古墳:探訪

全国の前方後円墳を中心に訊ね歩いています。

愛知県犬山市・青塚古墳

2013-11-30 08:17:22 | Weblog




愛知県犬山市楽田青塚141、標高31mの段丘端にあります。
青塚古墳史跡公園(広々とした芝生公園)内です。
犬山市の中心からは南へ約6Kmの所です。
「青塚茶臼山古墳」とか「王塚古墳」とも呼ばれています。
墳丘は大懸神社の社地になっています。
そのためか墳丘には登れないようになっていました。

全長123m、 後円部径78m・高さ12m、 前方部先端幅62m・高さ7m 前方部二段、後円部三段構築の前方後円墳です。
前方部の墳頂には低い壇が設けられていて、それを囲むようにして円筒埴輪や鰭付朝顔形埴輪などが並べられていたそうです。
名古屋市にある「断夫山古墳」に次いで、愛知県下2番目の大きさです。


墳丘の周りには自然の地形を利用した、盾形の幅20~30mの周濠(空堀)があります。
さらにその外側に幅23mの盾形をした周庭があります。
古墳の東側くびれ部から周濠を横切るようにして、外側に向かう陸橋があります。

造り出しはありません。
墳丘には河原石による葺き石が施されています。

古墳時代前期・4世紀中ころの築造と推定されています。

1996年から1999年にかけて、史跡公園として保存整備事業が行われています。
墳形全体が見通せるように整備されています。
墳丘の下段には壷形埴輪のレプリカが並べられています。


昭和58年2月8日、国の史跡に指定されました。

訪ねた時は、厚い雲に覆われ今にも雨が降り出しそうな薄暗い感じの時でした。
青空をバックにした墳形は芝生の緑と相まってさぞ綺麗だろうなと想像を描きたてつつ後にしました。



              (前 方 部)  


              (後 円 部)

京都府京田辺市・飯岡車塚古墳

2013-11-23 12:54:47 | Weblog






京都府京田辺市飯岡西原16-1の丘陵尾根にあります。

全長90m、 後円部径60m・高さ7.5~10m、 前方部先端幅45m・高さ3~5.5m の前方後円墳です。
京田辺市最大の前方後円墳です。

墳丘には葺き石が施されています。
円筒埴輪や宮山型特殊器台埴輪(昭和51年の発掘調査で判明)・特殊壺埴輪 などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。

明治35年(1902年)、後円部が発掘されています。
埋葬施設は竪穴式石室でした。
全長2.4m、幅1.2m、高さ1.2mで板石で造られています。
硬玉製勾玉・碧玉製管玉・ガラス製小玉・碧玉製車輪石・碧玉製石釧・碧玉製鍬形石・鉄刀・鉄鏃・銅鏃・石製小型坩 などが出土しています。
ただ銅鏡が見つからなかったことから、それ以前に盗掘されていたとみられています。
一説には、中国製飛禽鏡が出土したと言われています。
木津川の水運を握っていた一族の墓との説が有力です。

古墳時代前期後半・4世紀後半ころの築造と推定されています。

現在前方部は茶畑になっています。



後円部には「上殖葉王古墳ーかみえばのみこ」と記した石標が立っているそうですが、墳丘全体が竹林に覆われていて、見ることはできませんでした。


京都府京田辺市・大住南塚古墳

2013-11-16 08:01:47 | Weblog



             (右端に少し見えてる木々が車塚古墳です)



京都府京田辺市大住八王子の段丘緩斜面にあります。
大住車塚古墳の南西隣のやや高くなった所にあり、車塚古墳と長軸が並行しています。

全長71m、 後方部一辺長37m・高さ4.1m、 前方部先端幅30m・高さ2m の前方後方墳です。
墳丘はかなり削平を受けています。

墳丘の周りには長方形をした周濠が、その外側には堤があります。
墳丘には葺き石が施されていたとみられています。
円筒埴輪や楕円形円筒埴輪・朝顔形埴輪・家形埴輪 などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
明治27年(1894年)の開拓の際、後方部に竪穴式石室が見つかり、その内部から鉄刀や鉄剣10数点、石製品7点などが出土しています。

昭和61年から62年(1986年~87年)にかけて発掘調査が行われ、それまで前方後円墳とされていたのが、長方形の周濠を持つ前方後方墳と判明しました。

隣にある大住車塚古墳よりはやや古い、古墳時代前期・4世紀終わりころの築造と推定されています。






京都府京田辺市・大住車塚古墳

2013-11-09 08:05:49 | Weblog






京都府京田辺市大住八王子の段丘緩斜面にあります。
JR片町線(学研都市線)・大住駅から北へ徒歩約10分ほどの水田地帯にあります。
地元では智光寺山(ちこんじやま)古墳と呼ばれています。

全長66m、 後方部一辺長30m・高さ4.5m、 前方部先端幅18m・高さ1.5m 二段構築の前方後方墳です。
前方部を北西方向に向けています。

墳丘の周りには長方形をした周濠があります。
墳丘には葺き石が施され、埴輪の配列がなされていました。
主体部はどんなものかはっきりしていませんが、竪穴式石室か粘土槨と考えられています。
副葬品など詳しいことは不明です。

古墳時代中期・5世紀初め頃の築造と推定されています。

昭和49年6月11日、国の史跡に指定されています。






京都府城陽市・梅ノ子塚2号墳

2013-11-02 08:32:11 | Weblog







京都府城陽市富野北ノ芝の丘陵平坦部にあります。

全長65m、 後円部径46m・高さ7m、 前方部先端幅20m・高さ?m 二段構築の前方後円墳です。
前方部は削平されています。
墳丘には葺き石が施されています。
円筒埴輪や朝顔形埴輪 などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。

1987年から1997年にかけて部分調査が行われています。

古墳時代前期・4世紀後半ころの築造と推定されています。

1号墳に寄り添うように森の中で眠っています。






京都府城陽市・梅ノ子塚1号墳

2013-11-02 08:02:11 | Weblog







京都府城陽市富野北ノ芝の丘陵平坦地縁辺にあります。

全長87m、 後円部径64m・高さ6m、 前方部先端幅38m・高さ3m 二段構築の帆立貝形前方後円墳です。

墳丘の後円部周りにだけ周濠があります。
墳丘には葺き石が施されています。
円筒埴輪や鰭付円筒埴輪・朝顔形埴輪 等が採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。

1988年に調査が行われています。
後円部中央に埋葬施設がありますが、どんなものかははっきりしていません。
鉄鏃や刀子などが出土しています。

古墳時代前期・4世紀後半ころの築造と推定されています。

青少年野外活動総合センター「友情の丘」前から森の中へ、高圧電線鉄塔のさらに奥にあります。
鉄塔の点検作業員がつけたケモノ道みたいな狭い道を、さらに奥に進んだ所です。
回りや墳丘は竹林に覆われていて、ともすると見失いそうな所です。
たまたま野外センターの方でご存知の方がおられ、ようやくのことで辿り着くことができました。