群馬県前橋市富士見町原之郷九十九山、標高172mの独立丘陵・九十九山の頂部にあります。
「富士見村16号墳」と呼ばれることもあります。
全長60m、 後円部径35m・高さ5.5m、 前方部先端幅45m・高さ5.5m の前方後円墳です。
(中央の一番高いところが墳丘・・手前は農村公園)
前方部には八幡宮、後円部には石塔がたっています。
(前方部)
(後円部)
墳丘の周りには周濠があります。
墳丘には葺石が施されていたようです。
円筒埴輪や馬形埴輪などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
後円部中央にある埋葬施設は、南方向に開口している無袖型横穴式石室です。
河原石と割石でつくられていて、全長が8.3m・奥壁幅1.95m・奥高1.46mあります。
金環4などが出土しています。
現在石室周りは柵がしてあり、近づけないようになっています。
古墳時代後期・6世紀前半頃の築造と推定されています。
昭和49年12月1日、前橋市(旧・富士見村)の史跡に指定されています。
「富士見村16号墳」と呼ばれることもあります。
全長60m、 後円部径35m・高さ5.5m、 前方部先端幅45m・高さ5.5m の前方後円墳です。
(中央の一番高いところが墳丘・・手前は農村公園)
前方部には八幡宮、後円部には石塔がたっています。
(前方部)
(後円部)
墳丘の周りには周濠があります。
墳丘には葺石が施されていたようです。
円筒埴輪や馬形埴輪などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
後円部中央にある埋葬施設は、南方向に開口している無袖型横穴式石室です。
河原石と割石でつくられていて、全長が8.3m・奥壁幅1.95m・奥高1.46mあります。
金環4などが出土しています。
現在石室周りは柵がしてあり、近づけないようになっています。
古墳時代後期・6世紀前半頃の築造と推定されています。
昭和49年12月1日、前橋市(旧・富士見村)の史跡に指定されています。