わが子が小学生だった頃、もっとも大切にしていたのは、
ワークをさせることより、何かを教えるよりも、まずよく「会話をする」ことでした。
マンガを読んだり、テレビゲームをしたり……
子供たちは自由に過すことが多かったので、していることの質はどうか…?
というと実に怪しい時もありました。
しかし、子どもが、「どうかなぁ…」と思う遊びに傾倒しているときも、
その内容について親子で深い部分まで掘り下げて討論するようにすると、
それはそれで、子どもにとって、いい成長をもたらしてくれたように思います。
小学校中学年頃、娘の場合、きちんと机に向かうことも多かったのですが、
息子はとにかくゲームをすることが好きで、
今日のところは勉強には目をつむっておこう……という日も よくありました。
そこで、ワークをさせるかわりに、息子の大好きなゲームについて語り合ったり、
調べたりしました。
当時、私は、娘や息子の言葉をできるだけそのまま記録して残しておきたいという
思いがありました。そこで、日々の出来事や家族会議の様子を会話を中心に
書き残していました。(原稿用紙にして何百枚……。)
その頃は、あまり深く考えずしていたのですが、
今になると,その時期その時期の 心や知能の成長の記録として大切な宝物に
なっています。(乳幼児を育てている方も、写真だけでなく、おしゃべりも
記録しておいてあげてくださいね。)
それで、この調べ学習というのも、息子と私が、ひとつの疑問について会話を
膨らませていった過程の記録が中心になっています。
息子が小4の時の家族の会話です。家族でゲームをしているとき、
息子が、どうして将棋ばんは、9×9マスなのか?ということに疑問を持ちました。
息子 「チェスもオセロも8×8マスなのに、どうして…
将棋はなんで…9なんて2つに割れない中途半端なマス目をしているんだろう?
戦うとしたら、領土がきちんと半分ずつ分かれた方がいいんじゃないかな?
不思議だ。」
母「もしかして他の国の領土に侵入していくような戦い方をする人々と、
決闘場をもうけて戦ったとか?将棋がどうやって生まれたか知りたいわ。」
父「奇数っていうのは、覚えやすいからだよ。きっと。」
息子「覚えやすいって?」
父「将棋のこまの位置を暗記して、頭で動かすとき、偶数より奇数の方が
ごちゃごちゃになりにくいと思うよ。」
数日後 なにやらひらめいた息子。
息子「9は3で割り切れる数でしょ。自分の陣地、相手の陣地、中心の戦いの場が、
まったく同じになるんだよ。それから、オセロが64マスなのは、
こうじゃないかと思うんだ。
オセロは黒と白の多さで決着するから、マスは偶数でなくちゃいけない。
でも100マスでは多すぎる。
次に小さいマス(でちょうど良いのは…)は8×8の64なんだ。」
父「それは、おもしろいアイデアだ。」
母「本当によく思いついたね。うちの家族は、推測したり仮説を立てたりするのは
好きだけど……。そう、実験するのもすきだよね。
でも、きちんと理由をたしかめて、くわしく調べることはめったになかったでしょ。
今度、図書館を使った「調べる」学習賞コンクールっていうのがあるらしいから、
納得がいくまで調べてみない?」
息子「ぼくは、ずっと前からさいころがなぜ6までなのか、
トランプがどうして52枚なのかと不思議に思ってきたし、ゲームと数の秘密について、
もっと知りたくなった。チャレンジしてみるよ。」
…という会話からスタートした、調べ学習でした。
で、調べる段になって
息子「ぼくの考えは仮説だから、本当のことをしらべてみなくちゃってお母さんは
言うけど、本にのってることも仮説の場合があるんでしょ。
いろんな人が、いろんな別の仮説を立てている場合とか…。
大昔のことなんて実際見た人いないんだもん。」
母「でも、思いつきの仮説とたくさんの事実にもとづく仮説は、別物よ。」
息子「ぼくさ、さいころってだれがつくったか不明だと思うよ。
昔の人が、石ころころがして表とか裏とかしていて、自然にさいころになったのかも。
だから、本当に作った人とかいるのかな?」
つづく。
こんな風に、小学校時代は、勉強させるより、
いっしょに会話を楽しむことが多かったです♪今になると、
かなりプラスになっている気がします。
********************************************************
調べ学習のヒントになるかと思うので、少し続きを書きますね。
息子といっしょに調べ学習をする時、私たちは、本を見て表にまとめるのではなくて、
最初に「表の枠」を作って、あとから本を調べながら整理していきました。
そうすると、表に空白ができて、きれいに仕上げることは、できません。
いくら調べても、資料がないことも多いからです。
しかし、その空白が好奇心を刺激し、たくさんの本に接する機会を作ってくれました。
もしこれが、すぐれた資料をただ整理し、要約する形でまとめていたら、
調べが、わくわくする体験にならなかったのではないでしょうか?
はじめに、インドの象棋(しょう棋は、インドで生まれたそう。
ただ、日本では象に乗って戦う習慣がないので当て字の将がつかわれたのだとか。)
チェス
中国象棋
日本の将棋
のマスの数、図、ルール、ルーツ、特徴について、表にまとめました。
そこで、息子が驚いたのは、9×9マスは、
日本人が考えたとばかり思っていたのに、
子ども用の中国象棋で7×9マスの写真を見つけたことでした。
息子との会話の中で、
東洋的な考え方から、マスに奇数のアイデアがもたらされたのではないか?
という新しい仮説が生まれました。東洋の過去の「家」制度からいっても、
チェスのように女王が戦場に出てくるゲームは受け入れられなかったのでしょうか?
つまり、チェスのようなゲームから、女王が除かれて 奇数になったのか……??
そう考えるうち、何時代に将棋や囲碁が日本に入ってきて、
どのように遊ばれていたかを調べないと、こんがらがってきました。
そこで、息子は、はじめて「歴史年表作り」にチャレンジしました。
そうして進んだ調べ学習は、さいころのなぞに取りかかり始めたとき
最高にわくわくするものになりました。
当時の息子の作文です。
なんだろう。
「この数なんだろう。」とお母さんが言ったので、
ぼくは急いで自分のさいころを持ってきて、
面と面をくらべてみた。
4のはずだ。
でも、穴はひとつみたいだけど。
「昔のサイコロは、今とおなじ玉の位置とは限らないよ。」と
お姉ちゃんが言った。
ぼくは、さいころのなぞを考えるのが、おもしろくておもしろくて、
こういうことを調べる学者さんになりたい、
と思ったくらいだった。
でも前からなりたかったゲームをつくる人になる夢も捨てがたい
ので、「将来はゲームをつくる人になって、参考のために、
休みになると食事に帰るのも忘れて遊びほうけていたりしました。
1つくらいは習い事をさせたいと思っていたのですが、小学校の6年間、
頑固に拒絶して、何もせず……。
それでも、こうした作業をいっしょにしてみると、
そうした子の中に広がるイマジネーション溢れる世界に触れたような
心地がしました。
それぞれの子に、それぞれの個性……わが子もその通りです。