
褪色によるものなのか…?などと邪推していますが、果たして。
できれば模型もこの表紙ほどでないにせよかすかに朱色っぽい感じに塗りたいなあと思っています。
コメント (2)
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ラメール号を造る・・・京浜急行500形製作を振り返って

2015年03月26日 22時14分42秒 | 京浜急行
皆様・・・あけましておめでとうございます(
桜が咲くの咲かないのという時期に、今年最初のブログ更新でございます。
いろいろ書こうと思っていたことはあったんだけれども、気が付けば・・・あれ?みたいな(^^;
最近、出来上がった模型紹介の見易さ、という観点から
またホームページ的なのをやりたいなーと思うことがあるのですが、
この分だと出来上がるかどうかすら怪しいw

閑話休題。
今日は旧ホームページ時代を含めこの12年あまりでたぶん初めて標準軌の電車が本題となります。



塗った!
唐突な感のあるKHK500、実は去年の今ぐらいの時期からちょいちょい手を付けていたモノです。
ベースはキッチンのプラキット。
2012年のJNMAにて汎用パーツや紙箱を省略した廉価版が並んでいたのを購入していて、
1年くらい前のRMライブラリー発売をきっかけに作り始めてました。

ただ、着工当初からどこにこだわるのか的なところが今一つ曖昧だったため、
なんとなくパッとしない出来栄えとなり、白を塗ったところで作業ストップ。
しばらく放置ののち、最近たまたま前述のライブラリーを読み返したことを機に
ふわっとやる気がわいてきて、雑なところを修正のうえ塗装までもってきました。
今日はこのへんについて書いてみようと思います。

なお、いかんせんまにあっくな電車ゆえ、付け焼刃知識ながら簡単にまとめます。
デビューはS26年で、スカ線70系なんかと同世代のようです。
この時代らしい、重厚な中にも洗練、とか円熟味、みたいな風味がプラスされたルックスです。
最初はデハだけで、クハはやや遅れてデビューしたので、
前面窓の1枚化を筆頭にややマイナーチェンジしてます。
デビュー当初は窓周り黄色に幕板腰板赤のツートンだったのが、
S30年前後の初代600(注:GMキットにあるカルダン車に非ず)が赤に白帯で
デビューしたのを機に、500形も同じカラーリングになったみたいです。
ただしよく見ると白帯が細く、これは後年の標準150mmに対し100mmなんだとか。
今回はこの塗装変更直後の細い白帯姿をプロトタイプとしていて、
時代的には昭和30年代前半くらいのはず。



1月くらいかな?
気に入らないところを修正中の図。
キットの前面は右のデハの顔だけ入っていて、クハは自分で加工して作ってちょっていう構成です。
急行灯兼尾灯はボナの湘南タイプを使っていますが、最初に加工した時点では
かなり寄り目になってしまってコレジャナイ感があったので、修正しました。
ちょっと離れ目の、のんびりした顔つきが本来の姿です。

屋根板はGM東急3700の流用ゆえなんとなくとんがった形をしていたので、
これもふっくらした形になるよう整形しました。



二回目の白塗装。
隠ぺい力抜群の、クレオスクールホワイトです。
ただ、この後の赤塗装をしくじって、結局一回全部剥がしてまた白を塗った。



赤塗装が済んだ姿。
確か京急を作る人はマルーン系の下塗りをしてから赤を塗ってたなーというおぼろげな記憶のもと、
今回は白のあとに近鉄マルーンを挟んでから京急バーミリオンを塗った。
昭和30年代当時の正確な色調はわかりませんが、ほどほどに落ち着いたいい色になったと自画自賛(´∀`)



そしていまの姿。
古めかしいんだけど見慣れた色を纏っている感じがたまらない。
あとは、屋根肩のライトグレーの効果が素敵。
赤の上に直接屋根布の色が載るよりも格段に軽快な感じがする。
南海のキハなんかもおんなじ理由でなんとなく上品な感じがしてすごく好き!
模型ではクレオスの石垣色を用いました。

コーナー部分のステップはエバグリのプラ材の真ん中に
トレジャーのKHK1000用ステップを植えました。
ヘッドライトはライバルスカ線のクハ76用だったとおもう。

ヘッドマークの類は昔のGM京急エコノミーに入ってたステッカーより。
ラメールが黒っていうのがひじょーーーーにぁゃιぃのですが、
センスの良いネーミングが好きで、どうしてもこれを付けたかった。



各自工夫な窓の保護棒は0.2mmの真鍮線より。
高さが揃うよう工夫したんですが、まだちょっとバラツキがあって残念。
銘板はキッチン、標記類はGMインレタより。
どっちも不思議な位置についているのが面白い。

モールドの彫りが深いので、ドア周りのマスキングには少々手こずりました。



これまた各自工夫の妻周り。
貫通路の上の雨樋はまっすぐにしちゃえばラクよー的な指南が説明書にあったように記憶していますが、
さすがにそれは惜しいので切った貼ったしてなんとなくそれっぽい形にしました。
最初はここだけ雨樋を引き直してみたんだけど、色々考えた結果車体全周にわたって引き直すことにしました。

地味なところではコーナーのRを調整しています。
500型の写真だとか、以前旅先の琴電で見た元600(2代目)の記憶だと
ここがすごくふくよかな丸みを帯びてるので、イメージに合うよう削りました。



こんな感じ。ふくよか。
このやわらかい感じの丸みと窓のでかさが強く記憶に残っています。
これがむかしの京浜急行(略さないほうがこの時代っぽい)かーっていう。



まだ下回りが手つかずなので、完成まではもうしばらく時間がかかりそうですが、
ひとまず先が見えてきました。
2回も製作意欲をかきたててくれたライブラリーとともにぱちり。



ヨコハマを彩った電車たち。
欲を言えば東急がアオガエル、相鉄が黄色の2000系ならもっと彩り鮮やかなんだけど(^^;)



ヨコハマつながりで。
5050系、ドア窓のカタチとガラスの隙間がなんとなく気になる以外はかっこいいです。
一昔前ならばこういう「いまの電車」には見向きもしなかっただろうな。
一枚上みたいな、往年の名車だけに夢中だったはず。



大人になっていろんなところへ行くようになって、おのずといろんな電車を目にするようになったせいで、
「実際に見たことのある光景」を再現したいっていう方向性が出てきた感があります。
あんまりあれもこれもとなると時間に財布に厳しいのでどっかで手綱を締めなければとは思うのですが、
これはこれで楽しい・・・。
今年も、「見られなかった電車たち」と「こないだ見た電車たち」・・・両方を
見応えのある仕上げをもって、カタチにしていきたいなと思っています。

とりあえずこれだけはーってとこでは

1.関西私鉄を最低一本(阪急2300晩年?)
2.ナナサンを一本
3.でもでも原点中の原点たるOERのアイボリー電車も最低一本

あたりが今年の目標でしょうか・・・。
言えばちっとは背中が押されるかなー程度の宣言につき
どーなりますことやらw

ともあれ今年もどうぞよろしくお願い致します。
コメント (2)
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