忙しいほうがいい。でも本当は・・・

時間が止まってしまうと、いろんなことを
考えてしまいます。
だから忙しいほうがいい。

でも、本当は・・・

反貧困ネットワークえひめ

2009-10-31 10:14:09 | 歩み続けること
去る26日(月)。松山でも、オープンハンドinまつやま、たちばなの会の皆さんが
中心となって、この反貧困ネットワークえひめの立ち上げが行われました。

「反貧困ネットワーク」。

今回、民主党でも、内閣参与として、この反貧困ネットワークの湯浅誠代表が採用
されましたね。

ちなみにオープンハンドさんはホームレス支援のグループ。たちばなの会はクレ
ジット・サラ金問題の解決に当たるグループ。

んで、のんきが参加している、自殺問題に対して取り組んでいく団体としても、こ
の反貧困ネットワークえひめに団体として関わっていこう、という総意で今回この
立ち上げのイベントへ参加してきました。
************************************************************
ソリューション
ただ。どうものんきが感じた感覚としては、「生活保護を受けること」が目的と
なってしまっているように感じてしまいました。

それは、病気が原因であったり、家族の背景が原因にあったり、高齢が原因であっ
たりして、とても働こうとしても働けない現状にある家庭があることは確かに現実
でしょう。

ところが、最近生活保護を受ける世代が激増した原因。140万人ということです
が…。

焦点が当てられるようになったのは、昨年末の「派遣村」の問題があります。

これは、昨年9月のリーマンの破綻が大きな影響を及ぼしているわけですが。

つまり、派遣会社と製造業社との契約で派遣会社から製造業社へ派遣されていた派
遣社員が、輸出業の低迷により、生産量を激減せざるをえなくなったため、派遣会
社へ契約の打ち切りを伝えた、ということ。

派遣の問題は別記事でお伝えすることとして、つまり「働ける」のに雇用先がなく
なったため、働けなくなった人が増えたということです。

これ以前の問題とは、明らかにその様相が変化していると思うのですが、TV報道
などを見ていても、以前の問題と現在の問題を同列に考えているように感じられて
なりません。

ま、正確には以前の問題に加えて、別要素が乗っかってしまったということではあ
るのですが・・・。

つまり、のんきが何を言いたいかというと、「保護を受けた後のフォローが明らか
に欠落していませんか」ということ。

「自分が関わることで保護を受けさせることができた」

自慢げに話すのですが、のんきは違和感を覚えました。大切なのは保護を受けさせ
ることではなく、社会復帰させることではありませんか、ということ。

保護を受けさせることは、そのための緊急措置にすぎないと思うんです。

だって、やっぱり保護は、本来前記したように、病気で働こうにも働けない人、ま
た高齢者であったり、家族の事情で働くことが非常に難しい状況にある人たちのも
のだと思うから。
**********************************************************
システム
また、こういった社会問題に取り組むグループって、ジェンダーフリーともつなが
る人も多いと思うのです。過剰なジェンダーフリーは、やっぱり「離婚率の増加」
にもつながっていくと思います。

核家族化を後押しし、また無責任に婚姻を選ぶ人を増やし、「やっぱりやめた」で
は・・・。結果、離婚率の増加、母子家庭の増加、家計の逼迫につながり、保護を
受ける家庭を増やすことにもつながってしまいます。

現在、法案の提出が言われている「夫婦別姓」「成人年齢の引き下げ」はこれらの
問題をより深刻にしていく要素を多分に含んでいると思います。

この間の参議院での国会質問で、林芳正さんが、民主党は社会主義的である、との
発言を行っていましたが、のんきは正しくその通りだと思います。

・・・って、だめですね、どうしても政治に結びつけちゃいます

保護って、一律じゃないとだめなんでしょうかね…。例えば金額が少ない代わりに
自動車を所有できたり、全額受けられるのは一定期間で、日数を経過したら半額に
減額されるシステムとか、臨時で数か月分だけ支給されるシステムとか・・・。

たとえば減額された保護を受けながら仕事をできたり。

また、貧困問題に取り組むグループが、対極にある企業のグループと連携して就職
先を斡旋できるようなシステム作りを行ったりとか。

ま~、外野からいうだけだったら誰でもできるって話かもしれませんが


ってことで、今日はこんなお話でした。


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車椅子バスケ

2009-10-30 09:48:15 | のんきの日記
さて。

昨日は、エアリースポーツのメンバーさんに誘っていただいて、車椅子バスケをな
さっているグループに参加させていただきました

エアリーでも一度やったことがあったのですが、何しろ今回はこの車椅子バスケを
中心に活動されている人たちのグループ。・・・なかなかハードでした

のんきが障害を持っているのは左足なので、下半身を使用するスポーツではどうし
てもハンディが現れてしまうのですが、車椅子バスケの場合は、足は使いませんか
らね

がんばれちゃうんです、これが・・・

「な、なんで涙目~?
ひ、ひーよこさん。これがね~、下半身を使うスポーツにくらべて、スタミナが続
いちゃうんです。肺は悲鳴を上げているのに、思った以上に動いちゃうんですよ、
体が。

だから無茶苦茶しんどくって・・・

だけど、普段サッカーとかするとき、「もっと左足がこう動いてくれたら」、って
いうイメージしていることを車椅子がやっちゃってくれるんで、結構痛快です。o(*^▽^*)o

楽しかったですね~。

毎週木曜にやってるみたいなんで、とりあえず就職するまでやってみよっかな~。
**************************************************************

銀河漂流バイファム

フランス人ジュール・ヴェルヌ原作の「十五少年漂流記」をモチーフにしたフィク
ションです。

異星人によって支配された「植民地」ならぬ、「植民惑星」に住む家族や友達を助
けるため、たまたま異星人の手から逃れることができた15人の少年少女が地球を
目指して旅を続けるお話・・・だったかな。

当事、のんきの地元、松山では、地方局はNHK系列と日テレ系とフジテレ系しか
なく、辛うじて海の向こうの広島から飛んでくる電波を捕まえてテレ朝系が見られ
てはいたのですが・・・。

TBS系列はみることが出来ませんでした。テレ東系もそうなんですけどね(^▽^;)
日テレ系も、いわゆるゴールデンタイム、つまり夜19時~20時の時間帯は中央
曲で放映している番組をやってくれていたんですが、のんきたちが一番見たかった
時間帯。夕方17:00~17:30の間に放映していたアニメは、ほとんど放映
してくれませんでした。

バイファムはTBS系列で、毎週金曜の19:00~19:30に放映されてい
た・・・らしいのですが、のんきはもちろん見ることができませんでした。

なのでのんきが実際に見ることができたのは、大学生になって、自分で自由にでき
るお金がと時間が増えた頃。ビデオで借りてみました

後にOVAでリメイク版のアナザーストーリーが作られるのですが、やっぱり第1
作目の方が良いですね。どうしても後継作って、第1作目を意識して作られてしま
うので、それだけ自由度の幅が狭まっちゃうんでしょうね。とくにリメイクともな
ると。

ちなみにバイファムの裏番組は、実はドラえもん。で、このバイファムも視聴率低
下に悩み、打ち切りがちらほらとささやかれる中で、何とか当初の予定まで達成す
ることができた作品なのだそうです。

こんなに素敵な作品なのにね


↑リメイク版のセカンドOPですが、作品の雰囲気がもっともよく現れている映像
かもしれません。


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終末思想

2009-10-29 21:19:40 | のんきワールド
う~ん・・・最近「のんきの聖書物語シリーズはちょっとむずかしいよ~」という
ご意見を何ヶ所からいただいたので、シリーズ的にはちょっとペースを落としてみ
ることにしました。

なので、「いつ続きが登場するかはお楽しみ~」ってことで

ってことで、今日のテーマは「終末思想」。

「え~、また難しいんじゃない~」

ひ、ひ~よこさん。きっとそんなことはないはず・・・。だけど、昔オタクだった
のんきのマニアックなネタなので、気に入っていただけるかどうかは・・・

最近、TVを見いて、「ちょっと最近のTV番組、つまんね~よな~」なんて思っ
ている皆さまは少なくないはず。

のんきが考えるに、この「面白くなった理由」って、いくつかあるんですが、例え
ば、番組を構成している構成作家、ってやつで、実際に番組を作り上げる
元ネタを考えている人
が少数であること。
大体30名くらいなんだそうです。世論や流行って、基本的にTV番組から作り出さ
れる場合が多いですよね。だとすると、日本の世論は、この30名くらいの人たちに
よってほとんど生み出されている、ってこと。これってある意味怖いですよね。

ふたつ目は、「世の中が便利になりすぎたこと」。
簡単にいろんなものが作れるようになったせいで、その内容までにそういった傾向
が生まれてしまったということ。パターン化されてしまったというとわかりやすい
でしょうか。

三つ目は、「新しいクリエーターを育てる手間を惜しんだこと」。
番組を作るのにも、海外(中国・韓国)に委託したほうが安く仕上がるので、技術
をほとんど委託してしまい、結果日本人が技術を発達させる機会を奪われ、逆に中
韓に技術を渡してしまったこと。

四つ目は情報技術が発達してしまったこと。インターネットという媒体によって、
TV番組より速く、しかも面白い情報が入手しやすくなったということ。
これはTV番組の視聴率を下げることにもなり、TV局が番組に対してお金をかけ
られなくなった、ということへもつながってしまいます。

五つ目が「規制緩和」。TV番組に対して、ってことじゃなくて、社会問題として、
ってこと。全てがTV番組のせいにされてしまい、結果、TV的には規制の締め付
けが厳しくなってしまいました。

そして、六つ目がタイトルにもなっている「終末思想」。

さて。ではいつごろからTV番組って面白くなくなってきたのでしょう。
その目安となるのが、「1999年」だと思いませんか?

「1999年7の月」に「天から恐怖の大魔王がふってくる」って言われた、あの

「ノストラダムスの大予言」

です。

「ひょっとしたら、世紀末になったら宇宙人が地球に攻め込んでくるかもしれな
い」

なんて、今考えると笑っちゃうようなネタが、まことしやかに信じられていた時
期。オカルト的な発想にも、なぜか真実味があったりしたんです。



だれも知らないよね~・・・
色々なアニメの中で、最も早く「予言」が外れたアニメです
1996年の近未来をフィクションとして描いた作品だったのですが、2009年となって
しまった今、その「近未来」も既にパラレルワールドとなってしまいました。

この頃の作品って、どんなに優秀でも、視聴率等の関係で打ち切りになってしまう
こともよくあったのですが、これもそんな作品の一つです。

TVシリーズで、毎週放映されていたアニメです。現在のようにCGが主流ではな
い時代。「手描き」でセル動画が作られていた時代の作品です。・・・きれいだし、
温かみがあるよね・・・。

ってことで。
「ま、まさか・・・


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「戦後」への布石

2009-10-28 10:44:53 | のんきの聖書物語
日露戦争物語の続きです。

「戦後」。これは、ほとんどの国で「第二次世界大戦後」のことを言いますよね。

日露戦争が起こったのが1904年頃。日本が開国し、世界歴史の渦に巻き込まれてい
く中で、世界の距離は急速に縮められてゆきます。

イギリスで起こった産業革命後、蒸気機関が開発され、「蒸気船」「蒸気機関車」
などといった人力に因らない「移動手段」が活発に用いられるようになります。

1870年、世界で初めてガソリン車を作ったのがユダヤ系オーストリア人のジークフ
リート・マルクス。1876年、ドイツのニコラウス・オットーがガソリンエンジンを
開発。ゴットリープ・ダイムラーがこれを改良。

アメリカのライト兄弟が初めて飛行機の有人飛行に成功したのが1903年。

第1次世界大戦、初めて飛行機は軍事兵器として転用され、この頃には機関銃も開発
されていたため、その殺傷能力もものすごいものとなっていたのでしょう。

第1次世界大戦において、国別の戦死者はドイツ177万人、オーストリア120万人、イ
ギリス91万人、フランス136万人、ロシア170万人、イタリア65万人、アメリカ13万
人となっています。

日本は、日露戦争の折にイギリスと結んだ日英同盟を準拠に、1914年8月、第1次世
界大戦へ参入。

「モンロー主義」=ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸は相互に干渉しないという思想
のもと、中立を保っていたヨーロッパも、ドイツからの裏切りを受け、国民感情の
高まりとともに1917年、一次大戦へ参戦します。

ドイツ・オーストリア・オスマントルコ・ブルガリアの中央同盟国と、イギリス・
フランス・ロシアを中心とする連合国の間で大戦は行われました。

これに途中から日本、アメリカ、そしてイタリアが参入した形です。

勝利したのは連合国側でしたが…。

この大戦の結果、ヨーロッパの君主制は大きく崩壊し、ドイツのホーエンツォレル
ン家、オーストリアのハプスブルク家、オスマントルコのオスマン家、そしてロシ
アのロマノフ家は、歴史の表舞台から姿を消してしまいます。

ドイツ・オーストリア・オスマントルコは中央同盟国なのでわかりますが、なぜか
連合国側であるロシアまでも体制の崩壊を迎えたのです。

ロシアは、ドイツ・オーストリアには敗戦することが多く、大戦の途中でヨーロッ
パから撤退し、そのしわ寄せを受けた労働者側からの反乱を呼び起こしたのです。

「ソビエト連邦」の誕生です。正式名「ソビエト社会主義連邦共和国」。中心と
なって活躍したのはレーニンですが、連邦誕生(1922年)の2年後、レーニンは死
去。この後権力を握るのが「ヨシフ・スターリン」でした。

「ソビエト連邦」。つまり、戦後東西冷戦構造の一翼を担う国家です。

ソビエトはユダヤ的経済システムを取らず、結果第二次世界大戦の引き金ともなっ
た「世界恐慌」の折も、そのあおりを受けず、経済的発展に成功していたようで
す。

また、日本は第一次世界大戦への貢献からイギリス、アメリカ、フランス、イタリ
アとともに「五大国」の一員に加えられ、この後、アメリカとともに世界的な地位
が大幅に向上することとなります。

で、日露戦争当時もそうなのですが、日本って、「捕虜の扱い」が非常に丁重なん
です。日露戦争当時のロシア人(松山)、第一次世界大戦当時のドイツ人(徳島)
って、両方とも四国だったりするんですが

どちらの地域でも、日本人は捕虜ととっても仲良くなってしまいます。

ということで、次回は「世界恐慌」。

世界が大きく揺らいだ「世界恐慌」の中で、いち早く立ち直り、経済的な回復を見
せた「日本」。一体、そんな日本がどうして第二次世界大戦の渦中へと巻き込まれ
ていったのか。


次回をお楽しみに~。


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日露戦争物語

2009-10-27 10:05:32 | のんきの聖書物語
坂の上の雲・・・なんて題名にはいたしません
日清戦争の続きです。

日清戦争での清国の敗北により、「清国衰退」を見て取った西洋列強は、この清国
に関して積極的な姿勢に打って出ます。

戦争で勝利したのは日本なのに、ロシア・フランス・ドイツは日本に対して清国に
対する権利を主張してきます。

んで、続く日露戦争に於いて舞台となったのは、「朝鮮半島」と「遼東半島(満
州)」。

当時のロシアがどんな時期にあったかというと…

ちょうどこのくらい
第1次世界大戦への布石が打たれていたような時期ですね。

ロシアがなぜヨーロッパへ侵出したのか。
実は、ロシアが求めていたのは「不凍港」。つまり、凍らない港です。

なぜ不凍港を求めていたということは、つまりロシアの面する海は凍てつく港ばか
りだった、ってこと。漁に出たり、海外進出をしたりするのにとっても不便だった
んでしょうね。

ロシアは同じことをアジア地域に対しても仕掛けてきます。ロシアと国境を近くし
て、海に面する地域といえば。すなわち清国の満州地域と朝鮮半島。

ガチンコで日本と利害が対立する地域です。

一方で清国に影響力を持っていたイギリスは、同時に南下して清国に影響力を及ぼ
そうとするロシアに対しても脅威を覚えます。満州や朝鮮半島にをロシアが支配す
ることは、イギリスには好ましくありませんでした。

日本とイギリスは、利害関係が一致したんです。
これが、「日英同盟」。

これまでのイギリスがとっていた政策は、「栄光ある孤立」。どこの国とも同盟関
係を結ばないという政策です。日英同盟は、この「栄光ある孤立」を翻してまで結
ばれた同盟関係。

日本がロシアに勝利できた影で、この「イギリス」の存在は欠かせませんでした。

「イギリス」 

戦時中、日本は軍資金を、「戦時国債」を発行することによって賄っていました。
国債ですから、購入してくれる相手がいなければ資金を入手することはできませ
ん。

この日本の国債を積極的に購入してくれたのが、実は「ユダヤ人」。

日本に巨額の資金を融通したのは、ロスチャイルド家

当時の日銀副総裁であった高橋是清は、アメリカやヨーロッパをめぐり、資金集め
に奔走します。アメリカでの資金調達に失敗した是清は、続いてヨーロッパへ渡
り、ロスチャイルド家に資金の融通を依頼します。

そう。ロシアの南下政策を懸念していたのは、ほかならぬこの「ロスチャイルド
家」であったわけです。

当然、当時の世界的な評価はロシアの勝利。日本が勝利するなどと考えた国はどこ
にもありませんでした。当然、これはロスチャイルド内でも同様。

日本への資金融通は、ロスチャイルド内にも反対意見があったわけです。

ロスチャイルド家は、日本にニューヨークの銀行家、「ジェイコブ・シフ」を代わ
りに紹介します。日本に巨額の資金を融資したのは、ほかならぬこのジェイコブ・
シフ。ジェイコブ・シフはロスチャイルド家と血縁関係にある人物だったのです。

彼が日本に資金を融通したのは、当時ロシアで行われていた「ポグロム」、つまり
ユダヤ人に対する深刻な迫害行為への「報復措置」でもあったようです。

日露戦争物語―天気晴朗ナレドモ浪高シ (第1巻) (ビッグコミックス)
江川 達也
小学館

このアイテムの詳細を見る


実際に日露戦争において、どのような戦いが行われたのかは、このコミックを見て
いただければ、詳しくわかるかと思います

長編ですが。

陸戦では一進一退の攻防を続けていた両国ですが、海戦ではなんと日本の圧勝

これのとき参謀に付いたのが我が松山の英雄「秋山真之」。

みんな~。坂の上の雲、見てね~
11月29日から始まるよ~

松山にもいっぺん来てみてね~。まったりできるよ~。



ってことで、次回はもうもう一回世界に飛ぼうかな・・・。



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臨時国会開幕

2009-10-26 09:04:15 | のんき的時事問題
さて。いよいよ本日から待ちに待った臨時国会が開幕いたします。

まず考えてみてください。

鳩山氏は、総理に就任してから早2ヶ月近くたちますが、まだ所信表明演説を行っ
ていません。これが、恐らく本日行われます。

そもそも、民主党の混乱、つまり大臣副大臣クラスの意見が二転三転し、また大臣
間や党首間でも意見の相違が見られるということ。

その原因は、衆議院選挙が行われてから2ヶ月も経とうかというのに、いまだにそ
のTOPの口から凡そのガイドラインが示されていないということ。これに尽きる
と思うのです。

普天間の基地問題など、その最たる例だと思います。

温室効果ガス25%削減という、大幅な削減目標も、国民への提示を行うこともな
く、国会において議論されることも、法案として提示されることもないまま、大き
な国際舞台の場で国際公約がなされました。

補正予算が凍結されましたが、国会において法案が成立した後に、これを国会の了
承を受けることもせず、勝手に凍結してしまうことは法律違反です。

また、補正予算は「2009年度」の補正予算です。既に諸々のニュースでも見えてき
たように、そのほとんどが「必要な予算」でした。

もちろん「無駄」だと思われるものもありましたし、麻生内閣だからこそ有効に働
くような法案も含まれていましたから、全てが必要な予算であったわけではありま
せん。

ですが、リーマンの崩壊以降の喫緊経済対策として、急いで執行する必要性のある
ものも多く含まれていたことも事実です。

また、鳩山氏は15ヶ月予算が必要だということも話していましたが、既に前期の
補正予算の中には、単年度ではなく、複数年度で活用されることを目的とした予算
も含まれていました。

凍結されてしまったために、景気経済に対する対策が既に2ヶ月近く、また国会の
開催時期も考慮すれば、3ヶ月以上先送りされてしまったことを見て取ることが出
来ます。

また、生活保護の母子加算を年内に復活することも決定されたようです。

少し疑問に思いませんか?
のんきは、別に母子加算の復活そのものをどうこう言うつもりはありません。

ですが、「なぜ生活保護世帯だけ優遇されるの?」という面です。

う~ん…。やはり差別的になってしまうことを懸念するわけですが…。

保護を受けるしかない世帯がいることものんきは十分理解しているつもりです。
ですが、よく言われているように、「生活保護を受けている世帯以下の水準」での
生活を強いられている世帯もたくさんあります。

よく報道番組で、保護を受けながら複数の子どもを育てている母子家庭の様子が流
されているシーンを見ることがありますが、これも明らかな印象操作です。

何も子どもを抱えながら苦しんだ生活を送っている母子家庭は、生活保護世帯だけ
ではありません。保護世帯と同程度、もしくはそれ以下の生活を送りながら、何の
手当てを受けることも出来ず苦しんでいる人はたくさんいるのです。

であれば、保護世帯だけではなく、一括して全ての母子家庭か、もしくはある程度
の水準以下の年収で暮らしている全ての母子家庭世帯(あるいは父子家庭世帯)に
給付するのが道理では?

民主党は、麻生内閣に対して、小泉内閣当時のマニフェストの総括をもとめ、数の
力で小泉マニフェストを邁進させた小泉純一郎への批判を、まるで麻生さんに原因
があるようにして責めました。

良いか悪いかは別問題として、項目には全て着手し、もしくは野党からの反対で実
行できずにいた小泉マニフェストの項目に関しても、「あの項目は間違っていたの
ではないか」という問い方ではなく、「マニフェストが実行されていないのではな
いか」という的外れな批判を行い、「マニフェストこそ一番重要である」と民主党
は主張しました。

「何を行ったか」よりも「マニフェストにどんなことが書かれていたか」、そして
「これをどれだけ実行できたか」が重要であるといい続けた民主党。

ですが現在を見てください。

「これ以上赤字国債を発行すれば国はつぶれます」⇒「自民党予算に加えて6兆円
赤字国債を発行します」
「沖縄の米軍基地を県外へ移設します」⇒「米軍基地の県外移設は考えられない」
「21年度予算で乱立された基金を凍結し、国民の生活へまわす」⇒「基金に無駄な
ものはほとんどなかった」
「高速道路は無料化します」⇒「無料化される高速道路は一部だけです」
「4年間、消費税の増税を議論する必要はありません」⇒「年金の最低保証金額へ
は消費税の増税分を当てます」
「東アジア共同体にアメリカは含めません」⇒「東アジア共同体構想ではアメリカ
の役割が重要です」
「記者クラブは廃止します」⇒「反故」

また、最後に郵政民営化見直し問題について。

西川を辞任へ追いやったまでは良くやったと思います。
ですが、その後の後継を定めるまでの流れがよろしくない。

亀井静香(←呼び捨てです、既に)は、後継を決める問題を、鳩山氏ではなく、小
沢氏に報告しているということ。そして小沢が気に入る人材をこの役職に宛て、し
かもこれが民主党の主張に逆行する「元官僚」の「わたり」であるということ。

民主党が何を言おうが、「小沢一郎」は了承しているということです。

この流れ…まるで55年体制当時の自民党のデジャブを見ているようです。

つまり、
「天下りは根絶します」⇒「年数がたっていれば天下り、またはわたりも可能で
す」

 今日から臨時国会です。とっても楽しみですね。


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日清戦争

2009-10-23 10:17:18 | のんきの聖書物語
今日こそは突入できるはず!! 
「清国」と「李氏朝鮮」の続きです。

その前に…。

「清国」って、中国の歴史の中ではちょっと特殊な王朝です。

中国って、秦の時代に、始皇帝が「自分が皇帝だ!」って名乗ってから、皇帝の金
印だったり、血筋だったりをとても重んじている民族だということは皆さんご存知
だと思います。

秦の後に皇帝の座に着いた「漢王朝」の劉邦。ここから、「漢民族」なんていわれ
ていますね。

だけど、名だたる中国の歴史の中で、二度ほど漢民族以外に政権の座を譲り渡した
時期があります。

これが、モンゴル民族によって征服された「元」の時期、そして「女真族」という
民族に征服された、「清」。中国とロシアと朝鮮の間くらいの地域に住んでいる民
族です。ちなみにこの地域のことを「満州」と呼びます。

後に女親族は、自分たちの民族名を「満州人」と改めます。言語圏ではロシア語
(ツングース語)を話す民族になるようです。

そう。つまり中国最後の王朝「清」は、伝統的な漢民族による王朝ではなく、「征
服王朝」つまり漢民族以外の民族による支配を受けた王朝であったわけです。

んで、日清戦争。

朝鮮半島における対立は、「天津条約」によって、日清双方が兵を撤収することで
一応の解決を見ます。この後10年間、日清が朝鮮半島に派兵することはなかったわ
けですが、その間、日本は着実に海軍の増強をはかります。

その間、日本との不平等条約を締結させられた朝鮮国内には、不平不満が鬱積し、
ついに農民の反乱(東学党の乱)が起こります。自国だけではこの問題を解決でき
ないと踏んだ朝鮮政府は、清国に応援を要請するのですが…。

仮に清国が派兵するということは、同時に日本の武力介入を招くおそれもあるとい
うこと。「清国が派兵するんだったら俺たちも」みたいな感じで。

案の定、日本は国内の政治的な行き詰まりも後押しして、朝鮮に対しての派兵を決
定します。

朝鮮が農民の要求を呑むことで事態は収束したのですが、収束後も、日清とも、朝
鮮の首都を鑑みれる位置において武力をとどめたまま、事態は膠着します。

当時の内閣総理であった伊藤博文は、まずは清国、続いて朝鮮に要求を突きつけま
すが、清国は拒否、朝鮮は代替案で回答。で、ついに日本は朝鮮政府を攻め、支配
します。

そして日本の清国に対する宣戦布告が行われ、ついに日清戦争開幕と相成るわけで
す。

このとき、政府は日本国民に対して、

「日本は、朝鮮と日朝修好条規を結んで朝鮮を独立させたのに、清国は朝鮮は自国
の属国だと言い張って平気で朝鮮に内政干渉を行ってくる。日本は清国に対して、
この地域の平和と安定のため、共同で取り組むことを提案したのに、これを拒否した。

朝鮮にも日本が朝鮮の改革を行うことを快諾してもらったのに、まだ清国は朝鮮に
兵隊を送り込んでくるし、そればかりか日本の軍艦に対して攻撃までしてきた。

清国は平和を犠牲にして利権を得ようとしている」

として、だから戦争をするんだ、と表明しました。

いや~、やっと日清戦争の開戦まで行き着けました。

この後、日本は破竹の勢いで清国の軍艦を次々に撃破し、日清戦争に勝利します。

事態は米英の介入により、ようやく収束を見るわけですが…。

戦後、日本は清国との間で不平等条約(日清講和条約)を締結します。

条約の中で、日本は台湾と遼東半島(満州地域)を手にするわけですが、南下して
同様に遼東半島を狙っていたロシアと独、仏からの文句を付けられて(三国干渉)
まだこれらの3国に対するに十分な戦力をもっていないと考えた日本はこれを了
承。

遼東半島はロシアの領土となってしまいます。

そして。このことが後の「日露戦争」への布石となるわけです。

朝鮮は中国との朝貢関係からは開放されました。しかし、北側からロシアの脅威に
晒されることとなったわけです。


さて。いよいよ事態は我が松山の英雄「秋山兄弟」が大活躍する「日露戦争」の時
代へと突入いたします。


日本はロシアとの戦いを通じて、ついにヨーロッパと遭遇します。

日本、いよいよ世界の舞台へ・・・。

次回をお楽しみに~。














忘れちゃ~なりません。これは「聖書物語」です


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「清国」と「李氏朝鮮」

2009-10-21 11:00:13 | のんきの聖書物語
ふ…、深い…
歴史って深いです

何事もそうだと思うのですが、一つ一つの事象が起こった際、その事象のみにとら
われていたのでは真実を見落としてしまいます。

人間の心の問題も同様ですね

問題は、「なぜ事象が起こったのか」ということ。

こと、ここに人が絡む場合は、必ず「フィルター」が加わってしまいます。そし
て、ここに「対立する」2つ以上の意識が絡んだ場合…。

まったく同じ事柄でも、その捉え方が二様三様に変化してしまうわけです。

ってことで、「琉球」と「台湾」の続きです。

以前に、日本がスムーズに開国できた理由として、海流(黒潮)を挙げたことが
ありましたね。

実は、このことは日本にとっては非常に有利に働きましたが、朝鮮にとっては逆に
不利益に作用しました。

清国のみと陸続きで、海を挟んで日本としか向かい合わない朝鮮は、情報の入手が
清国にくらべても、また日本にくらべても、後手後手にまわっていたことはこれか
らの朝鮮半島にとっては、非常に不利益に作用するわけです。

清国は当然中央アジアをはさんで欧州やロシアとも対峙していますし、欧州の先進
的な情報は否が応にも流入してきます。

一方で日本は、出島外交により、インドに駐留するオランダとの交流を持ち続け、
清国だけでなく、欧州の情報をも積極的に取り入れていました。

朝鮮は日本同様鎖国体制を築いていましたが、「華夷秩序」の思想のものと、漢民
族以外の文化、つまりヨーロッパの文化を認めようとせず、また「衛正斥邪」の思
想のもと、西洋文化を=悪とみなし、強行にこれと対立していました。

「衛正斥邪」。日本流に言うと、「勧善懲悪」のことです。

対立より融合を選んだ日本。対話より対立を選んだ朝鮮。いち早く開国し、欧州文
明を取り入れた日本は、この後、欧州諸国が行ったことと同様な世界侵出の方法を
選びます。

清国の失敗から学び、朝鮮より早く取り入れることができた。

思い返してみてください。そもそもなぜ日本が清国と国交を正常化しようとしたの
か。そう。朝鮮との国交を正常化するため。

清国…、つまり中国は、元来日本にとっても強大な国家で、隋、唐の時代より、日
本は中国に学び、中国に朝貢することでその関係を保ち続けてきたわけです。

ところが、清国のイギリスへの敗北を知り、いち早く欧州文化を身につけた日本
は、清国と「平等条約」を結び、台湾出兵の後、これに日本にとって有利な、つま
り清国にとっては不利益な、「不平等条約」が結ばれたのです。

立場が逆転してしまったんですね。

驚いた清国は、朝鮮に対して日本の申し入れを受けるように進言します。

しかし、当然朝鮮の内部では保守派と開国派に別れ、国内の意見がまとまるわけは
ありません。遅々として事態が進行しないことに痺れを切らした日本は、対馬藩に
ある草梁倭館(朝鮮駐在事務所)を勝手に日本公館と改名し、外務省管轄にしてし
まいます。

朝鮮はこの措置に激怒。この草梁倭館を通じて行われていた日本との外交を停止。
この公館への食料の提供を停止してしまいます。まあ、当然といえば当然かもしれ
ませんが…。韓国のこの措置に対して日本でにわかに脚光を浴び始めたのが「征韓
論」。武力による朝鮮制圧です。

そしてこの後の朝鮮との交渉において、ことごとく障壁となってくるのが前記した
「華夷秩序」思想と「衛正斥邪」思想。

日本で言えば「なぜまげを結わず、羽織袴を身につけていないものが、土足でこの
国に上がってきたのだ」的な発想です。

そして日本が取った手法は、アメリカがペリーを使って行ったのと同様な手法…。
測量や航路研究のためとして軍艦を朝鮮近海へ派遣し、威嚇射撃を行ったのです。

この舞台となったのが「江華島」。もちろん威嚇射撃を行うにも大義名分があり、
この江華島に軍艦が近づいた際、先に江華島にある3つの砲台から砲撃をうけたか
ら、という理由です。

翌日日本は海軍を派遣し、陸戦隊と海兵隊を上陸させ、砲台へ放火。朝鮮の兵を35
名殺害します。日本側の死者は2名。

そしてついに李氏朝鮮は日本との不平等条約、「日朝修好条規」を締結させられる
に至ったのです。

後の朝鮮では、「急進的欧米化を進めようとする親日的な開化派(独立党)と、漸
進的改革を進めようとする親清的な守旧派(事大党)(Wikiより)」が対立
し、日清双方が半島に上陸して初めて交戦を行う事態へと突き進みます。

この際に2度ほど日本の公使館が全焼し、数十名の日本人が命を落とす事態があり、
日本国内では清、朝への反感が強まってしまいます。

ってことで、いよいよ事態は日清戦争へ。端折りました

次こそは!! 日清戦争を・・・。


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「西川社長辞任へ」

2009-10-20 09:37:52 | のんき的時事問題
これは素直に拍手を送りたいですね。

日本郵政の西川社長辞任へ 政権交代で続投困難(朝日新聞) - goo ニュース

ま、これは麻生氏の政策とも共通する部分があるわけですが、同時に麻生氏の命運
を断じてしまった一件でもあります。

のんきのブログでも何度か記事にしたことがありますね
ちょっとまとめてみますので、例によって色の付いた文字を中心に読んでみてくだ
さい。
*************************************************************
再度わかりやすいように記すと、そもそも

郵政民営化とは、竹中氏と西川社長、アメリカのユダヤ資本系
金融会社によってしかけられた、できレースであった


という側面。

小泉純一郎がこれを実現するアクターとして選ばれた
んだということ(指揮者ではないことにご注意)。

「郵政民営化」というキャッチフレーズのもと、

ゆうちょ資本をユダヤ資本系金融会社に渡すため、再度国有化
しにくいように、郵政事業を分割してしまった

んだということ。

まず最初に

かんぽの宿が外資系であるオリックス不動産に破格で売却され
そうになったのを鳩山邦夫氏が暴き

凍結されたまま現在に至っているところは記憶に新しいところだと思います。

この頃に、

麻生氏が「日本郵政の株式上場は凍結すべきだ」という発言を
行ったとき、マスコミが叩いた

ことも記憶に新しいところです。

このときにマスコミが誘導しようとししていた世論の流れは、「郵政
民営化の流れに反する」という世論

小泉氏の悪政が徐々に正体を見せ始めていたにもかかわらず、マスコミはこの麻生
氏の発言を擁護しようとせず、逆に叩きました。

続いて、
「私は郵政民営化には反対だった」の発言に対してもマスコミは
同様の態度

を取ります。

一方でかんぽの宿売却の問題に関しては問題点をクローズアップし、「問題であ
る」という印象を誘導し続ける…。マスコミは、まったく矛盾する2つの事項を、
あたかも別々の問題であるかのように、堂々と報道し続けていたわけです。

続いて勃発したのは西川の続投問題。
麻生氏は鳩山邦夫氏を使って、西川降ろしを画策するのですが、
小泉-竹中ラインにしてやられ、指名委員会を抑えられてしまい
実現が非常に難しい状態に追いやられてしまうわけです。

ですが、もしこのときにマスコミが麻生氏を擁護して、世論を正しき方向に導いて
いたらどうだったでしょうか。

このときのマスコミの態度は、非常にあいまいでした。
西川続投になっても、逆に更迭となっても、どちらにしても麻生氏
を叩けるような体勢を維持し続けていた

わけです。

このときに積極的に報道されていたのが小泉氏の「怒るというより笑っちゃうく
らい、ただただあきれている」という発言。このとき既に小泉氏は政界からの引退
を表明しており、自らの身の処し方は確保した上での発言です。

そして、
中川秀直の確信犯的発言
彼こそが自民党政権を崩壊させ、民主党へ移譲させる流れを決定的にした
A級戦犯です。
こいつだけは・・・。なぜ自民党に、しかも比例復活という流れで戻ってきたの
か。

自民党はなぜこいつを再選させたのか。

そしてマスコミは鳩山氏を更迭させた麻生氏を責め、

自分たちが郵政民営化の流れをつくり、郵政民営化に逆行
するという理由で麻生氏を叩いたことなどまるでなかったかの
ようにして郵政事業の株式凍結の流れを生み出せなかった
麻生氏を責め始める
のです。

結果、麻生内閣の退陣にいたったことは皆さまご記憶の通り。
***************************************************************
西川=郵政社長の座は、ユダヤ資本に日本郵政を売却することに成功した(少なく
ともそのときは)ことに対する論功行賞でした。

彼が有能であったかどうかよりも、彼が日本の資本をアメリカの裏社会に売り渡し
てしまおうとしていたこと。そしてそのことにより見返りを受け取っていたという
事実。これは竹中も小泉も同様ですが、このことが非常に重要なのです。

彼らが行ったこと。これは国家犯罪級の大罪です。

鳩山由紀夫氏が亀井氏を郵政改革担当大臣に据え、結果西川社長退陣への流れを作
ることが、しかもこれほどに早急に行えたということは、非常に賞賛されるべき自
由であると思います。

しかし、鳩山氏がこれを行ったのは、恐らくそれほど深く考えることはしていな
かったでしょうし、何よりも「反自民」の大義名分。自民の行ったことはすべて悪
であるという単純な発想でおこなったことであろうことは想像に固くありません。

一方で亀井氏は郵政選挙で自民を追われたわけですから、ただ単なる反骨精神がこ
れを実現させたのだと思います。

もし、鳩山氏が本当に国家のことを憂い、そのことが理由で西川社長更迭の流れを
つくったのであれば、国民に対してきちんと、「なぜ」西川社長を更迭したのかと
いうことを説明すべきだと思います。

でなければ、何も西川氏を更迭する事由などないわけですし、麻生氏が言うよう
に、国が株主であるとはいえ、民間の企業となった郵政事業に国が圧力をかけるよ
うなことは、民主主義社会としてはありえないわけですから。

もしそれができれば、このことに関しては鳩山氏を評価しても良いかな、とも思い
ます。





・・・まあ、実際に動いてるのは鳩山氏ではなく亀井さんですけどね


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「琉球」と「台湾」

2009-10-17 08:37:41 | のんきの聖書物語
だんだんカテゴリーののんきの聖書物語と論旨が遠ざかっている気が…

まあ、「のんきの」聖書物語ですから…。ご勘弁をば。

開国の続きです。

歴史って、近代から現代に近づくにつれ、内容がより具体的になってきますから、
だんだん難しくなってきますね。

日本はまず韓国との国交正常化のため、先に清国と「日清修好条規」を締結するわ
けですな。フムフム。

この日清修好条規は、日本がアメリカやイギリスに対して結ばされていた「日米和
親条約」や「日英和親条約」といった不平等条約とは違い、「平等条約」。欧米の
脅威からお互いに協力して助け合いましょう、みたいな条約であったようです。

片方で、日清の間には「琉球国二重帰属問題」なるものが存在していたようです。
つまり、もともと清の属国的立場であった琉球国を江戸時代の薩摩藩が併合し、自
国の領土としてしまった。このことにより、琉球国の帰属問題ってのが発生したよ
うです。

この地域では開国後も紛争が頻発していたようですが…。

当時の日本にはアメリカ人によって持ち込まれたユダヤ的思想の元、韓国を武力に
よって開国させよう、という「征韓論」なる思想があったようです。

つまり、ヨーロッパやアメリカに対して対抗するためには、日本の国力だけでは難
しい、朝鮮や中国といった東アジアの国々と力を合わせねば大変なことになる…と
考えていたかどうかはわかりませんが 欧米が植民地政策をとっている
のと同じように、日本も周辺地域を支配することで、国力を顕示するしようとして
いたんでしょうか。

国内ではこの征韓論が元で、また士族への冷遇が火種となり、九州地方では「西南
戦争」へとつながります。ま~、またしてもこのときにちらほらと影が見えるのが
「ユダヤ」。西郷たちに武器を輸出していたのはイギリスであった、ということで
すから。

一方で、欧米(の一部組織)が日本に担わせようとしていた役割は、「清国への先
鋒隊」。つまり自分たちに代わって清国に攻め込ませ、清国を支配しやすいように
する、ということ。

もちろん銃や大砲を用いた圧倒的武力での戦いに於いてはヨーロッパ側に有利で
あったんでしょうが、やはり「武術集団」としての清国は脅威であったのでしょう
か。ところが、個人的戦闘能力として、刀を用いて戦う日本人「侍」の姿は魅力的
に映ったのかもしれません。

同時に「廃刀令」が出されたということは、欧米としてこの戦闘能力は脅威にも覚
えていたのでしょう。

ともあれ、日本としては国内に鬱積する士族たちの不満を、どこか国内ではなく、
海外へ向けさせる必要もあったわけです。

んで。 先述したように、琉球国と中国の関係は「宗主国と属国」の関係
でしたが、薩摩藩に併合されて以降、琉球国は「日本国の一部」。廃藩置県の際に
は、いったん「琉球藩」として朝廷より詔を受け、後「沖縄県」として名実ともに
日本の一部となります。

そのような最中。琉球(王)国が「琉球藩」となる前の年。

宮古島から首里へ年貢を納めたあと、島へ帰還する途上にあった御用船が、台湾の
近海で遭難してしまいます。遭難者たちは、台湾の先住民に対して救援を求めるわ
けですが、逆に先住民たちは遭難者たちを拉致してしまいます。

拉致された遭難者らは脱出を図るわけですが、この際、拉致された66名の内、実
に54名が殺害され、斬首されてしまいます。

結局、漢民族によって残る12名は救助され、清国政府を通じて日本へ帰されるわ
けですが、・・・ 。

もちろん明治政府は清国政府に対して抗議を行い賠償を求めるのですが、清国政府
は「管轄外」ということで拒否。開国したばかりで国際的な習慣には疎かった日本
は、何もすることができず、約3年間もの間、この事件は放置されることとなりま
した。

そして、ついにアメリカから「悪魔の囁(ささや)き」がなされます。

「野蛮人は懲罰するべきだ」(清国アモイ駐在のアメリカ合衆国総領事リゼンドル)

これに同調した大久保利通が、ついに台湾出兵を決断します。
征韓論の際は反対派に回った彼ですが(西郷隆盛が暗殺され、戦争へつながること
を恐れたため)、今回は国家としての体をなさない台湾。しかも清国が「管轄外」
として関与を否定しているわけですから…。

イギリスやアメリカ、国内の一部から出兵へ反対意見もあったものの、延期命令を
無視して大久保から全権を委任された西郷従道が出航、続いて西郷からの命を受け
た谷干城・赤松則良が出航したことにより、政府もこれを追認。

日本は初めてのの海外出兵、交戦を経験することとなります。

ただ、これは当時の海外の習慣やルールからは大幅に逸脱するもので、清国、イギ
リス駐日大使らから猛反発を受けますが、大久保利通は北京において清国政府と交
渉し、ことを収めた上、清国から賠償金を50万両引き出し、更に清国に対して沖
縄を日本国土として認めさせ、更に日清修好条規に日本を「最恵国待遇」すること
を付け加えさせ、日清の間に、英日、米日と同様な「不平等条約」が結ばれること
となるわけです。

大久保利通ってすごい・・・

大久保は台湾から兵を退却させるわけですが、結局このことは将来に大きな禍根を
残すこととなります。

この一連の流れからも、日本の混乱や東アジアの混乱の裏に、いかにユダヤ的勢力
が関与していたのか、そして更に日本がいかにたくみにこのユダヤ的手法を吸収し
ていたのかが見て取れると思います。

ちなみに・・・ 大久保利通の孫娘は吉田茂と結婚します。吉田茂の娘は
…麻生和子さん。つまり麻生太郎さんのお母様ですね

ま、これは余分な話。

次回こそ日清戦争に突入・・・できるんだろうか・・・


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