古墳:探訪

全国の前方後円墳を中心に訊ね歩いています。

宮崎県新富町・新田原古墳群48号墳

2011-04-09 08:30:51 | Weblog
宮崎県児湯郡新富町新田古開の台地上にあります。
弥吾郎塚古墳とか新開古墳とも呼ばれています。

全長94m、 後円部径52m・高さ9.8m、 前方部幅54m・高さ8m 二段構築の前方後円墳です。
新田原古墳群の中では2番目に大きな古墳です。

墳丘の周りには盾形をした周濠があります。

古墳時代中期の築造と推定されています。
新田原古墳群・祇園原支群を構成しています。
古墳の傍には1軒の民家があるだけで、ほぼどこからでもその美しい姿を観察できます。






宮崎県新富町・新田原古墳群47号墳

2011-04-09 07:58:10 | Weblog
宮崎県児湯郡新富町新田井出の内の台地上にあります。
機織塚(はたおりつか)古墳とも呼ばれています。

全長49.6m、後円部径24.8m・高さ4.2m、 前方部幅30m・高さ6.3m  の前方後円墳です。

墳丘の周りには周濠があります。
円筒埴輪などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
後円部には盗掘溝とみられる穴が開いていました。

前方部が後円部より発達していることから、古墳時代後期の築造と推定されています。
新田原古墳群・祇園原支群を構成しています。









「祇園原支群}
新田原古墳群を構成している4つの支群では最大規模です。
川床・祇園原・春日地区に集中して存在します。
前方後円墳14基、方墳1基、円墳139基が点在しています。
ほとんどが古墳時代後期・6世紀頃の築造です。
古墳時代後期に栄えた宮崎県内最大の古墳群です。
発掘調査はほとんど行われていません。
平成4年に円墳の周溝から地下式横穴墓や馬の埋葬穴などが発見されています。
平成9年度から始まった58号墳(百足塚古墳)の調査では多数の埴輪が発見されています。


宮崎県新富町・新田原古墳群41号墳

2011-04-02 08:52:09 | Weblog
宮崎県児湯郡新富町新田棚ケ迫の台地端にあります。

全長32m、後円部径20m・高さ2.5m、 前方部幅9m・高さ1.2m の前方後円墳です。

古墳の築造時期を含め詳しいことは資料が少なく不明です。
新田原古墳群・山之坊支群を構成しています。
棚ケ迫の台地端にある4基の古墳の中の39号墳と84号墳の間にあります。

古墳下の山道を抜けて台地に上がると、航空自衛隊新田原基地が目に飛び込んできます。


宮崎県新富町・新田原古墳群40号墳

2011-04-02 08:41:50 | Weblog
宮崎県児湯郡新富町新田棚ケ迫の台地端にあります。

全長37m、 後円部径25m・高さ3m、 前方部幅10m・高さ1.5m の前方後円墳です。

古墳の築造時期を含め詳しいことは資料が少なく不明です。
新田原古墳群・山之坊支群を構成しています。
棚ケ迫の台地端にある4基の古墳の中で一番南寄りにあります。


宮崎県新富町・新田原古墳群39号墳

2011-04-02 08:11:42 | Weblog
宮崎県児湯郡新富町新田棚ケ迫の台地端にあります。

全長28m、 後円部径14m・高さ2.4m、 前方部幅12m・高さ1.4m の前方後円墳です。

台地の裾部から高台に登る山道の崖部にあります。
古墳もそうですが、まわりも雑木が生い茂り、薄暗い感じのする所です。
造り出しはありません。

古墳の築造時期などは資料が少なく詳しいことは不明です。
新田原古墳群・山之坊支群を構成しています。
北西から南東方向に39号墳、41号墳、84号墳(円墳)、40号墳と台地端に沿って4基が接するように並んでいます。